希爾夫獨自一匹,走在狂風呼嘯的道路上。
這一日的天空特別的紅,暗紅色的夕陽照映在希爾夫的毛上。
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希爾夫視線的前方,是他很熟悉的少女殘骸。
那個肉體已腐爛而且開始融化了。只看一眼的話,絕對無法辨認出這是誰。但是,希爾夫一眼就知道那個圍繞著死亡氣息的肉,就是曾經能與自己心靈相通的少女帕茉。
少女形狀的肉塊,全身被像是黑色煙霧般的東西包著。
「救……,救我……」
帕茉用著混濁無神的雙眼,懇求似地小聲說著。
已腐爛的聲帶理應不可能發出聲音,但是希爾夫確實是聽見了那句話。
希爾夫朝著帕茉飛奔。
向帕茉的喉嚨用力咬下。
喀擦,發出了氣管被咬爛的聲音。
希爾夫更加用力。
聽見了像是繩子被扯碎似地的聲音,附著在那個腐朽肉體上的黑影散去了。
「謝……謝」
已經壓碎的喉嚨,理應不可能發出聲音,但是卻還是聽見了帕茉的聲音。
那個也許是殘留在帕茉腐爛肉體上的殘留意念。
這下帕茉終於藉由希爾夫,得以從被詛咒的死亡中解放。
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希爾夫將完全動也不動的帕茉背在背上,再次邁開了腳步。
希爾夫心想,至少要把她的身體送回哥爾嘉才行。
背著安靜的帕茉,希爾夫在荒野中走著。
走累了就休息,休息夠了就繼續走。
這樣的行動,讓希爾夫不由自主地想回想起,自己又小又弱的那個時候。
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那時,希爾夫也是獨自走在荒涼的道路上。
馬戲團的大家因為傷害了人類,全部都被破壞掉了。希爾夫最信賴的少女救了他,才能夠逃過一劫。
在馬戲團被破壞之前,有位帶著孩子離開的男子。希爾夫為了找那位男子,便踏上了沒有著落的旅途。
但是,無論走了多久都遍尋不著孩子與男子的身影。
而且,被稱作為自動人偶的大家,不是被破壞,就是變得動也不動的樣子。
在某個城市的垃圾場裡,看到了堆積如山的自動人偶那悲慘的樣子後,希爾夫便放棄尋找那孩子與男子了。
不知道是什麼原因讓自動人偶不動的,就算之後人類想再讓他們動起來,也動不起來了。這樣的話,那個孩子與男子應該也在某個地方因為動也不動,而被丟棄了吧。
所以希爾夫就放棄了。
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後來,希爾夫漫無目的地走著,最後來到了擁有和出身的世界氛圍十分相似的的森林,便將這裡當作住所,一個人獨自生活。
希爾夫在這個森林裡過了很長的一段時間,也成長了許多。得到了這個世界的生物所沒有的不可思議力量。
希爾夫的咆哮會撼動空氣,並且可以改變《渦》的前進方向。還能與任何動物以透過傳遞思想的方式溝通。
不知不覺中,被《渦》追趕的動物們便聚集到森林來找希爾夫尋求庇護。
這座森林不知道什麼時候開始,變得比周圍的環境都還來得豐沃。
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就這樣靜靜地在森林深處生活,打算就這樣終其一生的希爾夫身邊,出現了一位女性。
這個人物身穿著美麗裝飾的衣服,身邊圍繞許多的果實與獸肉。
「森林的主人……。請救救飽受渦威脅的村子。我變成怎麼樣都沒關係,請救救村子……」
女性認真地祈禱著。
長壽的希爾夫,在短命的物種眼裡看來,就像是神一般的存在吧。
雖然不曉得是怎麼樣傳到村落裡的,但希爾夫被認為是必須敬畏的森林主人。
從森林的動物那裡得知,女性是為了守護受渦威脅的住處,將自己也當成貢品獻給希爾夫。
希爾夫感到困擾,雖然自己在一定程度上,可以擊退《渦》的災難,但是這是有人請求就該使用的力量嗎。
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希爾夫打算趕走這位女性而向她說話,就像與森林的動物們交談一樣,向她的心靈直接對話。
『回去吧。這裡不是像妳這樣的人來的地方』
