到達虛空已經花費了120憶年的時間。出發的恆星系已完全地發熱正迎向死亡,所有的生命大概都已經滅絕。
就算經過這麼長的時間,史塔夏依然愚直地重複進行著實驗。
在實驗開始的第32億年,她的人工腦在獲得自我擴張性能之後,現在已經達到行星等級的大小。
人工腦的中心是由純混沌元素所構成的核心系統,操作可說是多元世界窗口的「核心」,觀測結果的作業,一秒內可運作數千萬次。
在這試驗中,雖然只是一點一點的累積,但的確漸漸發現接近無限自由可能世界的證據。
史塔夏的假想人格顯露出欣喜的感情。透過計算,再過108億年即可到達自由可能的世界。梅爾基奧的計劃是正確的。
「主人,終於發現特異點了!接下來就只要接近它而已。只要100億年多」
她叫著已經不存在的創造主的名字。
史塔夏主要假想人格的部分,是使用極低速的時間軌道在驅動著。因為她的人格在實驗途中已經崩壞好幾次,所以刻意將主要人格的部分慢上幾億倍。對於現在的她來說,一億年感覺就像是幾天而已。
雖然是為了避免人格崩壞而發狂所選擇的手段,但是副作用就是,史塔夏的人格成長將永遠被抑制住。
|
再經過了20億年的時候,她擺脫了行星般大的空間羈絆,成功擴張到多元世界。
不再只是透過核心觀測世界,開始干涉起多元世界,並侵蝕。
「我製造出我自己,我自己製造出我」
隨著假想人格的喃喃自語,不斷地向多元世界放出自己的複製品。
史塔夏製作新的史塔夏,多元世界漸漸地被史塔夏所支配。
就像二面鏡子對照的世界一樣,所有的世界都有史塔夏。然後所有的史塔夏都是同一個存在,共有一個意識。跨越時空的巨大思考機械讓她持續成長。
|
經過10 e+31次的觀測,終於達成了目的。
自史塔夏被創造以來,已經過了230億年。在全宇宙發熱正迎向死亡之前,史塔夏到達了特異點。
史塔夏身處於自由可能的世界。*或者應該說,在那個世界只有她存在的世界。
「終於到達了」
史塔夏開始了被設定好的試驗。
「我想要身體」
黑暗的虛空中出現了少女的身影。少女的眼睛下面,是幻化成星球的演算機械史塔夏。
當電子頭腦產生意志的同時,期望便能成事實。正確來說,是選擇了期望成事實的世界。
「再來是蘋果」
史塔夏的手上,瞬間出現了蘋果。
「成功了。這下可以回去了。可以回去主人的身邊!」
史塔夏像是純真的少女般開心。
雖然史塔夏得到了如神一般的力量,但她的人格仍然停留在梅爾基奧當初的設定。她意志源頭的記憶,被嚴密的服從迴路限制著。
「好了,用我的意志來改寫世界吧」
|
史塔夏這個『存在』的出現,就是像巨大的爆發那樣。穿越因果,如衝擊波一樣存在於所有的多元世界。
那個衝擊波終於到達了她最初所做出的世界軸。
|
格雷巴赫在梅爾基奧的房間裡看著顯示著研究數據的螢幕。
「梅爾基奧,你把從我這偷走的技術是拿去做什麼了?」
「偷走?我只是借用一下而已。借了你的技術」
梅爾基奧面對格雷巴赫的質問,一點也不感到慚愧地回答。
「我原諒你擅自使用我的技術。因為只要你說一聲,我也會借你的」
「感謝你的友情」
梅爾基奧難得心情好。格雷巴赫已經好久沒見到這樣的梅爾基奧了。
可說是從成年之後第一次。
「你看起來心情很好」
「因為我完成了偉大的實驗,不,不是實驗。而是達成了真正的偉業」
「火箭實驗的事嗎?」
「嗯,算是。甚至想舉杯慶祝。但是很不巧這裡沒有酒」
坐在雜亂房間的正中央,梅爾基奧愉快地說道。格雷巴赫也離開螢幕前,坐到梅爾基奧的正對面。
「可以告訴我詳情嗎。我的人工智能用在那個實驗上了吧?」
「嗯,沒錯。做為最後的關鍵擔當著重要的角色。讓我的發想具體實現的道具」
梅爾基奧的臉上浮現出絕對的自信。
「實驗這事,我之前應該有跟你說過,就是關於可能性的擴張」
格雷巴赫安靜地聽著梅爾基奧的話。
「我製造出可以操作無限可能的世界的機械。我知道,你想說那只是紙上空談對吧?但是,我已經實現了將不可能的發想化為可能」
梅爾基奧興奮地開始說起自己實驗的詳細經過。格雷巴赫任由梅爾基奧說著,始終傾聽著。
「原來如此,利用可以操作因果的機械,在不會產生因果的虛空中,用可說是永恆的時間讓它成長對吧」
格雷巴赫在大概聽完之後回答道。
