仔細想想,我的人生非常地枯燥乏味,一點樂趣也沒有。
我受的是身為是巨大帝國的君主『不死皇帝』的妃子所應接受的教育,在與外界隔絕之下的環境成長。
在我十三歲左右時,上一代『皇妃』也就是我的母親過世,由我來繼承職責。
侍奉在皇帝廟深處祈禱的陛下,將聖旨傳達給臣子就是我的職責,也是我唯一存在的理由。
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我的人生出現變化,是在我當上皇妃幾年後的某一天。
遇見了當時還是少佐的艾伯李斯特·巴爾茲。
一開始知道他的事,是從席道爾將軍的報告中聽來的。
是位有能力的年輕將校,值得將今後古朗德利尼亞帝國託付給他等等諸如此類的事,從席道爾將軍充滿熱情的話語中,我對他產生了某種興趣。
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是的,剛開始只是單純的好奇心而已。
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短暫地見過幾次後,雖然很不明顯,但隱約地看到了他的野心及在帝國內爭取上位的目的。
而且,他的意氣風發與短時間內不斷高昇的手腕,讓我的好奇心又漸漸參雜了別的感情。這一定是對於他能靠著自己的意志勇往直前而感到羨慕,且覺得耀眼吧。
這樣的感情若要用言語來表達的話,恐怕就是『對異性的好感』吧。
當我發現自己的感情時,我不禁想起過去的自己,無法不跟他做比較。
因而發現到自己從來沒有依照自己的意志,去完成過任何事。
然後我就開始覺得,自己是被皇帝陛下給囚禁。
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「之前說的事,考慮過了嗎?」
「是的,如果我可以的話」
他毫不猶豫地回答道。
「那就太好了」
我能從他的眼中看到我自己,這樣就足夠了。
無論他有什麼樣的野心,我都想在他身後做他的後盾,我已下足了決心。
「我需要你」
即使將來發生了什麼事,艾伯李斯特的話,一定會來救我。
從蘊含在他雙眸的意志裡,我看到了這樣的可能性。
「這是屬下的光榮」
艾伯李斯特溫柔地將我抱緊。他的雙手,溫柔地包覆我的全身。
如此激動的心情,讓我產生從未有過的興奮感。
我,曾經沉醉在這樣的感情裡。
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但是我很快就被告知,我的這份感情,這份重要的感情,是輕而易舉就會被瓦解的東西。
我在想些什麼,想要幫艾伯李斯特做些什麼,這些事,包含我對他抱著什麼樣的感情,陛下早就都看在眼裡了。
「艾莉絲泰莉雅,一切全都在我的掌握之中,玩火也要有個限度哦」
「非常地抱歉。我──」
「在被火灼傷之前收手吧」
陛下說完後,便注視著我的雙眼。
可是,陛下的雙眸裡沒有我。就算陛下看著我,但是卻沒有看到我。
我想見艾伯李斯特。陛下就像是要把我這個想法塗抹掉似地,緊緊抱住我的頭部。
接著下一個瞬間,我的意識便被黑暗給包覆了。
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在那之後,隨著與艾伯李斯特偷偷見面的次數,在我心中那個『殺了他』的聲音就越來越響亮。
我不知不覺間,開始會在裙擺裡攜帶銳利的短劍。
這個恐怕是陛下對我施加的懲罰吧。身為陛下的所有物卻對別的男性有了好感,而且甚至還抱有愛慕之情。為了懲罰這樣的我。
我努力甩開那個不斷浮現的聲音,持續與艾伯李斯特偷偷見面。
只有和他在一起的時候,我才能夠拋開我是『皇妃』的立場,當個單純的『艾莉絲泰莉雅』。
只有這樣,才能拯救我脆弱的心。
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持續地抵抗心裡的聲音,經過了幾個月。
「我那時候應該給過妳忠告了,艾莉絲泰莉雅」
「陛下……」
「沒有下次了,妳應該很清楚」
陛下用毫無感情的聲音對我說道。
我的心,又回到了與艾伯李斯特相遇之前的乾涸。
