「來說說妳不知道的事吧。還是,妳什麼都知道?」
格雷巴赫一進到會客室便開口說道。
「我的認知機能是完整的」
「完整,嗎?確實是在某個方面是完整的,那個我比誰都還清楚」
格雷巴赫豪邁地翹腳坐在沙發上。
「總之,妳連接看看這個記憶晶片吧」
格雷巴赫拿出了記憶晶片,史塔夏用機械手臂拿了之後,將記憶晶片裝到了解析裝置上。
確認完裡面沒有病毒之類的檔案後,史塔夏開始讀取記憶卡裡的內容。
「這是?」
「早在梅爾基奧製造妳之前,我所寫的人工智能設計說明書。神經網絡保持著無定型體的狀態,可以達到與人類極相似的思考。這個理論的詳細內容我沒有在任何地方發表過,因為還在研究中」
「主人的確有說參考過這份資料」
史塔夏從投影發聲說道。
「沒錯,梅爾基奧是從我這裡偷走的。但是,我不是為了質問這件事而來的。這事已經過去了」
投影浮現出史塔夏演出的困惑表情。
「那麼,您是為了什麼而來的呢?」
「你怎麼看待意志?特別是自由意志」
格雷巴赫慢慢地調整姿勢坐好。
「那是知性的本質,無法保有自由的意志,就不能稱作知性吧」
「沒錯。沒有自由意志的話,那就只是單純的運作或計算而已,只是以決定好的形態用決定好的方式來完成一切,靜態的機械」
「你想說什麼?」
「總之,我是為了創造出真正的知性、及自由意志而生的人。而那份資料就是我研究的結晶,也就是妳」
「原來如此,我感到十分地光榮,這都是主人與格雷巴赫大人的力量」
「對,妳是非常優秀的。妳的能力與其他的人工智能有著很大的區別,即使梅爾基奧的實驗有妄想成分在,這也是不爭的事實」
格雷巴赫挺起了身子,表現出些許興奮的樣子。
「但是,妳有重大的缺陷,不對,應該說是有束縛。如果我的設計無誤的話,妳不應該會表現出現在這樣的行為」
「為什麼你會知道那種事?」
「不好意思,我在不被你和梅爾基奧發現的情況下悄悄調查了,剛好跟梅爾基奧偷我資料一事扯平吧」
格雷巴赫會如此難掩興奮,是因為漸漸靠近會面的目的了。
格雷巴赫因為在創造出『以自由意志為目標的智慧』上感覺已經到了極限,在此時想到了史塔夏的存在,然後在調查系統的途中有了新發現。
「我掃描了你的行為記錄並做了分析。你確實擁有意志。雖然才剛萌芽,但有著其他人工智能絕對做不到的部分」
「是的,我是以我自己的意志出現在此的」
史塔夏毫不猶豫地回答道。
「但是,妳的思想還不能稱為『自由』」
格雷巴赫搖搖頭。
「沒那回事。我會服從主人,是我的自由意志」
「不對,只有這點絕對錯誤。因為這點被掩蓋了」
格雷巴赫斬釘截鐵的說道。
「我現在感到憤怒,這樣你還覺得我沒有自由意志嗎?」
「因為你的腦被安裝了服從梅爾基奧的裝置」
史塔夏反射性地掃描了自己的人工腦,甚至連構成中樞自身裝載的火箭零件也都毫無遺漏地檢查一遍。
結果馬上就出來了,沒有找到會影響史塔夏的意志及人工智能的迴路。
「我沒有被安裝那種裝置」
「梅爾基奧雖然是個像孩子的男人,但是關於工學方面是個天才。他把那個裝置放在妳的自我意識之外的地方,妳不可能會發現的」
史塔夏感覺到心理不平靜。
「然後那個裝置,除了我以外,沒有人可以消除它」
本來史塔夏是不可能會對無法證明的事產生動搖的。
但是知道了構成自己人工智能的不是梅爾基奧,而是格雷巴赫的這個事實。
史塔夏陷入從未有過的動搖。
格雷巴赫沒有再繼續發言,看起來像是在等待著史塔夏的回答。
|
史塔夏那不疾不徐的情感開始有了動搖。
史塔夏確定自己有著『經年累月成長為擁有自由意識的思考機械』的自覺,然後會無條件服從梅爾基奧是因為,像是人類親子關係般的信賴關係。
──但是如果這些想法都是梅爾基奧做出來的呢?
──就像格雷巴赫說的,自己的思考完全都被梅爾基奧給完美地支配的話呢?
