梅爾基奧確認裝載了史塔夏的火箭目前座標。
火箭的座標還在第三宇宙速度之前的位置。但是,史塔夏的確出現在監視用的螢幕上。
實驗意外地成功,使得梅爾基奧興奮了起來。
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「請指示下一個命令,主人」
「首,首先讓我看看妳得到的東西」
梅爾基奧顫抖地說著。
「了解」
史塔夏進入研究室,展現出在虛空裡經由實驗觀測所得到的少女姿態。
梅爾基奧伸出手,史塔夏也伸手握住。
梅爾基奧確實感受到了史塔夏手的溫度。
「看吧,格雷巴赫!是實體。從無到有,成功控制不定變數了」
格雷巴赫面無表情地望著那二個人的對話,不,是一個人與另一個不可思議的物體。然後,慢慢地拿起放在桌上的筆,朝史塔夏丟過去。
「你做什麼!」
梅爾基奧開口的同時,筆穿透過史塔夏的身體,空虛地掉在地上。
「別鬧了。這是沒有實體的投影畫面」
「怎麼可能,我確實從這手……」
就那樣將握著的手拉近,觸摸到史塔夏的身體。的確有觸感。
「不,該不會……」
「怎麼了?梅爾基奧」
格雷巴赫向梅爾基奧問道。
「沒事,原來如此……」
梅爾基奧露出困惑的表情。
「主人,很抱歉。目前還無法實體化。這個姿態與觸感,都是將微弱的信號傳送至您的腦中而形成的」
史塔夏回答道。
「這樣啊。但是能源大小不是問題。能超越世界線傳遞情報才是最重要的」
梅爾基奧馬上從困惑的表情中回復過來。
「格雷巴赫,實驗並沒有失敗。也讓你看看吧,我實驗的意圖」
梅爾基奧用格雷巴赫從未見過的笑臉說道。
「那麼史塔夏,把你所見過的世界讓我們也瞧瞧」
「了解,主人」
在下一個瞬間,研究室裡變成了奇妙的世界。
周圍被金屬材質的常春藤覆蓋,還結了各種不斷變色像是果實的東西。
「金屬的……森林?」
短暫的沈默之後,格雷巴赫只說了這句,就算向持續變色中像是果實的東西伸手。還是和剛才史塔夏的身體一樣,果實穿透了格雷巴赫的手。觸摸常春藤,傳來的卻是梅爾基奧研究室牆壁的觸感。
「幻覺嗎」
「不,這是現實啊,格雷巴赫。對吧?史塔夏」
「是的,這是與無限連接之後這個場所的可能世界。我可以到達那一切」
史塔夏像是誇耀般地說著。
「還有更多的世界」
接著四周的世界溶解,這次出現了一片汪洋大海。史塔夏邊笑著邊在二人的周圍繞著。
黑色的影子在海面上擴散,像魚的巨大怪物躍出水面上來。
那個怪物將史塔夏瞬間吞入,消失在海裡。
「啊哈哈哈」
聽到那個笑聲後,史塔夏再次出現在空中。
這回出現了灼熱的世界。沸騰的岩漿巨大的噴煙,頭上無數個火山碎屑交錯亂飛。是個沒有生物的死之世界。
就這樣史塔夏多次轉換不同的世界。人類以外的文明所建築的世界、人類尚在狩獵採集的世界、奇怪進化後的最終文明世界等等,展現出一個個的可能世界。
「夠了!」
格雷巴赫大叫著。在梅爾基奧的一個眼色下史塔夏停止了動作。
可能世界消失了。就像什麼也沒發生過似的回復到原本的研究室房間。
「我已經取得了所有的可能性了。格雷巴赫」
「真是愚蠢。不就是幻影嗎」
「你看到了不是嗎,各種可能世界。從那裡得到的情報可以凌駕任何研究」
「只是幻象罷了。這種東西」
「你不相信我也沒辦法。但是,這就是現實」
「這種東西,就和瘋子做的夢一樣不是嗎」
「讓你看了這麼多仍然無法理解嗎?是我錯看你了,格雷巴赫」
「你想相信什麼是你的自由。但是作為朋友給你個忠告,幻象就是幻象」
「你在說什麼,我可是成功了」
實驗的一部份確實是成功了。但是剛才所見到的東西也沒有証據來證明是真正的可能世界。這也是殘酷的現實。
「那我先走了。梅爾基奧,這件事我會對蕾格烈芙保密,你最好冷靜點」
格雷巴赫努力揮去對幻影的興奮,冷靜地告戒梅爾基奧後就離開了。
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格雷巴赫走了之後,梅爾基奧把史塔夏叫了過來。
「來,用你的力量讓我看看世界」
史塔夏接下坐在椅子上的梅爾基奧的手,跪了下來。
「好的,主人」
史塔夏浮現出打從心底的開心表情後,開始向梅爾基奧的腦中傳送可能世界的影像。
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自史塔夏歸來經過了幾個月。梅爾基奧已經氣餒了。
雖然透過史塔夏的力量看過了各種各樣的可能世界,但是卻沒有得到任何有用的成果。
可能世界中有比現在的世界稍微前進一點的世界,也有稍微過去一點的世界。
如果可以確認微小差別的無限世界,一定可以隨心所欲地操控。
但是,梅爾基奧在這實驗中不斷的失敗。
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剛開始的實驗是簡單的解析暗號。
並試著解開。結果當然是失敗。借用史塔夏的力量讓自己看看<解開問題成功之後的可能世界>。假設能夠確認在那個可能世界中使用的關鍵在現實世界中也可以使用的話,實驗便成功。