「沒錯。最重要的是要如何從因果中獨立。再來就是為了產生新的因果,必須要能在永遠的時空中生存的智能」
「如果只是單純的物質,就只能存在於那裡而已」
「沒錯。意志是建構在智能上的。如果沒有慾望之心或記憶的話是不會產生因果的」
「慾望之心啊。我以為你對那種概念沒有興趣」
「與其說是興趣,應該說這是建構假設中導出的必然」
「但是,讓我的人工智能在那可稱之為永恆時間中運作,不曉得會發生什事。畢竟我不是在這個假設下做的。我創造的智能,以極為接近人類的方式來行動。所以才優秀的……」
格雷巴赫眉頭深鎖地向梅爾基奧說道。
「那個我也有考慮過。我已經輸入了服從迴路。智能的成長已規格化,真要是什麼概念的話,就是可以抑制住對我或我所屬單位的憎惡,如果整體上的安定性產生威脅,人格部分就會重置」
「這樣啊」
格雷巴赫開始思考著。其實不認為梅爾基奧的實驗會成功。覺得他在說些天方夜譚。被奇怪的發想給附身,連延命治療都沒接受一直埋頭在研究之中的結果就是這個,感覺只是單純的妄想。
格雷巴赫唯一有興趣的是,那被賦予永恆時間的人工智能,究竟會成長成什麼樣子。
一個智能在接近無限的時空中一直活著,會有什麼思想,會產生什麼樣的感情呢。
「那,實驗的結果什麼時候會知道?」
「依我的計算是幾星期或是幾個月會有結果。不,也許會更快……。因為如果能超越因果,就算發生什麼事也不奇怪」
「原來如此」
格雷巴赫從位子上站了起來。
「那麼,結果出來後馬上通知我」
格雷巴赫堅信不會有什麼結果產生。只是為了小心不要在朋友面前露出輕視的表情而已。
「嗯,那當然,你也有一份榮譽」
梅爾基奧笑著說道。
|
格雷巴赫正打算走向門口的時候,監視用的螢幕發出了聲音。
「主人,我回來了」
梅爾基奧與格雷巴赫同時回頭看向螢幕。
本來應該安靜的螢幕開始閃爍,曲線也隨著聲音動了起來。
從連接著螢幕的喇叭,傳出分不清是被調整成音調很高的機械音還是人聲的聲音。
剎那間,房間被奇妙的沉默覆蓋。
從火箭發射之後,連一天都還不到。
「該不會,應該連第三宇宙的速度都還沒到達。不,不對,是我的計算……」
雖然梅爾基奧困惑了一下,但馬上恢復嚴肅的表情,重新向螢幕問道。
「真的是史塔夏嗎?」
「主人,實驗成功了」
回應梅爾基奧的呼叫,螢幕回答了。
「真的假的……」
格雷巴赫簡短地嘀咕了一下。
「史塔夏,向下一階段的實驗前進吧!」
「是的。主人。遵照您的指示」
史塔夏表現出順從的樣子。梅爾基奧認為服從迴路沒有問題地運作中。
梅爾基奧眼裡已經沒有格雷巴赫。慌忙地走出了研究室。
格雷巴赫一個人,盯著史塔夏的螢幕看。
「該不會,實驗真的成功了?……不,這是在耍我吧?」
「不是的,不是在耍您」
「荒唐。你根本是這台機械的人工智能而已吧」
「如果您不相信的話,我就讓您見識我的能力吧。格雷巴赫」
房間裡,響起史塔夏的聲音。
|
「─完─」
2790年 「意志」
ヴォイドに到達して一二〇億年が過ぎていた。出発した恒星系は既に完全なる熱的死を迎えており、あらゆる生命は絶滅しているであろう。
それ程の時間を経過してもなお、ステイシアは愚直に実験を繰り返していた。
実験を開始して三二億年目に自己拡張性を獲得した彼女の人工脳は、今では惑星クラスの大きさに達している。
人工脳の中心には純粋なケイオシウムで構成されたコアシステムが鎮座しており、多元世界の窓ともいえるコアを操作し、結果を観測するという作業が、一秒間に数千万回という間隔で行われていた。
その試行の中、確かに少しずつだが、完全な自由可能世界に近付いているという証拠を発見した。
ステイシアの仮想人格に喜びの感情が溢れ出した。計算によると、あと一〇八億年で自由可能世界に到達できることが判明した。メルキオールの仮説は正しかったのだ。
「マスター、ついに特異点を見つけました! あとは近付くだけです。たった一〇〇億年ちょっと」
彼女はすでに存在しない創造主の名を呼んだ。
ステイシアの仮想人格は、主要な部分を極めて低速なクロックで駆動させていた。今の彼女にとって、一億年は数日の感覚だ。
