在我最舊的記憶中,是凱倫貝克老師抱著我不知道正要往哪裡去。
年幼的我,呆滯地眺望著流動而去的灰色景色。
|
直到來到現在生活的這個教會定居下來之前,我和老師旅居過許多地方。
那時我的年紀還太小。旅居四處那時的記憶都斷斷續續的。
雖然其他的都記不清楚了,但是只有凱倫貝克老師那溫暖的雙臂保護著我的記憶,清楚地像是昨天才發生的事情。
記得那是個寒冷的夜裡。我與老師在一個寂靜的旅店裡。
照亮四周的燭光隱約閃爍著橘色光芒,是個讓人印象深刻的場所。
「夏洛特,會冷嗎?」
「腳腳,冰」
「好,等我一下哦」
老師說完之後馬上在我的身上蓋了溫暖的毛毯。
那是就連『寒冷』的意思都不懂,我的兒時回憶。
然而,為什麼會四處旅居,為什麼老師會帶著我。這一點老師從來都沒有跟我說過。
|
來到這個教會的時候,聽說負責這教會的祭司大人和老師認識。
「夏洛特就麻煩你照顧了」
「嗯,交給我們吧」
「要是發生什麼事的話,請馬上與我聯絡」
我記得老師和祭司大人有過這樣的談話。
我離開了老師的身邊,作為孤兒被這個教會的保育設施收留下來。
不過,老師偶爾會來看看我在教會過得怎麼樣。
「教會怎麼樣?」
「因為老師不在很寂寞。那個,為什麼我不能跟老師一起走呢?」
一樣的對話,一樣的問題,一樣的回答。
對這一再重覆的問答,老師是怎麼想的,至今仍不明白。
但是,也許是對我多次重覆的詢問感到不忍心,老師將一個樂譜交給我保管。
「這是,什麼啊?」
「這個啊,我只教給夏洛特而已,是首特別的歌哦」
「特別的歌?」
「對。這首歌能夠給予夏洛特勇氣。來,一起唱吧」
「嗯!」
老師配合著我拙劣的歌聲教我唱這首歌。
「感覺到寂寞的時候就唱吧。這首歌一定會給夏洛特帶來勇氣的」
|
就這樣教完我『特別的歌』之後,老師與我會面的機會就漸漸地越來越少,大約過了二年,就完全沒有再來過教會了。
就算無法見到老師,我只要一有閒暇之餘就站在教會的門口,期待著老師的來訪。
「今天凱倫貝克不會來的。站在那裡身體會著涼的。來,進來裡面吧」
「為什麼?為什麼凱倫貝克老師不來呢?」
面對年幼的我所提出的疑問,祭司大人臉上露出困擾的表情。只要有時間就不斷等著那位被稱為老師的外人。現在回想起來,我還真是個麻煩的孩子。
即使是這樣,祭司大人對我還是跟其他孩子一樣。
|
這樣一成不變的日子是在我十三歲左右的時候有了變化。老師來到了我所屬教會的聖歌隊裡擔任指導老師。
「老師!」
聖歌隊的練習結束後,我馬上到走廊上叫住老師。
「啊,夏洛特。好久不見了」
老師注意到我後,馬上對著我笑。
看到那個笑容的我心跳變得好快,不知怎麼地臉也似乎發燙了起來。
「是的!那,那個,老師也……過得,好嗎?」
「嗯。如妳所見」
因為實在太久沒見讓我說話結結巴巴的,連是否有好好對話都讓我感到不安。
但是……。
老師的外貌與把我託付給教會的那個時候幾乎一模一樣,讓我感到不可思議。
|
在教會生活的孩子們,有要去當地學校上學的義務。
記得祭司大人說過「教會外的學習也是很重要的」。
從學校回教會的時候,同學突然把我叫住。
「那個啊,夏洛特」
「什麼事?」
「聽說教會有年輕的男性出入,是真的嗎?」
是在學校一起讀書的一個女生。雖然不常有往來,但是她是對我們這些從教會來的,沒有雙親的人也會來搭話的好人。
而她所說的年輕男子,我馬上聯想到是在說老師。因為現在會在教會出入的年輕男子,除了老師之外沒有別人了。
「嗯。但是,你怎麼會知道的呢?」
「是學校裡的傳言。因為妳看嘛,那個教會,可是出名的嚴謹耶」
「是……這樣嗎?」
「啊!我不是在說教會的壞話喔!然後啊,我前幾天有看到那個傳言中的人物了,既年輕又帥對吧」
「那個老師,是教我們聖歌隊唱歌的老師。小提琴拉得非常好喔」
「哦!然後呢,那個人是怎樣的人?」
「怎樣的……」
現在回想起來,她應該只是在問以音樂老師來說怎麼樣而已吧。但是,我卻因這突來的問題感到困擾。心裡一陣慌亂,讓我無法隨便回答。
「什麼什麼,怎麼了呢?該不會,妳喜歡那個老師?」
「沒,沒有啦。怎麼可能……」
她是個好人,但是像這樣無心深入追問的性格讓我有些招架不住。
「嚇到了嗎。開玩笑的啦。但是,因為他那麼帥氣,一般都會憧憬的」