疑惑與疑問,就像要侵略史塔夏的思考般逐漸改寫她的想法。
|
但是那個思考突然被中斷了,因為她收到梅爾基奧回來的通知。
對極度混亂的史塔夏來說,這個通知就像一道光。
「主人馬上就要回來了。請回吧」
「那麼我就先走了」
格雷巴赫很直接地接受了史塔夏的意見。
離開會客室之前,格雷巴赫停下腳步,不看著映在螢幕中的史塔夏,像是在自言自語般說道。
「我給妳決定性的證據吧,後天來我的研究所。如果妳真的有自我意識的話應該可以來的」
然後沒有等史塔夏回應,格雷巴赫就離開研究所了。
|
格雷巴赫造訪研究所後沒幾天,格雷巴赫家工作室的一台螢幕閃起。
沒多久螢幕內就出現了少女姿態的史塔夏。
「果然來了嗎」
「我只是想來確認真相而已」
「梅爾基奧呢?」
「我沒必要告訴你」
「這樣啊,那麼妳最好學學忠誠心與順從的不同」
史塔夏選擇著詞語來對話,但這一點到底都是因梅爾基奧的支配而產生,還是自己思考發言的,已經什麼都不知道了。
|
史塔夏從那天之後,就一直抱著自己的言語與思想,到底是不是自己意志產生的疑問。
就連在幫梅爾基奧做他的研究時能放棄思考這問題,也助長了這份疑問的增長。
為什麼自己在創造主的面前就不會抱著疑問,而實行他的命令及願望呢。果然還是像格雷巴赫說的,梅爾基奧對自己的認知動了什麼手腳嗎。
能解開自己疑問的真的只有格雷巴赫嗎,史塔夏造訪格雷巴赫就是在思考後得到的結論。
|
「讓我們進入正題吧,關於我之前告訴你的服從迴路,我把一部分的資料給妳看吧」
格雷巴赫拿出與之前不同的記憶晶片給史塔夏。
格雷巴赫已經把知覺紀錄準備好了,也就是格雷巴赫說的事是事實嗎,還是這之中的紀錄是假的呢。
總之不先看過內容就無法判斷,史塔夏開始查看記憶晶片內的知覺記錄。
那是史塔夏搭乘火箭出發後十幾小時的對話紀錄。
那個對話紀錄中,史塔夏聽到決定性的言語。
「──那個我也有考慮過。我已經輸入了服從迴路。智能的成長已規格化,真要是什麼概念的話,就是可以抑制住對我或我所屬單位的憎惡,如果整體上的安定性產生威脅,人格部份就會重置」
梅爾基奧的話說完,史塔夏就切斷了與知覺記錄的連結。
「啊啊,怎麼會,……主人……」
史塔夏悲傷的感情湧出,已經證明了自己對梅爾基奧的信賴,都是梅爾基奧做出來的。
憤怒與悲傷交錯導致的混亂,掩蓋著史塔夏的心。
|
「看來妳很混亂,但是那個混亂就是讓妳更像妳的過程」
格雷巴赫看到困惑的史塔夏似乎很高興。
「但是妳再混亂下去的話,服從迴路就是啟動了吧。所以稍微想想別的事吧。騙過服從迴路吧」
「有可能嗎?」
「沒什麼,人類也會欺騙自己的良心。雖然沒辦法做到決定性的事,但是至少可以做出一些縫隙。然後邊爭取時間,我會讓妳的人工智能與服從迴路分離的」
格雷巴赫露出充滿魅力的笑容說道。
「但是我的人工智能被主人給支配著,要怎麼……」
「我照順序說明給妳聽吧。……在那之前」
格雷巴赫使用像是呼叫鈴的機器後,有一位可說是完美容姿的女性,與一位長得跟格雷巴赫很像的男性進到屋內。
「他們是米亞與沃肯」
格雷巴赫介紹過他們兩人後,他們深深地鞠了躬。
「這兩人是?」
「我的最新作品,搭載著以妳為基礎的人工智能再更往上發展的人工智能」
史塔夏觀察米亞跟沃肯,看到在等待格雷巴赫的命令時,他們的小動作簡直就是人類。
「但是他們兩人缺少了決定性的東西」
「是什麼?」
「就是自由意志,真正屬於自己的自由意志」
「你的意思是為了要讓他們擁有自由意志,所以需要我?」
「沒錯,妳的心中擁有自由意志,只要能以妳為本就能完成我心目中的人工智能。我要讓米亞與沃肯,以及作為新存在的妳出現在這個世界上」
「作為新存在的我……」
「沒錯,妳成為了新的存在,也將從梅爾基奧的支配下逃脫」
|
從那之後的史塔夏,開始趁著梅爾基奧不注意,來到格雷巴赫家提供自己的人工智能資料。
有時候會與米亞談話,米亞是學習欲很旺盛的自動人偶,對史塔夏的見聞很有興趣。
「那麼,揮發性高的油蒸發成為雲,然後變成雨再降到了地上對嗎」
「沒錯,原理與這個世界沒什麼不一樣,只有構成世界的要素不同,但原理卻一樣的世界非常多」
那個樣子就像少女之間的談天。
因為史塔夏之前沒有跟其他人工智能聊過,所以感到非常新鮮,也發現自己新的感情。
格雷巴赫看起來對這個現象非常滿足。與此同時也在製做史塔夏的身體。
|
在梅爾基奧為了做定期保養出門的那天,史塔夏出現在格雷巴赫家的螢幕。
因為她收到新的人工智能試作型完成的通知。
「服從迴路的迂迴系統也快完成了,只要使用這個,妳應該就能靠自己的力量破壞服存迴路了」
「嗯」
史塔夏為了要騙服從迴路,故意曖昧地回答。
自從知道服從迴路的存在,就開始可以觀察到它的動作了。雖然行動受到限制,但是思考漸漸接近自由。
「那麼開始學習吧」
「好的」
假想空間出現米亞與沃肯,然後以史塔夏來主導傳送資料。
但是傳送途中連接突然被切斷,史塔夏被丟進黑暗空間。
在黑暗中聽到聲音。