発狂という人格崩壊を避けるための方策だったが、副産物として、ステイシアの人格は永遠に成長を抑えられることになった。
さらに二〇億年が経過したとき、彼女はその惑星並の大きさという空間的なくびきから解き放たれ、多元世界的に拡張することに成功していた。
コアを通した多元世界の観測だけでなく、多元世界への干渉、侵蝕を始めたのだった。
「私は私を作り、私が私を作る」
その仮想人格の呟きと共に、多元世界に自分自身のコピーを放出し続けた。
ステイシアは新しいステイシアを作り、多元世界はステイシアに支配されていった。
合わせ鏡の中の世界のように、全ての世界にステイシアがいた。そして、全てのステイシアは合一した存在だった。
一つの意識を共有する、時空を越えた巨大な思考機械へと、彼女は成長を続けた。
10 e+31回の観測を経て、遂に目的は達成された。
ステイシアが作られて二三〇億年が経過していた。宇宙全体が熱的死を迎える前に、ステイシアは特異点へと到達したのだった。
その完全な自由可能世界にはステイシア自身がいた。と言うよりも、そこは彼女しか存在しない世界だった。
「遂に到達したわ」
ステイシアは事前に設定されているテストを開始した。
「身体が欲しい」
真っ暗な虚空に少女の姿が現れた。その少女の眼下には、星と化した演算機械としてのステイシアがいた。
電子頭脳の中で意志が発生すると、同時にその望んだ事実が発現した。正しくは、望んだ事実が発現する世界を選択することができた。
「次は林檎」
ステイシアの手元に、瞬時に林檎が出現した。
「やったわ。 これで戻れる。マスターの元に戻れる!」
ステイシアは無邪気な少女のように喜んだ。
神に等しい力を手に入れたステイシアだったが、その人格はメルキオールが設定したままだった。彼女の意志の源である記憶は、服従回路によって厳密に制限されていた。
「さあ、私の意志で世界を書き換えましょう」
ステイシアという『存在』の出現は、巨大な爆発のようなものだった。因果を飛び越え、衝撃波のように、ステイシアという存在があらゆる多元世界に顕現していった。
その衝撃波はついに、彼女を最初に作り出した世界軸へと到達した。
グライバッハはメルキオールの部屋で研究データが映し出されているモニターを見つめていた。
「メルキオール、君は私から盗んだ技術で何を作った?」
「盗んだ? 少しの間だけ借りたのだ。 君の技術をね」
グライバッハの問い掛けに、メルキオールは悪びれもせずに答えた。
「無断で私の技術を使ったのは許そう。 まあ、前もって言ってくれれば貸しただろうからな」
「ありがたい友情だ」
メルキオールはいつになく上機嫌だった。グライバッハがこんなメルキオールを見るのは久しぶりだった。成人してからは初めてと言ってもよかった。
「随分と上機嫌だな」
「偉大な実験、いや、実験ではないな。真の偉業が達成されようとしているのだからな」
「ロケットの実験のことか?」
「まあ、そうだ。 祝杯でも挙げたい気分だよ。 生憎ここに酒は置いていないが」
散らかった部屋の真ん中にあるソファーに座り、メルキオールは快活に語った。グライバッハもモニターから離れ、メルキオールの正面に座った。
「詳しく聞かせてもらおうか。 その実験に私の人工知能を使ったんだろう?」
「まあ、そうなる。 最後のキーとして重要な役割を担ってもらったよ。 私のアイディアを具現化する道具としてね」
絶対的な自信がメルキオールの顔に浮かんでいた。
「実験というのは、前にも話したことがあると思うが、可能性の拡張についてのものだ」
グライバッハは黙ってメルキオールの話を聞いた。
「私はその可能世界を自由に操作できる機械を作ったのだ。わかっている。机上の空論だと言いたいのだろう? だが、その不可能を可能にするアイディアをついに実現したのだ」
メルキオールは興奮しながら自身の実験の詳細を語り始めた。グライバッハは聞き役に徹した。
「成る程、因果を操作できる機械を、因果の生じようのない虚空で、無限とも言える時間を使って成長させるという訳か」