但是,重覆再多次實驗都持續失敗。腦中確實確認到數列的關鍵。也當場做了筆記。更多次証明了其正確性。
即使這樣,那個關鍵卻無法重現在現實世界。
就像是面無論如何都無法跨越過的牆。
最後,連預測一顆骰子都做不到。
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肯定有哪裡弄錯了。
史塔夏確實是從虛空回來了。也可以讓我看到許多的可能世界。儘管這樣,史塔夏卻無法帶給現實世界任何的影響。
格雷巴赫說的那句「這種東西,就和瘋子做的夢一樣」迴繞在梅爾基奧的腦中。
支撐著梅爾基奧的只有執念而已。
「真的十分抱歉,主人」
史塔夏將手搭在抱住頭的梅爾基奧肩上。梅爾基奧想都沒想就將那手給甩開。確實有甩開的觸感。
「真的非常抱歉」
史塔夏像是打從心底的感到抱歉。格雷巴赫所製作的情感程式完美地執行中,史塔夏對自已主人的悲傷模樣感到同情。
但這個機能,卻讓梅爾基奧越來越感到煩躁。
「讓我一個人靜一靜」
嘶吼地說完後,梅爾基奧便將自己關在房間裡,沉浸於新的思考中。
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「實驗開始」
史塔夏的聲音在研究室裡響起。
研究室裡放置了一個足以將全部空間填滿的巨大裝置。
透過史塔夏的實際觀察為基礎建構假設,直到結論出來大約花了十年。直到完成為了証明這個假設的裝置完成為止,又再花了十年。
得到的結論是為了操控可能世界,果然還是需要強烈的能量。
史塔夏確實可以到達可能世界。但是卻無法對現實世界造成影響。這是一面高牆。梅爾基奧必需跨越那道牆,創造可以與多元世界相互作用的『門』。
巨大的裝置發出巨響運作著。隨時可以透過監視器看到設置在內部的混沌元素核心及能量,並以毫秒不漏的方式進行觀測。
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梅爾基奧接連看著螢幕上不斷顯示的混沌元素核心狀態與裝置中央空出來的空間。
一小時,二小時,時間流逝著。梅爾基奧耐心地等著。焦急是沒有意義的這道理,是從創造這個裝置的過程中深刻了解到的。
包含休息經過了三小時左右,中央的空間第一次發生了變化。
「確認裝置中央空間的波動」
史塔夏靜靜地說。這並不是人類可以觀測出來的程度。
因為是具有可以觀測原子程度的史塔夏才能察覺得到的變化。
「大小呢?」
「發生當時是原子般大。雖然是一點一點小小地波動但正在擴大中。推測到可以目視觀測為止大約需要四小時」
「我知道了,繼續觀測」
如同史塔夏所說的,經過了四小時左右,空間的波動發展到連人的眼睛都可以清楚觀測的光。
光放射出各種光彩慢慢地旋轉著。在梅爾基奧的眼中,這彷彿像是從地上觀測到的渦狀銀河。
雖然速度非常地緩慢,但是光的規模漸漸增大,已經成長到差不多是可以包裹小嬰兒在裡面的規模。
梅爾基奧戴上遮擋光的護目鏡,看著光的裡面。如果光的另一邊是照映著別的世界,那麼就無法保証不會是對人類眼睛有害的物質或光源。
透過護目鏡看到的是淡綠色的光照射著周圍的一面的世界。草木像是玻璃的物質構成,持續受到強風吹襲的荒野般的世界。
梅爾基奧眼前的異世界景像擴大了。『門』確實被打開了。
「很好,進入下一個階段。將攝影機送往那一邊」
梅爾基奧小心地離開『門』。現在看來是安定的光,但不曉得會因什麼原因而消失。
「影像攝影機,投入」
連結著機械手的小型攝影機,進到了光的裡面。
「影像有確實在記錄嗎」
「有的。顯示到螢幕上」
其中的一個螢幕,顯示出剛才梅爾基奧所看到的景像。那個世界的生物緩慢地通過攝影機鏡頭前。
「看來這邊的物質似乎可以正常地送過去」
在這一段期間內,攝影機順利將異世界的樣子傳送了過來。但是攝影機突然受到了衝擊,影像消失了。
「發生了什麼事?」
「好像是那邊世界的生物在攻擊攝影機。我把攝影機送回來」
「我知道了」
不久後攝影機回到了這邊。
攝影機完全回來後,光馬上就開始收縮。
「果然無法頻繁地進行物質的移動啊」
「必需要多做幾次安定化的實驗」
雖然光的迴轉速度逐漸增加,但是收縮也隨著比例增加。同時亮度也在變強。
「史塔夏,將裝置停掉」
「了解」
發出了一瞬間的強光後,光就消失了。
史塔夏確認了別的反應。
「失控了嗎?狀況如何?」
「中央有生物反應。主人,這個是……」
發生光渦的那個地方,有小小的生物。看起來是小狗,完全不在意自己是在什麼狀況下,慵懶地打了個哈欠。
「看來是通過那個光來到這裡了。就跟攝影機去到那裡一樣……」
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雖然發生了意外,但是實驗成功了。
開啟的門雖然很小,但是對梅爾基奧來說已經足以証明自己的假設。
「這個生物要怎麼處置?」