以我的力量,是無法抵抗這個命運的。
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幾天之後,傳來了艾伯李斯特被不明人士襲擊,受了重傷的報告。
在收到這個報告之後,我便開始避免與他見面。
聰明的他,應該知道我會這麼做,是因為我是無法背叛皇帝陛下。
然後希望他就此與我斷絕關係。雖然他是為了帝國獻身的將校,但我還是希望他能就此逃走。
但是我這希望他能逃走的願望還是沒有實現,三個月後,他竟要求與我偷偷見面。
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夜晚的冷風,吹進了在尖塔陽台上並肩的我們之間。
艾伯李斯特將外套蓋在冷得雙肩發抖的我身上,然後,一邊輕撫我的頭髮溫柔地親吻我。
「陛下,是您吧?將情報交給他們的人」
他在我耳邊所說的,是非常殘酷的話語。
啊,他果然發現了吧。但我也只能靜靜地看著他。
「妳應該是來求助我幫忙的。還是說,那些也全都是為了讓我入套而演出的行動?」
艾伯李斯特的依舊輕聲細語,非常地溫柔。就是因為這樣,反而讓我的存在顯得更加悲慘。
我寧可他發怒大聲斥責我,那樣我的心情會有多輕鬆啊。
「打從一開始我就沒有選擇的權力。從我出生的那一刻起到死亡為止」
這時我仍強忍住即將潰堤的淚水看著他。
「我不是向您說過了,如果是我的話,一定能讓您從那個枷鎖中逃走的。那絕對不是奢侈的事」
他自始至終都真誠對待我,但是,一切都將在此結束。
「已經太遲了……」
我說完的下一個瞬間,尖塔受到了衝擊與傳來了爆破聲響。
尖塔整個劇烈搖晃,紅色的光出現在視線盡頭。
啊,開始了。不管我多努力,從他來到這裡的瞬間起,命運就已經不可改變了。
「這裡很危險。快,來這裡」
即使如此,他還是打算要救我。可是,我的精神已經到了臨界點。
腦中作響『殺他』的那個聲音,已經將我腐蝕殆盡。
我為了擺脫心底的聲音,甩開了艾伯李斯特的手,與他拉開了些距離。
「陛下,我的誠心沒有改變。要是有什麼理由之後再聽您說」
「已經夠了……已經結束了」
我緊閉雙眼搖頭。
「皇妃說得沒錯。已經結束了,艾伯李斯特」
從陽台的入口處傳來了協定審問官的聲音。
艾伯李斯特立刻站到要保護我的位置,並拔出了劍。
即使在這尖塔上發生了什麼事,只要將戰鬥手段交給他,他就能活下去。即使那會是以我背叛他的方式交給他的,至少能夠讓他活下來。於是我給了他帶劍進皇宮的許可。
「是你在塔中放火的嗎?」
「那種事不重要。比起那個,你能夠保護的了皇妃嗎?」
協定審問官看向我,那個眼神像是在說「快點剌殺艾伯李斯特」。
這是本來的計劃,所以審問官看向我的這個眼神也是理所當然。
但是,我躲開了審問官的眼神,站到了陽台的欄杆上。審問官的眼神一瞬間看起來非常驚訝,但馬上回復到原本的表情。
「陛下,請不要這樣!」
艾伯李斯特的聲音聽起來很慌亂。
「再見了,艾伯李斯特」
我就那樣從欄杆上躍身一跳。
艾伯李斯特伸出一隻手想救我,但結果因為審問官的關係沒有救到我。
這樣就好,沒有了我這個枷鎖的話,他就可以繼續活下去。
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啊,但是其實……。我好想依賴你對我說的話。想相信你的話,與你一起走向新的道路……。
真希望我不是作為皇帝陛下的傀儡,而是作為一位女人與你相遇。
投向漆黑死亡的我,在心中如此祈願。
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「─完─」
「愛慕」
思えば、私の人生は堪らなく乾いており、何の色味もありませんでした。
私は巨大帝國の主『不死皇帝』の妃となるべく教育を受け、外の世界を知らぬまま育ったのです。
先代の『皇妃』である母が亡くなり、お役目を継いだのは十三の頃でした。
皇帝廟の奥深くで祈りを捧げる陛下に仕え、その御言葉を神託として臣下へ伝える。それが私の役目であり、それだけが、私が生きている理由でした。