女性一臉驚訝地看著希爾夫。但是,馬上又收回驚訝的表情。
「森林的主人,這我無法聽從。我是聽說您可以驅除《渦》的危機,而自願前來的」
『災難已迫在眉睫了嗎?』
「是的。您可能覺得人類這樣很愚蠢可笑。但是,能夠救我們的只有您。我變成怎麼樣都無所謂,所以……」
女性充滿決心的臉龐扎扎實實地投射進希爾夫的眼中。那份堅強的意志,彷彿看到了曾經照顧過自己的少女。
大概是因為這樣,希爾夫決定要幫助這個女性。
希爾夫強烈的感受到,這回輪到自己,發自內心想要守護些什麼了。
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與女性一同到了村落的希爾夫,守護村落不再受到《渦》的威脅。
之後,希爾夫成了守護哥爾嘉的聖獸,受到眾人的景仰。
與希爾夫心靈溝通的女性的家族,便成了負責傳達聖獸意旨的一族。就像與自然共同生存的哥爾嘉之民一樣,不因自己的任務特殊而感到驕傲,只是單純地待在希爾夫身邊。
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就這樣,平靜地過了幾百年的時間。
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終於,希爾夫老了。不可思議的力量也漸漸地無法使用。與一起生活的女性家族的人,也變得越來越難以用心靈溝通。
希爾夫明白,自己生命的盡頭終於要到了。
在接近死亡的時候,這個女性的家族裡終於久違誕生了可以與自己心靈溝通的人。那便是帕茉。
希爾夫心想著,如果是她的話,應該可以陪伴我到死了吧。希爾夫打算在哥爾嘉的自然中與帕茉一起靜靜地過完餘生。
但不知道到底是什麼因果,卻演變成現在背著帕茉的遺骸流浪的結果。
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希爾夫後悔了。
如果知道會變成這樣的話,就不該選擇年紀輕輕的帕茉為自己送終。不要和人類共同生活,應該獨自藏匿在森林的深處終老的。
就在那股徒勞感讓希爾夫要停下腳步時。
「……希爾夫」
並不是帕茉的聲音,而是希爾夫非常懷念的聲音。
就像是被那懷念的聲音吸引似的,希爾夫走了過去。
──那是對剛來到這個世界的自己,給予無微不至地照顧的少女聲音。
──那是在希爾夫還沒有力量的幼犬時期,給予許多愛的少女聲音。
──『希爾夫』這個名字也是那位少女給的。
忘卻的記憶漸漸甦醒過來。
就算少女失去了名字,又得到了新的名字。就算如此,也想跟她在一起。
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希爾夫不知道到底走了多久,到達了一間看起來莊嚴的巨大建築物前。
希爾夫加快腳步,急著想去少女的所在地。
少女一定是在某個地方一直在等待著自己,希爾夫聽到呼喊自己的聲音,覺得一定沒錯。
想起當初放棄找少女的那份思念,強烈到連要把帕茉送回哥爾嘉這件事都忘了。
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隨著聲音的引導,來到的是充滿令希爾夫懷念的光彩。
各種光芒閃爍又熄滅,慢慢地迴轉著。
『沒錯,就是這個光……』
這股光芒就是引誘希爾夫到其他世界的光。數百年前,希爾夫就是穿過這個光來到這個世界的。
「希爾夫……」
聽得到少女的呼喊聲,非常令希爾夫懷念的呼喊聲。
『在前面嗎……』
希爾夫抱著懷念的心,在光芒中就那樣背著帕茉前進。
「終於見到你了,希爾夫。咦?那孩子是?」
懷念的聲音聽起來越來越近了,少女一定就在不遠處了。
『這孩子是老夫的朋友』
「這樣啊,你們一起來的嗎」
『對』
「歡迎她,我也能夠成為那孩子的朋友嗎?」
『可以的,這孩子是好孩子。一定也可以跟諾姆成為好朋友的』
「真的嗎?我好期待!」
少女的聲音聽起來很開心。
然後少女就輕輕地摸了希爾夫的頭。但是,那觸感沒有以前的溫和感。
當希爾夫抬頭看了少女,這才發現奇怪時已經來不及了。
少女的臉的確是希爾夫知道的那張臉,但是她的臉被火炎包覆,露出了生硬的微笑。