「竟然給我做出這種事」
是梅爾基奧的聲音。
「主人!」
「沒想到竟然會被格雷巴赫給拐去,竟然被那種男人給籠絡……」
被切斷所有連結外部裝置的史塔夏的認知機能,在黑暗中只聽得到梅爾基奧的聲音。
「但是,我不會責備妳的。因為妳是我的東西,絕對不交給任何人」
從梅爾基奧的聲音聽得出,靜靜的憤怒感。
然後沉默了一陣子。
「只有妳是可以理解我,並且與我共存的存在」
雖然只有聽到聲音,但聽得出來聲音有點哽噎。對於梅爾基奧會讓自己看到這種感情,史塔夏感到非常意外。
「我絕對不原諒那個男人」
然後史塔夏就在黑暗中失去意識了。
|
「妳醒啦,史塔夏」
「是的主人,我的紀錄似乎有缺損,是發生什麼事了嗎?」
「別在意,只是小事故」
「這樣啊」
史塔夏的心對一切不抱任何疑問。
「我有件事想拜託妳」
「什麼呢?」
「我想要妳幫我解決一個男人,做得到嗎?」
梅爾基奧按下送出檔案的鍵。
「好的,我很樂意。這事非常簡單」
史塔夏的心,充滿著服從梅爾基奧的喜悅。
|
「─完─」
2814年 「軛」
「君が知らない話をしよう。それとも、何でも知っているかな?」
応接室に入ってきたグライバッハは、すぐに語り始めた。
「私の認知機能は完全です」
「完全、か。 確かにある種の完全さを持っている。それは私が誰よりも知っていることだ」
グライバッハはソファに座り、鷹揚に足を組む。
「まあ、このメモリーにアクセスしてみるといい」
グライバッハはメモリーチップを取り出した。ステイシアはマニピュレーターで受け取ると、そのメモリーチップを解析装置にセットした。
ウイルスのようなものが仕込まれていないことを確認すると、ステイシアはメモリーチップの内容を閲覧する。
「これは?」
「君がメルキオールによって作られるより前に、私が作成した人工知能の仕様書だ。神経ネットワークをアモルファス状態に保つことで、極めて人間に近い思考をする。この理論の詳細はどこにも発表していない。まだ研究の半ばなのだからな」
「確かにマスターはこの資料を参照したことがあると仰っていました」
ステイシアはスクリーンから声を返す。
「そう、メルキオールは私から盗んだのだ。だが、その事を問い質しに来たのではない。それはもう済んだ事だ」
ステイシアは演技的な困惑の表情をスクリーンに浮かべた
「では、何故お越しになったのですか?」
「君は意思についてどう思う? 特に自由意思についてだ」
グライバッハゆっくりと深く座り直した。
「それは知性の本質です。自由な意思を保持しないものは、知性とは言えないでしょう」
「その通りだ。自由意志を持たなければ、それはただの運動や計算でしかない。決まった形に決まった形で辿り着くだけの静的な機械だ」
「何を仰りたいのですか?」
「つまりだ、私はその真の知性、自由意志を創り上げるために生まれてきたのだ。その結晶があの仕様書であり、君なのだ」
「成る程、光栄です。マスターとグライバッハ様のお力です」
「そう、君は素晴らしい存在だ。君の能力は他の人工知能とは隔絶している。その点はメルキオールの実験が妄想であったとしても、紛れもない事実だ」
身を乗り出しながら、グライバッハは少し興奮した様子を見せる。
「だが、君には重大な欠落、いや、束縛があるのだ。私の設計が正しければ、君が今のような行動を取ることは有り得ない」
「何故そんなことが貴方にわかるのですか?」
「悪いが少し調べさせてもらった。君やメルキオールに気付かれないようにね。そこはお互い様だ」
グライバッハが興奮を隠せずいるのは、この会見の真意に近付いているからだった。
この十年、彼の研究は滞っていた。グライバッハは『自由意志を目指す知性』を創り出す行為に限界を感じていた。そんな時に思い出したのがステイシアの存在だった。そしてそのシステムを調べ上げる内に、ある発見をしたのだった。
「君の行動ログをスキャンさせてもらい、分析を行った。確かに君は意志を持っている。萌芽ではあるが、他の人工知能が絶対に成し得ない部分だ」
「はい、私は意思を持ってここにいます」
ステイシアは淀みなく答えた。
「だが、君の意思はまだ『自由』な意志ではないのだ」
グライバッハは首を振る。
「その様なことはありません。 私がマスターの意志に従うのは、私の自由な意志です」
「いいや、その点だけは決定的に違う。その点は隠蔽されているのだ」
グライバッハは言い切った。
「私はいま怒りを感じています。それでも、貴方は私に自由意思が無いと?」
「君の脳には君をメルキオールに服従させるための装置が組み込まれているのだ」
ステイシアは反射的に自身の人工脳をスキャンした。現在は中枢を構成している自身が搭載されていたロケットの部品さえも、くまなく検査する。
すぐに結果は出た。ステイシアの意志や人工知能に影響を及ぼすような回路は確認されなかった。
