房間裡大大的牆面上,實際的動物、幻想中的怪物、或是妖精般的自動人偶,都被擺了姿勢裝飾在牆面上。
彷彿隨時都會動起來般地精美,但仍只是被掛在牆上一動也不動。
沃肯認為,那些是被各種燈光照亮著的『作品』。
「那邊結束了嗎?」
是個女性的聲音。回頭一看,是位面貌姣好的年輕女子。
「是的,已經結束了」
「那麼,我得向主人報告」
「也是」
「我來準備主人的午餐,報告就麻煩你了」
年輕女子微笑後,用著像是在唱歌般的語調說道。
|
沃肯被設置在桌上的通訊機所傳來的呼叫聲給叫醒。
這裡沒有被照亮著的幻想『作品』,也沒有被打掃的一塵不染的大宅邸。映入眼簾的是與色彩及淡雅這種詞沾不上邊,只追求機能的桌子。電源開著的螢幕上,顯示的是從索克那裡得到的部分法典內容。
看來似乎是在解析法典的過程中不小心睡著了。
「嗨,沃肯,是我索克。在那裡的生活還習慣嗎?」
通訊機傳來索克的聲音。
「這裡的設備非常好。法典的解析也很順利」
「那真是太好了」
向索克報告了關於法典解析的現況之後,隨便聊了幾句便結束了通訊。
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聽說索克與薩爾卡多是潘德莫尼的工程師,並且也是主導計劃要復活留在法典裡,黃金時代技術的人。若是沃肯能承諾要幫忙解析法典,潘德莫尼就會無償提供設備與資金的協助。
接受了這個提案的沃肯,被安排移住到坎普雷東邊工業都市裡,備有潘德莫尼研究設備的家屋之中。
雖然這裡可以拿到物品數比坎普雷來的少,但可以不用與他人來往,對現在的沃肯來說反而更好。而且,無論如何都需要的物品,都可以透過索克從潘德莫尼那裡取得。
除了因為受到潘德莫尼的監視必須定時連絡以外,整體來說身邊大小事已經比之前的品質要來的好上許多。
|
隨著透過解析法典來追求自己心中對自動人偶的執著與渴望,沃肯的『夢』也跟著有所變化。
片斷片斷那不清楚的『夢』,開始浮現了連結點。
被索克的通訊給打斷的『夢』,也是以前所作的『夢』的後續。
|
──沃肯散步在有著各式各樣植物美麗綻放的庭園內。
庭園是由園藝師自動人偶在整理的,步道用的磚上一丁點塵土都沒有。
庭園中央的桌上,有在『夢』中雇用自己當助手的男子。
男子在跟之前夢中的年輕女子談話。
「實驗結果出來了」
一接近男子搭話,男子只有一瞬間看了沃肯這邊一眼。
「我知道了,等我吃完飯就去確認。在我叫你之前,就拜託你維護自動人偶了」
「遵命」
他向沃肯下達指示之後,就再次回到與年輕女子的談話中。
年輕女子露出之前跟沃肯時不一樣的笑容,與男子談話。
|
「有客人來了哦」
沃肯將在解析法典中做出來的自動人偶,展現給索克看。
這具自動人偶是男性大小,人類外型。頭部裝有以法典內容為底的人工智能試作品。
試作的自動人偶,不是很順暢地向索克敬了禮。
他的人工智能可以學習一些簡單的禮節,對他人的言語可以選擇該有的反應。
「成果比想像的還要好呢」
「謝謝您。對了,關於法典有一事要跟您商量一下」
「什麼事?」
「這個法典的內容不完整。也許在發現這個法典的地方,還有其他的法典也說不一定」
「那麼我就把發現法典的地點告訴你吧。如果需要的話,也可以幫你準備移動工具與人員」
「那就麻煩您了」
索克離開後,沃肯切斷試作自動人偶的電源調整一下姿勢,裝飾在平常沒有在用的房間內。
雖然比生活空間要來的小,那麼像這樣拿來擺飾試作品而已的話,已經足夠寬敞了。房間內已經有好幾具,在解析法典途中試作出來的自動人偶也裝飾在這邊。
沃肯已經習慣模仿自己在『夢』中所做的行為。讓作品擺出姿勢來裝飾,已經在『夢』中出現過好幾次了。
沃肯認為模仿『夢』中的行為,或許就能想起自己到底是誰了吧。
|
──沃肯跑在人煙稀少的小路上。
「這邊,快走吧」