そんな私の人生に変化が現れたのは、皇妃となって数年が経ったある日のことでした。
当時は少佐であった、エヴァリスト・ヴァルツという人物と出会ったのです。
彼のことを最初に知ったのは、シドール将軍からの報告でした。
有能な若い将校がおり、これからのグランデレニア帝國を背負うに値すると。その様なことをシドール将軍が熱を込めて話す様を見て、私はある種の興味を抱きました。
そうです、初めはただの好奇心だったのです。
短い邂逅を重ねる内に、彼の野心や帝國内での地位を上げていく目的が、うっすらとですが垣間見えてきました。
そして、彼の意志の強さや短期間で栄達を重ねるその手腕に、私は興味とは別の感情を少しずつ抱いていくようになりました。きっと、自らの意志で突き進んでゆく彼が羨ましく、そして眩しかったのでしょう。
この感情を言葉で表すとすれば、それはおそらく『異性への好意』と言っても差し支えはありません。
その感情を自覚した時、私は過去の自分を顧みて、彼と比較せざるを得ませんでした。
そして、自分は自分の意志で何も成し遂げたことがない、そのことに気付かされたのです。
私は皇帝陛下に囚われている。そんなことを考えるようになっていました。
「先の話、考えていただけたかしら?」
「はい、私でよろしければ」
彼は私の言葉に躊躇いなく答えました。
「それはよかった」
彼の目には確かに私が映っていました。それだけで十分でした。
彼がどのような野心を抱いていようとも、私は彼の後ろ盾となってそれを後押ししよう。そう心に決めるに十分でした。
「私にはあなたが必要です」
この先何が起こったとしても、エヴァリストならきっと私を救い出してくれる。
彼の瞳に宿る意志に、私はそんな可能性を見出していたのです。
「光栄です」
エヴァリストが私を優しく抱き締めてきました。彼の両腕は、私をどこまでも優しく包み込みます。
高鳴る胸、今まで一度も感じたことのない高揚感。
私は、そういった感情に酔いしれていました。
ですが、私のこの感情、この大切な感情は、脆くも簡単に崩れ去っていくものなのだと思い知らされました。
私が何を考え、エヴァリストに何をやらせようとしているのか。そういったことも、私が抱いた感情も、陛下は全てを見通していたのです。
「アリステリアよ、全ては我が手の内にある。火遊びは程々にせよ」
「申し訳ありません。私は――」
「火傷をせぬうちに、手を引くがよい」
陛下はそう仰ると、私の目を見つめてきました。
ですが、陛下の目に私は映っていませんでした。陛下は私を見ながらも、私を見ていなかったのです。
エヴァリストに会いたい。私のその思いを全て塗り潰すように、陛下は私の頭を抱え込みます。
そして次の瞬間、私の意識は闇に包まれたのです。
これ以降、エヴァリストと逢瀬を重ねる私の中に、『彼を殺せ』という心の声が響くようになったのです。
私はいつの間にか、ドレスの裾に切れ味の鋭い短剣を携帯するようになっていました。
おそらくこれは、陛下が私に課した罰なのでしょう。陛下の所有物でありながら別の男性に気を許し、あまつさえ愛慕を抱いてしまった。そんな私への罰。
繰り返される心の声を何とか振り払い、私はエヴァリストとの逢瀬を重ねました。
彼といる間だけ、私は『皇妃』の立場を捨て去ることができ、只の『アリステリア』であることができる。
私の弱い心には、それだけが救いだったのです。
心の声に逆らい続けて、数ヶ月が経ちました。
「あの時に忠告した筈だ。アリステリア」
「陛下……」
「二度はない。それはお前が一番よく知っていよう」
陛下は感情のこもっていない声でそう告げられたのです。
私の心がエヴァリストと出会う前の、乾いたものへと戻っていってしまう。
私の力では、その流れに逆らうことはできませんでした。
数日後、エヴァリストが何者かに襲撃され、重傷を負ったとの報告がありました。
その報を受けて以降、私は彼と会うことを避けました。
賢明な彼のことです。私の行動から、私が皇帝陛下を裏切ることができなかったことに気が付いたことでしょう。