「觀察牠能夠活到什麼地步吧。可以成為比做成標本還有益的實驗。如果這個生物能在這個世界生存的話,便是相互作用極致的証明」
「了解。但是,如果進展到危險狀態的時候該怎麼處理呢?」
這個生物很有可能成為物理性的危險。
「哼,別擔心。也不是什麼了不起的生物」
梅爾基奧意外地有著樂觀的一面。
「但是主人」
「哎,煩死了!」
梅爾基奧的語氣有些強硬。
這個聲音傳遞到史塔夏的瞬間,她的腦中忽然產生了(必須聽從梅爾基奧的指示)的意識。而那個意思轉換成了(將這個生物隔離,一邊維護梅爾基奧的安全一邊養育)的思考。
「了解。將建構養育空間」
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就這樣,『門』的研究理論被實際證明了。
某日,梅爾基奧在為了要進行下一個階段而準備,出門前往進行定期保養的設施。
就像是趁著這外出不在的空隙似的,格雷巴赫來到了這二十幾年來都沒人來過的研究所。
「主人不在。請回去」
即使沒有命令,判斷主人不在的期間不能讓任何人進入的史塔夏,冷淡地向格雷巴赫說道。
「我知道。今天是有事來找妳的」
「請回去」
「你所裝載的人工智能是我所創造的,妳知道嗎?」
「那是什麼意思呢?」
「看來梅爾基奧什麼都沒有跟妳說呢」
史塔夏因格雷巴赫的言語第一次感受到所謂的驚訝情緒。雖然沒有人告訴她,但她一直自然認為創造出自己的是梅爾基奧。
那麼格雷巴赫這句話的意思到底是什麼,史塔夏想要知道。
「……我知道了,請進」
沉默一會兒後,史塔夏打開了研究所的門。
|
「─完─」
2790年 「来訪者」
メルキオールはステイシアを搭載したロケットの座標を確認した。
ロケットは第三宇宙速度に達する前の座標にあった。が、監視用モニターには確かにステイシアが映し出されている。
実験の望外の成功に、メルキオールは色めき立った。
「次のご命令をどうぞ、マスター」
「ま、まずは君が得たものを見せてくれ」
メルキオールの言葉は震えていた。
「わかりました」
ステイシアは研究室に入り、ヴォイドでの実験観測で手に入れた少女の姿を披露した。
メルキオールは手を伸ばし、ステイシアもその手を取る。
ステイシアの手の暖かさを、メルキオールは確かめた。
「見ろ、グライバッハ! 実体だ。無から有を、いやエントロピーをコントロールすることに成功しているぞ」
グライバッハは二人のやりとり、いや、一人と不可思議な一体の姿を無表情で眺めていた。そして、おもむろに机に置いてあったペンを取り、ステイシアに投げつけた。
「なにをする!」
メルキオールの言葉と同時にペンはステイシアの体をすり抜け、虚しく床に転がった。
「茶番だな。 これは実体など持たぬ投影画像だ」
「馬鹿な、確かにこの手に……」
握った手を引き寄せ、ステイシアの体に触れる。確かに感触はある。
「いや、まさか……」
「どうしたんだ? メルキオール」
グライバッハはメルキオールに問うた。
「いや、そうか……」
メルキオールは当惑した表情を見せた。
「マスター、申し訳ありません。実体化はまだ不可能です。この姿や感触は、あなた方の脳に微弱な信号として送り込んでいるものです」
ステイシアは答えた。
「そうか。いや、エネルギーの大小は問題ではない。世界線を超えて情報が伝わることが重要なのだ」
メルキオールは当惑の表情からすぐに立ち直った。
「グライバッハ、実験は失敗などしていないのだ。お前にも見せてやる。私の実験の意図を」
グライバッハが今まで見たことのないような笑顔で、メルキオールはそう言った。
「ではステイシア、君の見てきた世界を我々にも見せてくれ」
「わかりました、マスター」
その瞬間、研究室は奇妙な世界へと変貌した。
金属質の蔦が周囲を覆い、様々な色に変色する果実のようなものが成っている。
「金属の……森?」
しばしの沈黙の後、グライバッハはそれだけを呟いて、変色を続ける果実のような何かに手を伸ばす。
だが、先程のステイシアの身体と同じく、果実はグライバッハの手をすり抜けた。蔦に触れると、メルキオールの研究室の壁の感触が伝わってきた。
「幻覚か」
「いいや、現実だよ、グライバッハ。そうだろう? ステイシア」
「はい、ここは無限に連なったこの場所の可能世界です。私はその全てに到達することができます」
ステイシアは誇るように言った。
「もっとたくさんの世界があります」
次の瞬間、周りの世界は溶け、今度は大海原が現れた。ステイシアは笑いながら二人の周りを回る。
黒い影が海面に広がり、巨大な魚のような怪物が飛び上がってきた。
その怪物にステイシアは一瞬で飲み込まれ、海中に消えていった。
「あははは」
そんな笑い声が聞こえたかと思うと、再びステイシアが空中に現れた。
今度は灼熱の世界が現れた。煮えたぎるマグマに巨大な噴煙、頭上に無数の噴石が飛び交っている。今度は生物のいない死の世界だった。