牽著在『夢』中常常出現的年輕女子的手,似乎正在逃跑。
不知道是什麼東西在追他們。但是沃肯知道,要是被抓住的話一切就完了。
沃肯與年輕女子在幾何學所構成的都市中,不分晝夜的一直逃。
追捕的人執著地一直追著他們。有好幾次遇到了危險,但都靠年輕女子的機智逃過一劫。
與年輕女子兩人,一直逃到沒有力氣了為止。
|
──沃肯一個人徘徊在不知道什麼地方。淪落到衣服髒亂,沒有整理的頭髮用破布綁著的下場。
不安地走在沒什麼人的道路上。不知道是不是他那副樣子的關係,來往的路人都避開了沃肯。
「終於找到你了」
一個像少年,又像老人的不可思議聲音叫住了自己。
聽到聲音才回神到現實世界,才感覺到自己已經逃到離剛開始的城市很遠的地方。
眼前有位矮個子的老人。就像小孩直接變成的老人似地,看起來不太舒服的外表。
「為了救那孩子,希望你能協助我」
老人說要救那個年輕女子。不知道為什麼他會這麼說。
但是,沃肯已經累了。一旦有什麼能夠打破現狀的機會的話,會想要拼命抓住。
伸向自己的老人的手,就像枯木般地細。
|
醒來的沃肯揮去沉重感,起身。
最近,連續好幾天都夢到被什麼人追捕而流浪的『夢』。
看到這個『夢』的日子,感覺精神都被嚴重的消磨,無法繼續解析法典。
法典已經解析到複雜的部分,用疲憊的精神根本無法集中處理。
|
──沃肯跟一直出現在『夢』中的年輕女子,在某處的山丘上對峙著。
年輕女子跟以前不一樣,穿著帽兜遮蓋著臉,看不到表情。
「那個人工智能說的都是騙人的,跟他一起行動太危險了」
「那又怎樣?正因為有她在,我才能獲得自由意志。再也不需要別人的命令了」
「那麼,我只好阻止那個了」
「沒有用的。我要創造出屬於我們的世界。跟她一起」
沃肯看著年輕女子。女子的帽兜被風吹著,露出了她的臉。
年輕女子在微笑。是那個曾經面向自己稱為主人那男子的笑容。然後就像已經固定住似地,表情不再有變化。
「再見。我想我們應該不會再碰面了」
年輕女子轉身走掉。她前進的方向看得到顏色華麗的帳篷。
沃肯目送年輕女子直到看不見她為止,一直看著。
|
自從看過這個『夢』之後,沃肯又回到那片斷片斷毫無接連的『夢』了。
有連續性的『夢』也因時間流逝,漸漸變得模糊不清。
就在記憶變得越來越模糊的同時,沃肯被自己內心的衝動驅使。
更加努力發掘新的法典及解析作業,更著重在開發能夠像人一樣思考的人工智能。
沃肯認為,既然如此就只好放任自己內心的衝動持續創造自動人偶而已了。
只要持續一直製作自動人偶,搞不好就會開啟自己體內那某個衝動及模糊記憶的開關。只要完成會跟人一樣思考的人工智能,也可以跟索克報告法典的解析成果。
考慮至此接下來,就只剩下實行了。
沃肯邊解析法典,邊同時設計起少女外型的自動人偶。但是不管怎麼集中精神設計,那個年輕女子的微笑一直卡在腦中,離不開。
|
眼前是一顆金髮的少女頭部。
將法典解析結果得到的情報全部活用做出來的,搭載著最高性能的人工智能。已經給她輸入各式各樣的知識,再她醒來的瞬間,就會是擁有某種程度成熟的人工智能。
少女的眼睛睜開。沃肯看著她的臉,說了第一句話。
「早安」
「您…早…啊」
少女雖然還很生疏,但確實用人的耳朵也可以清楚理解的話語回應了。
結果非常好。沃肯看著少女,告訴少女早已決定好的名字。
「多妮妲。這是妳的名字」
|
「─完─」
3372年 「断片」
大きな部屋の壁龕には、現実的な動物や想像上の怪物、妖精といったものを模したオートマタが、ポーズをつけられ飾られていた。
今にも動き出しそうなほど精巧に作られているが、それらはただじっとそこにあるだけだった
様々な照明でライトアップされたそれらは『作品』である。ウォーケンはそう理解していた。
「そちらは終わりましたか?」