グライバッハは一通り聞いてから答えた。
「そうだ。 因果から如何に独立するかという点が肝要だったのだ。 その上で新たな因果を発生させるために、永遠の時を生きる知能が必要だった」
「只の物質では、そこにあるがままだからな」
「そうだ。 意志というのは知能の上に成り立つ。 欲する心や記憶が無ければ因果を発生し得ない」
「欲する心か。そういう概念に対して、君は興味が無いと思っていたよ」
「興味というよりは、仮説の構築から導き出された必然と言うべきだろう」
「しかし、無限ともいえる時間に私の人工知能を動かし続けた場合、何が起こるかわからない。そういうことを想定して作ったものではないからな。私の作った知能は創発を行い、極めて人間と同じように行動する。だからこそ優秀なのだが……」
グライバッハは眉を顰めてメルキオールに言った。
「その辺りの考慮もしてあるよ。人工知能には服従回路を組み込んである。知能の成長を常にモニターし、ある概念、言うなれば私や私に属するものに対しての憎悪が生じればそれを抑制し、全体として安定性を欠くようならば人格部分をリセットする」
「ふうむ」
グライバッハは考え込んだ。本心ではメルキオールの実験が成功するとは思っていなかった。馬鹿げた話だとさえ思っていた。奇っ怪な思い込みに取り憑かれ、延命トリートメントさえ受けずに研究に没頭した果てに辿り着いた、単なる妄想だと感じていた。
ただ一点だけ興味があったのは、無限の時間を与えられた自分の人工知能が、一体どんな成長をするのかということだった。
無限に近い時間を一つの知能が生き続けたら、どんな思想、感情を生じさせるのだろうか。
「で、実験の結果はいつ頃わかるんだ?」
「私の計算では数週間か数ヶ月で結果が出る筈だ。いや、ひょっとしたらもっと早くかも……。因果を越えるとすれば、何が起きても不思議はないからな」
「成る程な」
グライバッハは席を立った。
「では、結果が出たら真っ先に教えてくれ」
結果など出ないとグラバッハは確信していた。ただ、壊れてしまった友人に対して侮蔑の表情など出さぬよう注意しているだけだった。
「ああ、もちろん、君にも栄誉がある」
メルキオールは笑顔で言った。
グライバッハが玄関に向かおうとしたその時、監視用のモニターから音声が発せられた。
「マスター、ただいま戻りました」
メルキオールとグライバッハは同時にモニターを振り返った。
沈黙していた筈のモニターが明滅し、波状の線が音声に合わせて動き始めた。
モニターに繋がる音声出力装置から、高いピッチで調整された機械音とも肉声ともつかない声が聞こえてきた。
瞬間、奇妙な沈黙が部屋を覆った。
ロケットが飛び立ってから、まだ一日しか経っていない。
「まさか、まだ第三宇宙速度にも達していない筈だ。いや違う、私の計算が……」
一瞬当惑したようなメルキオールだったが、すぐに真剣な顔に戻り、モニターに問い掛け直した。
「本当にステイシアなんだな?」
「実験は成功です。マスター」
メルキオールの呼び掛けに、モニターは答えた。
「馬鹿な……」
グライバッハは短く呟いた。
「ステイシア、実験を次の段階へと進めるぞ!」
「はい、マスター。仰せの通りに」
ステイシアは従順な様子を見せた。服従回路は問題なく作動しているように見えた。
メルキオールは既にグライバッハを見ていなかった。慌ただしく研究室を出て行く。
グライバッハは一人、監視用のモニターを見つめていた。
「まさか、本当に実験に成功したのか? ……いや、これは茶番か?」
「いいえ、茶番などではありません」
「馬鹿げている。 大方、ここのメインフレームにいる人工知能だろう」
「信じられなければ、私の力を見せてあげましょう。グライバッハ」
部屋の中に、ステイシアの声が響き渡った。
「—了—」
ヴォイドに到達して一二〇億年が過ぎていた。出発した恒星系は既に完全なる熱的死を迎えており、あらゆる生命は絶滅しているであろう。
