瑪格莉特早就明白,她自己正在進行的研究若是讓外人發現了的話會有什麼後果。她沒理由不知道從前潘德莫尼曾經造成騷動的大肅清。
對混沌元素的研究會被當作「異端」,並且紀錄和成果都會被要求放棄。對此頑固且持續抵抗的工程師《Engineer》們不是被殺,就是離開潘德莫尼逃亡到地上去了。
就算知道會有生命危險,但卻找不到比潘德莫尼這邊更完善的研究環境了。而且這是需要盡速完成的研究,不能這時候離開這裡。雖然已經非常小心謹慎,但是協定審問官《Inquisitor》們卻還是找到瑪格莉特這邊來了。
「有情報指出這裡正在進行違反協定的研究。首先請跟我們去一趟本部。還有,這裡的機械也將會納入我們的管理之下」
這是高壓且不容辯駁的單方面宣告。而且這些人並不是反抗得起的對手,瑪格莉特只能默默的服從審問官。
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到達被稱作本部的地下室之後,雙手雙腳就被扣上了枷鎖。
「要是可以讓我趕上孩子吃飯時間的話我會很感激您的」
沒有人回答瑪格莉特的玩笑話。他們各自開始做起準備,瑪格莉特因此預想到了接下來將要發生的事情。
「那麼現在開始聽取證詞」
審問官的話讓瑪格莉特差點不經意的就笑出來。接下來要開始的明明就不是那種輕而易舉的事情。
審問官們比起瑪格莉特的研究,反而對瑪格莉特所接觸的對象……被稱為開放派的那群人還更有興趣。儘管只是不定期的交換情報,而且對他們的背景也不清楚,但瑪格莉特還是沒有說出任何關於開放派的情報。
「不管你問我多少次,不知道的事情我也無法回答的」
瑪格莉特堅持的表示,這一切從一開始就一直都只是個人的獨立研究。
這個研究是拯救兒子唯一的希望。不論如何都要繼續這個研究,為此她無論如何都必須離開這裡。要是被認定為是開放派成員的話,就再也無法從這裡出去了。
「這裡的作法雖然原始,但卻非常有效。抵抗是沒有用的」
「….嗚!」
在不知道第幾次的強烈電擊後,瑪格莉特終於昏了過去。
被問同樣的問題,回答同樣的答案,然後遭受電擊。這過程在她失去意識前不斷的重覆著,當她醒過來之後又再繼續重複。
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面對衰弱到已無法正常答應的瑪格莉特,審問官們卻還是冷淡的不停「聽證」。
自己在這種地方浪費時間的同時,自己孩子所僅剩的時間也確實在減少著。就算是一秒也好,必須盡快重新回到研究。在瑪格莉特心中,只有無法與孩子見面的焦躁不斷增長著。
雖然嘶吼著幾乎不成聲的聲音想掙脫束縛,但是這當然沒有效果,接著就又再次被電擊給弄昏了過去。
雖然也曾經被只要講出一切就能得到解放的誘惑給迷惑。但一想到孩子可以生存下去的可能性也會一併賭上,瑪格莉特就能清醒的抵抗這個誘惑。
瑪格莉特的動力,全部都是來自於她想拯救孩子性命的執念。
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再次醒來時,束縛已被解開,瑪格莉特躺在貌似診療室的台子上。一旁的身影是丈夫伊奧席夫。
「伊奧席夫」
用微弱的聲音叫著丈夫的名字,伊奧席夫在稍微停頓了一下之後,就把瑪格莉特抱在懷裡。
「孩子呢…」
「當然還健康的等著妳呢!走吧,我們回家」
在伊奧席夫掛著微笑的臉上看得出疲累。伊奧席夫並沒有跟瑪格莉特說明,自己為了救她而四處奔波的這件事。
伊奧席夫攙扶著體力尚未回復的瑪格莉特離開了本部。
「就算妳是高階工程師,也沒有下次了。請務必牢記」
在出入口前的一名審問官,表情冷淡的向瑪格莉特和伊奧席夫告誡著。
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回到研究室時,已經作好的裝置不見了。研究紀錄,法典也全部都不見了。
「不管怎樣,妳平安無事就好」
對於伊奧席夫溫柔的言語,瑪格莉特卻沒辦法坦率的點頭。明明感覺再一下子就能夠掌握住什麼了的時候,一切卻回到了原點。瑪格莉特對於這件事感到非常悔恨。