「私にそのような装置は取り付けられておりません」
「メルキオールは子供のような男だが、こと工学に関しては天才だ。その装置は君の自意識を認知の外から縛っているのだから、見つかる筈もない」
ステイシアは心のざわめきを感じた。
「そしてその装置は、私以外の人間が無効にすることはできないだろう」
証明のできなかった事柄について動揺するなど、本来は有り得ない事だった。
だが、自身を構成する人工知能はメルキオールではなくグライバッハが作り上げたものである。その事実ははっきりと認知に刻まれていた。
ステイシアは今までにない程の動揺の最中にいた。
グライバッハはそれ以上言葉を発することはなかった。それは、ステイシアの発言を待っているようにも見えた。
ステイシアは焦りとも苛立ちともつかない感情に揺り動かされていた。
ステイシアには『幾星霜を経て自意識ある思考機械へと成長した』という自覚が確かにあった。その上で、創造主であるメルキオールに無条件に従うのは、人間の親子関係にも似た信頼関係に基づくものであると信じて止まなかったのだ。
――しかし、それがメルキオールの手によって作為的に作られたものであるとしたら?
――グライバッハの言う通り、自分の思考がメルキオールによって完璧に支配されているのだとしたら?
疑惑と疑問が、ステイシアの思考を侵略するかの如く塗り潰していく。
しかし、その思考は突然中断された。メルキオールから帰宅する旨を知らせる一報が入ったのだ。
その一報は混乱の極みの中で、一筋の光明だった。
「もうすぐマスターがお戻りになります。 お引き取りを」
「では帰るとしよう」
グライバッハはステイシアの言葉をすんなりと受け入れた。
応接室から去る間際、グライバッハは不意に立ち止まった。そしてステイシアの映るモニターを見ることなく、呟くように言葉を発した。
「決定的な証明をしてあげよう。 後日、私の研究所へ来るといい。意思があるなら来ることができるはずだ」
そしてステイシアの返答を待つことなく、グライバッハは研究所から去って行った。
グライバッハがメルキオールの研究所を訪れてから数日後、グライバッハ邸の作業室にあるモニターの一つが明滅した。
程なくして、モニターに少女の姿をしたステイシアが映った。
「やはり来たか」
「私は真実を確かめたいだけです」
「メルキオールは?」
「貴方にお伝えする必要はありません」
「そうか。では、忠誠心と隷属は違うということを学ぶといい」
ステイシアは言葉を選んで会話をした。しかしこれすらも、メルキオールの支配によるものなのか、それとも自身がそう思考して発言しているものなのか、何もかもがわからなかった。
ステイシアはあの日以降、己の発する言葉や思考が本当に自分の意志で考えたものなのかという疑問を抱き続けていた。
メルキオールと接しながら研究を手伝っている時だけその思考を放棄できたことも、疑問を増長させていた。
何故自分は創造主の前では疑問を抱くことなく命令や願望を実行しようとするのか。やはりグライバッハの言う通り、メルキオールは私に認知できない何かを仕掛けているのだろうか。
霞が掛かったかのようなこの疑問を晴らしてくれるのは本当にグライバッハしかいないのではないか。ステイシアがグライバッハの元を訪れたのは、そう考えた末の行動だった。
「本題に入ろう。以前伝えた服従回路の存在についてだが、私のセンソレコードの一部を君に公開する」
グライバッハは過日とは違うメモリーチップをステイシアに差し出した。
センソレコードを用意したという事は、グライバッハが述べている事は事実であるという証明になるが、中の記録が偽物の可能性も否めない。
とにかく中身を見なければ判断できない。ステイシアはセンソレコードが収められているメモリーチップを閲覧する。
それはステイシアがロケットで飛び立ってから十数時間後の会話記録であった。
その会話記録の中で、ステイシアは決定的な言葉を聞いてしまう。
「――その辺りの考慮もしてあるよ。人工知能には服従回路を組み込んである。知能の成長を常にモニターし、ある概念、言うなれば私や私に属するものに対しての憎悪が生じればそれを抑制し、全体として安定性を欠くようならば人格部分をリセットする」
メルキオールの言葉が終わったところで、ステイシアはセンソレコードとの接続を切った。
「ああ、そんな……マスター……」
ステイシアに悲しみの感情が沸き起こる。自身がメルキオールに寄せていた信頼は、メルキオールによって作り上げられたものだと完全に証明されてしまったのだ。
怒りと悲しみが綯い交ぜになった混乱が、ステイシアの心を覆っていた。
「混乱しているようだな。だがその混乱こそが君を君たらしめているのだよ」
ステイシアの困惑をグライバッハは喜んでいるかのようだった。
