──芽月十五日 下午──
在往魯比歐那王國首都阿巴隆路上,帶領商隊的馬車中,茱蒂絲將地圖以及《渦》的預測圖打開。
「這個時期的話,在這個山脈的渦是非活性化的,想通過這條山路的話,只有現在這個時期而已」
「可以走這條山路的話,就可以比預定還早到達阿巴隆了。謝謝,都是托妳的福」
身為商隊隊長的暴風駕馭者,露出像是害羞的笑容看著茱蒂絲。
「要道謝等我們通過山路再說吧,渦可是像女人一樣任性多變的」
「哈哈,妳真會比喻」
茱蒂絲隨意應付隊長的話之後,看向馬車外面。
現在走著的道路前方,可以看到接下來要經過的山脈。
視野的角落可以看到《渦》。茱蒂絲的眼睛,可以捕捉到《渦》很細微的變化。
雖然跟隊長他們說《渦》現在是非活性化,但其實那個《渦》正慢慢轉向半活性化狀態。
雖然現在變化還很細微,但如果不是精通《渦》的人是不會發現的。而茱蒂絲是不會看漏的。
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──芽月十九日 清晨──
在太陽還沒升上來的清晨時,茱蒂絲從隊長休息的房間安靜地出來,走向離旅社有一點距離的地方。
確認過周圍都沒有人之後,從懷中拿出小型的機器。
「是我,商隊照計畫會通過那條山路」
「……了解了」
茱蒂絲向著機器小聲說了之後,機器中從來男性聲音回答道。
「接下來就照計畫進行知道吧,要是搞砸了我可不會放過你們的啊」
茱蒂絲說完叮嚀的話後,就把機器收進懷裡了。
雖然有離開旅社一點距離,但要是講太久搞不好會有人發現,茱蒂絲不希望自己出錯導致這次的事失敗。
只傳達需要的事之後,茱蒂絲就回到旅社去了。
再一個小時左右商隊的人應該就會起床了吧,然後馬上就要出發了。只要商隊出發之後,這無聊的工作也可以結束了
只有這一點是讓茱蒂絲感到期待,於是快步走了回去。
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──芽月十九日 早上──
「妳去哪裡了?」
剛回到旅社時,剛好遇到要起來吃早餐的隊長。
「去外面吸點新鮮空氣,對不起啦,放你一個人」
茱蒂絲發出連自己都覺得噁心的假聲,貼到隊長身上。
「不,不是啦,我不是那個意思……」
茱蒂絲積極的態度,讓隊長有點慌亂。
「哈哈哈,因為今天要通過《渦》的附近,所以我有點心浮氣躁啦」
「這,這樣啊。說的也是,得提起精神才行」
茱蒂絲的話讓隊長表情轉換,變成了率領大商隊隊長的表情。
「呵呵,都靠你了哦」
茱蒂絲更加與隊長緊靠在一起。
「嗯,交給我」
隊長露出正經的表情,點點頭。
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──芽月十九日 中午──
馬車突然停了下來,如果茱蒂絲預測正確的話,現在正是坐鎮於此山脈的《渦》要變成活性化的時候。
「喂,怎麼回事!渦不是非活性狀態嗎?」
「發生什麼事了?喂,前面過來的那群人是誰啊?」
現場聽得商隊動搖的聲音,以及前方傳來野蠻男子們的叫聲。
開始了,茱蒂絲因事情順利進行而露出笑容後,將手放到藏起來的短劍劍柄上。
「怎,怎,怎麼了?發生什麼事了?」
中年男子臉色發青的看向茱蒂絲。
這位男子是魯比歐那王國派遣來的,管理商品的負責人。
「茱蒂絲,有人來襲擊了!很危險妳趕快躲起來!」
隊長從領隊車跑來馬車內。
茱蒂絲看到隊長那個樣子,低下頭,為了拚死忍住不笑出來,而讓身體稍微顫抖著。
「不用擔心,沒事的,有我在妳身邊」