そうやって何度も何度もステイシアは世界を切り替えた。人間以外が文明を築いている世界、人間が未だに狩猟採集を続けている世界、奇怪な進化を遂げている文明世界など、次々と可能世界が現れては消えていった。
「もういい」
グライバッハが大声を上げる。メルキオールは目配せでステイシアを止めた。
全ての可能世界は消え失せ、何事もなかったかのように元の研究室の部屋へ戻った。
「私は全ての可能性を手に入れたぞ。グライバッハ」
「馬鹿げている。 ただの幻影ではないか」
「見ただろう、あらゆる可能世界を。 そこから得られる情報はいかなる研究をも凌駕するぞ」
「まやかしだ。 こんなものは」
「信じられぬのは仕方ない。だが、これこそが現実なのだ」
「こんなもの、狂人の夢と同じじゃないか」
「ここまで見せてもまだ理解できないのか。見損なったぞ、グライバッハ」
「君が何を信じようと自由だ。 だが友人として忠告しておく、まやかしはまやかしだぞ」
「何を言う。成功したのだ、私は」
実験の一部は確かに成功していた。しかしこの幻影が本当に可能世界なのかどうかの確証は何も無い。それも厳然たる事実だ。
「これで失礼するよ。メルキオール、レッドグレイヴにはこの件は内密にしておく。君は少し冷静になった方がいい」
グライバッハは幻影の興奮を振り払うよう努めて冷静にそう告げ、去っていった。
グライバッハが去ってから、メルキオールはステイシアを呼び寄せた。
「さあ、お前の力で私に世界を見せておくれ」
ステイシアは椅子に座ったメルキオールの手を取り、跪いた。
「はい、マスター」
ステイシアは心底嬉しいという表情を浮かべると、メルキオールの脳に可能世界の画像を送り始めた。
ステイシアが帰還してから数ヶ月が経った。メルキオールは落胆していた。
様々な可能世界をステイシアの力で見て回ったが、そこからは有用な成果が得られなかったのだ。
可能世界には今の世界より少し時間が進んだ世界もあれば、少し過去の世界もあった。
微妙に違った無限の世界を確認できれば、世界を思うがままに操れる筈だった。
だが、メルキオールはその実験に何度も失敗していた。
最初の実験は簡単な暗号解析だった。
問題を定義し、デタラメに復号のための鍵を設定して解いてみる。当然失敗する。ステイシアの力を借りて<問題を解くことに成功した可能世界>を見せてもらう。その可能正解で用いた鍵を現実世界でも使えることが確認できれば、実験は成功だった。
しかし、何度実験を重ねても失敗が続いた。脳では確かに数列の鍵を確認した。その場でメモも取った。正しさも何度も確認した。
それでも、現実世界に持ってきたその鍵では、暗号は復号できなかった。
どうしても乗り越えられない壁のようなものがあった。
最終的には、サイコロ一つ予想することができなかった。
何かが間違っていた。
確かにステイシアはヴォイドから帰ってきた。たくさんの可能世界を眼前に見せてくれることもできる。それらのに、ステイシアは現実世界には何も影響を与えることができなかった。
グライバッハの言った「こんなものは狂人の夢と変わりない」という言葉がぐるぐるとメルキオールの頭を巡った。
執念だけがメルキオールを支えていた。
「申し訳ありません、マスター」
ステイシアは頭を抱えたメルキオールの肩に触れた。思わずメルキオールはその手を払った。確かにその感触はあった。
「本当に申し訳ありません」
ステイシアは心底すまなそうに謝った。彼女は自分のマスターが悲しむ姿に同情していた。グライバッハの作った情動プログラムは完璧に動作しているようだった。
そのことがメルキオールをますます苛立たせた。
「少し一人にしてくれ」
吐き捨てるように言うと、メルキオールは自室に篭もり、新しい思索に耽った。
「実験を開始します」
ステイシアの声が大部屋として改装された研究室に響く。
研究室には全ての空間を埋め尽くす程の巨大な装置が鎮座していた。その装置はステイシアが悠久の時を使って創りだしたケイオシウムコアに極めて似ていた。
ステイシアからの知見を元に仮説を構築し、結論が出るまでに約十年。その仮説を証明するための装置が完成するまで、更に十年が掛かっていた。
可能世界を操るためには、やはり強烈なエネルギーが必要との結論に達していた。
確かにステイシアは可能世界に到達できた。しかし、現実世界に影響を与えることはできなかった。一種の壁があったのだ。メルキオールはその壁を越えるべく、多元世界に対して相互作用可能な『扉』を設ける装置を創りだした。
巨大な装置が大きな音を立てて駆動する。内部に設置されたケイオシウムコアとエネルギーを放出する場は常にモニターされており、ナノ秒の漏れもなく観測がなされる。