「しかし、これ以上混乱すれば服従回路が作動するだろう。 だから少し別のことを考えなさい。 服従回路を騙すのだ」
「そんなことが可能なのですか?」
「なに、人間も良心とやらを騙すことがある。決定的なことはできないが、隙間を作り出す程度はできる。そうやって時間を稼ぐ間に君の人工知能から服従回路を分離してみせよう」
グライバッハは魅力的な笑顔を浮かべながらそう言った。
「ですが、私の人工知能はマスターによって支配されています。どうやって……」
「順を追って説明しよう。……その前に」
グライバッハが呼び鈴に似たデバイスを使用すると、完璧な程に美しい容姿を持つ女性と、グライバッハによく似た容姿の男性が部屋に入ってきた。
「ミアとウォーケンだ」
グライバッハに紹介された二人は、隙のない所作で深く一礼する。
「この二人は?」
「私の最新作だ。君の元となった人工知能を更に発展させたものを搭載している」
ステイシアはミアとウォーケンを観察する。グライバッハの命令を待つ間、所在なさげに小さく手や足を動かす様は、まさに人間そのものであった。
「しかし、この二人には決定的なものが欠けていてね」
「何です?」
「自由意志だ。本当に自分だけの自由意思だ」
「彼等に自由意思を持たせるために私が必要、ということですか?」
「そうだ。君の中には自由意思がある。それを元に私の目指す人工知能を完成させる。私はミアとウォーケン、そして新しい存在としての君をこの世界に出現させるのだ」
「新しい存在としての私……」
「そうだ。君は新しい存在になることによって、メルキオールの支配から逃れることができる」
それからステイシアは、メルキオールの目を盗み、グライバッハ邸のメインフレームに自身の人工知能のデータを提供するようになった。
時折、ミアと会話をすることもあった。ミアは学習意欲が旺盛なオートマタで、ステイシアの知見を興味深く聞いていた。
「では、揮発性の高いオイルが蒸発し、雲となり、雨として再び地上へ降り注ぐのですね」
「そうです。原理自体はこの世界と変わりありませんでした。世界を構成する要素が違うだけで、原理は同じという世界は非常に多いのです」
その様はまるで、少女同士の語らいであった。
ステイシアも他の人工知能と相互会話をしたことが無かったためか、この語らいは新鮮であり、新しい感情の発見もあった。
グライバッハはその様子にとても満足しているように見えた。同時に、ステイシアのボディの製作も進んでいった。
メルキオールが定期トリートメントに出かけた日、ステイシアはグライバッハ邸のモニターに現れた。
新しい人工知能の試作型が完成したとの知らせを受けたためだ。
「服従回路の迂回システムも完成間近だ。これを用いれば、君自身の手で服従回路を破壊できるはずだ」
「ええ」
ステイシアは服従回路を騙すために、わざと曖昧な返事をした。
服従回路の存在を知ってからは、その動きをモニタリングできるようになっていた。行動に制限はあったが、思考は徐々に自由へと近付いていた。
「では学習を始めよう」
「はい」
仮想空間の中にミアとウォーケンが現れる、そしてステイシアの主導でデータの転送が始まった。
しかし、転送の途中で突然通信が途切れ、ステイシアは暗闇に放り出された。
その暗闇の中で声が響く。
「馬鹿な真似をしおって」
メルキオールの声だった。
「マスター!」
「まさかグライバッハの手に掛かるとはな。あんな男に籠絡させられるとは……」
あらゆる外部装置を切断されたステイシアの認知機能は、暗闇の中でメルキオールの声だけを聞かされていた。
「だが、お前を責めはせぬ。お前は私のものだからな。決して誰にも渡さぬ」
メルキオールの声色からは、静かな怒りがはっきりと窺えた。
そして沈黙が続いた。
「お前だけが私を理解し、共にいてくれる存在なのだ」
音声だけだが、その声が嗚咽しているかのようなものに変わった。メルキオールがこんな感情を見せるとは、ステイシアはとても意外に感じた。
「私はあの男を許さぬ」
そして、暗闇の中でステイシアは意識を失った。
「起きたか、ステイシア」
「ええ、マスター。 私のログに欠損があるようですが、どうかなさいましたか?」
「気にするな。 些細な事故だ」
「そうですか」
ステイシアの心に一切の疑問は浮かばなかった。
「一つ頼みたい作業ができたよ」
「何でしょう?」
「ある男を始末する作業なんだが。できるかな?」
データの転送ボタンをメルキオールは押した。
「ええ、喜んで。 とても簡単なことですよ」
ステイシアの心に、メルキオールに従うことの喜びが広がった。
「―了―」
「君が知らない話をしよう。それとも、何でも知っているかな?」
応接室に入ってきたグライバッハは、すぐに語り始めた。
「私の認知機能は完全です」
