──有人說,有失去之後才第一次得到的幸福。
──有人反對說,失去也好的事物,一個也不存在。
──兩邊都是真實,兩邊也都有錯。
──因為,哪一個才是最好的,只有當事人才知道。
|
我在找我的『失物』。
是非常非常重要的,但是不知道什麼時候弄丟了。
雖然我不記得,什麼時候弄丟了,在什麼地方弄丟了。
但那對我來說,是非常非常重要的東西。
|
我去了假日常去的咖啡店。
「失物嗎?我們沒有看到哦」
「這樣啊,謝謝」
出了咖啡店後,我大大地嘆了一口氣。
這已經是第十間店了。喜歡的餐廳、有時候會去的書店、平常會經過的公園。
其他也找了很多地方,但還是找不到我丟失的東西。
|
等我發現時,太陽已經要下山了。今天還是放棄吧。
明天要去哪裡找好呢,去看到之前去過的觀景台好了。
我邊想著這些事邊走,然後看到前方有一個『為您尋找失物』的看板。
我雖然覺得可疑,但是他竟然敢大大地這麼寫的話,是不是真的很擅長找東西呢。
「這種的,通常都要付很多的錢吧……」
不管再怎麼找都找不到的『失物』。如果拜託專家,到底要花多少錢呢……
「怎麼了嗎,要找東西嗎?」
我看著看版失落時,從店裡出現一位疑似店長的人物。
是一位長髮、紫色眼睛、感覺怠惰的美形男子。完全看不出來很會找東西的樣子。
「啊,不是,那個,那個……」
「我們先談談吧,然後我再告訴您,是否是我可以找得到的東西」
「啊,可是,錢……」
「不用擔心,談話諮詢是免費的。」
免費。我被這單詞給吸引,就順著店長進入店裡了。
|
店長給了我名片。名片上寫著這位先生叫做庫恩。
我被帶到一間,連角落都掃除的乾乾淨淨的接客室。
接受建議坐在皮沙發上後,店長端出很香的紅茶給我。
「那麼,來聽聽您要找的東西是什麼吧」
庫恩先生說完之後,我開始提起我在找的『失物』。
「那個『失物』,是什麼形狀的呢?」
「那,那個……。咦?」
我打算說『失物』的事,但是不知道為什麼,想不出是什麼形狀的。
「您,在找連自己都不知道形狀的東西嗎?」
被這麼一說我才終於發現,我,到底在找什麼呢……?
「但,但是!那是非常重要的東西!我不知道為什麼想不起來……,但是,那是非常非常重要……」
重要的『什麼』,卻說不出來,為什麼?為什麼?
「我知道了,那麼,您要不要試試催眠療法呢?您可能是因為遭受到什麼衝擊,才會想不起來也不一定」
「呃,那……」
「沒關係的,等您知道要找的東西是什麼,再決定要不要委託我也可以」
催眠療法,那樣就可以知道我在找什麼嗎。雖然我半信半疑的,但我還是點頭同意了。反正,直到我知道我要找的『失物』是什麼為止,都是免費的嘛。
|
桌上放了一台叫做錄音機的機器。現在這個時代,機器道具是很稀奇的。
「那麼就開始吧,這個錄音機會錄下您的聲音,請讓我來證明給您看」
聽著庫恩先生慢悠悠的聲音,不知不覺中,我就睡著了。
|
「好,結束了」
拍手聲一響,我就醒來了。
嗯?這種情況應該說是我清醒了才對嗎?我第一次被人催眠,搞不太懂。
「我知道您的『遺失之物』是什麼了」
「真的嗎!?」
「是的,我再幫您倒一杯紅茶,邊喝邊聽錄音吧」
紅茶倒入杯中,幾乎在我開始喝的同時,錄音檔開始播放。
『您丟失的,重要的東西是什麼呢?』
『我,有一位訂婚的戀人』
錄音機傳出我聽不慣的,我自己的聲音。
『但是,在結婚前他就劈腿了』
錄音起來的我的聲音,接連說出我自己所不知道的記憶。
『所以我就把他忘了,跟他所有的事,決定全部都忘記』
就在這時,聽到庫恩先生拍手的聲音,說催眠結束。
「接下來,客人您覺得如何呢?」
「這,該怎麼辦才好……」
我還無法相信錄音檔中我說的話,但是我的腦中,完全接受這就是我的『遺失之物。』
「那麼這樣如何呢,過幾日您再來一次,我們再用催眠療法來找您的過去吧。然後您能接受的話,那時再付錢給我就可以了」
「你不覺得我會說謊,一直免費要你幫我想起來嗎?」
「一次沒有辦法讓您想起來太多,催眠對腦的負擔太大了」
至少,比像這樣茫然尋找『失物』好吧?