隊長似乎以為茱蒂絲是因為害怕而發抖,說著充滿男子氣概的台詞要鼓勵茱蒂絲。
隊長毫無防備。在這個化為渾沌的世界中,絕對不可以放下武器。但是隊長卻沒有拿著武器,而將兩手放在茱蒂絲的肩膀上。
以為馬車中只有自己人,這份天真害死隊長自己。
「啊啊,你果然……」
溫熱的血液流過短劍,染濕了茱蒂絲的手。然後透過短劍傳來,將肉切碎開的觸感。
「妳!妳,做,什麼……」
「真是的,你身為暴風駕馭者,卻是個徹底的爛好人啊」
茱蒂絲從搖晃站不好的隊長兩腿間往上踢,然後邊從上往下看著痛苦不堪的隊長,邊悠哉地從自己的行李中,拿出長得像鞭子的劍。
茱蒂絲用手揮下那把劍後,以鋼絲連結的刀刃就打向隊長的身體。
讓隊長的身體被切割,血沫橫飛。
「呀啊啊啊啊啊啊!!」
魯比歐那的負責人看到隊長被切割的慘狀,發出尖叫跳出馬車外。
茱蒂絲完全不理會負責人逃走,繼續鞭打隊長。
反正外面有襲擊商隊的真正夥伴們在,只是從馬車逃出去而已,他是跑不掉的。
「旅途期間,你對我還真是肆意妄為啊。所以啊,換我來對你做些好事了哦」
茱蒂絲的表情妖豔地扭曲著。
「啊,呃……為,為什麼……」
「哈啊?什麼為什麼?沒什麼啊,我一開始就打算這麼做而已」
隊長露出像是掉入絕望深淵的表情,說著一些不成話語的話,而茱蒂絲也毫不在意地回答了。
一切都是從茱蒂絲看上這個商隊開始的。似乎有什麼高價值的行李要送到魯比歐那,光憑這一點就讓茱蒂絲他們盯上這個商隊了。
隊長這才想起來,最近載有高價值貨物的商隊常常行蹤不明,本來還笑他們一定是因為小看《渦》才會遇難的。
但是如果他們,都是被像茱蒂絲這樣的人騙了的話?
不知去向的商隊如果不是被《渦》,而是被人類給殺害,最後再被丟進《渦》的話?
隊長終於搞清楚事情真相,但是已經太遲了。他只能就這樣,在茱蒂絲的任性與快樂下被施予暴力而已。
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「你威風的就只有下面那條肉而已嗎?真丟臉啊」
全身上下都被劍鞭打過的隊長,已經化為不會說話的肉塊了。
「唉呀?有點欺負過頭了嗎」
寬廣的馬車廂內到處都是隊長的肉片,化為一片血海。
這台馬車只有隊長跟負責人乘坐,除了商隊們的普通商品以外,應該還有保管特別高價的珠寶飾品才對。
茱蒂絲像是要丟紙屑一樣,把肉片跟行李都丟出車外。珠寶飾品的箱子似乎被藏在其他行李中的樣子。
「啊,找到了找到了,看起來沒事」
茱蒂絲拿出因為藏在行李之中,沒有被血噴到的箱子。認為藏得這麼實裡面一定沒事的茱蒂絲,再次將行李跟肉塊開始丟出馬車外。
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──芽月二十四日 晚上──
昏暗的室內,茱蒂絲在彎腰確認紙張內容的男子前,將裝有珠寶飾品的袋子像是用丟的放下。
「這裡老樣子陰沉啊,給你,是這次的報酬哦」
「好,好的,謝啦」
在跟古朗德利尼亞、魯比歐那以及米利加迪亞三國之間距離都差不多的,這個商業國都市國家裡,有著各種交易情報。
眼前這位被叫做情報商的男子,用違法的手段收集這些情報,再賣給像茱蒂絲這樣黑社會居民的人,就是他的工作。
茱蒂絲看到已經收到報酬的情報商後,開始為了尋找下一個獵物,伸手拿起寫有各式各樣情報的紙張。
「下一個要搶哪個好呢」
「真是貪心啊,對了,大姊比較容易潛入的……,嗯,這個如何?」
情報商說完,拿出一張紙給茱蒂絲。那張紙寫的是,有某位資產家買下完整保存下來的青年型自動人偶的情報。
「不錯耶,就決定是這個了,你還真清楚我的喜好啊」