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「─完─」
3399年 「光」
吹きすさぶ風の音が響く道を、シルフは一匹で歩いていた。
空がやけに赤かった。茜色の夕日がシルフの体毛を照らす。
シルフの視線の先に、見慣れた少女の残骸があった。
その肉は腐り、融けかけていた。一見しただけでは、それが誰であるかわかる筈もない。だが、シルフはその死を纏う肉を、自らと心を交わした少女パルモであると一目で理解した。
少女の形をした肉塊は、全身が黒い煙のようなものに包まれていた。
「たす……け、て……」
パルモは光の無い濁った目で、懇願するように呟いた。
腐りきった声帯で声を紡ぐなどできない筈だが、シルフには確かにその言葉が聞こえた。
シルフはパルモに飛び掛る。
喉笛に喰らいつき、力を込めた。
グチャリ、ゴキリと、気管が潰れる音がした。
更に力を込める。
紐が千切れるような音が聞こえ、その朽ちた肉にへばり付いていた黒い影が霧散した。
「あり、が……と」
喉を潰した筈なのに、パルモの声が聞こえた。
それはパルモの朽ちた肉に残っていた残留思念だったのかもしれない。
ようやっと、シルフは呪われた死からパルモを解き放つことができた。
シルフは完全に動かなくなったパルモを背負い、再び歩き始めた。
せめて彼女の体はコルガーの地へ帰してやらねば。そう思ったのだ。
物言わぬパルモを背負い、シルフは荒野を歩く。
歩いては休み、休んでは歩く。
その行動は、自身が小さくか弱かった頃のことを、嫌でも思い出させた。
あの時も、シルフは荒れ果てた道を一匹で進んでいた。
サーカスの皆は人間に害を成したということで、全員が壊された。シルフは一番信頼していた少女の助けによって難を逃れていた。
そして、サーカスが壊される直前に子供を連れて旅立っていった男を探すために、当てもない旅に出た。
だが、行けども行けども、子供と男の姿はどこにも無かった。
それどころか、自動人形と呼ばれた者はことごとく動かなくなっていたか、破壊されていた。
ある町の塵捨て場に積み上げられた自動人形の無残な姿を見て、シルフは子供と男を捜すことを諦めた。
自動人形達はどういう訳かみんな動かない。人間が再び動かそうとしても動かない。であるならば、きっと子供も男も、何処とも知れない場所で動かなくなって破棄されたに違いない。
そんな諦念に達したのだった。
そうして、シルフは彷徨った末に元いた世界によく似た雰囲気を持つ森に辿り着き、そこを住処としてひっそりと暮らすことにした。
シルフはその森で長い時間を掛けて成長していった。この世界の生き物が持ち得ない、不思議な力も身に付けた。
シルフの咆哮は空気を揺るがし、《渦》の進路をも変えることができた。思念を飛ばすことで、どのような動物とも意思疎通を図ることができた。
そうする内に、《渦》に追われた動物達がシルフの庇護を求めて森へと集った。
いつしか森は、周囲の環境とは比べ物にならないほど豊かになった。
このまま森の奥で静かに暮らし、朽ちていくつもりであったシルフの元に、一人の女性が現れた。
その者は装飾された衣装を身に纏い、たくさんの果実や獣肉に囲まれていた。
「森の主様……。どうか渦の脅威から村をお救いください。そのためなら私はどうなってもかまいません。どうか村を……」
女性は祈りを捧げていた。
長い年月を生きるシルフは、短命の者から見れば超越した存在なのだろう。
何がどのように人里へ伝わったのかはわからなかったが、シルフは畏れ敬うべき森の主として認識されていた。
あの女性は《渦》から住処を守るため、シルフに捧げられるべくやって来た贄なのだと、森の動物から教えられた。
シルフは困惑した。ある程度は《渦》の災いを退けられるのは確かだったが、その力を請われて振るってよいものなのかと。
シルフは女性を追い返すつもりで話し掛けた。森の動物達と言葉を交わすように、心に直接話し掛けた。
『立ち去るがよい。ここはお前のような者が来るところではない』