我決定聽從庫恩先生的建議。
|
一週後,我再次來到庫恩先生的店。
跟上一次一樣,我在接客室進行催眠療法。
『第一次約會,是在我喜歡的咖啡店會合』
『因為不能離開障璧,所以我們在公園悠閒渡過,去受歡迎的店吃飯。過得好開心』
在錄音機傳出聲音的同時,我想起了跟他的事。確實有找到了『失物』的感覺。
「接下來,客人您打算怎麼做呢?」
庫恩先生笑著,問沉浸在回憶中的我。
「拜託你,我想取回所有回憶。要花多少錢都沒關係!」
我毫不猶豫地向庫恩先生說道。
|
在那之後,我每個月去一次庫恩先生的店。雖然每次都只有一點點,但是我想起與他的回憶了。
(就算他已經不在了,但是就這樣忘了也很寂寞。只要想起那些溫暖的回憶,應該就有活力可以去尋找新戀情了。)
我原本是這麼想的。
『他是一位很內向的人,我們是約會了五次,才終於牽手的。我超開心的』
『第一次親吻是在他的房間。只要想到他的雙親在一樓,就緊張地心跳不已!』
我慢慢想起這些與他在一起,讓人心癢、又有點害羞的回憶。
同時,與回憶中的他說再見的日子,也接近了。
|
「聽今天的錄音太危險了」
某日,庫恩先生一臉痛苦的表情向我說道。
我大概了解他說的意思,今天的錄音紀錄,應該就會跟他分手了吧。
「沒關係的,我已經跟他分手一年以上了。我心裡也已經都整理好了」
沒錯,我要在這裡邊想起他的事,然後將那些回憶都昇華成『過去的美好回憶』。
「要是想起來的話,您可能會再受到衝擊,也有可能會再次失去記憶」
「沒問題的,確實有可能是讓我受到打擊的事,但那也已經是過去的事了」
「……我知道了,那麼我要播放了。您確定真的要聽嗎?」
我靜靜地點點頭。
看到我點頭的庫恩先生,按下播放的按鈕。
|
『在觀景台約會之後吧,他對我漸漸變得冷淡。在他完全不來見我之後,我去問了他的雙親,也還是不知道為什麼』
『我想,應該是他最近工作變忙了吧。但我還是很擔心,所以就去了他工作的商店』
『然後我看到他跟一位不認識的女人,感情很要好似地,從商店內出來』
沒錯,他在工作場所,跟那家店老闆的女兒,不知道什麼時候開始交往了。
我知道了這件事。當然,我也跟我的家人以及他的雙親商量這件事了。
我跟那家店老闆一家人對談了幾次,我讓小姐知道,他有我這樣的交往對象。
但是小姐的態度完全沒有變,最後,他選擇了小姐。
他的雙親自從知道老闆一家很有錢之後,態度也慢慢變了。讓兒子跟一般家庭的女孩結婚,還不如讓兒子跟資產家的小姐結婚,一定會過得比較好。
我想起那時候的事,留下了眼淚。明明當時一滴淚也流不出來。
『我好傷心。我好不甘心。但是大家都說對象是資產家的女兒,所以沒有辦法』
『他的雙親多次誠心誠意的來道歉,店家老闆拿來了一筆高額道歉金。但是,我的心情一點兒都沒有好轉。沒有任何一個人,幫我向外遇的男友以及他的對象生氣』
『我的雙親也被高額的道歉金給迷惑,開始叫我忘了這件事。沒有人認真面對我的憤怒與悲傷』
只有我,被認為是只考慮自己的自私女人。被劈腿的明明是我,但是卻沒有任何人跟我一起憤怒。
「沒有人站在我這邊」
無意中說出了一句話,那是連我自己都感到害怕的,超低沉又冷淡的聲音。
『所以啊,我假裝是小姐,把他約到那個觀景台去了』
悲傷至極的我的聲音,一樣低,然後轉變為冷淡的聲調。
雖然庫恩先生打算停止播放錄音,但是我邊哭邊阻止他了。
『那個觀景台雖然在蓋在懸崖之上,但是景色非常地美。而且,是他向我求婚的地方』
我腦中開始發出警訊,告訴我不能回想起接下來的事,但是我想知道。
我到底在那個觀景台上做了什麼。
『那個地方呀,有一個地方因為腐爛而危險的欄杆。平常我都會小心不要靠近,但是我花了點兒小功夫,讓他靠近那裡』
『不知道他有沒有注意到這裡是平常不能靠近的地方,不過他完全沒有任何警戒,就那樣靠近欄杆了』
『就在他站在欄杆前時,我假裝是路人靠近他,並用身體去撞他』
『然後啊,他就會靠到那個腐爛掉的欄杆上了吧?然後因為那個衝擊,一定會跟欄杆一起掉下去』
『因為是突發之事,所以他一定什麼辦法都沒有吧。他就那樣跟欄杆一起掉到懸崖下去了』