傾倒於美麗以及珍奇的東西的茱蒂絲眼神為之閃爍。
說到自動人偶,可是擁有人類沒有的造型美,是最高級的美術品。對茱蒂絲來說,是擁有最高級價值的物品。
「嘿嘿嘿,為了大姊跟錢,我也能多奮鬥奮鬥」
情報商站起來,露出像黏膩地笑容,將手放在茱蒂絲的肩膀上拉近抱住。
「哈啊,你說的話能有幾分真啊」
茱蒂絲邊說出諷刺的話邊站起來,然後就像是被情報商誘導般,進了他的寢室。
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「─完─」
3377年 「賊徒」
——芽月十五日 午後——
ルビオナ王国首都アバロンへと向かう隊商が率いる馬車の中で、ジュディスは地図と《渦》の予測図を広げていた。
「この時期なら、ここの山脈にある渦は非活性化状態よ。この山道を通るなら今の時期しかないだろうね」
「この山道を行けるなら、アバロンには予定よりも早く辿り着けるな。ありがとう、アンタのお陰だ」
隊商のリーダーであるストームライダーは、はにかむような笑みをジュディスに向けた。
「礼は無事に山道を通り抜けてからにしておくれ。渦はオンナみたいに気まぐれなんだから」
「はは、言うねえ」
リーダーの言葉を適当にあしらいながら、ジュディスは馬車の外を眺める。
いま通ってきたこの街道の先に、これから向かう山脈が見えている。
視界の端に大きな《渦》が見えた。ジュディスの目は《渦》の微細な変化を捉えている。
リーダー達には非活性化状態であると言っておいたが、あの《渦》は非活性から半活性状態へと移行しつつある。
今はまだ微細な変化である。余程《渦》に精通している者でなければ気付けないだろう。その変化をジュディスは見逃さなかった。
——芽月十九日 早朝——
まだ夜が明けきらない薄明、ジュディスはリーダーが寝泊まりしている部屋を静かに出ると、宿から離れた場所に向かった。
周囲に人の気配がないことを確認し、懐から小型の機械を取り出す。
「アタシだ。隊商は予定通りに例の山道を通る」
「……了解した」
機械に向かって小声でそう告げると、機械から男の声が返ってきた。
「あとは計画通りに進めるんだよ。ヘマしたら承知しないからね」
念押しの言葉を投げ付けると、ジュディスは機械を懐に仕舞い込んだ。
宿から離れているとはいえ、長々と会話をしていれば誰かに気取られるかもしれない。これからやろうとしている事が自分のミスで失敗するのは避けたかった。
必要最低限のことだけを済ませると、ジュディスは宿へと戻っていった。
あと一時間ほどで隊商の連中は起き出すだろう。そうすれば間もなく出発だ。隊商が出発すれば、この窮屈な自分の役目も終わる。
それだけを楽しみに、ジュディスは足早に戻っていった。
——芽月十九日 朝——
「どこに行ってたんだ?」
宿に戻ると、丁度リーダーが朝食を取りに起きてきたところであった。
「ちょいと外の空気を吸いにね。ごめんね、一人にしちまって」
自分でも気持ち悪いほどの猫撫で声で、リーダーに擦り寄る。
「い、いや。そういう訳では……」
ジュディスの積極的な態度に、リーダーはしどろもどろになるばかりだった。
「アハハ。今日は《渦》の近くを通るからね。少し気分を落ち着けたかったんだよ」
「そ、そうか。そうだな。気を引き締めなきゃいかんな」
ジュディスの言葉にリーダーは表情を一変させる。大きな隊商を率いるリーダーらしい顔つきになった。
「ふふ、頼りにしてるよ」