このまま私との関係を絶ってほしい。一介の将校として帝國にその身を捧げるか、いずこなりへと逃亡して欲しい。
私の必死の願いも虚しく、三ヶ月後、彼は私との逢瀬を求めてしまいました。
尖塔のバルコニーに並ぶ私達の間を、夜風が通り過ぎました。
エヴァリストは寒さに肩を震わせる私にコートを掛け、そして、私の髪を撫でながら優しく口づけをしてきました。
「陛下、貴女ですね? 情報を渡したのは」
彼が私に囁いてきた言葉は、とても残酷な言葉でした。
ああ、やはり彼は気が付いているのだ。そう思いながらも、私は彼をじっと見つめることしかできません。
「貴女は私に助けを求めていた筈。それとも、全て私を落とし入れるための行動ですか?」
エヴァリストの口調はただただ囁くような声色で、本当に優しいものでした。だからこそ、却ってそれが私の存在を惨めなものにさせていきます。
いっそ怒りに任せて罵ってくれれば、そうしてくれればどれほど楽だったことでしょう。
「選択肢など、私には初めから無かったのです。生まれ落ちてから、そして死ぬまで」
私は今にもこぼれ落ちそうな涙を堪え、彼を見つめます。
「私ならその軛から逃してあげられると申し上げた。それは奢った気持ちからではありません」
彼はどこまでも私に対して誠実でした。ですが、もうここで終わりなのです。
「もう遅いのです……」
そう言葉を洩らした次の瞬間、尖塔に衝撃と爆音が響き渡りました。
尖塔全体が大きく揺れ、赤い光が視界の端に映ります。
あぁ、始まってしまいました。私が何をどうしようと、彼がここへやって来た瞬間から、この運命は決まっていたのです。
「ここは危険です。さあ、こちらへ」
なおも彼は私を助けようとしてくれました。ですが、私の精神はもう限界を迎えています。
脳内に響き渡る『殺せ』という心の声は、私を蝕み尽くしていたのです。
私は心の声から逃れるようにエヴァリストの腕を振り払うと、彼との距離を置きました。
「陛下、私の誠心に変わりはありません。ご事情は後で伺います」
「もうよいのです……もう終わりです」
私は目を閉じて頭を振ります。
「皇妃が正しい。終わりだ、エヴァリスト」
協定審問官の声がバルコニーの入り口から聞こえてきました。
咄嗟にエヴァリストは私を庇うように立ち位置を変え、剣を抜きました。
この尖塔で何が起こっても、彼に戦う手段さえ渡しておけば、彼は生き残ることができる。例えそれによって私が彼に切り伏せられたとしても、彼だけは生き残ってもらえる。そう判断して、彼には皇宮内での帯剣を許していました。
「貴様が塔に火を放ったのか?」
「それはどうでもいい話だ。それよりも、お前は皇妃を守れるのかな?」
協定審問官の視線は私に向けられています。その目は「早くエヴァリストを刺せ」とでも言いたげです。
元々そういう手筈だったのですから、審問官がそのような視線を送るのも当然です。
ですが、私は審問官の視線から逃れ、バルコニーの欄干に立ちました。審問官の目が一瞬だけ驚くように見開かれましたが、すぐに元に戻りました。
「陛下、おやめください!」
エヴァリストが声を荒げます。
「さようなら、エヴァリスト」
私はそのまま欄干から身を投げ出しました。
エヴァリストは片腕を伸ばして私を助けようとしてくれましたが、結局は審問官によって叶わなかったようです。
それでよかったのです。私という枷が無くなれば、彼は生き延びることができるのです。
ああ、でも本当は……。貴方が私に囁いてくれた言葉に縋りたかった。貴方の言葉を信じ、貴方と一緒に新しい道を歩みたかった……。
皇帝陛下の傀儡としてではなく、一人の女として貴方に出会いたかった。
漆黒の死に向かっていく私は、そう願ってしまったのです。
「―了―」
思えば、私の人生は堪らなく乾いており、何の色味もありませんでした。
私は巨大帝國の主『不死皇帝』の妃となるべく教育を受け、外の世界を知らぬまま育ったのです。