「是這樣的嗎?」
「就像我們的學校,班導師是年輕的男老師或女老師的話,大家都會騷動不是嗎?是一樣的情況啦」
「這樣喔。啊,不好意思,我還有聖歌隊的練習,該回去了」
為了掩飾我心中的慌亂,我中斷了和她的談話。雖然有點像是強行切斷的,但她似乎能夠理解地點點頭。
「哎呀,抱歉叫住妳。練習要加油喔!」
|
就算回到教會之後,她的那句『你喜歡那個老師?』一直徘徊在我的腦中離不去。
至今為止,我從來沒有想過這個問題。
「夏洛特,怎麼了?」
因為胡思亂想而睡不著,為了不吵到同寢室的蕾米而到院子裡發呆時,老師對我問道。
嚇到心臟好像要跳出來了就是指我這時的心情吧。心臟強力拍打的聲音會不會被老師給聽見,我腦中只擔心這個。
「沒,沒事……。只是有點睡不著……」
「真難得耶。以前妳可是個非常好入睡的孩子呢」
「是這樣嗎?」
「是啊。雖然一直纏著我說話,但總是在講到一半就睡著,然後就熟睡到天亮呢」
老師一邊笑著,一邊像懷念著過去並摸摸我的頭。那個手有點涼,讓我感到非常地舒服。
老師看著我。老師對我笑。那十分溫柔的微笑,是在指導聖歌隊時看不到的。
這個表情是只特別屬於我的。正當我這麼想的時候,我才自覺到,原來這就是『喜歡』。
「好了,快去睡吧。祭神儀式快到了,感冒就不好了」
老師將我送到房間後,往教會的本堂走去了。
|
那天就是我最後一次與老師好好交談。
|
教會主辦的祭神儀式那一天。這個活動是為了感謝神、祈禱、享用被神祝福過的食物、求這年能過得平穩,是非常重要神聖的活動。
但是,從早上就沒見到老師的身影,結果到了聖歌隊把歌唱完,老師也都沒有出現。
「祭司大人!那個,凱倫貝克老師在哪裡呢?」
祭神儀式結束後,我馬上向祭司大人詢問老師的去向,但是這個詢問讓祭司大人的表情變得嚴肅。
那個表情,讓我的心中掀起一陣慌亂。這應該就是所謂不好的預感吧。一股不安向我襲來。
「夏洛特,妳冷靜地聽我說」
祭司大人看著我的眼睛後,告訴了我一個令我絕望的事實。
|
──凱倫貝克昨晚離開了。說他不會再回來這裡了。
凱倫貝克還說了,不可以追來。夏洛特,希望妳能把他最後的請求聽進去。──
|
隔天,祭司大人對聖歌隊的大家正式宣布凱倫貝克老師離開的事。昨天聽到的那些事,讓我再次認知到是現實。
隔天、再隔天、再下個月……,老師都沒有再出現在教會過。
隨著時間的流逝,我的眼前漸漸變得黯淡了起來。
我之前一直傻傻地相信著,只要我長大之後,老師就會像我小時候那樣帶著我旅行,只要長大之後,就可以一直一直和老師在一起。
|
老師離開後,我不太記得我是怎麼和蕾米他們一起渡過這段時光的。
我只記得,我幾乎每一天都坐在教會後面的一尊女神像腳邊,唱著老師教我的那首『特別的歌』,把心中對老師的思念吟唱出來。
這樣唱著,感覺老師就會回來對我說「夏洛特,我們再一起去旅行吧」。
就這樣過著的某一天,和往常一樣在女神像腳邊唱著『特別的歌』時,心中有種要浮起來的感覺。
雖然我對這第一次體驗的感覺感到困惑,但是我發現到身體裡好像有了什麼變化,我就那樣放任那個感覺,繼續不斷地唱到喉嚨乾啞為止。
|
「夏洛特,夏洛特」
突然,從旁邊傳來蕾米的聲音。
我嚇了一跳看向蕾米,本來明明應該是深夜了,蕾米卻穿著聖歌隊的制服。
「蕾米……?」
「怎麼了?一直在發呆。凱倫貝克老師在叫你喔」
「咦,老師嗎?怎麼會……」
聽了她的話讓我受到相當大的衝擊。轉頭看了看四周,這裡是教會的小音樂堂。
然後,應該早已離開的老師他,用一臉困惑的表情看著我。
|
「─完─」
3274年 「目覚めの日」
私の中の一番古い記憶は、カレンベルク先生の腕に抱きかかえられながらどこかへと向かって行くところです。
幼い私は、流れていく灰色の景色をぼんやりと眺めていました。
いま暮らしているこの教会に住まわせていただけるようになるまで、私と先生は様々な場所を転々と旅していました。
私はあまりに幼かったのでしょう。旅をしていた頃の記憶は途切れ途切れにしか思い出すことができません。
それでも、カレンベルク先生の暖かい腕の中で護られていたという記憶だけは、昨日のことのように思い出すことができます。