ジュディスはより一層リーダーに密着する。
「ああ、任せておけ」
その様子に、リーダーもまんざらではない顔で頷くのだった。
——芽月十九日 昼——
馬車が急に止まる。ジュディスの予測が正しければ、そろそろ山脈に鎮座する《渦》が活性化する頃合いだった。
「おい、どうなってる! 渦は非活性状態じゃなかったのか?」
「何が起きてるんだ? おい、前から来るあの連中は何だ?」
隊商が動揺する声と、前方からの荒くれだった男達の雄叫びが聞こえる。
始まった。ジュディスは予定通りに事が進んでいることにほくそ笑むと、隠し持っている短剣の柄に手を掛けた。
「な、な、何だ? 何が起こったんだ?」
中年の男性が青ざめた様子でジュディスに顔を向けた。
この中年男性はルビオナ王国から遣わされた、荷主側の責任者であった。
「ジュディス、襲撃だ! 危ないから隠れていろ!」
リーダーが御者台から馬車の中へと入ってきた。
ジュディスはその様子を目にして俯いた。笑いそうになるのを必死に堪えているせいで、小刻みに肩が震える。
「大丈夫だ、心配するな。俺がついてる」
ジュディスの様子を恐怖で震えていると勘違いしたのか、リーダーは男気の溢れる言葉でジュディスを励ました。
リーダーは無防備であった。この混沌とした世界では決して武器を手放してはいけない。にも関わらずこのリーダーは武器を持たず、両手をジュディスの肩に置いていた。
馬車の中には味方しかいない。その慢心がリーダーを殺す。
「ああ、アンタはやっぱり……」
生暖かい血液が短剣を伝ってジュディスの手を濡らす。そして、短剣が肉を切り裂いていく感触が伝わってくる。
「な! な、なに、を……」
「まったく。アンタはストームライダーのくせに、底抜けのお人好しだねえ」
ジュディスはよろめくリーダーの股間を蹴り上げる。悶絶するリーダー。その様を見下ろしながら、ジュディスはゆったりとした動作で自身の荷物から鞭状の剣を取り出した。
手首をスナップさせると、ワイヤーで連結されている刃がリーダーの体を打つ。
リーダーの体は切り刻まれ、血飛沫を上げる。
「ひいぃぃいいい!!」
切り刻まれていくリーダーの惨状を目にしたルビオナの責任者が、叫び声を上げながら馬車の外に飛び出していった。
それには構わず、ジュディスは目の前のリーダーをいたぶり続けた。
どうせ外には隊商を襲撃している本当の仲間達がいる。馬車から逃がした程度、どうということもない。
「旅の間、ずっとアタシをいいようにしたんだ。だからさ、次はアタシがアンタをいいようにする番なのよ」
ジュディスの顔が妖艶に歪む。
「あ、あ……な、何で……」
「あん? 何でかって? 何でもないわよ。最初からこうするつもりだっただけさ」
リーダーは絶望の淵に沈むような表情で、言葉にならない言葉を搾り出す。対するジュディスは事も無げに答えた。
全てはこの隊商がジュディス達に目を付けられたときから始まっていた。ルビオナに何か価値のありそうな荷物を届けるらしいということ、その一点のために、ジュディス達に狙われた。
リーダーは思い出した。ここ最近、価値のある荷物を運ぶ隊商が行方知れずになる事件が頻発していることを。だがそれは、そいつらが《渦》の進路を甘く見た結果だと笑い飛ばしていた。
しかしそうではなく、もしそれがジュディスのような人間に騙されて起きたものだとしたら?
行方知れずになった隊商は《渦》ではなく人間によって蹂躙され、最後は《渦》の中へ放り込まれていたのだとしたら?