「總之,今後不要再做像這樣會引起審問官注意的事,好嗎」
「……我不會放棄的」
瑪格莉特一邊摸著睡在小小床上的孩子臉頗,一邊說道。
「絕對,還有可能性的……」
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沒有下次,審問官是這樣說的。就算照著他們的話去做,也治療不了我孩子的病。這個笑容又還能看到什麼時候呢。只要一想到孩子的將來瑪格莉特就感到坐立不安。她無法忍受就這樣坐以待斃。
雖然對於開放派的思想跟背景完全不感興趣。但是,在這種狀況下也只能依賴他們了。
「審問官的監視範圍是很廣的。您可能也會遭遇到什麼危險。如果真有什麼困擾的事時,就請來帕司多拉斯研究所遺址一趟。我們應該能幫上您的忙」
這是之前不知道什麼時候負責連絡的人所說過的話。
在大肅清之後沒多久,帕司多拉斯研究所就馬上被治安部隊燒掉了。大概因為那裡曾是對開放派而言非常重要的地方吧。總之為了取得聯繫,瑪格莉特就前往帕司多拉斯研究所遺址了。
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在入夜時到達了廢墟。不只研究所遺址,連周圍都毫無人煙,完全成為被人遺忘的場所了。
「前陣子的事還真是不幸啊。我一直在想您差不多要來這裡了」
突然有人從背後向自己搭話。瑪格莉特受到驚嚇之後回頭一看,站在那裡的是見過好幾次面,負責連絡的男子。
有點慌亂的瑪格莉特急忙看看四周,負責連絡的男子也猜到了原因。
「放心,這附近沒有那些人。要是在的話,我也不會出現了」
「我想要繼續研究。我需要協助」
「您沒有輸給那場審問。已經是我們的同志了。我們會竭盡所能的協助您的」
「我只想繼續研究,而且時間並不多了」
「我明白的。我們現在就前往那可以滿足您需要的地方吧」
乘著事先藏好的快船,瑪格莉特與那位負責連絡者一同離開了廢墟。
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快船以低高度在夜裡飛繞過潘德莫尼周圍後,在一個沒有半個路燈,一望無際的空地上降落。
「這裡是…」
被帶到的是一個雖然存在於潘德莫尼中,但瑪格莉特並不知道的地方。
「知道整理區域嗎?就是中央會定期的將舊地區重新整理的區域。潘德莫尼是一個完全人造的都市,所以定期的更新是必要的」
「可以在這裡做研究嗎?」
「我們在中央控制系統找到了一個漏洞。成功的讓這個整理區域暫時的脫離中央的管理了」
語畢之後,什麼也沒有的地面突然慢慢地往地底沉了下去。
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瑪格莉特就這樣從潘德莫尼消失了。留下她的丈夫和當初如此執著的孩子。
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幾個月後,瑪格莉特和開放派的研究員們完成了巨大的「搖籃」。
創造出人工的混沌元素渦,那是會將「影響力」帶給特定人物的裝置。
測試已經完成。就只剩帶我的孩子過來這裡了。
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深夜。伊奧席夫因為一些聲音而醒了過來。感覺別的房間好像有人。
潘德莫尼裡不太可能會有小偷侵入。而且保全系統也沒有反應。
「是瑪格莉特嗎?」
伊奧席夫在邊問著的同時也把房間的燈給打開。在那裡的是瑪格莉特抱著孩子的身影。
「妳想要對那孩子做什麼?」
「什麼都不要問。只要這件事結束了之後,我們就能三個人一起一直生活下去了。只要那樣就夠了不是嗎?」
「妳要明白我很擔心妳啊」
「我必須走了。我們一定會回來的」
說完之後,瑪格莉特就帶著孩子離開房間了。
伊奧席夫沒有追上去。只是坐到床邊,稍微的凝視了虛空一陣子。
在嘆息一聲之後,手伸向了在床邊的通訊裝置。
「我是伊奧席夫。她來過這裡了。對。孩子也一起。發信器沒有問題」
|
「─完─」
3378年 「追跡者」