とても寒い夜だったと思います。私と先生は寂れた宿にいました。
周囲を照らす蝋燭の灯りがぼんやりと橙色に輝いているのが、とても印象的な場所でした。
「シャーロット、寒いのかい?」
「あんよ、つめたい」
「わかった、ちょっと待っておくれ」
先生はそう言ってすぐに、私に暖かい毛布を掛けてくださいました。
『寒い』という言葉すら知らない幼い頃の記憶です。
けれども、何故旅をしていたのか、何故私は先生に連れられていたのか。先生がそれらについて話をしてくださることはありませんでした。
この教会に辿り着いた時、教会を預かる司祭様は先生の知人であると、そう聞かされました。
「シャーロットをよろしくお願いします」
「ああ。彼女のことは我々に任せてくれ」
「何かあったら、すぐにご連絡を」
先生と司祭様がそんな会話をしていたことを覚えています。
私は先生の元を離れ、親のない子供として、この教会の養護施設に預けられることになったのです。
それでも、先生は私が無事に教会で暮らせているかどうか、たびたび様子を見に来てくださいました。
「教会はどう?」
「先生がいないからさみしい。ねえ、どうしていっしょにいられないの?」
同じような会話、同じような質問、同じような答え。
繰り返されるそれを先生がどのように思っていらっしゃったのかは、未だにわかりません。
ですが、何度も同じことを繰り返す私を見かねたのか、先生は一つの楽譜を私にお預けになられたのです。
「これ、なあに?」
「これはね、シャーロットだけに教える、特別な歌だよ」
「とくべつなおうた?」
「そう。シャーロットに勇気を与えてくれる歌だ。さあ、一緒に歌おう」
「うん!」
先生は拙い私の声に合わせるようにして歌を教えてくださいました。
「寂しくなったらこの歌を歌ってごらん。きっとシャーロットを勇気づけてくれる」
そうして私に『特別な歌』を教えてくださった後、先生は私と会う機会を少しずつ減らしていかれ、二年ほど経った頃には、教会へ来られることは無くなってしまわれました。
先生にお会いできなくなっても、私は暇さえあれば教会の入り口に佇み、先生の来訪を待ち望んでいました。
「今日はカレンベルクは来ないよ。そこにいたら体が冷えてしまう。さあ、中へお入り」
「どうして? なんでカレンベルク先生は来ないの?」
幼い私の質問に、司祭様は困った顔をなされていました。隙や暇さえあれば先生という外の人物を待ち続ける子供。いま思えば、私は少し扱いにくい子供だったのでしょう。
それでも、司祭様は分け隔てなく接してくださいましたが。
変化が訪れたのは、私が十三歳になったぐらいの頃でした。私が所属する教会の聖歌隊に、先生が指南役として就任されることになったのです。
「先生!」
聖歌隊の練習が終わってすぐ、私は廊下を歩く先生を呼び止めました。
「やあ、シャーロット。久しぶりだね」
先生は私に気が付くと、笑いかけてくださいました。
その笑顔を見ていたら胸が高鳴ってきて、なんだか顔が熱くなるような、そんな感じがしました。
「はい! あ、あの、先生も……お元気、でしたか?」
「うん。この通りさ」
あまりにも久しぶりすぎて言葉がつかえてしまい、上手く会話ができているのかどうか不安になるほどでした。
だけど……。
私が教会に預けられた時と殆ど変わらぬ先生のお姿を、私は不思議に思いました。
教会で暮らす子供達は、地場の学校に通うことが義務付けられていました。
司祭様が「教会の外で学ぶことも重要である」と仰っていたのを覚えています。
その学校からの帰り際、学友から突然呼び止められました。
「ねえ、シャーロット」
「なあに?」
「教会に若い男の人が出入りしてるって、本当?」
学校で一緒に学ぶ女子の一人でした。あまり交流はありませんでしたが、教会から通う親なしの私達にも普通に話し掛けてくれるような良い人です。
そして彼女が言う若い男の人、それが先生だということに思い当たるのはすぐでした。いま教会に出入りをする若い男の人といえば、先生以外にいませんでしたから。
「うん。でも、どうして知ってるの?」
「学校中で噂だよ。ほら、あの教会、すっごいお堅いことで有名だから」