女の声がする。振り向くと、非の打ち所のない美貌を持った若い女がいた。
「はい。もう終わります」
「では、マスターに報告しなければ」
「そうですね」
「私はマスターの昼食を用意します。報告は貴方からお願いします」
若い女はにっこりと微笑むと、歌うような調子でそう言った。
ウォーケンはデスクに設置された通信機の呼び出し音で目を覚ました。
ライトアップされた幻想的な『作品』も、完璧に清掃された大きな邸宅も無い。彩りや瀟洒といった言葉とは無縁の、機能だけを追及したデスクが視界にあった。電源が入ったまま放置されているモニターには、ソングから譲り受けたコデックスの一部が表示されている。
コデックスの解析中に眠ってしまったようだ。
「やあ、ウォーケン。ソングだ。そこでの生活には慣れたかね?」
通信機からソングの声が聞こえた。
「ここの設備は素晴らしいものです。コデックスの解析も順調に進んでいますよ」
「それは良かった」
ソングにコデックスの解析について現状を報告し、あとは適当な雑談で通信を終えた。
ソングとサルガドはパンデモニウムのエンジニアであり、コデックスに残された黄金時代の技術を復活させる計画の主導者であると聞かされた。ウォーケンがコデックスを解析することを承諾するのであれば、パンデモニウムから無償で設備や資金を提供するという。
その提案に乗ったウォーケンは、カンブレより東に位置する工業都市に用意された、パンデモニウム製の研究設備がある家屋へと移り住んだ。
物品の入手数こそカンブレより落ちたものの、他人と関わりを持たなくて済む気楽さは、今のウォーケンにはありがたいものに感じられた。それに、どうしても必要な物品については、ソングを通してパンデモニウムから提供を受けられる。
パンデモニウムからの監視とも取れる定時連絡を除けば、身の回りの事柄は全てにおいて格段に質が向上していた。
コデックスの解析を通して自分の中に存在するオートマタへの執着や渇望の正体を追求していくうちに、ウォーケンの見る『夢』も形を変えつつあった。
断片的で判然としなかった『夢』に、連なりが浮かび上がってきたのだ。
ソングの通信に起こされるまで見ていた『夢』も、以前見た『夢』の続きだった。
——ウォーケンは色取り取りの植物が咲き乱れる美しい庭園を歩いていた。
庭園は庭師の役割を持つオートマタが適時手入れをしており、敷かれたレンガには土埃一つ見当たらない。
庭園の中央にあるテーブルに、『夢』の中の自分が助手を務めている男がいた。
男は先の夢で見た若い女と話している。
「実験結果が出ました」
男に近付いて声を掛けると、男は一瞬だけウォーケンの方を振り返る。
「わかった、食事が終わったら確認しよう。呼び出すまでオートマタの手入れを頼む」
「畏まりました」
ウォーケンにひとしきり指示を出すと、男は再び若い女との会話に戻った。
若い女はウォーケンに見せる微笑とはまた違う笑みを浮かべながら、男と話していた。
「お客様がいらっしゃったよ」
ウォーケンはコデックスを解析する中で作り出したオートマタを、ソングに披露した。
オートマタは大柄な男性くらいの大きさで、人の形をしていた。頭部には、コデックスを元に作り上げた人工知能の試作品が搭載されている。
試作オートマタは、ソングに向かってぎこちないながらもお辞儀をする。
人工知能には予め簡単な作法を学習させてあり、言葉に反応して、対応するものを選び出せるようになっていた。
「思っていた以上の成果ですな」
「ありがとうございます。そうだ、コデックスの件で一つご相談が」
「何かあったのかね?」
「このコデックスだけでは不完全のようです。もしかしたらこのコデックスが発見された場所に別のコデックスがある可能性があります」