リーダーはそのことに思い至ったが、もう遅かった。彼はジュディスの気まぐれと楽しみのためだけに蹂躙された。
「根性があったのは下の肉だけかい? 情けないねぇ」
あらゆる場所を剣で嬲られたリーダーは、いつの間にか物言わぬ肉塊と化していた。
「あら? ちょっとやり過ぎちまったようだね」
広くはない馬車のそこかしこにリーダーの肉片が飛び散り、辺り一面が血の海と化していた。
この馬車にはリーダーと荷主側の人間が乗っていただけに、隊商達の普通の荷物以外にも、特に高価な宝飾品が保管されている筈だった。
紙屑を捨てるような気軽さで肉片と荷物を馬車の外へ放り出す。宝飾品の入った箱は荷物の中に埋もれるように隠されていた。
「ああ、あったあった。大丈夫そうだね」
荷物に隠れていたために血を浴びていない箱を取り出す。この分なら中身も大丈夫だろうと確信したジュディスは、再び荷物と肉塊を外に放り出す作業に取り掛かった。
——芽月二十四日 夜——
薄暗い室内。ジュディスは背を丸めて紙束を確認している男の目の前に、宝飾品が詰まった袋を投げ付けるように置いた。
「相変わらず辛気臭いわね。ほら、今回の報酬だよ」
「ヘ、ヘヘ。どーも」
グランデレニア、ルビオナ、ミリガディアの三国に程近い位置にあるこの商業都市国家には、様々な取引の情報が飛び交っている。
それを非合法的な手段で収集し、ジュディスのような裏社会の住民に売り渡す。それが、情報屋と呼ばれるこの男の仕事であった。
報酬を確認する情報屋を尻目に、ジュディスは次の獲物を探すべく、様々な取引情報が書かれた紙に手を伸ばす。
「次はどれを狙おうかね」
「がっつくねえ。そうさなあ、姐さんが潜入しやすそうなのは……、うん、この辺とかどうだい?」
そう言って、情報屋は一枚の紙を差し出した。その紙には、とある資産家が完全な形で現存する青年型自動人形を買い付けたという情報が書かれていた。
「いいね。決まりだ。アンタはアタシの好みをよく知ってるよ」
美しいもの、珍しいものに傾倒するジュディスの目が剣呑に輝く。
自動人形といえば、人間には無い造形美を持つ、最高級の美術品だ。それは、ジュディスにとってこの上なく価値があるものである。
「ウヘヘ。姐さんと金のためなら、オレも頑張れるってもんだぜ」
情報屋は立ち上がると、粘つくような笑みを浮かべてジュディスの肩を抱き寄せた。
「はん、どこまでが本音なんだか」
皮肉めいた言葉を吐き出しながらジュディスも立ち上がる。そして、情報屋を誘うように、彼の寝室へと入っていった。
「—了—」
——芽月十五日 午後——
ルビオナ王国首都アバロンへと向かう隊商が率いる馬車の中で、ジュディスは地図と《渦》の予測図を広げていた。
「この時期なら、ここの山脈にある渦は非活性化状態よ。この山道を通るなら今の時期しかないだろうね」
「この山道を行けるなら、アバロンには予定よりも早く辿り着けるな。ありがとう、アンタのお陰だ」
隊商のリーダーであるストームライダーは、はにかむような笑みをジュディスに向けた。
「礼は無事に山道を通り抜けてからにしておくれ。渦はオンナみたいに気まぐれなんだから」
「はは、言うねえ」
リーダーの言葉を適当にあしらいながら、ジュディスは馬車の外を眺める。
いま通ってきたこの街道の先に、これから向かう山脈が見えている。
視界の端に大きな《渦》が見えた。ジュディスの目は《渦》の微細な変化を捉えている。
リーダー達には非活性化状態であると言っておいたが、あの《渦》は非活性から半活性状態へと移行しつつある。
今はまだ微細な変化である。余程《渦》に精通している者でなければ気付けないだろう。その変化をジュディスは見逃さなかった。
——芽月十九日 早朝——
まだ夜が明けきらない薄明、ジュディスはリーダーが寝泊まりしている部屋を静かに出ると、宿から離れた場所に向かった。
周囲に人の気配がないことを確認し、懐から小型の機械を取り出す。
「アタシだ。隊商は予定通りに例の山道を通る」
「……了解した」
機械に向かって小声でそう告げると、機械から男の声が返ってきた。
「あとは計画通りに進めるんだよ。ヘマしたら承知しないからね」
念押しの言葉を投げ付けると、ジュディスは機械を懐に仕舞い込んだ。
宿から離れているとはいえ、長々と会話をしていれば誰かに気取られるかもしれない。これからやろうとしている事が自分のミスで失敗するのは避けたかった。