「そう……なのかな?」
「あっと、教会の悪口じゃないよ? でさ、その噂の人、こないだ見掛けたんだけど、若くて格好いいよね」
「あの先生はね、聖歌隊に歌を教えてくれる先生なの。バイオリンがとてもお上手でね」
「へー! ねえねえ、その人ってどんな感じ?」
「どんな感じって……」
思い返せば、彼女はただ音楽の教師としてどういった方なのかを聞きたかっただけなのでしょう。ですが、私は咄嗟の返答に困ってしまいました。胸の辺りがざわついて、当たり障りのない返答をすることがどうしてもできなかったのです。
「なになに、どうしたの? もしかして、その先生のことが好きなの?」
「う、ううん。そんなことは……」
彼女は良い人ではありましたが、こういう風に込み入ったことを何の気なしに聞いてくる性分だけは、少し苦手でした。
「なーんてね。冗談だよ。でも、あれだけ格好いい人なんだから、憧れちゃうのは普通だって」
「そういうものかな?」
「うちの学校だって、若い男の先生や女の先生が担任になったらみんな騒ぐでしょ? それと同じだよ」
「そっか。あ、ごめんね、聖歌隊の練習があるから、もう帰らなきゃ」
胸のざわつきをごまかすように、私は彼女との会話を中断させました。ちょっと強引でしたが、彼女は納得したように頷きます。
「ありゃ、引き止めてごめん。練習がんばってね!」
教会に帰っても、私は彼女の『その先生のことが好きなの?』という言葉が頭から離れませんでした。
そんなことを考えたことは、いままで一度としてありませんでした。
「シャーロット、どうしたんだい?」
あまりにも考え過ぎて寝付けなくなってしまい、同室のレミに迷惑をかけないようにと夜の庭に出てぼんやりしていた私に、先生が声を掛けてくださいました。
心臓が跳ね上がるというのはこういうことを言うのでしょう。強く脈打つ心臓の音が先生に聞こえてしまわないか、そんなことばかりが頭を駆け巡りました。
「い、いえ……。ちょっと寝付けなくなってしまって……」
「珍しいね。昔の君はとても寝付きのいい子だったのに」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。お話をねだるんだけど、いつもお話の途中で寝ちゃって、そのまま朝までぐっすりだったよ」
笑いながら先生は、昔を懐かしむように私の頭を撫でてくださいました。その手は少しだけひんやりとしていて、とても心地が良いものに感じられました。
先生は私を見てくださいました。私に笑いかけてくださいました。それは聖歌隊を指導している時には見せない、とても優しい微笑みでした。
この顔は私だけが見られる特別なもの。そう感じた時、私は自覚したのです。これが『好きになる』ということだと。
「さ、お休み。祭事も近いんだ、風邪をひいてはいけないからね」
先生は私を部屋まで送ってくださると、教会の本堂の方へと歩いていかれました。
そしてこれが、先生とちゃんと言葉を交わした最後の日となってしまったのです。
教会主宰の祭事が行われる日のことでした。この催しは神に感謝し、祈りを捧げ、神に祝福された食物を戴き、その年の平穏を願う、とても大事な聖なる催しです。
ですが、朝から先生の姿は見えず、とうとう聖歌隊が歌を歌い終えても、先生が姿を現すことはありませんでした。
「司祭様! あの、カレンベルク先生はどちらに?」
祭事が終わってすぐ、私は司祭様に先生の行方を尋ねましたが、私の質問を聞いた司祭様は表情を堅くされます。
その表情に、私はとても胸がざわつきました。嫌な予感と言えばよいのでしょうか。とてつもない不安が襲ってきたのです。
「シャーロット、落ち着いて聞いておくれ」
そう言って司祭様は私に目線を合わせると、一つの絶望的な事実を告げられました。
——カレンベルクは昨夜旅に出た。ここへ戻ることは二度と無いと言っていた。
彼を追ってはいけない。これもカレンベルクが言付けたことだ。シャーロット、彼の最後の頼みを聞いておくれ。——