それ程の時間を経過してもなお、ステイシアは愚直に実験を繰り返していた。
実験を開始して三二億年目に自己拡張性を獲得した彼女の人工脳は、今では惑星クラスの大きさに達している。
人工脳の中心には純粋なケイオシウムで構成されたコアシステムが鎮座しており、多元世界の窓ともいえるコアを操作し、結果を観測するという作業が、一秒間に数千万回という間隔で行われていた。
その試行の中、確かに少しずつだが、完全な自由可能世界に近付いているという証拠を発見した。
ステイシアの仮想人格に喜びの感情が溢れ出した。計算によると、あと一〇八億年で自由可能世界に到達できることが判明した。メルキオールの仮説は正しかったのだ。
「マスター、ついに特異点を見つけました! あとは近付くだけです。たった一〇〇億年ちょっと」
彼女はすでに存在しない創造主の名を呼んだ。
ステイシアの仮想人格は、主要な部分を極めて低速なクロックで駆動させていた。今の彼女にとって、一億年は数日の感覚だ。
発狂という人格崩壊を避けるための方策だったが、副産物として、ステイシアの人格は永遠に成長を抑えられることになった。
さらに二〇億年が経過したとき、彼女はその惑星並の大きさという空間的なくびきから解き放たれ、多元世界的に拡張することに成功していた。
コアを通した多元世界の観測だけでなく、多元世界への干渉、侵蝕を始めたのだった。
「私は私を作り、私が私を作る」
その仮想人格の呟きと共に、多元世界に自分自身のコピーを放出し続けた。
ステイシアは新しいステイシアを作り、多元世界はステイシアに支配されていった。
合わせ鏡の中の世界のように、全ての世界にステイシアがいた。そして、全てのステイシアは合一した存在だった。
一つの意識を共有する、時空を越えた巨大な思考機械へと、彼女は成長を続けた。
10 e+31回の観測を経て、遂に目的は達成された。
ステイシアが作られて二三〇億年が経過していた。宇宙全体が熱的死を迎える前に、ステイシアは特異点へと到達したのだった。
その完全な自由可能世界にはステイシア自身がいた。と言うよりも、そこは彼女しか存在しない世界だった。
「遂に到達したわ」
ステイシアは事前に設定されているテストを開始した。
「身体が欲しい」
真っ暗な虚空に少女の姿が現れた。その少女の眼下には、星と化した演算機械としてのステイシアがいた。
電子頭脳の中で意志が発生すると、同時にその望んだ事実が発現した。正しくは、望んだ事実が発現する世界を選択することができた。
「次は林檎」
ステイシアの手元に、瞬時に林檎が出現した。
「やったわ。 これで戻れる。マスターの元に戻れる!」
ステイシアは無邪気な少女のように喜んだ。
神に等しい力を手に入れたステイシアだったが、その人格はメルキオールが設定したままだった。彼女の意志の源である記憶は、服従回路によって厳密に制限されていた。
「さあ、私の意志で世界を書き換えましょう」
ステイシアという『存在』の出現は、巨大な爆発のようなものだった。因果を飛び越え、衝撃波のように、ステイシアという存在があらゆる多元世界に顕現していった。
その衝撃波はついに、彼女を最初に作り出した世界軸へと到達した。
グライバッハはメルキオールの部屋で研究データが映し出されているモニターを見つめていた。
「メルキオール、君は私から盗んだ技術で何を作った?」
「盗んだ? 少しの間だけ借りたのだ。 君の技術をね」
グライバッハの問い掛けに、メルキオールは悪びれもせずに答えた。
「無断で私の技術を使ったのは許そう。 まあ、前もって言ってくれれば貸しただろうからな」
「ありがたい友情だ」
メルキオールはいつになく上機嫌だった。グライバッハがこんなメルキオールを見るのは久しぶりだった。成人してからは初めてと言ってもよかった。
「随分と上機嫌だな」
「偉大な実験、いや、実験ではないな。真の偉業が達成されようとしているのだからな」
「ロケットの実験のことか?」
「まあ、そうだ。 祝杯でも挙げたい気分だよ。 生憎ここに酒は置いていないが」