「そういうことならコデックスが発見された場所を教えよう。必要なら移動手段と人員も」
「よろしくお願いします」
ソングが去った後、ウォーケンは試作オートマタの電源を落としてポーズを整え、普段は使わない部屋に飾った。
生活スペースとして使用している場所と比べれば狭いが、こうやって試作品を飾る分には十分な広さがあった。部屋にはコデックスの解析が進むごとに作られたいくつかの試作品が、同じように飾られている。
ウォーケンは『夢』の中での自分の行動を模倣するようになっていた。作品にポーズをつけて飾ることも、幾度となく『夢』に出てきた光景だった。
『夢』を模倣することで、自分が何者なのかを思い出すのではないか、と考えてのことだった。
——ウォーケンは人通りのない路地を走っていた。
「こっちよ、急ぎましょう」
いつも『夢』で見る若い女と手を取って、何かから逃げていた。
追ってくる者の正体はわからない。それでも、捕まったら最後であるという感覚だけが、ウォーケンにはあった。
ウォーケンと若い女は幾何学的に構成された都市を、昼夜を問わず逃げていた。
追跡者は執拗に彼らを追う。幾度となく危ない場面があったが、若い女の機転でいずれも逃げ延びていた。
若い女と二人、力の続く限り逃げ続けていた。
——ウォーケンは何処とも知れない場所を一人で彷徨っていた。服は汚れ、手入れできていない髪はボロ布を巻いて凌ぐような有様であった。
人通りの少ない道を覚束ない足取りで歩く。異様な風体のせいか、通り掛かる人は皆、ウォーケンを避けるようにしていた。
「やっと見つけた」
少年のような、老人のような、不可思議な声に呼び止められた。
声に気付いてやっと現実世界に意識を向けると。逃げ回っていた都市から随分と離れた所まで来ているように感じられた。
目の前には小柄な老人がいた。子供がそのまま老人となったような、不気味な姿だった。
「あの子を救うために、私に協力してほしい」
老人はあの若い女を助けると言う。何故そう言うのかはわからなかった。
だが、ウォーケンは疲弊していた。現状を打開できる何かがあるのなら、それに縋りたくなった。
差し伸べられた老人の手は、枯れ木のように細かった。
目を覚ましたウォーケンは重い頭を振り、身体を起こした。
ここ暫くの間、何者かに追われて放浪する『夢』を、数日おきに見続けていた。
酷く精神を擦り減らすようで、この『夢』を見た日はコデックスの解析はできなくなる。
コデックスの解析は複雑な部分へと差し掛かっており、疲弊した精神では到底集中できるものではなかった。
——ウォーケンはいつも『夢』に出てくる若い女と、どこかの丘で対峙していた。
若い女は以前とは違ってフードを目深に被っており、表情はわからない。
「あの人工知能の言っていることは出鱈目だ。共にいるには危険すぎる」
「それがどうしたというの? 彼女がいたから、私は自由意志を得ることができた。誰かの命令はもういらない」
「なら、私はそれを止めなければならない」
「無駄よ。私は私達のための世界を作るの。彼女と一緒にね」
ウォーケンは若い女を見据えた。女のフードが風に煽られ、隠れていた素顔が晒される。
若い女は微笑んでいた。マスターと呼ぶ男に見せたのと同じ微笑だった。そして、固着してしまったかのように、それから表情が変わることはなかった。
「さよなら。もう二度と会うことはないわ」
踵を返し、若い女は歩いていく。その先には派手な色をしたテントが見えた。
ウォーケンは若い女の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと見続けていた。