翌日、司祭様から聖歌隊の皆に、カレンベルク先生が旅立たれたことが正式に告げられました。昨日聞かされたことは事実であると、改めて突き付けられたような気がしました。
次の日も、その次の日も、次の月になっても……、先生が教会に姿を現すことはありませんでした。
時間を重ねるにつれて、私は目の前が真っ暗になっていきました。
私が大人になったら、幼かったあの頃のように旅に連れて行ってくださると、大人になればずっとずっと先生と一緒にいられるのだと、愚かな私はそう信じていたのです。
先生が旅立たれてから、どうやってレミたちと共に過ごしたのか、あまり覚えていません。
覚えているのは、毎日のように教会の裏手にある女神像の足元に座り込み、先生から教わった『特別な歌』を、先生への思いを胸に口ずさんでいたことだけです。
そうしていれば、先生が「シャーロット、また一緒に旅に出よう」、そう言って戻ってこられる気がしたのでしょう。
そうやって過ごしていたある日、いつものように女神像の足元で『特別な歌』を歌っていると、心が宙に浮くような感覚が起こりました。
初めての感覚に戸惑いましたが、私の中の何かが変わるような気がして、そのままその感覚に身を任せて、喉が枯れるまで歌い続けていました。
「シャーロット、シャーロットってば」
突然、レミの声が隣から聞こえてきました。
はっとしてレミの方を見ると、真夜中の筈なのに、レミは何故か聖歌隊の制服を着ています。
「レミ……?」
「どうしたの? ぼーっとしちゃって。カレンベルク先生が呼んでるよ」
「え、先生が? どうして……」
彼女の言葉に私は大きな衝撃を受けました。周囲を見回すと、そこは教会の小さな音楽堂でした。
そして、いなくなった筈の先生が、不思議そうな顔でこちらを見ていらっしゃいました。
「—了—」
私の中の一番古い記憶は、カレンベルク先生の腕に抱きかかえられながらどこかへと向かって行くところです。
幼い私は、流れていく灰色の景色をぼんやりと眺めていました。
いま暮らしているこの教会に住まわせていただけるようになるまで、私と先生は様々な場所を転々と旅していました。
私はあまりに幼かったのでしょう。旅をしていた頃の記憶は途切れ途切れにしか思い出すことができません。
それでも、カレンベルク先生の暖かい腕の中で護られていたという記憶だけは、昨日のことのように思い出すことができます。
とても寒い夜だったと思います。私と先生は寂れた宿にいました。
周囲を照らす蝋燭の灯りがぼんやりと橙色に輝いているのが、とても印象的な場所でした。
「シャーロット、寒いのかい?」
「あんよ、つめたい」
「わかった、ちょっと待っておくれ」
先生はそう言ってすぐに、私に暖かい毛布を掛けてくださいました。
『寒い』という言葉すら知らない幼い頃の記憶です。
けれども、何故旅をしていたのか、何故私は先生に連れられていたのか。先生がそれらについて話をしてくださることはありませんでした。
この教会に辿り着いた時、教会を預かる司祭様は先生の知人であると、そう聞かされました。
「シャーロットをよろしくお願いします」
「ああ。彼女のことは我々に任せてくれ」
「何かあったら、すぐにご連絡を」
先生と司祭様がそんな会話をしていたことを覚えています。
私は先生の元を離れ、親のない子供として、この教会の養護施設に預けられることになったのです。
それでも、先生は私が無事に教会で暮らせているかどうか、たびたび様子を見に来てくださいました。
「教会はどう?」
「先生がいないからさみしい。ねえ、どうしていっしょにいられないの?」
同じような会話、同じような質問、同じような答え。
繰り返されるそれを先生がどのように思っていらっしゃったのかは、未だにわかりません。
ですが、何度も同じことを繰り返す私を見かねたのか、先生は一つの楽譜を私にお預けになられたのです。
「これ、なあに?」
「これはね、シャーロットだけに教える、特別な歌だよ」
「とくべつなおうた?」
「そう。シャーロットに勇気を与えてくれる歌だ。さあ、一緒に歌おう」
「うん!」
先生は拙い私の声に合わせるようにして歌を教えてくださいました。