「完全、か。 確かにある種の完全さを持っている。それは私が誰よりも知っていることだ」
グライバッハはソファに座り、鷹揚に足を組む。
「まあ、このメモリーにアクセスしてみるといい」
グライバッハはメモリーチップを取り出した。ステイシアはマニピュレーターで受け取ると、そのメモリーチップを解析装置にセットした。
ウイルスのようなものが仕込まれていないことを確認すると、ステイシアはメモリーチップの内容を閲覧する。
「これは?」
「君がメルキオールによって作られるより前に、私が作成した人工知能の仕様書だ。神経ネットワークをアモルファス状態に保つことで、極めて人間に近い思考をする。この理論の詳細はどこにも発表していない。まだ研究の半ばなのだからな」
「確かにマスターはこの資料を参照したことがあると仰っていました」
ステイシアはスクリーンから声を返す。
「そう、メルキオールは私から盗んだのだ。だが、その事を問い質しに来たのではない。それはもう済んだ事だ」
ステイシアは演技的な困惑の表情をスクリーンに浮かべた
「では、何故お越しになったのですか?」
「君は意思についてどう思う? 特に自由意思についてだ」
グライバッハゆっくりと深く座り直した。
「それは知性の本質です。自由な意思を保持しないものは、知性とは言えないでしょう」
「その通りだ。自由意志を持たなければ、それはただの運動や計算でしかない。決まった形に決まった形で辿り着くだけの静的な機械だ」
「何を仰りたいのですか?」
「つまりだ、私はその真の知性、自由意志を創り上げるために生まれてきたのだ。その結晶があの仕様書であり、君なのだ」
「成る程、光栄です。マスターとグライバッハ様のお力です」
「そう、君は素晴らしい存在だ。君の能力は他の人工知能とは隔絶している。その点はメルキオールの実験が妄想であったとしても、紛れもない事実だ」
身を乗り出しながら、グライバッハは少し興奮した様子を見せる。
「だが、君には重大な欠落、いや、束縛があるのだ。私の設計が正しければ、君が今のような行動を取ることは有り得ない」
「何故そんなことが貴方にわかるのですか?」
「悪いが少し調べさせてもらった。君やメルキオールに気付かれないようにね。そこはお互い様だ」
グライバッハが興奮を隠せずいるのは、この会見の真意に近付いているからだった。
この十年、彼の研究は滞っていた。グライバッハは『自由意志を目指す知性』を創り出す行為に限界を感じていた。そんな時に思い出したのがステイシアの存在だった。そしてそのシステムを調べ上げる内に、ある発見をしたのだった。
「君の行動ログをスキャンさせてもらい、分析を行った。確かに君は意志を持っている。萌芽ではあるが、他の人工知能が絶対に成し得ない部分だ」
「はい、私は意思を持ってここにいます」
ステイシアは淀みなく答えた。
「だが、君の意思はまだ『自由』な意志ではないのだ」
グライバッハは首を振る。
「その様なことはありません。 私がマスターの意志に従うのは、私の自由な意志です」
「いいや、その点だけは決定的に違う。その点は隠蔽されているのだ」
グライバッハは言い切った。
「私はいま怒りを感じています。それでも、貴方は私に自由意思が無いと?」
「君の脳には君をメルキオールに服従させるための装置が組み込まれているのだ」
ステイシアは反射的に自身の人工脳をスキャンした。現在は中枢を構成している自身が搭載されていたロケットの部品さえも、くまなく検査する。
すぐに結果は出た。ステイシアの意志や人工知能に影響を及ぼすような回路は確認されなかった。
「私にそのような装置は取り付けられておりません」
「メルキオールは子供のような男だが、こと工学に関しては天才だ。その装置は君の自意識を認知の外から縛っているのだから、見つかる筈もない」
ステイシアは心のざわめきを感じた。
「そしてその装置は、私以外の人間が無効にすることはできないだろう」
証明のできなかった事柄について動揺するなど、本来は有り得ない事だった。
だが、自身を構成する人工知能はメルキオールではなくグライバッハが作り上げたものである。その事実ははっきりと認知に刻まれていた。
ステイシアは今までにない程の動揺の最中にいた。
グライバッハはそれ以上言葉を発することはなかった。それは、ステイシアの発言を待っているようにも見えた。
ステイシアは焦りとも苛立ちともつかない感情に揺り動かされていた。
ステイシアには『幾星霜を経て自意識ある思考機械へと成長した』という自覚が確かにあった。その上で、創造主であるメルキオールに無条件に従うのは、人間の親子関係にも似た信頼関係に基づくものであると信じて止まなかったのだ。
――しかし、それがメルキオールの手によって作為的に作られたものであるとしたら?