装置が動き始めてから長い時間が経過したようにメルキオールは感じていた。
モニターに次々と流れていくケイオシウムコアの状態と、装置の中央に空いた空間を交互に眺めていた。
一時間、二時間と時が過ぎていく。メルキオールは根気良く待った。焦っては無意味だということは、この装置を作り上げるまでに散々思い知らされていた。
一時の休憩を挟み三時間が過ぎたころ、初めて中央の空間で変化が起きる。
「装置中央に空間の揺らぎを確認」
ステイシアは静かに告げる。人間が観測できるほど大きな揺らぎではない。
原子レベルでの観測が可能であるステイシアだからこそ気付けた変化だった。
「大きさは?」
「発生時は原子サイズでした。少しずつではありますが、揺らぎは広がっています。目視観測可能となるまで約四時間と推定されます」
「判った。観測を続けてくれ」
ステイシアの言葉の通り四時間の時間が経過した頃、空間の揺らぎは人の目でもはっきりと見える光となった。
光は様々な光彩を放ちながらゆっくりと回転している。まるで地上から観測した銀河の渦のようだ。メルキオールの目にはそのように映っていた。
非常に低速ではあったが光は大きさを増していき、乳幼児ならば包み込めるほどの大きさで成長していた。
メルキオールは様々な光を遮るグラスを装着すると、光の中を覗く。もし光の向こうに別の世界が映ったとして、人の目に害のある物質や光源がないとは限らなかった。
グラス越しに見えたものは、淡い緑の光が当たり一面を照らしている世界だった。草木はガラス質のような物質で構成され、常に強い風が吹く荒野のような世界だった。
メルキオール自身の目には異世界の光景が広がっていた。『扉』は確かに開かれたのだ。
「よし、次の段階へ進む。撮影機を向こう側へ送る」
メルキオールは注意深く『扉』から離れる。今は安定しているように見える光だが、何の切欠で消えるか不明な部分があった。
「映像撮影機、投下します」
マニピュレーターに繋がった小型の撮影機が光の中へと入っていく。
「映像の記録は取れているか」
「はい。モニターに映します」
モニターの一つに先ほどメルキオールが見た光景が映し出される。撮影機の間近を、その世界の生物がゆったりと通りかかっていった
「こちら側の物質は問題なく送ることが出来るようだな」
しばらく撮影機は異世界の様子を映し出していた。しかし突然撮影機に衝撃が走り、映像が乱れる。
「何が起きている?」
「あちらの生物が攻撃しているようです。撮影機をこちらに戻します」
「判った」
程なくして撮影機に繋がったマニピュレーターがこちら側へと引き戻される。
撮影機が完全に引き戻されると間をおかずに光が収縮を始めた。
「やはり物体の移動を頻繁に行う事はできないか」
「安定化の実験を重ねる必要があります」
回転する光は、その速度を増していたがそれに比例するように収縮をしていった。同時に光も強くなる。
「ステイシア、装置を止めろ」
「判りました」
光は一瞬強く輝きをみせたが、すぐに消失する。だが、同時にステイシアは別の反応を確認していた。
「暴走ではなかったか。状況は?」
「中央に生物反応を確認。マスター、これは……」
光の渦が発生していたその場所に、小さな生物がいた。子犬のようにも見えるそれは、自分が置かれている状況にも構わず、のんびりとあくびをしていた。
「あの光を通ってきたということか。撮影機があちらに渡ったように・……」
アクシデントこそあったものの、実験は成功した。開いた扉は小さなものであったが、メルキオールにとっては自身の仮説を証明するに十分なものであった。
「この生物はいかがしますか?」
「標本にするよりどこまで生きるか観察しよう。良い実験になる。生物がこちらの世界で生きることができれば、相互作用の究極の証明だ」
「わかりました。ただ、危険な状態になった時にはどうなさいますか?」
ステイシアは己の物理的な干渉能力に限界が有ることを知っている。この生物が物理的に危険である可能性は大いにあった。
「ふん、気にするな。大した生物ではあるまい」
メルキオールは妙に楽観主義的なところがあった。
「ですがマスター」
「ええ、うるさいぞ」
メルキオールの語気が強まった。その声がステイシアに届いた瞬間、彼女の中に急にメルキオールの言葉に従わなければという意識が発生したような感覚があった。
そして、その感覚はすぐにこの生物をマニュピレーターを使って隔離し、メルキオールの安全を確保しつつ生育するという思考に切り替わる。
「わかりました。飼育スペースを構築します」
こうして『扉』の研究理論は実証された。メルキオールは次の段階に進む前準備として定期トリートメントを行う施設へと出かけていた。
その不在の隙をつくかのようにこの二十数年誰も訪れることのなかった研究所にグライバッハが再び尋ねてきた。