「寂しくなったらこの歌を歌ってごらん。きっとシャーロットを勇気づけてくれる」
そうして私に『特別な歌』を教えてくださった後、先生は私と会う機会を少しずつ減らしていかれ、二年ほど経った頃には、教会へ来られることは無くなってしまわれました。
先生にお会いできなくなっても、私は暇さえあれば教会の入り口に佇み、先生の来訪を待ち望んでいました。
「今日はカレンベルクは来ないよ。そこにいたら体が冷えてしまう。さあ、中へお入り」
「どうして? なんでカレンベルク先生は来ないの?」
幼い私の質問に、司祭様は困った顔をなされていました。隙や暇さえあれば先生という外の人物を待ち続ける子供。いま思えば、私は少し扱いにくい子供だったのでしょう。
それでも、司祭様は分け隔てなく接してくださいましたが。
変化が訪れたのは、私が十三歳になったぐらいの頃でした。私が所属する教会の聖歌隊に、先生が指南役として就任されることになったのです。
「先生!」
聖歌隊の練習が終わってすぐ、私は廊下を歩く先生を呼び止めました。
「やあ、シャーロット。久しぶりだね」
先生は私に気が付くと、笑いかけてくださいました。
その笑顔を見ていたら胸が高鳴ってきて、なんだか顔が熱くなるような、そんな感じがしました。
「はい! あ、あの、先生も……お元気、でしたか?」
「うん。この通りさ」
あまりにも久しぶりすぎて言葉がつかえてしまい、上手く会話ができているのかどうか不安になるほどでした。
だけど……。
私が教会に預けられた時と殆ど変わらぬ先生のお姿を、私は不思議に思いました。
教会で暮らす子供達は、地場の学校に通うことが義務付けられていました。
司祭様が「教会の外で学ぶことも重要である」と仰っていたのを覚えています。
その学校からの帰り際、学友から突然呼び止められました。
「ねえ、シャーロット」
「なあに?」
「教会に若い男の人が出入りしてるって、本当?」
学校で一緒に学ぶ女子の一人でした。あまり交流はありませんでしたが、教会から通う親なしの私達にも普通に話し掛けてくれるような良い人です。
そして彼女が言う若い男の人、それが先生だということに思い当たるのはすぐでした。いま教会に出入りをする若い男の人といえば、先生以外にいませんでしたから。
「うん。でも、どうして知ってるの?」
「学校中で噂だよ。ほら、あの教会、すっごいお堅いことで有名だから」
「そう……なのかな?」
「あっと、教会の悪口じゃないよ? でさ、その噂の人、こないだ見掛けたんだけど、若くて格好いいよね」
「あの先生はね、聖歌隊に歌を教えてくれる先生なの。バイオリンがとてもお上手でね」
「へー! ねえねえ、その人ってどんな感じ?」
「どんな感じって……」
思い返せば、彼女はただ音楽の教師としてどういった方なのかを聞きたかっただけなのでしょう。ですが、私は咄嗟の返答に困ってしまいました。胸の辺りがざわついて、当たり障りのない返答をすることがどうしてもできなかったのです。
「なになに、どうしたの? もしかして、その先生のことが好きなの?」
「う、ううん。そんなことは……」
彼女は良い人ではありましたが、こういう風に込み入ったことを何の気なしに聞いてくる性分だけは、少し苦手でした。
「なーんてね。冗談だよ。でも、あれだけ格好いい人なんだから、憧れちゃうのは普通だって」
「そういうものかな?」
「うちの学校だって、若い男の先生や女の先生が担任になったらみんな騒ぐでしょ? それと同じだよ」
「そっか。あ、ごめんね、聖歌隊の練習があるから、もう帰らなきゃ」
胸のざわつきをごまかすように、私は彼女との会話を中断させました。ちょっと強引でしたが、彼女は納得したように頷きます。
「ありゃ、引き止めてごめん。練習がんばってね!」
教会に帰っても、私は彼女の『その先生のことが好きなの?』という言葉が頭から離れませんでした。
そんなことを考えたことは、いままで一度としてありませんでした。
「シャーロット、どうしたんだい?」
あまりにも考え過ぎて寝付けなくなってしまい、同室のレミに迷惑をかけないようにと夜の庭に出てぼんやりしていた私に、先生が声を掛けてくださいました。