必要最低限のことだけを済ませると、ジュディスは宿へと戻っていった。
あと一時間ほどで隊商の連中は起き出すだろう。そうすれば間もなく出発だ。隊商が出発すれば、この窮屈な自分の役目も終わる。
それだけを楽しみに、ジュディスは足早に戻っていった。
——芽月十九日 朝——
「どこに行ってたんだ?」
宿に戻ると、丁度リーダーが朝食を取りに起きてきたところであった。
「ちょいと外の空気を吸いにね。ごめんね、一人にしちまって」
自分でも気持ち悪いほどの猫撫で声で、リーダーに擦り寄る。
「い、いや。そういう訳では……」
ジュディスの積極的な態度に、リーダーはしどろもどろになるばかりだった。
「アハハ。今日は《渦》の近くを通るからね。少し気分を落ち着けたかったんだよ」
「そ、そうか。そうだな。気を引き締めなきゃいかんな」
ジュディスの言葉にリーダーは表情を一変させる。大きな隊商を率いるリーダーらしい顔つきになった。
「ふふ、頼りにしてるよ」
ジュディスはより一層リーダーに密着する。
「ああ、任せておけ」
その様子に、リーダーもまんざらではない顔で頷くのだった。
——芽月十九日 昼——
馬車が急に止まる。ジュディスの予測が正しければ、そろそろ山脈に鎮座する《渦》が活性化する頃合いだった。
「おい、どうなってる! 渦は非活性状態じゃなかったのか?」
「何が起きてるんだ? おい、前から来るあの連中は何だ?」
隊商が動揺する声と、前方からの荒くれだった男達の雄叫びが聞こえる。
始まった。ジュディスは予定通りに事が進んでいることにほくそ笑むと、隠し持っている短剣の柄に手を掛けた。
「な、な、何だ? 何が起こったんだ?」
中年の男性が青ざめた様子でジュディスに顔を向けた。
この中年男性はルビオナ王国から遣わされた、荷主側の責任者であった。
「ジュディス、襲撃だ! 危ないから隠れていろ!」
リーダーが御者台から馬車の中へと入ってきた。
ジュディスはその様子を目にして俯いた。笑いそうになるのを必死に堪えているせいで、小刻みに肩が震える。
「大丈夫だ、心配するな。俺がついてる」
ジュディスの様子を恐怖で震えていると勘違いしたのか、リーダーは男気の溢れる言葉でジュディスを励ました。
リーダーは無防備であった。この混沌とした世界では決して武器を手放してはいけない。にも関わらずこのリーダーは武器を持たず、両手をジュディスの肩に置いていた。
馬車の中には味方しかいない。その慢心がリーダーを殺す。
「ああ、アンタはやっぱり……」
生暖かい血液が短剣を伝ってジュディスの手を濡らす。そして、短剣が肉を切り裂いていく感触が伝わってくる。
「な! な、なに、を……」
「まったく。アンタはストームライダーのくせに、底抜けのお人好しだねえ」
ジュディスはよろめくリーダーの股間を蹴り上げる。悶絶するリーダー。その様を見下ろしながら、ジュディスはゆったりとした動作で自身の荷物から鞭状の剣を取り出した。
手首をスナップさせると、ワイヤーで連結されている刃がリーダーの体を打つ。
リーダーの体は切り刻まれ、血飛沫を上げる。
「ひいぃぃいいい!!」
切り刻まれていくリーダーの惨状を目にしたルビオナの責任者が、叫び声を上げながら馬車の外に飛び出していった。
それには構わず、ジュディスは目の前のリーダーをいたぶり続けた。
どうせ外には隊商を襲撃している本当の仲間達がいる。馬車から逃がした程度、どうということもない。
「旅の間、ずっとアタシをいいようにしたんだ。だからさ、次はアタシがアンタをいいようにする番なのよ」
ジュディスの顔が妖艶に歪む。
「あ、あ……な、何で……」
「あん? 何でかって? 何でもないわよ。最初からこうするつもりだっただけさ」
リーダーは絶望の淵に沈むような表情で、言葉にならない言葉を搾り出す。対するジュディスは事も無げに答えた。
全てはこの隊商がジュディス達に目を付けられたときから始まっていた。ルビオナに何か価値のありそうな荷物を届けるらしいということ、その一点のために、ジュディス達に狙われた。
リーダーは思い出した。ここ最近、価値のある荷物を運ぶ隊商が行方知れずになる事件が頻発していることを。だがそれは、そいつらが《渦》の進路を甘く見た結果だと笑い飛ばしていた。
しかしそうではなく、もしそれがジュディスのような人間に騙されて起きたものだとしたら?