女性は吃驚した顔でシルフを見た。だが、すぐに表情を引き締める。
「森の主様、それは聞き入れられません。私は貴方様が《渦》の危機を退けることができると聞き、自らの意思でここまでやって来たのです」
『災いが迫っているというのか?』
「はい。人間風情がおこがましいとお思いでしょう。ですが、我々をお救いいただけるのは貴方様だけなのです。私の身はどうなっても構いません。ですから……」
女性は決意に満ちた顔でシルフの目をしっかりと射抜いた。その強い意志が、かつて自分を育ててくれた少女と重なって見えた。
だからだろうか、シルフはこの女性を助けてやりたいと思った
今度は自分が、自分の意志で何かを守る番なのだと、強く感じていた。
女性と共に村へ向かったシルフは、《渦》の脅威から村を守った。
以降、シルフはコルガーの地を守る聖獣として、崇められるようになった。
シルフと意思を交わした女性の家系は、聖獣の意思を汲み取る役目を担うことになった。自然との共生を信条とするコルガーの民らしく、役目に驕ることなく、只あるがままシルフに寄り添った。
そして、何百年という時間が静かに過ぎていった。
ついにシルフは老いた。不思議な力も、段々と行使することができなくなっていた。共に生きてきた女性の家系の者とも、意思疎通を交わすことが難しくなってしまった。
ついに寿命が尽きるのだと、シルフは悟った。
死が迫る中、久方ぶりに己と意思を交わせる者が女性の家系に生まれてきた。パルモである。
彼女ならば自身の死を見届ける人物になり得るだろう。そう思い、コルガーの自然とパルモと共に、残された時間を静かに過ごすつもりだった。
だが何の因果か。パルモの遺骸を背負って放浪している有様である。
シルフは後悔していた。
この様なことになるのなら、年端も行かぬパルモを自身の死の見届け人として選ぶべきではなかった。人との共生などせずに、森の奥へ隠匿したまま、ひっそりと生を終えるべきであった。
そんな徒労感から足が止まりかけた、その時だった。
「……シルフ」
パルモのものとは違う、とても懐かしい声がした。
懐かしいその声に惹かれるように、シルフは歩いていく。
——この世界に来たばかりの自分を、何くれと無く世話してくれた少女の声だった。
——力を持たない子犬の頃、たくさんの愛情を注いでくれた少女の声だった。
——『シルフ』という名前をつけてくれたのも、その少女だった。
忘れていた思い出が蘇る。
少女が名前を失っても、新しい名前を手に入れても。それでも、共にありたいと思っていた。
どれくらい歩いただろう。シルフは荘厳な造りの巨大建造物の前にいた。
シルフは足を速め、少女の所へ急いだ。
少女はどこかでずっとシルフのことを待っていた。そうに違いないと、シルフはあの呼び声を聞いて確信していた。
諦めていた思いが蘇る。それはパルモをコルガーに帰すことすら忘れる程の、強烈な思いであった。
声に導かれるまま歩いた先は、懐かしい光彩に満ちていた。
様々な光が明滅を繰り返しながら、ゆっくりと回転している。
『そう、この光だ……』
これこそが自分を別の世界へ誘った光である。数百年前、この光を辿ってこの世界へとやって来たのだ。
「シルフ……」
少女の呼び声が聞こえる。とても懐かしい呼び声だ。
『この先にいるのだな……』
シルフは懐かしい気持ちと共に、光の中をパルモを背に乗せたまま進む。
「やっと会えたね、シルフ。あれ? その子は?」
懐かしい声が近くで聞こえてきた。すぐ傍に少女がいる。
『この子はワシの友だ』
「そっか。一緒にこっちに来たんだね」
『ああ』
「歓迎するよ。その子とも友達になれるかな?」
『ああ、この子は良き子だ。きっとノームとも仲良くなれる』
「本当? それは楽しみだね!」
少女の嬉しそうな声。
そして、ふわりと頭を撫でられた。だが、かつてのしなやかな感触は無い。
シルフは顔を上げて少女を見やる。おかしいと気付いた時には遅かった。