マルグリッドは自らの行なっている研究が外に知られた場合、どうなるかを理解しているつもりだった。かつてパンデモニウムに吹き荒れた大粛正を知らぬ訳がなかった。
ケイオシウムに対する研究が「異端」とされ、記録や成果の放棄が求められた。頑迷に拒否し続けた工学師《エンジニア》は命を落とし、そうでない者もパンデモニウムから地上へと逃亡した。
身の危険があるとわかっていても、パンデモニウム以上に研究環境が充実した場所は無かった。何より急を要する研究だった。ここを動く訳にはいかなかった。細心の注意を払っていたつもりだったが、それでも協定審問官《インクジター》達はマルグリッドの元へやって来た。
「こちらで協定違反研究を行なっているとの情報があった。まずは本部へ来てもらおう。それから、ここの機材は我々の管理下に入る」
反論を許さない、高圧的で一方的な通告だった。抵抗してどうにかなる相手ではない。マルグリッドは黙って審問官に従った。
本部と呼ばれた場所の地下に到着すると、両手両足に枷を嵌められた。
「子供の食事に間に合うようにしてくれると、ありがたいのだけど」
マルグリッドの軽口に答える者は誰もいなかった。各々が何らかの準備を始めており、これから起こるであろう事をマルグリッドに予感させた。
「では聴取を始める」
審問官の言葉にマルグリッドは思わず笑いそうになる。これから始まるものは、そんな生易しいものでない事が明らかだった。
審問官の興味はマルグリッドの研究そのものよりも、マルグリッドに接触してきた相手——開放派と呼ばれる者達にあるようだった。不定期な情報交換のみで彼らの背景は詳細に知らなかったが、マルグリッドは開放派の情報は一切話さなかった。
「何度聞かれても、知らないものは答えようがないわ」
初めから全てが自分個人の独自研究だと言い続けた。
今の研究が自分の息子を助ける唯一の望みだった。研究を続けるためには、何としてもここを出なくてはならない。組織的な開放派と見られれば、ここから出られなくなる。
「ここのやり方は原始的だが、とても効果的だ。 抵抗は無駄だ」
「……っ!」
何度目かの強烈な電撃がマルグリッドを襲い、ついに気を失った。
同じ質問をされ、同じ回答をし、電気ショックを与えられる。気を失うまで繰り返され、目を覚ましたら再開された。
受け答えもできないほど衰弱したマルグリッドに対し、淡々と休みなく「聴取」を続ける審問官。
自身がこんな場所で時間を浪費している間にも、我が子の残り時間は確実に減っている。一秒でも早く研究を再開しなくてはならないのに。マルグリッドの中には我が子に会えない焦燥だけが募っていった。
声にならない声を上げながら戒めを解こうとするも、当然びくともせず、電気ショックを与えられて気を失った。
全てを語って楽になってしまおうという誘惑に駆られたが、我が子が生きる可能性は自分に掛かっているのだと思い直し、その誘惑を断ち切った。
マルグリッドを突き動かすのは、我が子の命への執念だった。
目を覚ますと、戒めは解かれ、診療台と思わしき上にマルグリッドは横たわっていた。傍らには夫であるイオースィフの姿があった。
「イオースィフ」
力なく名前を呼ぶと、イオースィフはほんの僅かに静止した後、マルグリッドを抱きしめた。
「あの子は……」
「もちろん元気にしているよ。さぁ、帰ろう」
そう微笑みかけるイオースィフの顔には疲れが見えていた。マルグリッドを助ける為に各地を奔走した所為だったが、それをマルグリッドに説明する事はなかった。
体力が回復していないマルグリッドをイオースィフが支えながら、本部を後にする。
「テクノクラートとはいえ、次はありません。努々お忘れなきよう」
出入口前にいた審問官の一人が、冷たい表情でマルグリッドとイオースィフへ告げた。
研究室へ戻ると、作り上げた装置は跡形もなく消え去っていた。研究記録も、コデックスも、全てが無くなっていた。
「なんにせよ、君が無事で良かった」