その『夢』を境に、ウォーケンの『夢』は再び断片的で繋がりの無い歪なものへと戻った。
連続性のあった『夢』の記憶も、日が経つに連れて曖昧なものとなっていった。
記憶が再び曖昧になっていくと同時に、ウォーケンは内なる衝動に駆られるようになっていた。
新たなコデックスの発掘により解析が更に進み、人と同じように思考する人工知能の開発に目処が立ったことも大きい。
ならば、衝動に任せるままにオートマタを作り続けるしかない。ウォーケンはそう考えた。
オートマタを作り続ければ、己の内にある衝動や判然としない記憶が開けるかもしれない。人と同じように思考する人工知能が完成すれば、ソングにコデックスの解析成果も報告できる。
そこに考えが至ってしまえば、あとは実行するだけだった。
ウォーケンはコデックスの解析と平行して、少女の形をしたオートマタの設計を始めた。だが、どれだけ集中して設計を進めていても、あの若い女の微笑みが脳裏にこびりつき、決して離れることはなかった。
目の前には金色の髪をした少女の頭部があった。
コデックスの解析結果から得た情報の全てを活用して作り上げた、最高性能の人工知能を搭載している。様々な知識を予め封入してあり、目覚めたその瞬間から、ある程度成熟した精神を持つ人工知能である。
少女の目が開く。ウォーケンは彼女の顔を見ると、最初の言葉を掛けた。
「おはよう」
「お…はよう…ござ…います」
少女はたどたどしいながらも、人の耳でもはっきりと理解できる言葉を返した。
結果は上々だった。ウォーケンは少女を見つめると、既に決めていた名前を伝える。
「ドニタ。これが君の名前だ」
「—了—」
大きな部屋の壁龕には、現実的な動物や想像上の怪物、妖精といったものを模したオートマタが、ポーズをつけられ飾られていた。
今にも動き出しそうなほど精巧に作られているが、それらはただじっとそこにあるだけだった
様々な照明でライトアップされたそれらは『作品』である。ウォーケンはそう理解していた。
「そちらは終わりましたか?」
女の声がする。振り向くと、非の打ち所のない美貌を持った若い女がいた。
「はい。もう終わります」
「では、マスターに報告しなければ」
「そうですね」
「私はマスターの昼食を用意します。報告は貴方からお願いします」
若い女はにっこりと微笑むと、歌うような調子でそう言った。
ウォーケンはデスクに設置された通信機の呼び出し音で目を覚ました。
ライトアップされた幻想的な『作品』も、完璧に清掃された大きな邸宅も無い。彩りや瀟洒といった言葉とは無縁の、機能だけを追及したデスクが視界にあった。電源が入ったまま放置されているモニターには、ソングから譲り受けたコデックスの一部が表示されている。
コデックスの解析中に眠ってしまったようだ。
「やあ、ウォーケン。ソングだ。そこでの生活には慣れたかね?」
通信機からソングの声が聞こえた。
「ここの設備は素晴らしいものです。コデックスの解析も順調に進んでいますよ」
「それは良かった」
ソングにコデックスの解析について現状を報告し、あとは適当な雑談で通信を終えた。
ソングとサルガドはパンデモニウムのエンジニアであり、コデックスに残された黄金時代の技術を復活させる計画の主導者であると聞かされた。ウォーケンがコデックスを解析することを承諾するのであれば、パンデモニウムから無償で設備や資金を提供するという。
その提案に乗ったウォーケンは、カンブレより東に位置する工業都市に用意された、パンデモニウム製の研究設備がある家屋へと移り住んだ。
物品の入手数こそカンブレより落ちたものの、他人と関わりを持たなくて済む気楽さは、今のウォーケンにはありがたいものに感じられた。それに、どうしても必要な物品については、ソングを通してパンデモニウムから提供を受けられる。