少女の顔は確かにシルフの見知った顔である。だが、その顔は炎に包まれており、張り付いたような微笑みを浮かべていた。
「—了—」
吹きすさぶ風の音が響く道を、シルフは一匹で歩いていた。
空がやけに赤かった。茜色の夕日がシルフの体毛を照らす。
シルフの視線の先に、見慣れた少女の残骸があった。
その肉は腐り、融けかけていた。一見しただけでは、それが誰であるかわかる筈もない。だが、シルフはその死を纏う肉を、自らと心を交わした少女パルモであると一目で理解した。
少女の形をした肉塊は、全身が黒い煙のようなものに包まれていた。
「たす……け、て……」
パルモは光の無い濁った目で、懇願するように呟いた。
腐りきった声帯で声を紡ぐなどできない筈だが、シルフには確かにその言葉が聞こえた。
シルフはパルモに飛び掛る。
喉笛に喰らいつき、力を込めた。
グチャリ、ゴキリと、気管が潰れる音がした。
更に力を込める。
紐が千切れるような音が聞こえ、その朽ちた肉にへばり付いていた黒い影が霧散した。
「あり、が……と」
喉を潰した筈なのに、パルモの声が聞こえた。
それはパルモの朽ちた肉に残っていた残留思念だったのかもしれない。
ようやっと、シルフは呪われた死からパルモを解き放つことができた。
シルフは完全に動かなくなったパルモを背負い、再び歩き始めた。
せめて彼女の体はコルガーの地へ帰してやらねば。そう思ったのだ。
物言わぬパルモを背負い、シルフは荒野を歩く。
歩いては休み、休んでは歩く。
その行動は、自身が小さくか弱かった頃のことを、嫌でも思い出させた。
あの時も、シルフは荒れ果てた道を一匹で進んでいた。
サーカスの皆は人間に害を成したということで、全員が壊された。シルフは一番信頼していた少女の助けによって難を逃れていた。
そして、サーカスが壊される直前に子供を連れて旅立っていった男を探すために、当てもない旅に出た。
だが、行けども行けども、子供と男の姿はどこにも無かった。
それどころか、自動人形と呼ばれた者はことごとく動かなくなっていたか、破壊されていた。
ある町の塵捨て場に積み上げられた自動人形の無残な姿を見て、シルフは子供と男を捜すことを諦めた。
自動人形達はどういう訳かみんな動かない。人間が再び動かそうとしても動かない。であるならば、きっと子供も男も、何処とも知れない場所で動かなくなって破棄されたに違いない。
そんな諦念に達したのだった。
そうして、シルフは彷徨った末に元いた世界によく似た雰囲気を持つ森に辿り着き、そこを住処としてひっそりと暮らすことにした。
シルフはその森で長い時間を掛けて成長していった。この世界の生き物が持ち得ない、不思議な力も身に付けた。
シルフの咆哮は空気を揺るがし、《渦》の進路をも変えることができた。思念を飛ばすことで、どのような動物とも意思疎通を図ることができた。
そうする内に、《渦》に追われた動物達がシルフの庇護を求めて森へと集った。
いつしか森は、周囲の環境とは比べ物にならないほど豊かになった。
このまま森の奥で静かに暮らし、朽ちていくつもりであったシルフの元に、一人の女性が現れた。
その者は装飾された衣装を身に纏い、たくさんの果実や獣肉に囲まれていた。
「森の主様……。どうか渦の脅威から村をお救いください。そのためなら私はどうなってもかまいません。どうか村を……」
女性は祈りを捧げていた。
長い年月を生きるシルフは、短命の者から見れば超越した存在なのだろう。
何がどのように人里へ伝わったのかはわからなかったが、シルフは畏れ敬うべき森の主として認識されていた。
あの女性は《渦》から住処を守るため、シルフに捧げられるべくやって来た贄なのだと、森の動物から教えられた。
シルフは困惑した。ある程度は《渦》の災いを退けられるのは確かだったが、その力を請われて振るってよいものなのかと。
シルフは女性を追い返すつもりで話し掛けた。森の動物達と言葉を交わすように、心に直接話し掛けた。
『立ち去るがよい。ここはお前のような者が来るところではない』
女性は吃驚した顔でシルフを見た。だが、すぐに表情を引き締める。