「沒錯,沒錯,我殺了他」
等我發現時,我邊哭邊肯定的說出「我殺了他」。
『因為他害我不幸,所以他也得變不幸才行啊』
就像是在回應我一樣,錄音機發出這句話。
「因為很不公平不是嗎?我可是被劈腿了耶?但是我卻變得不幸,他卻變得幸福」
『明明已經知道我的存在,還要把他從我這裡奪走的那個女人,也要讓她嘗嘗失去他的痛苦!你說,對不對?一定沒錯的啊!』
我的聲音跟錄音機的聲音重疊了。
「呀哈哈哈哈哈哈哈哈哈哈!!」
『呀哈哈哈哈哈哈哈哈哈哈!!』
|
──獲得失物的女人,因為得到而被瘋狂所困。
──她為了換得『美好的戀情回憶』,而失去了其他所有事物。
──但是,那個露出像是星空般閃爍笑容,邊敘述回憶的樣子,是難以取代的美麗。
──她成為了用一切交換而來的『戀愛之美』存在本身。那個姿態本身,就是我所尋求之糧。
|
在灰暗的室內中,女性開朗的聲音回響著。
「他啊,帶我去非常棒的觀景台呢」
「然後啊,就在滿天星空下說『我一定會讓妳幸福的,所以請嫁給我吧』!很棒對吧?」
「所以我啊,想要給他幸福,我是打從心底這麼想的」
女性空虛的眼神,一直持續在敘述,自己與那位被自己殺死的男子之間的美好回憶。
|
「─完─」
「なくしもの」
——ある者は言った。失うことで初めて、得られる幸せがあると。
——ある者は反論する。失ってよいものなど、一つとして存在しないと。
——どちらも真実であり、どちらも誤りである。
——何故なら、どれが最善かなど、その者にしかわからないのだから。
私は『なくしもの』を探している。
大事な大事なものだったけれど、いつの間にかなくなっていた。
いつ落としたのか、何処でなくしたのか、何も覚えていないけれど。
私にとっては、とてもとても大切なものだった。
休日によく訪れていた喫茶店を訪ねた。
「落としもの? 見掛けてないねえ」
「そうですか。ご迷惑をお掛けしました」
喫茶店を出て、私は盛大に溜息を吐いた。
これでもう十件目。お気に入りのレストランや、時々立ち寄る本屋、いつも通りかかる公園。
他にもいっぱい探したけれど、なくしものは見つからない。
気が付けば、陽が暮れようとしている。今日はもう諦めよう。
明日は何処を探そうか。前に行った展望台へ足を延ばしてみようか。
そんなことを考えながら歩いていたら、視線の先に『失せ物探します』の看板が見えた。
胡散臭いと思ったものの、あそこまで大書されていると、そういうものを探すのが得意なのかと思ってしまう。
「こういうのって、お金をいっぱい取られるんだろうなあ……」
いくら探してもずっと見つからないような『なくしもの』だ。専門家に頼んだら、一体どれだけ掛かるのか……。
「何かお困りか、お探しものですかな?」
看板を見て気落ちしていると、中から店主らしき人物が現れた。
長い髪に紫色の目をした気だるげな美形。とても探しものが得意そうには見えない風体の男の人だ。
「あっ、いえ。あの、その……」
「一度お話を伺いましょう。その上で、私めで探せそうなものかどうかを判断して差し上げますよ」
「あの、でも、お金……」
「心配はご無用。相談だけならば無料です」
無料。その言葉に釣られてしまった私は、この店主に促されて店内へと入った。
店主に名刺を渡された。この方のお名前はクーンさんというようだ。
隅々まで掃除が行き届いた応接室に通される。
促されるように革張りのソファに座ると、すぐに良い香りのする紅茶が出てきた。
「では、お話を伺いましょう」
クーンさんに促されるまま、私は『なくしもの』を探していることを話す。
「その『なくしもの』は、どのような形をしているのですか?」
「え、えっと……。あれ?」
『なくしもの』の形を話そうとするが、何故か形を思い出すことができない。
「貴女、自分でも形がわからないものを探そうとしているのですか?」
そう言われてやっと気が付いた。私、何を探していたんだろう……?