パンデモニウムからの監視とも取れる定時連絡を除けば、身の回りの事柄は全てにおいて格段に質が向上していた。
コデックスの解析を通して自分の中に存在するオートマタへの執着や渇望の正体を追求していくうちに、ウォーケンの見る『夢』も形を変えつつあった。
断片的で判然としなかった『夢』に、連なりが浮かび上がってきたのだ。
ソングの通信に起こされるまで見ていた『夢』も、以前見た『夢』の続きだった。
——ウォーケンは色取り取りの植物が咲き乱れる美しい庭園を歩いていた。
庭園は庭師の役割を持つオートマタが適時手入れをしており、敷かれたレンガには土埃一つ見当たらない。
庭園の中央にあるテーブルに、『夢』の中の自分が助手を務めている男がいた。
男は先の夢で見た若い女と話している。
「実験結果が出ました」
男に近付いて声を掛けると、男は一瞬だけウォーケンの方を振り返る。
「わかった、食事が終わったら確認しよう。呼び出すまでオートマタの手入れを頼む」
「畏まりました」
ウォーケンにひとしきり指示を出すと、男は再び若い女との会話に戻った。
若い女はウォーケンに見せる微笑とはまた違う笑みを浮かべながら、男と話していた。
「お客様がいらっしゃったよ」
ウォーケンはコデックスを解析する中で作り出したオートマタを、ソングに披露した。
オートマタは大柄な男性くらいの大きさで、人の形をしていた。頭部には、コデックスを元に作り上げた人工知能の試作品が搭載されている。
試作オートマタは、ソングに向かってぎこちないながらもお辞儀をする。
人工知能には予め簡単な作法を学習させてあり、言葉に反応して、対応するものを選び出せるようになっていた。
「思っていた以上の成果ですな」
「ありがとうございます。そうだ、コデックスの件で一つご相談が」
「何かあったのかね?」
「このコデックスだけでは不完全のようです。もしかしたらこのコデックスが発見された場所に別のコデックスがある可能性があります」
「そういうことならコデックスが発見された場所を教えよう。必要なら移動手段と人員も」
「よろしくお願いします」
ソングが去った後、ウォーケンは試作オートマタの電源を落としてポーズを整え、普段は使わない部屋に飾った。
生活スペースとして使用している場所と比べれば狭いが、こうやって試作品を飾る分には十分な広さがあった。部屋にはコデックスの解析が進むごとに作られたいくつかの試作品が、同じように飾られている。
ウォーケンは『夢』の中での自分の行動を模倣するようになっていた。作品にポーズをつけて飾ることも、幾度となく『夢』に出てきた光景だった。
『夢』を模倣することで、自分が何者なのかを思い出すのではないか、と考えてのことだった。
——ウォーケンは人通りのない路地を走っていた。
「こっちよ、急ぎましょう」
いつも『夢』で見る若い女と手を取って、何かから逃げていた。
追ってくる者の正体はわからない。それでも、捕まったら最後であるという感覚だけが、ウォーケンにはあった。
ウォーケンと若い女は幾何学的に構成された都市を、昼夜を問わず逃げていた。
追跡者は執拗に彼らを追う。幾度となく危ない場面があったが、若い女の機転でいずれも逃げ延びていた。
若い女と二人、力の続く限り逃げ続けていた。
——ウォーケンは何処とも知れない場所を一人で彷徨っていた。服は汚れ、手入れできていない髪はボロ布を巻いて凌ぐような有様であった。
人通りの少ない道を覚束ない足取りで歩く。異様な風体のせいか、通り掛かる人は皆、ウォーケンを避けるようにしていた。
「やっと見つけた」