イオースィフの優しい言葉に、マルグリッドは素直に頷くことができなかった。もう少しで何かが掴めそうだったのに、振り出しに戻ってしまった。そのことが悔しくてたまらなかった。
「とにかく、今後は審問官に目を付けられるような真似はしないことだ。いいね」
「……私はあきらめない」
小さなベッドに眠る我が子の頬に触れながら、マルグリッドは言った。
「絶対に、可能性はあるわ……」
次は無い、と審問官に言われた。その通りにしたところで我が子の病は治らない。この笑顔をいつまで見ることができるのか。この子の行き先を思うといたたまれない。最後の時を座して待つなど、マルグリッドには耐えられないことだった。
開放派の思想や背景には興味がなかった。しかし、この状況で頼れるのは彼らしかいなかった。
「審問官の手は長い。あなたも危険な目に遭うかもしれません。もし困るような事になったら、パストラス研究所跡地まで来てください。力になれる筈です」
いつか連絡係から聞いた言葉だった。
大粛正の直後、パストラス研究所は治安部隊によって焼き払われた。開放派にとって重要な場所だったのだろう。とりあえず連絡を付けるために、マルグリッドは研究所跡地へ向かった。
夜になって跡地に着いた。研究所跡地は周囲を含め、人気の無い、忘れ去られた廃墟となっていた。
「先日は災難でしたね。そろそろ来て頂ける頃だと思っておりました」
突然背後から話し掛けられた。驚いて振り向くと、何度も会った事がある連絡係の男がそこにいた。
落ち着かない様子で周囲を見渡すマルグリッドを見て、連絡係の男はその原因に思い当たった。
「大丈夫、周囲に連中はいません。いたのなら私は出てきません」
「私は研究を続けたいの。 協力してほしい」
「あなたはあの審問にも負けなかった。 もう我々の同志です。 協力を惜しみません」
「私は研究を続けたいだけ。 時間が無いの」
「わかっています。 今からそれができる場所へ行きましょう」
物陰に隠されていたクリッパーに乗り、マルグリッドと連絡係は廃墟を後にした。
クリッパーは夜のパンデモニウム周辺を低高度で飛び回った後、街路灯一つ無い、更地が続く場所に降り立った。
「ここは……」
案内された場所はパンデモニウム内でありながら、マルグリッドの知らない場所だった。
「整理区域を知っていますか? 中央が定期的に古い区画を整理している区域です。 パンデモニウムは完全な人工都市ですから、全てを定期的に刷新する必要があるのです」
「ここで研究ができるの?」
「我々は中央の制御システムに穴を見つけましてね。 整理区域の地下を一時的に中央の管理から取り除くことに成功したのです」
そう言うと、何でもない地面がゆっくりと地下へ下がっていった。
こうして、マルグリッドはパンデモニウムから姿を消した。夫と、あれだけ執着していた子供を残して。
数ヶ月が経ち、マルグリッドと開放派の研究員達は巨大な「ゆりかご」を完成させた。
人工的にケイオシウム渦を創り出し、その「影響力」を特定の人物に与える装置だった。
テストは済んでいた。あとは我が子を連れてくるだけだ。
深夜、イオースィフは物音で目を覚ました。別の部屋に人の気配がしていた。
パンデモニウム内で泥棒が入るとは考えづらい。しかもセキュリティが反応していない。
「マルグリッド?」
呼び掛けると共に部屋の明かりを点ける。そこには我が子を抱きかかえたマルグリッドの姿があった。
「その子をどうするつもりだ」
「何も聞かないで。これが終われば三人でいつまでも暮らせる。それだけで十分だと思わない?」
「僕は君が心配なんだ。 わかってくれ」
「行かないと。必ず帰ってくるわ」
そう言うと、マルグリッドは子供と共に部屋を出ていった。
イオースィフは追わなかった。ベッドに座り、しばらく虚空を見つめていた。
そして溜息をつくと、ベッドサイドの通信装置に手を伸ばした。
「イオースィフです。こちらに来ました。ええ、子供も一緒です。発信器に問題はありません」
「—了—」