「マスターは不在です。お引取りください」
命令されなくとも主が不在の間は何者も通してはならないと判断したステイシアは、にべもなくグライバッハに告げる。
「判っている。今日は君に用があってきた」
「お引取りを」
「私が君に搭載されている人工知能の生みの親であると知ってもかい?」
「どういう意味でしょう」
「メルキオールは君に何も話していないようだね」
グライバッハの言葉に、ステイシアは驚愕の感情を覚えた。自分を作り上げた人物はメルキオールであると、教えられずともそう思っていた。
ならば、グライバッハの発言の意味するところは何か。ステイシアはそれを知りたいと考えた。
「……わかりました。ご用件をどうぞ」
しばしの沈黙の後、ステイシアは研究所の扉を開けるのだった。
「―了―」
メルキオールはステイシアを搭載したロケットの座標を確認した。
ロケットは第三宇宙速度に達する前の座標にあった。が、監視用モニターには確かにステイシアが映し出されている。
実験の望外の成功に、メルキオールは色めき立った。
「次のご命令をどうぞ、マスター」
「ま、まずは君が得たものを見せてくれ」
メルキオールの言葉は震えていた。
「わかりました」
ステイシアは研究室に入り、ヴォイドでの実験観測で手に入れた少女の姿を披露した。
メルキオールは手を伸ばし、ステイシアもその手を取る。
ステイシアの手の暖かさを、メルキオールは確かめた。
「見ろ、グライバッハ! 実体だ。無から有を、いやエントロピーをコントロールすることに成功しているぞ」
グライバッハは二人のやりとり、いや、一人と不可思議な一体の姿を無表情で眺めていた。そして、おもむろに机に置いてあったペンを取り、ステイシアに投げつけた。
「なにをする!」
メルキオールの言葉と同時にペンはステイシアの体をすり抜け、虚しく床に転がった。
「茶番だな。 これは実体など持たぬ投影画像だ」
「馬鹿な、確かにこの手に……」
握った手を引き寄せ、ステイシアの体に触れる。確かに感触はある。
「いや、まさか……」
「どうしたんだ? メルキオール」
グライバッハはメルキオールに問うた。
「いや、そうか……」
メルキオールは当惑した表情を見せた。
「マスター、申し訳ありません。実体化はまだ不可能です。この姿や感触は、あなた方の脳に微弱な信号として送り込んでいるものです」
ステイシアは答えた。
「そうか。いや、エネルギーの大小は問題ではない。世界線を超えて情報が伝わることが重要なのだ」
メルキオールは当惑の表情からすぐに立ち直った。
「グライバッハ、実験は失敗などしていないのだ。お前にも見せてやる。私の実験の意図を」
グライバッハが今まで見たことのないような笑顔で、メルキオールはそう言った。
「ではステイシア、君の見てきた世界を我々にも見せてくれ」
「わかりました、マスター」
その瞬間、研究室は奇妙な世界へと変貌した。
金属質の蔦が周囲を覆い、様々な色に変色する果実のようなものが成っている。
「金属の……森?」
しばしの沈黙の後、グライバッハはそれだけを呟いて、変色を続ける果実のような何かに手を伸ばす。
だが、先程のステイシアの身体と同じく、果実はグライバッハの手をすり抜けた。蔦に触れると、メルキオールの研究室の壁の感触が伝わってきた。
「幻覚か」
「いいや、現実だよ、グライバッハ。そうだろう? ステイシア」
「はい、ここは無限に連なったこの場所の可能世界です。私はその全てに到達することができます」
ステイシアは誇るように言った。
「もっとたくさんの世界があります」
次の瞬間、周りの世界は溶け、今度は大海原が現れた。ステイシアは笑いながら二人の周りを回る。
黒い影が海面に広がり、巨大な魚のような怪物が飛び上がってきた。
その怪物にステイシアは一瞬で飲み込まれ、海中に消えていった。
「あははは」
そんな笑い声が聞こえたかと思うと、再びステイシアが空中に現れた。
今度は灼熱の世界が現れた。煮えたぎるマグマに巨大な噴煙、頭上に無数の噴石が飛び交っている。今度は生物のいない死の世界だった。
そうやって何度も何度もステイシアは世界を切り替えた。人間以外が文明を築いている世界、人間が未だに狩猟採集を続けている世界、奇怪な進化を遂げている文明世界など、次々と可能世界が現れては消えていった。
「もういい」
グライバッハが大声を上げる。メルキオールは目配せでステイシアを止めた。
全ての可能世界は消え失せ、何事もなかったかのように元の研究室の部屋へ戻った。
「私は全ての可能性を手に入れたぞ。グライバッハ」
「馬鹿げている。 ただの幻影ではないか」
「見ただろう、あらゆる可能世界を。 そこから得られる情報はいかなる研究をも凌駕するぞ」
「まやかしだ。 こんなものは」
「信じられぬのは仕方ない。だが、これこそが現実なのだ」