心臓が跳ね上がるというのはこういうことを言うのでしょう。強く脈打つ心臓の音が先生に聞こえてしまわないか、そんなことばかりが頭を駆け巡りました。
「い、いえ……。ちょっと寝付けなくなってしまって……」
「珍しいね。昔の君はとても寝付きのいい子だったのに」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。お話をねだるんだけど、いつもお話の途中で寝ちゃって、そのまま朝までぐっすりだったよ」
笑いながら先生は、昔を懐かしむように私の頭を撫でてくださいました。その手は少しだけひんやりとしていて、とても心地が良いものに感じられました。
先生は私を見てくださいました。私に笑いかけてくださいました。それは聖歌隊を指導している時には見せない、とても優しい微笑みでした。
この顔は私だけが見られる特別なもの。そう感じた時、私は自覚したのです。これが『好きになる』ということだと。
「さ、お休み。祭事も近いんだ、風邪をひいてはいけないからね」
先生は私を部屋まで送ってくださると、教会の本堂の方へと歩いていかれました。
そしてこれが、先生とちゃんと言葉を交わした最後の日となってしまったのです。
教会主宰の祭事が行われる日のことでした。この催しは神に感謝し、祈りを捧げ、神に祝福された食物を戴き、その年の平穏を願う、とても大事な聖なる催しです。
ですが、朝から先生の姿は見えず、とうとう聖歌隊が歌を歌い終えても、先生が姿を現すことはありませんでした。
「司祭様! あの、カレンベルク先生はどちらに?」
祭事が終わってすぐ、私は司祭様に先生の行方を尋ねましたが、私の質問を聞いた司祭様は表情を堅くされます。
その表情に、私はとても胸がざわつきました。嫌な予感と言えばよいのでしょうか。とてつもない不安が襲ってきたのです。
「シャーロット、落ち着いて聞いておくれ」
そう言って司祭様は私に目線を合わせると、一つの絶望的な事実を告げられました。
——カレンベルクは昨夜旅に出た。ここへ戻ることは二度と無いと言っていた。
彼を追ってはいけない。これもカレンベルクが言付けたことだ。シャーロット、彼の最後の頼みを聞いておくれ。——
翌日、司祭様から聖歌隊の皆に、カレンベルク先生が旅立たれたことが正式に告げられました。昨日聞かされたことは事実であると、改めて突き付けられたような気がしました。
次の日も、その次の日も、次の月になっても……、先生が教会に姿を現すことはありませんでした。
時間を重ねるにつれて、私は目の前が真っ暗になっていきました。
私が大人になったら、幼かったあの頃のように旅に連れて行ってくださると、大人になればずっとずっと先生と一緒にいられるのだと、愚かな私はそう信じていたのです。
先生が旅立たれてから、どうやってレミたちと共に過ごしたのか、あまり覚えていません。
覚えているのは、毎日のように教会の裏手にある女神像の足元に座り込み、先生から教わった『特別な歌』を、先生への思いを胸に口ずさんでいたことだけです。
そうしていれば、先生が「シャーロット、また一緒に旅に出よう」、そう言って戻ってこられる気がしたのでしょう。
そうやって過ごしていたある日、いつものように女神像の足元で『特別な歌』を歌っていると、心が宙に浮くような感覚が起こりました。
初めての感覚に戸惑いましたが、私の中の何かが変わるような気がして、そのままその感覚に身を任せて、喉が枯れるまで歌い続けていました。
「シャーロット、シャーロットってば」
突然、レミの声が隣から聞こえてきました。
はっとしてレミの方を見ると、真夜中の筈なのに、レミは何故か聖歌隊の制服を着ています。
「レミ……?」
「どうしたの? ぼーっとしちゃって。カレンベルク先生が呼んでるよ」
「え、先生が? どうして……」
彼女の言葉に私は大きな衝撃を受けました。周囲を見回すと、そこは教会の小さな音楽堂でした。
そして、いなくなった筈の先生が、不思議そうな顔でこちらを見ていらっしゃいました。
「—了—」