マルグリッドは自らの行なっている研究が外に知られた場合、どうなるかを理解しているつもりだった。かつてパンデモニウムに吹き荒れた大粛正を知らぬ訳がなかった。
ケイオシウムに対する研究が「異端」とされ、記録や成果の放棄が求められた。頑迷に拒否し続けた工学師《エンジニア》は命を落とし、そうでない者もパンデモニウムから地上へと逃亡した。
身の危険があるとわかっていても、パンデモニウム以上に研究環境が充実した場所は無かった。何より急を要する研究だった。ここを動く訳にはいかなかった。細心の注意を払っていたつもりだったが、それでも協定審問官《インクジター》達はマルグリッドの元へやって来た。
「こちらで協定違反研究を行なっているとの情報があった。まずは本部へ来てもらおう。それから、ここの機材は我々の管理下に入る」
反論を許さない、高圧的で一方的な通告だった。抵抗してどうにかなる相手ではない。マルグリッドは黙って審問官に従った。
本部と呼ばれた場所の地下に到着すると、両手両足に枷を嵌められた。
「子供の食事に間に合うようにしてくれると、ありがたいのだけど」
マルグリッドの軽口に答える者は誰もいなかった。各々が何らかの準備を始めており、これから起こるであろう事をマルグリッドに予感させた。
「では聴取を始める」
審問官の言葉にマルグリッドは思わず笑いそうになる。これから始まるものは、そんな生易しいものでない事が明らかだった。
審問官の興味はマルグリッドの研究そのものよりも、マルグリッドに接触してきた相手——開放派と呼ばれる者達にあるようだった。不定期な情報交換のみで彼らの背景は詳細に知らなかったが、マルグリッドは開放派の情報は一切話さなかった。
「何度聞かれても、知らないものは答えようがないわ」
初めから全てが自分個人の独自研究だと言い続けた。
今の研究が自分の息子を助ける唯一の望みだった。研究を続けるためには、何としてもここを出なくてはならない。組織的な開放派と見られれば、ここから出られなくなる。
「ここのやり方は原始的だが、とても効果的だ。 抵抗は無駄だ」
「……っ!」
何度目かの強烈な電撃がマルグリッドを襲い、ついに気を失った。
同じ質問をされ、同じ回答をし、電気ショックを与えられる。気を失うまで繰り返され、目を覚ましたら再開された。
受け答えもできないほど衰弱したマルグリッドに対し、淡々と休みなく「聴取」を続ける審問官。
自身がこんな場所で時間を浪費している間にも、我が子の残り時間は確実に減っている。一秒でも早く研究を再開しなくてはならないのに。マルグリッドの中には我が子に会えない焦燥だけが募っていった。
声にならない声を上げながら戒めを解こうとするも、当然びくともせず、電気ショックを与えられて気を失った。
全てを語って楽になってしまおうという誘惑に駆られたが、我が子が生きる可能性は自分に掛かっているのだと思い直し、その誘惑を断ち切った。
マルグリッドを突き動かすのは、我が子の命への執念だった。
目を覚ますと、戒めは解かれ、診療台と思わしき上にマルグリッドは横たわっていた。傍らには夫であるイオースィフの姿があった。
「イオースィフ」
力なく名前を呼ぶと、イオースィフはほんの僅かに静止した後、マルグリッドを抱きしめた。
「あの子は……」
「もちろん元気にしているよ。さぁ、帰ろう」
そう微笑みかけるイオースィフの顔には疲れが見えていた。マルグリッドを助ける為に各地を奔走した所為だったが、それをマルグリッドに説明する事はなかった。
体力が回復していないマルグリッドをイオースィフが支えながら、本部を後にする。
「テクノクラートとはいえ、次はありません。努々お忘れなきよう」
出入口前にいた審問官の一人が、冷たい表情でマルグリッドとイオースィフへ告げた。
研究室へ戻ると、作り上げた装置は跡形もなく消え去っていた。研究記録も、コデックスも、全てが無くなっていた。
「なんにせよ、君が無事で良かった」