「こんなもの、狂人の夢と同じじゃないか」
「ここまで見せてもまだ理解できないのか。見損なったぞ、グライバッハ」
「君が何を信じようと自由だ。 だが友人として忠告しておく、まやかしはまやかしだぞ」
「何を言う。成功したのだ、私は」
実験の一部は確かに成功していた。しかしこの幻影が本当に可能世界なのかどうかの確証は何も無い。それも厳然たる事実だ。
「これで失礼するよ。メルキオール、レッドグレイヴにはこの件は内密にしておく。君は少し冷静になった方がいい」
グライバッハは幻影の興奮を振り払うよう努めて冷静にそう告げ、去っていった。
グライバッハが去ってから、メルキオールはステイシアを呼び寄せた。
「さあ、お前の力で私に世界を見せておくれ」
ステイシアは椅子に座ったメルキオールの手を取り、跪いた。
「はい、マスター」
ステイシアは心底嬉しいという表情を浮かべると、メルキオールの脳に可能世界の画像を送り始めた。
ステイシアが帰還してから数ヶ月が経った。メルキオールは落胆していた。
様々な可能世界をステイシアの力で見て回ったが、そこからは有用な成果が得られなかったのだ。
可能世界には今の世界より少し時間が進んだ世界もあれば、少し過去の世界もあった。
微妙に違った無限の世界を確認できれば、世界を思うがままに操れる筈だった。
だが、メルキオールはその実験に何度も失敗していた。
最初の実験は簡単な暗号解析だった。
問題を定義し、デタラメに復号のための鍵を設定して解いてみる。当然失敗する。ステイシアの力を借りて<問題を解くことに成功した可能世界>を見せてもらう。その可能正解で用いた鍵を現実世界でも使えることが確認できれば、実験は成功だった。
しかし、何度実験を重ねても失敗が続いた。脳では確かに数列の鍵を確認した。その場でメモも取った。正しさも何度も確認した。
それでも、現実世界に持ってきたその鍵では、暗号は復号できなかった。
どうしても乗り越えられない壁のようなものがあった。
最終的には、サイコロ一つ予想することができなかった。
何かが間違っていた。
確かにステイシアはヴォイドから帰ってきた。たくさんの可能世界を眼前に見せてくれることもできる。それらのに、ステイシアは現実世界には何も影響を与えることができなかった。
グライバッハの言った「こんなものは狂人の夢と変わりない」という言葉がぐるぐるとメルキオールの頭を巡った。
執念だけがメルキオールを支えていた。
「申し訳ありません、マスター」
ステイシアは頭を抱えたメルキオールの肩に触れた。思わずメルキオールはその手を払った。確かにその感触はあった。
「本当に申し訳ありません」
ステイシアは心底すまなそうに謝った。彼女は自分のマスターが悲しむ姿に同情していた。グライバッハの作った情動プログラムは完璧に動作しているようだった。
そのことがメルキオールをますます苛立たせた。
「少し一人にしてくれ」
吐き捨てるように言うと、メルキオールは自室に篭もり、新しい思索に耽った。
「実験を開始します」
ステイシアの声が大部屋として改装された研究室に響く。
研究室には全ての空間を埋め尽くす程の巨大な装置が鎮座していた。その装置はステイシアが悠久の時を使って創りだしたケイオシウムコアに極めて似ていた。
ステイシアからの知見を元に仮説を構築し、結論が出るまでに約十年。その仮説を証明するための装置が完成するまで、更に十年が掛かっていた。
可能世界を操るためには、やはり強烈なエネルギーが必要との結論に達していた。
確かにステイシアは可能世界に到達できた。しかし、現実世界に影響を与えることはできなかった。一種の壁があったのだ。メルキオールはその壁を越えるべく、多元世界に対して相互作用可能な『扉』を設ける装置を創りだした。
巨大な装置が大きな音を立てて駆動する。内部に設置されたケイオシウムコアとエネルギーを放出する場は常にモニターされており、ナノ秒の漏れもなく観測がなされる。
装置が動き始めてから長い時間が経過したようにメルキオールは感じていた。
モニターに次々と流れていくケイオシウムコアの状態と、装置の中央に空いた空間を交互に眺めていた。
一時間、二時間と時が過ぎていく。メルキオールは根気良く待った。焦っては無意味だということは、この装置を作り上げるまでに散々思い知らされていた。
一時の休憩を挟み三時間が過ぎたころ、初めて中央の空間で変化が起きる。
「装置中央に空間の揺らぎを確認」
ステイシアは静かに告げる。人間が観測できるほど大きな揺らぎではない。
原子レベルでの観測が可能であるステイシアだからこそ気付けた変化だった。
「大きさは?」
「発生時は原子サイズでした。少しずつではありますが、揺らぎは広がっています。目視観測可能となるまで約四時間と推定されます」