「森の主様、それは聞き入れられません。私は貴方様が《渦》の危機を退けることができると聞き、自らの意思でここまでやって来たのです」
『災いが迫っているというのか?』
「はい。人間風情がおこがましいとお思いでしょう。ですが、我々をお救いいただけるのは貴方様だけなのです。私の身はどうなっても構いません。ですから……」
女性は決意に満ちた顔でシルフの目をしっかりと射抜いた。その強い意志が、かつて自分を育ててくれた少女と重なって見えた。
だからだろうか、シルフはこの女性を助けてやりたいと思った
今度は自分が、自分の意志で何かを守る番なのだと、強く感じていた。
女性と共に村へ向かったシルフは、《渦》の脅威から村を守った。
以降、シルフはコルガーの地を守る聖獣として、崇められるようになった。
シルフと意思を交わした女性の家系は、聖獣の意思を汲み取る役目を担うことになった。自然との共生を信条とするコルガーの民らしく、役目に驕ることなく、只あるがままシルフに寄り添った。
そして、何百年という時間が静かに過ぎていった。
ついにシルフは老いた。不思議な力も、段々と行使することができなくなっていた。共に生きてきた女性の家系の者とも、意思疎通を交わすことが難しくなってしまった。
ついに寿命が尽きるのだと、シルフは悟った。
死が迫る中、久方ぶりに己と意思を交わせる者が女性の家系に生まれてきた。パルモである。
彼女ならば自身の死を見届ける人物になり得るだろう。そう思い、コルガーの自然とパルモと共に、残された時間を静かに過ごすつもりだった。
だが何の因果か。パルモの遺骸を背負って放浪している有様である。
シルフは後悔していた。
この様なことになるのなら、年端も行かぬパルモを自身の死の見届け人として選ぶべきではなかった。人との共生などせずに、森の奥へ隠匿したまま、ひっそりと生を終えるべきであった。
そんな徒労感から足が止まりかけた、その時だった。
「……シルフ」
パルモのものとは違う、とても懐かしい声がした。
懐かしいその声に惹かれるように、シルフは歩いていく。
——この世界に来たばかりの自分を、何くれと無く世話してくれた少女の声だった。
——力を持たない子犬の頃、たくさんの愛情を注いでくれた少女の声だった。
——『シルフ』という名前をつけてくれたのも、その少女だった。
忘れていた思い出が蘇る。
少女が名前を失っても、新しい名前を手に入れても。それでも、共にありたいと思っていた。
どれくらい歩いただろう。シルフは荘厳な造りの巨大建造物の前にいた。
シルフは足を速め、少女の所へ急いだ。
少女はどこかでずっとシルフのことを待っていた。そうに違いないと、シルフはあの呼び声を聞いて確信していた。
諦めていた思いが蘇る。それはパルモをコルガーに帰すことすら忘れる程の、強烈な思いであった。
声に導かれるまま歩いた先は、懐かしい光彩に満ちていた。
様々な光が明滅を繰り返しながら、ゆっくりと回転している。
『そう、この光だ……』
これこそが自分を別の世界へ誘った光である。数百年前、この光を辿ってこの世界へとやって来たのだ。
「シルフ……」
少女の呼び声が聞こえる。とても懐かしい呼び声だ。
『この先にいるのだな……』
シルフは懐かしい気持ちと共に、光の中をパルモを背に乗せたまま進む。
「やっと会えたね、シルフ。あれ? その子は?」
懐かしい声が近くで聞こえてきた。すぐ傍に少女がいる。
『この子はワシの友だ』
「そっか。一緒にこっちに来たんだね」
『ああ』
「歓迎するよ。その子とも友達になれるかな?」
『ああ、この子は良き子だ。きっとノームとも仲良くなれる』
「本当? それは楽しみだね!」
少女の嬉しそうな声。
そして、ふわりと頭を撫でられた。だが、かつてのしなやかな感触は無い。
シルフは顔を上げて少女を見やる。おかしいと気付いた時には遅かった。
少女の顔は確かにシルフの見知った顔である。だが、その顔は炎に包まれており、張り付いたような微笑みを浮かべていた。
「—了—」