「で、でも! 大事なものなんです! どうしてか思い出せないけど……、でも、凄く大事な……」
大事な『何』なのか。言葉が出てこない。どうして? 何で?
「わかりました。では、催眠療法を行ってみませんか? なくしてしまったショックで、思い出せなくなっているのかもしれません」
「え、っと……」
「大丈夫です、なくしものが何なのかが判明した後で、改めて私めに依頼をするかしないかをお決めいただいて構いません」
催眠療法。そんなものでわかるのだろうか。半信半疑ではあったが、私は頷いた。どうせ『なくしもの』が何かわかるまでは、無料なんだもの。
テーブルの上にレコーダーという機械が置かれた。今の時代、機械道具は珍しい。
「では開始します。レコーダーで貴女の声を録音し、証明とさせていただきます」
クーンさんのゆっくりとした声が耳に入る。彼の声を聞いているうちに、私は眠くなった。
「はい、終了です」
パン。という手を叩く音がして、私は目を覚ました。
ん? この場合は我に返ったって言うのが正しいのかな? こういうことは初めてなので、よくわからない。
「貴女の『なくしもの』が何なのか、わかりました」
「本当ですか!?」
「ええ。紅茶のおかわりを飲みながら、レコーダーに録音された声をお聞きください」
カップに新しい紅茶が注がれる。紅茶を口につけるのとほぼ同時に、レコーダーが再生された。
『貴女がなくした、大事なものとは何ですか?』
『私には、結婚を約束した恋人がいたの』
レコーダーから耳慣れない私の声がした。
『でも、結婚直前に浮気されちゃった』
録音されている私の声は、次々と私の知らない私の記憶を語る。
『だから忘れるの。彼との思い出は全部、忘れることにしたの』
そこで、さっき聞こえたクーンさんの手を叩く音と、催眠終了の言葉が流れた。
「さてお客様、いかがなさいますか?」
「え、どうしたらいいの……」
レコーダーの私が言った言葉は俄には信じられない。でも私の頭は、なくしものはその『思い出』であるということを完全に納得している。
「ではこうしませんか。後日、またここにお越しください。引き続き催眠療法で過去の思い出を探ってみましょう。それで納得できたら、その時にお代をいただくということで」
「私が嘘を吐いて、タダで思い出そうとするとは思わないの?」
「一度に思い出せるものは多くありません。催眠療法は脳への負担が大きいのです」
そういうことなら、このまま漠然と『なくしもの』を探し続けるよりはいいだろう。
私はクーンさんの言葉に従うことにした。
一週間後、私は再びクーンさんのお店を訪れた。
前回と同じように、応接室で催眠療法を行ってもらう。
『最初のデートは、私のお気に入りの喫茶店で待ち合わせをしたの』
『障壁の外には出て行けないから、公園でのんびりしたり、流行のお店でご飯を食べたり。楽しかったなあ』
レコーダーの声と共に、彼との思い出が蘇る。『なくしもの』を見つけたという感覚は確かだった。
「さて、お客様。いかがなさいますか?」
思い出に浸る私に、クーンさんが笑顔で問い掛けてくる。
「お願いします。私は思い出を全部取り戻したいです、お代はいくら掛かっても構いませんから!」
私は迷うことなくクーンさんに言い切った。
それから私は月に一回クーンさんのお店に通い、少しずつだけれども、彼との思い出を思い出していった。
(彼はもういないけれど、ずっと忘れたままでいるのも寂しい。暖かい思い出があれば、それを活力に新しい恋もできるはず)
そう思ってのことだった。
『彼はすっごくシャイでね。手を繋いだのも五回くらいデートしてからやっとだったの。とっても嬉しかったなぁ』
『初めてキスをしたのは彼の部屋だったわ。親御さんが一階にいるでしょ。もうドキドキしっぱなし!』
むず痒いような、恥ずかしいような。私と彼との思い出がどんどんと思い出されていく。
と同時に、思い出の中の彼との別れも、近付いていた。
「今日の録音を聞くのは危険です」
ある日、クーンさんが沈痛な面持ちでそう告げてきた。