先代の『皇妃』である母が亡くなり、お役目を継いだのは十三の頃でした。
皇帝廟の奥深くで祈りを捧げる陛下に仕え、その御言葉を神託として臣下へ伝える。それが私の役目であり、それだけが、私が生きている理由でした。
そんな私の人生に変化が現れたのは、皇妃となって数年が経ったある日のことでした。
当時は少佐であった、エヴァリスト・ヴァルツという人物と出会ったのです。
彼のことを最初に知ったのは、シドール将軍からの報告でした。
有能な若い将校がおり、これからのグランデレニア帝國を背負うに値すると。その様なことをシドール将軍が熱を込めて話す様を見て、私はある種の興味を抱きました。
そうです、初めはただの好奇心だったのです。
短い邂逅を重ねる内に、彼の野心や帝國内での地位を上げていく目的が、うっすらとですが垣間見えてきました。
そして、彼の意志の強さや短期間で栄達を重ねるその手腕に、私は興味とは別の感情を少しずつ抱いていくようになりました。きっと、自らの意志で突き進んでゆく彼が羨ましく、そして眩しかったのでしょう。
この感情を言葉で表すとすれば、それはおそらく『異性への好意』と言っても差し支えはありません。
その感情を自覚した時、私は過去の自分を顧みて、彼と比較せざるを得ませんでした。
そして、自分は自分の意志で何も成し遂げたことがない、そのことに気付かされたのです。
私は皇帝陛下に囚われている。そんなことを考えるようになっていました。
「先の話、考えていただけたかしら?」
「はい、私でよろしければ」
彼は私の言葉に躊躇いなく答えました。
「それはよかった」
彼の目には確かに私が映っていました。それだけで十分でした。
彼がどのような野心を抱いていようとも、私は彼の後ろ盾となってそれを後押ししよう。そう心に決めるに十分でした。
「私にはあなたが必要です」
この先何が起こったとしても、エヴァリストならきっと私を救い出してくれる。
彼の瞳に宿る意志に、私はそんな可能性を見出していたのです。
「光栄です」
エヴァリストが私を優しく抱き締めてきました。彼の両腕は、私をどこまでも優しく包み込みます。
高鳴る胸、今まで一度も感じたことのない高揚感。
私は、そういった感情に酔いしれていました。
ですが、私のこの感情、この大切な感情は、脆くも簡単に崩れ去っていくものなのだと思い知らされました。
私が何を考え、エヴァリストに何をやらせようとしているのか。そういったことも、私が抱いた感情も、陛下は全てを見通していたのです。
「アリステリアよ、全ては我が手の内にある。火遊びは程々にせよ」
「申し訳ありません。私は――」
「火傷をせぬうちに、手を引くがよい」
陛下はそう仰ると、私の目を見つめてきました。
ですが、陛下の目に私は映っていませんでした。陛下は私を見ながらも、私を見ていなかったのです。
エヴァリストに会いたい。私のその思いを全て塗り潰すように、陛下は私の頭を抱え込みます。
そして次の瞬間、私の意識は闇に包まれたのです。
これ以降、エヴァリストと逢瀬を重ねる私の中に、『彼を殺せ』という心の声が響くようになったのです。
私はいつの間にか、ドレスの裾に切れ味の鋭い短剣を携帯するようになっていました。
おそらくこれは、陛下が私に課した罰なのでしょう。陛下の所有物でありながら別の男性に気を許し、あまつさえ愛慕を抱いてしまった。そんな私への罰。
繰り返される心の声を何とか振り払い、私はエヴァリストとの逢瀬を重ねました。
彼といる間だけ、私は『皇妃』の立場を捨て去ることができ、只の『アリステリア』であることができる。
私の弱い心には、それだけが救いだったのです。
心の声に逆らい続けて、数ヶ月が経ちました。
「あの時に忠告した筈だ。アリステリア」
「陛下……」
「二度はない。それはお前が一番よく知っていよう」
陛下は感情のこもっていない声でそう告げられたのです。
私の心がエヴァリストと出会う前の、乾いたものへと戻っていってしまう。
私の力では、その流れに逆らうことはできませんでした。