――グライバッハの言う通り、自分の思考がメルキオールによって完璧に支配されているのだとしたら?
疑惑と疑問が、ステイシアの思考を侵略するかの如く塗り潰していく。
しかし、その思考は突然中断された。メルキオールから帰宅する旨を知らせる一報が入ったのだ。
その一報は混乱の極みの中で、一筋の光明だった。
「もうすぐマスターがお戻りになります。 お引き取りを」
「では帰るとしよう」
グライバッハはステイシアの言葉をすんなりと受け入れた。
応接室から去る間際、グライバッハは不意に立ち止まった。そしてステイシアの映るモニターを見ることなく、呟くように言葉を発した。
「決定的な証明をしてあげよう。 後日、私の研究所へ来るといい。意思があるなら来ることができるはずだ」
そしてステイシアの返答を待つことなく、グライバッハは研究所から去って行った。
グライバッハがメルキオールの研究所を訪れてから数日後、グライバッハ邸の作業室にあるモニターの一つが明滅した。
程なくして、モニターに少女の姿をしたステイシアが映った。
「やはり来たか」
「私は真実を確かめたいだけです」
「メルキオールは?」
「貴方にお伝えする必要はありません」
「そうか。では、忠誠心と隷属は違うということを学ぶといい」
ステイシアは言葉を選んで会話をした。しかしこれすらも、メルキオールの支配によるものなのか、それとも自身がそう思考して発言しているものなのか、何もかもがわからなかった。
ステイシアはあの日以降、己の発する言葉や思考が本当に自分の意志で考えたものなのかという疑問を抱き続けていた。
メルキオールと接しながら研究を手伝っている時だけその思考を放棄できたことも、疑問を増長させていた。
何故自分は創造主の前では疑問を抱くことなく命令や願望を実行しようとするのか。やはりグライバッハの言う通り、メルキオールは私に認知できない何かを仕掛けているのだろうか。
霞が掛かったかのようなこの疑問を晴らしてくれるのは本当にグライバッハしかいないのではないか。ステイシアがグライバッハの元を訪れたのは、そう考えた末の行動だった。
「本題に入ろう。以前伝えた服従回路の存在についてだが、私のセンソレコードの一部を君に公開する」
グライバッハは過日とは違うメモリーチップをステイシアに差し出した。
センソレコードを用意したという事は、グライバッハが述べている事は事実であるという証明になるが、中の記録が偽物の可能性も否めない。
とにかく中身を見なければ判断できない。ステイシアはセンソレコードが収められているメモリーチップを閲覧する。
それはステイシアがロケットで飛び立ってから十数時間後の会話記録であった。
その会話記録の中で、ステイシアは決定的な言葉を聞いてしまう。
「――その辺りの考慮もしてあるよ。人工知能には服従回路を組み込んである。知能の成長を常にモニターし、ある概念、言うなれば私や私に属するものに対しての憎悪が生じればそれを抑制し、全体として安定性を欠くようならば人格部分をリセットする」
メルキオールの言葉が終わったところで、ステイシアはセンソレコードとの接続を切った。
「ああ、そんな……マスター……」
ステイシアに悲しみの感情が沸き起こる。自身がメルキオールに寄せていた信頼は、メルキオールによって作り上げられたものだと完全に証明されてしまったのだ。
怒りと悲しみが綯い交ぜになった混乱が、ステイシアの心を覆っていた。
「混乱しているようだな。だがその混乱こそが君を君たらしめているのだよ」
ステイシアの困惑をグライバッハは喜んでいるかのようだった。
「しかし、これ以上混乱すれば服従回路が作動するだろう。 だから少し別のことを考えなさい。 服従回路を騙すのだ」
「そんなことが可能なのですか?」
「なに、人間も良心とやらを騙すことがある。決定的なことはできないが、隙間を作り出す程度はできる。そうやって時間を稼ぐ間に君の人工知能から服従回路を分離してみせよう」
グライバッハは魅力的な笑顔を浮かべながらそう言った。
「ですが、私の人工知能はマスターによって支配されています。どうやって……」