その言葉でなんとなくわかってしまった。今日のレコーダーの記録は、彼との別れの思い出なのだろう。
「大丈夫です。もう彼と別れて一年以上が経っていますから。ちゃんと整理も終わっています」
そう。私はここで、彼との出来事を思い出しながら、それを『過去の美しい思い出』として昇華しつつあった。
「思い出が貴女にとってショッキングだった場合、再び思い出を失ってしまう可能性が考えられます」
「大丈夫です。確かにショックな出来事だったかもしれないけれど、それはもう過去のことです」
「……わかりました。それでは再生しますよ。本当によろしいのですね?」
私は静かに頷いた。
それを見届けたクーンさんは、レコーダーの再生ボタンを押した。
『展望台でのデートの後からだったかしら。少しずつ彼がそっけなくなったの。ぜんぜん会ってくれなくなって、親御さんに聞いたけど、それでもわからなくって』
『最初は仕事が忙しいんだろうなって思ってた。それで心配になって、彼が働いている商店まで行ったのね』
『そしたら、彼が知らない女の人と仲良く商店から出てくるのを見てしまったの』
そう。彼は働き先で、そのお店のオーナーの娘さんと、いつの間にか良い仲になっていた。
そのことを私は知ってしまった。当然、家族と彼の親御さんに相談した。
お店のオーナーさん一家を交えた話し合いの席も何度か持たれた。お嬢さんには、彼には私という交際相手がいることを知ってもらった。
それでも、お嬢さんの態度は一途なまま変わらなかった。そして、彼もお嬢さんを選んでしまった。
彼の親御さんも、オーナー一家がお金持ちだと知ってからは、少しずつ態度が変わっていった。息子を一般家庭の小娘と結婚させるより、資産家のお嬢さんと結婚してもらった方が、いい暮らしができると思ったのでしょうね。
私はその時のことを思い出して涙を流していた。あの時は一滴だって出なかったのに。
『悲しかった。悔しかった。でも、資産家のお嬢さん相手じゃ仕方がないって皆が言うの』
『彼の親御さんは何度も誠心誠意謝ってくれた。お店のオーナーさんからは多額の謝罪金っていうのを積まれたわ。でも、私の心はこれっぽっちも晴れなかった。誰一人として、彼と浮気相手のお嬢さんを怒ってくれなかったのよ』
『両親も多額の謝罪金に目が眩んで、もう今回の件は忘れようって言ってきた。私が持ってる怒りとか悲しみとかに、真剣に向き合ってくれなかった』
私だけが、自分のことしか考えない我侭娘のように思われた。浮気をされたのは私なのに、私と一緒になって怒ってくれる人は誰もいなかった。
「私に味方してくれる人はいなかった」
ぽつりと言葉が漏れた。自分でも怖いほど低く、冷たい声だった。
『だからね。お嬢さんの振りをして、彼をあの展望台に呼び出したの』
悲しみに暮れていた私の声が、同じように低く、冷たいトーンに変わった。
クーンさんがレコーダーを止めようとしたけれど、私は泣きながらそれを制した。
『あの展望台は切り立った崖の上にあるけど、景色が素晴らしい場所なの。それに、彼が私にプロポーズしてくれた場所だったんだ』
思い出してはいけない。頭の中で警鐘が鳴る。だけど私は知りたかった。
あの展望台で私が何をしたのかを。
『あそこはね、一箇所だけ腐っていて危険な柵があるの。いつもは近付けないようになってるけど、細工をして近付けるようにしておいたの』
『いつもは立ち入れない場所が気になったのかしらね。彼は何も警戒することなく、その柵に近付いていったわ』
『彼が柵の前に立った時、私は通行人の振りをして彼に体当たりしたの』
『そうすると、彼が腐った柵に寄り掛かるでしょう? その衝撃で柵が崩れ落ちたのね』
『突然だったから、きっと何もできなかったのでしょう。彼は柵と一緒に崖の下に落ちていったわ』
「そう。そうよ。私は彼を殺したの」
気が付いたら、私は泣きながらもはっきりと「彼を殺した」と口にしていた。
『私が不幸になったんだから、彼も不幸になればいいって』
私の声に応えるように、レコーダーは言葉を紡ぐ。