数日後、エヴァリストが何者かに襲撃され、重傷を負ったとの報告がありました。
その報を受けて以降、私は彼と会うことを避けました。
賢明な彼のことです。私の行動から、私が皇帝陛下を裏切ることができなかったことに気が付いたことでしょう。
このまま私との関係を絶ってほしい。一介の将校として帝國にその身を捧げるか、いずこなりへと逃亡して欲しい。
私の必死の願いも虚しく、三ヶ月後、彼は私との逢瀬を求めてしまいました。
尖塔のバルコニーに並ぶ私達の間を、夜風が通り過ぎました。
エヴァリストは寒さに肩を震わせる私にコートを掛け、そして、私の髪を撫でながら優しく口づけをしてきました。
「陛下、貴女ですね? 情報を渡したのは」
彼が私に囁いてきた言葉は、とても残酷な言葉でした。
ああ、やはり彼は気が付いているのだ。そう思いながらも、私は彼をじっと見つめることしかできません。
「貴女は私に助けを求めていた筈。それとも、全て私を落とし入れるための行動ですか?」
エヴァリストの口調はただただ囁くような声色で、本当に優しいものでした。だからこそ、却ってそれが私の存在を惨めなものにさせていきます。
いっそ怒りに任せて罵ってくれれば、そうしてくれればどれほど楽だったことでしょう。
「選択肢など、私には初めから無かったのです。生まれ落ちてから、そして死ぬまで」
私は今にもこぼれ落ちそうな涙を堪え、彼を見つめます。
「私ならその軛から逃してあげられると申し上げた。それは奢った気持ちからではありません」
彼はどこまでも私に対して誠実でした。ですが、もうここで終わりなのです。
「もう遅いのです……」
そう言葉を洩らした次の瞬間、尖塔に衝撃と爆音が響き渡りました。
尖塔全体が大きく揺れ、赤い光が視界の端に映ります。
あぁ、始まってしまいました。私が何をどうしようと、彼がここへやって来た瞬間から、この運命は決まっていたのです。
「ここは危険です。さあ、こちらへ」
なおも彼は私を助けようとしてくれました。ですが、私の精神はもう限界を迎えています。
脳内に響き渡る『殺せ』という心の声は、私を蝕み尽くしていたのです。
私は心の声から逃れるようにエヴァリストの腕を振り払うと、彼との距離を置きました。
「陛下、私の誠心に変わりはありません。ご事情は後で伺います」
「もうよいのです……もう終わりです」
私は目を閉じて頭を振ります。
「皇妃が正しい。終わりだ、エヴァリスト」
協定審問官の声がバルコニーの入り口から聞こえてきました。
咄嗟にエヴァリストは私を庇うように立ち位置を変え、剣を抜きました。
この尖塔で何が起こっても、彼に戦う手段さえ渡しておけば、彼は生き残ることができる。例えそれによって私が彼に切り伏せられたとしても、彼だけは生き残ってもらえる。そう判断して、彼には皇宮内での帯剣を許していました。
「貴様が塔に火を放ったのか?」
「それはどうでもいい話だ。それよりも、お前は皇妃を守れるのかな?」
協定審問官の視線は私に向けられています。その目は「早くエヴァリストを刺せ」とでも言いたげです。
元々そういう手筈だったのですから、審問官がそのような視線を送るのも当然です。
ですが、私は審問官の視線から逃れ、バルコニーの欄干に立ちました。審問官の目が一瞬だけ驚くように見開かれましたが、すぐに元に戻りました。
「陛下、おやめください!」
エヴァリストが声を荒げます。
「さようなら、エヴァリスト」
私はそのまま欄干から身を投げ出しました。
エヴァリストは片腕を伸ばして私を助けようとしてくれましたが、結局は審問官によって叶わなかったようです。
それでよかったのです。私という枷が無くなれば、彼は生き延びることができるのです。
ああ、でも本当は……。貴方が私に囁いてくれた言葉に縋りたかった。貴方の言葉を信じ、貴方と一緒に新しい道を歩みたかった……。
皇帝陛下の傀儡としてではなく、一人の女として貴方に出会いたかった。
漆黒の死に向かっていく私は、そう願ってしまったのです。
「―了―」