「判った。観測を続けてくれ」
ステイシアの言葉の通り四時間の時間が経過した頃、空間の揺らぎは人の目でもはっきりと見える光となった。
光は様々な光彩を放ちながらゆっくりと回転している。まるで地上から観測した銀河の渦のようだ。メルキオールの目にはそのように映っていた。
非常に低速ではあったが光は大きさを増していき、乳幼児ならば包み込めるほどの大きさで成長していた。
メルキオールは様々な光を遮るグラスを装着すると、光の中を覗く。もし光の向こうに別の世界が映ったとして、人の目に害のある物質や光源がないとは限らなかった。
グラス越しに見えたものは、淡い緑の光が当たり一面を照らしている世界だった。草木はガラス質のような物質で構成され、常に強い風が吹く荒野のような世界だった。
メルキオール自身の目には異世界の光景が広がっていた。『扉』は確かに開かれたのだ。
「よし、次の段階へ進む。撮影機を向こう側へ送る」
メルキオールは注意深く『扉』から離れる。今は安定しているように見える光だが、何の切欠で消えるか不明な部分があった。
「映像撮影機、投下します」
マニピュレーターに繋がった小型の撮影機が光の中へと入っていく。
「映像の記録は取れているか」
「はい。モニターに映します」
モニターの一つに先ほどメルキオールが見た光景が映し出される。撮影機の間近を、その世界の生物がゆったりと通りかかっていった
「こちら側の物質は問題なく送ることが出来るようだな」
しばらく撮影機は異世界の様子を映し出していた。しかし突然撮影機に衝撃が走り、映像が乱れる。
「何が起きている?」
「あちらの生物が攻撃しているようです。撮影機をこちらに戻します」
「判った」
程なくして撮影機に繋がったマニピュレーターがこちら側へと引き戻される。
撮影機が完全に引き戻されると間をおかずに光が収縮を始めた。
「やはり物体の移動を頻繁に行う事はできないか」
「安定化の実験を重ねる必要があります」
回転する光は、その速度を増していたがそれに比例するように収縮をしていった。同時に光も強くなる。
「ステイシア、装置を止めろ」
「判りました」
光は一瞬強く輝きをみせたが、すぐに消失する。だが、同時にステイシアは別の反応を確認していた。
「暴走ではなかったか。状況は?」
「中央に生物反応を確認。マスター、これは……」
光の渦が発生していたその場所に、小さな生物がいた。子犬のようにも見えるそれは、自分が置かれている状況にも構わず、のんびりとあくびをしていた。
「あの光を通ってきたということか。撮影機があちらに渡ったように・……」
アクシデントこそあったものの、実験は成功した。開いた扉は小さなものであったが、メルキオールにとっては自身の仮説を証明するに十分なものであった。
「この生物はいかがしますか?」
「標本にするよりどこまで生きるか観察しよう。良い実験になる。生物がこちらの世界で生きることができれば、相互作用の究極の証明だ」
「わかりました。ただ、危険な状態になった時にはどうなさいますか?」
ステイシアは己の物理的な干渉能力に限界が有ることを知っている。この生物が物理的に危険である可能性は大いにあった。
「ふん、気にするな。大した生物ではあるまい」
メルキオールは妙に楽観主義的なところがあった。
「ですがマスター」
「ええ、うるさいぞ」
メルキオールの語気が強まった。その声がステイシアに届いた瞬間、彼女の中に急にメルキオールの言葉に従わなければという意識が発生したような感覚があった。
そして、その感覚はすぐにこの生物をマニュピレーターを使って隔離し、メルキオールの安全を確保しつつ生育するという思考に切り替わる。
「わかりました。飼育スペースを構築します」
こうして『扉』の研究理論は実証された。メルキオールは次の段階に進む前準備として定期トリートメントを行う施設へと出かけていた。
その不在の隙をつくかのようにこの二十数年誰も訪れることのなかった研究所にグライバッハが再び尋ねてきた。
「マスターは不在です。お引取りください」
命令されなくとも主が不在の間は何者も通してはならないと判断したステイシアは、にべもなくグライバッハに告げる。
「判っている。今日は君に用があってきた」
「お引取りを」
「私が君に搭載されている人工知能の生みの親であると知ってもかい?」
「どういう意味でしょう」
「メルキオールは君に何も話していないようだね」
グライバッハの言葉に、ステイシアは驚愕の感情を覚えた。自分を作り上げた人物はメルキオールであると、教えられずともそう思っていた。
ならば、グライバッハの発言の意味するところは何か。ステイシアはそれを知りたいと考えた。
「……わかりました。ご用件をどうぞ」
しばしの沈黙の後、ステイシアは研究所の扉を開けるのだった。
「―了―」