「だって不公平でしょ? 私は浮気されたのよ? それなのに私が不幸になって、彼が幸せになるなんて」
『私がいると知って、それでも奪い取ったあの女も、彼を失って苦しめばいいんだ! ねえ、そうでしょう? そうに決まってるわ!』
私の声とレコーダーの声が重なった。
「ギャハハハハハハハハハハ!!」
『ギャハハハハハハハハハハ!!』
——失ったものを得た女は、それを得たがために狂気に囚われてしまった。
——彼女は『美しい恋の思い出』と引き換えに、それ以外の全てを失った。
——だが、星空のような煌く笑顔で思い出を語るその姿は、何ものにも代え難い程美しい。
——彼女は全てと引き換えに『恋する美』を体言する存在となったのだ。その姿こそ、私の求める糧である。
薄暗い室内に、女性の朗らかな声が響いている。
「彼がね、凄く素敵な展望台に連れていってくれたの」
「そしたらね。満点の星空の下で、『僕が君をずっと幸せにするから、結婚してください』って言ってくれたの! 素敵でしょ?」
「だから私も、彼を幸せにしてあげたいって、心の底からそう思ったんだ」
女性は虚ろな目で、自らの手で殺してしまった男との美しい思い出を、虚空へと語り続けていた
「—了—」
——ある者は言った。失うことで初めて、得られる幸せがあると。
——ある者は反論する。失ってよいものなど、一つとして存在しないと。
——どちらも真実であり、どちらも誤りである。
——何故なら、どれが最善かなど、その者にしかわからないのだから。
私は『なくしもの』を探している。
大事な大事なものだったけれど、いつの間にかなくなっていた。
いつ落としたのか、何処でなくしたのか、何も覚えていないけれど。
私にとっては、とてもとても大切なものだった。
休日によく訪れていた喫茶店を訪ねた。
「落としもの? 見掛けてないねえ」
「そうですか。ご迷惑をお掛けしました」
喫茶店を出て、私は盛大に溜息を吐いた。
これでもう十件目。お気に入りのレストランや、時々立ち寄る本屋、いつも通りかかる公園。
他にもいっぱい探したけれど、なくしものは見つからない。
気が付けば、陽が暮れようとしている。今日はもう諦めよう。
明日は何処を探そうか。前に行った展望台へ足を延ばしてみようか。
そんなことを考えながら歩いていたら、視線の先に『失せ物探します』の看板が見えた。
胡散臭いと思ったものの、あそこまで大書されていると、そういうものを探すのが得意なのかと思ってしまう。
「こういうのって、お金をいっぱい取られるんだろうなあ……」
いくら探してもずっと見つからないような『なくしもの』だ。専門家に頼んだら、一体どれだけ掛かるのか……。
「何かお困りか、お探しものですかな?」
看板を見て気落ちしていると、中から店主らしき人物が現れた。
長い髪に紫色の目をした気だるげな美形。とても探しものが得意そうには見えない風体の男の人だ。
「あっ、いえ。あの、その……」
「一度お話を伺いましょう。その上で、私めで探せそうなものかどうかを判断して差し上げますよ」
「あの、でも、お金……」
「心配はご無用。相談だけならば無料です」
無料。その言葉に釣られてしまった私は、この店主に促されて店内へと入った。
店主に名刺を渡された。この方のお名前はクーンさんというようだ。
隅々まで掃除が行き届いた応接室に通される。
促されるように革張りのソファに座ると、すぐに良い香りのする紅茶が出てきた。
「では、お話を伺いましょう」
クーンさんに促されるまま、私は『なくしもの』を探していることを話す。
「その『なくしもの』は、どのような形をしているのですか?」
「え、えっと……。あれ?」
『なくしもの』の形を話そうとするが、何故か形を思い出すことができない。
「貴女、自分でも形がわからないものを探そうとしているのですか?」
そう言われてやっと気が付いた。私、何を探していたんだろう……?
「で、でも! 大事なものなんです! どうしてか思い出せないけど……、でも、凄く大事な……」
大事な『何』なのか。言葉が出てこない。どうして? 何で?