行方知れずになった隊商は《渦》ではなく人間によって蹂躙され、最後は《渦》の中へ放り込まれていたのだとしたら?
リーダーはそのことに思い至ったが、もう遅かった。彼はジュディスの気まぐれと楽しみのためだけに蹂躙された。
「根性があったのは下の肉だけかい? 情けないねぇ」
あらゆる場所を剣で嬲られたリーダーは、いつの間にか物言わぬ肉塊と化していた。
「あら? ちょっとやり過ぎちまったようだね」
広くはない馬車のそこかしこにリーダーの肉片が飛び散り、辺り一面が血の海と化していた。
この馬車にはリーダーと荷主側の人間が乗っていただけに、隊商達の普通の荷物以外にも、特に高価な宝飾品が保管されている筈だった。
紙屑を捨てるような気軽さで肉片と荷物を馬車の外へ放り出す。宝飾品の入った箱は荷物の中に埋もれるように隠されていた。
「ああ、あったあった。大丈夫そうだね」
荷物に隠れていたために血を浴びていない箱を取り出す。この分なら中身も大丈夫だろうと確信したジュディスは、再び荷物と肉塊を外に放り出す作業に取り掛かった。
——芽月二十四日 夜——
薄暗い室内。ジュディスは背を丸めて紙束を確認している男の目の前に、宝飾品が詰まった袋を投げ付けるように置いた。
「相変わらず辛気臭いわね。ほら、今回の報酬だよ」
「ヘ、ヘヘ。どーも」
グランデレニア、ルビオナ、ミリガディアの三国に程近い位置にあるこの商業都市国家には、様々な取引の情報が飛び交っている。
それを非合法的な手段で収集し、ジュディスのような裏社会の住民に売り渡す。それが、情報屋と呼ばれるこの男の仕事であった。
報酬を確認する情報屋を尻目に、ジュディスは次の獲物を探すべく、様々な取引情報が書かれた紙に手を伸ばす。
「次はどれを狙おうかね」
「がっつくねえ。そうさなあ、姐さんが潜入しやすそうなのは……、うん、この辺とかどうだい?」
そう言って、情報屋は一枚の紙を差し出した。その紙には、とある資産家が完全な形で現存する青年型自動人形を買い付けたという情報が書かれていた。
「いいね。決まりだ。アンタはアタシの好みをよく知ってるよ」
美しいもの、珍しいものに傾倒するジュディスの目が剣呑に輝く。
自動人形といえば、人間には無い造形美を持つ、最高級の美術品だ。それは、ジュディスにとってこの上なく価値があるものである。
「ウヘヘ。姐さんと金のためなら、オレも頑張れるってもんだぜ」
情報屋は立ち上がると、粘つくような笑みを浮かべてジュディスの肩を抱き寄せた。
「はん、どこまでが本音なんだか」
皮肉めいた言葉を吐き出しながらジュディスも立ち上がる。そして、情報屋を誘うように、彼の寝室へと入っていった。
「—了—」