イオースィフの優しい言葉に、マルグリッドは素直に頷くことができなかった。もう少しで何かが掴めそうだったのに、振り出しに戻ってしまった。そのことが悔しくてたまらなかった。
「とにかく、今後は審問官に目を付けられるような真似はしないことだ。いいね」
「……私はあきらめない」
小さなベッドに眠る我が子の頬に触れながら、マルグリッドは言った。
「絶対に、可能性はあるわ……」
次は無い、と審問官に言われた。その通りにしたところで我が子の病は治らない。この笑顔をいつまで見ることができるのか。この子の行き先を思うといたたまれない。最後の時を座して待つなど、マルグリッドには耐えられないことだった。
開放派の思想や背景には興味がなかった。しかし、この状況で頼れるのは彼らしかいなかった。
「審問官の手は長い。あなたも危険な目に遭うかもしれません。もし困るような事になったら、パストラス研究所跡地まで来てください。力になれる筈です」
いつか連絡係から聞いた言葉だった。
大粛正の直後、パストラス研究所は治安部隊によって焼き払われた。開放派にとって重要な場所だったのだろう。とりあえず連絡を付けるために、マルグリッドは研究所跡地へ向かった。
夜になって跡地に着いた。研究所跡地は周囲を含め、人気の無い、忘れ去られた廃墟となっていた。
「先日は災難でしたね。そろそろ来て頂ける頃だと思っておりました」
突然背後から話し掛けられた。驚いて振り向くと、何度も会った事がある連絡係の男がそこにいた。
落ち着かない様子で周囲を見渡すマルグリッドを見て、連絡係の男はその原因に思い当たった。
「大丈夫、周囲に連中はいません。いたのなら私は出てきません」
「私は研究を続けたいの。 協力してほしい」
「あなたはあの審問にも負けなかった。 もう我々の同志です。 協力を惜しみません」
「私は研究を続けたいだけ。 時間が無いの」
「わかっています。 今からそれができる場所へ行きましょう」
物陰に隠されていたクリッパーに乗り、マルグリッドと連絡係は廃墟を後にした。
クリッパーは夜のパンデモニウム周辺を低高度で飛び回った後、街路灯一つ無い、更地が続く場所に降り立った。
「ここは……」
案内された場所はパンデモニウム内でありながら、マルグリッドの知らない場所だった。
「整理区域を知っていますか? 中央が定期的に古い区画を整理している区域です。 パンデモニウムは完全な人工都市ですから、全てを定期的に刷新する必要があるのです」
「ここで研究ができるの?」
「我々は中央の制御システムに穴を見つけましてね。 整理区域の地下を一時的に中央の管理から取り除くことに成功したのです」
そう言うと、何でもない地面がゆっくりと地下へ下がっていった。
こうして、マルグリッドはパンデモニウムから姿を消した。夫と、あれだけ執着していた子供を残して。
数ヶ月が経ち、マルグリッドと開放派の研究員達は巨大な「ゆりかご」を完成させた。
人工的にケイオシウム渦を創り出し、その「影響力」を特定の人物に与える装置だった。
テストは済んでいた。あとは我が子を連れてくるだけだ。
深夜、イオースィフは物音で目を覚ました。別の部屋に人の気配がしていた。
パンデモニウム内で泥棒が入るとは考えづらい。しかもセキュリティが反応していない。
「マルグリッド?」
呼び掛けると共に部屋の明かりを点ける。そこには我が子を抱きかかえたマルグリッドの姿があった。
「その子をどうするつもりだ」
「何も聞かないで。これが終われば三人でいつまでも暮らせる。それだけで十分だと思わない?」
「僕は君が心配なんだ。 わかってくれ」
「行かないと。必ず帰ってくるわ」
そう言うと、マルグリッドは子供と共に部屋を出ていった。
イオースィフは追わなかった。ベッドに座り、しばらく虚空を見つめていた。
そして溜息をつくと、ベッドサイドの通信装置に手を伸ばした。
「イオースィフです。こちらに来ました。ええ、子供も一緒です。発信器に問題はありません」
「—了—」