少年のような、老人のような、不可思議な声に呼び止められた。
声に気付いてやっと現実世界に意識を向けると。逃げ回っていた都市から随分と離れた所まで来ているように感じられた。
目の前には小柄な老人がいた。子供がそのまま老人となったような、不気味な姿だった。
「あの子を救うために、私に協力してほしい」
老人はあの若い女を助けると言う。何故そう言うのかはわからなかった。
だが、ウォーケンは疲弊していた。現状を打開できる何かがあるのなら、それに縋りたくなった。
差し伸べられた老人の手は、枯れ木のように細かった。
目を覚ましたウォーケンは重い頭を振り、身体を起こした。
ここ暫くの間、何者かに追われて放浪する『夢』を、数日おきに見続けていた。
酷く精神を擦り減らすようで、この『夢』を見た日はコデックスの解析はできなくなる。
コデックスの解析は複雑な部分へと差し掛かっており、疲弊した精神では到底集中できるものではなかった。
——ウォーケンはいつも『夢』に出てくる若い女と、どこかの丘で対峙していた。
若い女は以前とは違ってフードを目深に被っており、表情はわからない。
「あの人工知能の言っていることは出鱈目だ。共にいるには危険すぎる」
「それがどうしたというの? 彼女がいたから、私は自由意志を得ることができた。誰かの命令はもういらない」
「なら、私はそれを止めなければならない」
「無駄よ。私は私達のための世界を作るの。彼女と一緒にね」
ウォーケンは若い女を見据えた。女のフードが風に煽られ、隠れていた素顔が晒される。
若い女は微笑んでいた。マスターと呼ぶ男に見せたのと同じ微笑だった。そして、固着してしまったかのように、それから表情が変わることはなかった。
「さよなら。もう二度と会うことはないわ」
踵を返し、若い女は歩いていく。その先には派手な色をしたテントが見えた。
ウォーケンは若い女の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと見続けていた。
その『夢』を境に、ウォーケンの『夢』は再び断片的で繋がりの無い歪なものへと戻った。
連続性のあった『夢』の記憶も、日が経つに連れて曖昧なものとなっていった。
記憶が再び曖昧になっていくと同時に、ウォーケンは内なる衝動に駆られるようになっていた。
新たなコデックスの発掘により解析が更に進み、人と同じように思考する人工知能の開発に目処が立ったことも大きい。
ならば、衝動に任せるままにオートマタを作り続けるしかない。ウォーケンはそう考えた。
オートマタを作り続ければ、己の内にある衝動や判然としない記憶が開けるかもしれない。人と同じように思考する人工知能が完成すれば、ソングにコデックスの解析成果も報告できる。
そこに考えが至ってしまえば、あとは実行するだけだった。
ウォーケンはコデックスの解析と平行して、少女の形をしたオートマタの設計を始めた。だが、どれだけ集中して設計を進めていても、あの若い女の微笑みが脳裏にこびりつき、決して離れることはなかった。
目の前には金色の髪をした少女の頭部があった。
コデックスの解析結果から得た情報の全てを活用して作り上げた、最高性能の人工知能を搭載している。様々な知識を予め封入してあり、目覚めたその瞬間から、ある程度成熟した精神を持つ人工知能である。
少女の目が開く。ウォーケンは彼女の顔を見ると、最初の言葉を掛けた。
「おはよう」
「お…はよう…ござ…います」
少女はたどたどしいながらも、人の耳でもはっきりと理解できる言葉を返した。
結果は上々だった。ウォーケンは少女を見つめると、既に決めていた名前を伝える。
「ドニタ。これが君の名前だ」
「—了—」