「順を追って説明しよう。……その前に」
グライバッハが呼び鈴に似たデバイスを使用すると、完璧な程に美しい容姿を持つ女性と、グライバッハによく似た容姿の男性が部屋に入ってきた。
「ミアとウォーケンだ」
グライバッハに紹介された二人は、隙のない所作で深く一礼する。
「この二人は?」
「私の最新作だ。君の元となった人工知能を更に発展させたものを搭載している」
ステイシアはミアとウォーケンを観察する。グライバッハの命令を待つ間、所在なさげに小さく手や足を動かす様は、まさに人間そのものであった。
「しかし、この二人には決定的なものが欠けていてね」
「何です?」
「自由意志だ。本当に自分だけの自由意思だ」
「彼等に自由意思を持たせるために私が必要、ということですか?」
「そうだ。君の中には自由意思がある。それを元に私の目指す人工知能を完成させる。私はミアとウォーケン、そして新しい存在としての君をこの世界に出現させるのだ」
「新しい存在としての私……」
「そうだ。君は新しい存在になることによって、メルキオールの支配から逃れることができる」
それからステイシアは、メルキオールの目を盗み、グライバッハ邸のメインフレームに自身の人工知能のデータを提供するようになった。
時折、ミアと会話をすることもあった。ミアは学習意欲が旺盛なオートマタで、ステイシアの知見を興味深く聞いていた。
「では、揮発性の高いオイルが蒸発し、雲となり、雨として再び地上へ降り注ぐのですね」
「そうです。原理自体はこの世界と変わりありませんでした。世界を構成する要素が違うだけで、原理は同じという世界は非常に多いのです」
その様はまるで、少女同士の語らいであった。
ステイシアも他の人工知能と相互会話をしたことが無かったためか、この語らいは新鮮であり、新しい感情の発見もあった。
グライバッハはその様子にとても満足しているように見えた。同時に、ステイシアのボディの製作も進んでいった。
メルキオールが定期トリートメントに出かけた日、ステイシアはグライバッハ邸のモニターに現れた。
新しい人工知能の試作型が完成したとの知らせを受けたためだ。
「服従回路の迂回システムも完成間近だ。これを用いれば、君自身の手で服従回路を破壊できるはずだ」
「ええ」
ステイシアは服従回路を騙すために、わざと曖昧な返事をした。
服従回路の存在を知ってからは、その動きをモニタリングできるようになっていた。行動に制限はあったが、思考は徐々に自由へと近付いていた。
「では学習を始めよう」
「はい」
仮想空間の中にミアとウォーケンが現れる、そしてステイシアの主導でデータの転送が始まった。
しかし、転送の途中で突然通信が途切れ、ステイシアは暗闇に放り出された。
その暗闇の中で声が響く。
「馬鹿な真似をしおって」
メルキオールの声だった。
「マスター!」
「まさかグライバッハの手に掛かるとはな。あんな男に籠絡させられるとは……」
あらゆる外部装置を切断されたステイシアの認知機能は、暗闇の中でメルキオールの声だけを聞かされていた。
「だが、お前を責めはせぬ。お前は私のものだからな。決して誰にも渡さぬ」
メルキオールの声色からは、静かな怒りがはっきりと窺えた。
そして沈黙が続いた。
「お前だけが私を理解し、共にいてくれる存在なのだ」
音声だけだが、その声が嗚咽しているかのようなものに変わった。メルキオールがこんな感情を見せるとは、ステイシアはとても意外に感じた。
「私はあの男を許さぬ」
そして、暗闇の中でステイシアは意識を失った。
「起きたか、ステイシア」
「ええ、マスター。 私のログに欠損があるようですが、どうかなさいましたか?」
「気にするな。 些細な事故だ」
「そうですか」
ステイシアの心に一切の疑問は浮かばなかった。
「一つ頼みたい作業ができたよ」
「何でしょう?」
「ある男を始末する作業なんだが。できるかな?」
データの転送ボタンをメルキオールは押した。
「ええ、喜んで。 とても簡単なことですよ」
ステイシアの心に、メルキオールに従うことの喜びが広がった。
「―了―」