「わかりました。では、催眠療法を行ってみませんか? なくしてしまったショックで、思い出せなくなっているのかもしれません」
「え、っと……」
「大丈夫です、なくしものが何なのかが判明した後で、改めて私めに依頼をするかしないかをお決めいただいて構いません」
催眠療法。そんなものでわかるのだろうか。半信半疑ではあったが、私は頷いた。どうせ『なくしもの』が何かわかるまでは、無料なんだもの。
テーブルの上にレコーダーという機械が置かれた。今の時代、機械道具は珍しい。
「では開始します。レコーダーで貴女の声を録音し、証明とさせていただきます」
クーンさんのゆっくりとした声が耳に入る。彼の声を聞いているうちに、私は眠くなった。
「はい、終了です」
パン。という手を叩く音がして、私は目を覚ました。
ん? この場合は我に返ったって言うのが正しいのかな? こういうことは初めてなので、よくわからない。
「貴女の『なくしもの』が何なのか、わかりました」
「本当ですか!?」
「ええ。紅茶のおかわりを飲みながら、レコーダーに録音された声をお聞きください」
カップに新しい紅茶が注がれる。紅茶を口につけるのとほぼ同時に、レコーダーが再生された。
『貴女がなくした、大事なものとは何ですか?』
『私には、結婚を約束した恋人がいたの』
レコーダーから耳慣れない私の声がした。
『でも、結婚直前に浮気されちゃった』
録音されている私の声は、次々と私の知らない私の記憶を語る。
『だから忘れるの。彼との思い出は全部、忘れることにしたの』
そこで、さっき聞こえたクーンさんの手を叩く音と、催眠終了の言葉が流れた。
「さてお客様、いかがなさいますか?」
「え、どうしたらいいの……」
レコーダーの私が言った言葉は俄には信じられない。でも私の頭は、なくしものはその『思い出』であるということを完全に納得している。
「ではこうしませんか。後日、またここにお越しください。引き続き催眠療法で過去の思い出を探ってみましょう。それで納得できたら、その時にお代をいただくということで」
「私が嘘を吐いて、タダで思い出そうとするとは思わないの?」
「一度に思い出せるものは多くありません。催眠療法は脳への負担が大きいのです」
そういうことなら、このまま漠然と『なくしもの』を探し続けるよりはいいだろう。
私はクーンさんの言葉に従うことにした。
一週間後、私は再びクーンさんのお店を訪れた。
前回と同じように、応接室で催眠療法を行ってもらう。
『最初のデートは、私のお気に入りの喫茶店で待ち合わせをしたの』
『障壁の外には出て行けないから、公園でのんびりしたり、流行のお店でご飯を食べたり。楽しかったなあ』
レコーダーの声と共に、彼との思い出が蘇る。『なくしもの』を見つけたという感覚は確かだった。
「さて、お客様。いかがなさいますか?」
思い出に浸る私に、クーンさんが笑顔で問い掛けてくる。
「お願いします。私は思い出を全部取り戻したいです、お代はいくら掛かっても構いませんから!」
私は迷うことなくクーンさんに言い切った。
それから私は月に一回クーンさんのお店に通い、少しずつだけれども、彼との思い出を思い出していった。
(彼はもういないけれど、ずっと忘れたままでいるのも寂しい。暖かい思い出があれば、それを活力に新しい恋もできるはず)
そう思ってのことだった。
『彼はすっごくシャイでね。手を繋いだのも五回くらいデートしてからやっとだったの。とっても嬉しかったなぁ』
『初めてキスをしたのは彼の部屋だったわ。親御さんが一階にいるでしょ。もうドキドキしっぱなし!』
むず痒いような、恥ずかしいような。私と彼との思い出がどんどんと思い出されていく。
と同時に、思い出の中の彼との別れも、近付いていた。
「今日の録音を聞くのは危険です」
ある日、クーンさんが沈痛な面持ちでそう告げてきた。
その言葉でなんとなくわかってしまった。今日のレコーダーの記録は、彼との別れの思い出なのだろう。
「大丈夫です。もう彼と別れて一年以上が経っていますから。ちゃんと整理も終わっています」
そう。私はここで、彼との出来事を思い出しながら、それを『過去の美しい思い出』として昇華しつつあった。
「思い出が貴女にとってショッキングだった場合、再び思い出を失ってしまう可能性が考えられます」
「大丈夫です。確かにショックな出来事だったかもしれないけれど、それはもう過去のことです」
「……わかりました。それでは再生しますよ。本当によろしいのですね?」
私は静かに頷いた。
それを見届けたクーンさんは、レコーダーの再生ボタンを押した。
『展望台でのデートの後からだったかしら。少しずつ彼がそっけなくなったの。ぜんぜん会ってくれなくなって、親御さんに聞いたけど、それでもわからなくって』
『最初は仕事が忙しいんだろうなって思ってた。それで心配になって、彼が働いている商店まで行ったのね』
『そしたら、彼が知らない女の人と仲良く商店から出てくるのを見てしまったの』
そう。彼は働き先で、そのお店のオーナーの娘さんと、いつの間にか良い仲になっていた。
そのことを私は知ってしまった。当然、家族と彼の親御さんに相談した。
お店のオーナーさん一家を交えた話し合いの席も何度か持たれた。お嬢さんには、彼には私という交際相手がいることを知ってもらった。
それでも、お嬢さんの態度は一途なまま変わらなかった。そして、彼もお嬢さんを選んでしまった。
彼の親御さんも、オーナー一家がお金持ちだと知ってからは、少しずつ態度が変わっていった。息子を一般家庭の小娘と結婚させるより、資産家のお嬢さんと結婚してもらった方が、いい暮らしができると思ったのでしょうね。
私はその時のことを思い出して涙を流していた。あの時は一滴だって出なかったのに。
『悲しかった。悔しかった。でも、資産家のお嬢さん相手じゃ仕方がないって皆が言うの』
『彼の親御さんは何度も誠心誠意謝ってくれた。お店のオーナーさんからは多額の謝罪金っていうのを積まれたわ。でも、私の心はこれっぽっちも晴れなかった。誰一人として、彼と浮気相手のお嬢さんを怒ってくれなかったのよ』
『両親も多額の謝罪金に目が眩んで、もう今回の件は忘れようって言ってきた。私が持ってる怒りとか悲しみとかに、真剣に向き合ってくれなかった』
私だけが、自分のことしか考えない我侭娘のように思われた。浮気をされたのは私なのに、私と一緒になって怒ってくれる人は誰もいなかった。
「私に味方してくれる人はいなかった」
ぽつりと言葉が漏れた。自分でも怖いほど低く、冷たい声だった。
『だからね。お嬢さんの振りをして、彼をあの展望台に呼び出したの』
悲しみに暮れていた私の声が、同じように低く、冷たいトーンに変わった。
クーンさんがレコーダーを止めようとしたけれど、私は泣きながらそれを制した。
『あの展望台は切り立った崖の上にあるけど、景色が素晴らしい場所なの。それに、彼が私にプロポーズしてくれた場所だったんだ』
思い出してはいけない。頭の中で警鐘が鳴る。だけど私は知りたかった。
あの展望台で私が何をしたのかを。
『あそこはね、一箇所だけ腐っていて危険な柵があるの。いつもは近付けないようになってるけど、細工をして近付けるようにしておいたの』
『いつもは立ち入れない場所が気になったのかしらね。彼は何も警戒することなく、その柵に近付いていったわ』
『彼が柵の前に立った時、私は通行人の振りをして彼に体当たりしたの』
『そうすると、彼が腐った柵に寄り掛かるでしょう? その衝撃で柵が崩れ落ちたのね』
『突然だったから、きっと何もできなかったのでしょう。彼は柵と一緒に崖の下に落ちていったわ』
「そう。そうよ。私は彼を殺したの」
気が付いたら、私は泣きながらもはっきりと「彼を殺した」と口にしていた。
『私が不幸になったんだから、彼も不幸になればいいって』
私の声に応えるように、レコーダーは言葉を紡ぐ。
「だって不公平でしょ? 私は浮気されたのよ? それなのに私が不幸になって、彼が幸せになるなんて」
『私がいると知って、それでも奪い取ったあの女も、彼を失って苦しめばいいんだ! ねえ、そうでしょう? そうに決まってるわ!』
私の声とレコーダーの声が重なった。
「ギャハハハハハハハハハハ!!」
『ギャハハハハハハハハハハ!!』
——失ったものを得た女は、それを得たがために狂気に囚われてしまった。
——彼女は『美しい恋の思い出』と引き換えに、それ以外の全てを失った。
——だが、星空のような煌く笑顔で思い出を語るその姿は、何ものにも代え難い程美しい。
——彼女は全てと引き換えに『恋する美』を体言する存在となったのだ。その姿こそ、私の求める糧である。
薄暗い室内に、女性の朗らかな声が響いている。
「彼がね、凄く素敵な展望台に連れていってくれたの」
「そしたらね。満点の星空の下で、『僕が君をずっと幸せにするから、結婚してください』って言ってくれたの! 素敵でしょ?」
「だから私も、彼を幸せにしてあげたいって、心の底からそう思ったんだ」
女性は虚ろな目で、自らの手で殺してしまった男との美しい思い出を、虚空へと語り続けていた
「—了—」