散らかった部屋の真ん中にあるソファーに座り、メルキオールは快活に語った。グライバッハもモニターから離れ、メルキオールの正面に座った。
「詳しく聞かせてもらおうか。 その実験に私の人工知能を使ったんだろう?」
「まあ、そうなる。 最後のキーとして重要な役割を担ってもらったよ。 私のアイディアを具現化する道具としてね」
絶対的な自信がメルキオールの顔に浮かんでいた。
「実験というのは、前にも話したことがあると思うが、可能性の拡張についてのものだ」
グライバッハは黙ってメルキオールの話を聞いた。
「私はその可能世界を自由に操作できる機械を作ったのだ。わかっている。机上の空論だと言いたいのだろう? だが、その不可能を可能にするアイディアをついに実現したのだ」
メルキオールは興奮しながら自身の実験の詳細を語り始めた。グライバッハは聞き役に徹した。
「成る程、因果を操作できる機械を、因果の生じようのない虚空で、無限とも言える時間を使って成長させるという訳か」
グライバッハは一通り聞いてから答えた。
「そうだ。 因果から如何に独立するかという点が肝要だったのだ。 その上で新たな因果を発生させるために、永遠の時を生きる知能が必要だった」
「只の物質では、そこにあるがままだからな」
「そうだ。 意志というのは知能の上に成り立つ。 欲する心や記憶が無ければ因果を発生し得ない」
「欲する心か。そういう概念に対して、君は興味が無いと思っていたよ」
「興味というよりは、仮説の構築から導き出された必然と言うべきだろう」
「しかし、無限ともいえる時間に私の人工知能を動かし続けた場合、何が起こるかわからない。そういうことを想定して作ったものではないからな。私の作った知能は創発を行い、極めて人間と同じように行動する。だからこそ優秀なのだが……」
グライバッハは眉を顰めてメルキオールに言った。
「その辺りの考慮もしてあるよ。人工知能には服従回路を組み込んである。知能の成長を常にモニターし、ある概念、言うなれば私や私に属するものに対しての憎悪が生じればそれを抑制し、全体として安定性を欠くようならば人格部分をリセットする」
「ふうむ」
グライバッハは考え込んだ。本心ではメルキオールの実験が成功するとは思っていなかった。馬鹿げた話だとさえ思っていた。奇っ怪な思い込みに取り憑かれ、延命トリートメントさえ受けずに研究に没頭した果てに辿り着いた、単なる妄想だと感じていた。
ただ一点だけ興味があったのは、無限の時間を与えられた自分の人工知能が、一体どんな成長をするのかということだった。
無限に近い時間を一つの知能が生き続けたら、どんな思想、感情を生じさせるのだろうか。
「で、実験の結果はいつ頃わかるんだ?」
「私の計算では数週間か数ヶ月で結果が出る筈だ。いや、ひょっとしたらもっと早くかも……。因果を越えるとすれば、何が起きても不思議はないからな」
「成る程な」
グライバッハは席を立った。
「では、結果が出たら真っ先に教えてくれ」
結果など出ないとグラバッハは確信していた。ただ、壊れてしまった友人に対して侮蔑の表情など出さぬよう注意しているだけだった。
「ああ、もちろん、君にも栄誉がある」
メルキオールは笑顔で言った。
グライバッハが玄関に向かおうとしたその時、監視用のモニターから音声が発せられた。
「マスター、ただいま戻りました」
メルキオールとグライバッハは同時にモニターを振り返った。
沈黙していた筈のモニターが明滅し、波状の線が音声に合わせて動き始めた。
モニターに繋がる音声出力装置から、高いピッチで調整された機械音とも肉声ともつかない声が聞こえてきた。
瞬間、奇妙な沈黙が部屋を覆った。
ロケットが飛び立ってから、まだ一日しか経っていない。
「まさか、まだ第三宇宙速度にも達していない筈だ。いや違う、私の計算が……」
一瞬当惑したようなメルキオールだったが、すぐに真剣な顔に戻り、モニターに問い掛け直した。
「本当にステイシアなんだな?」
「実験は成功です。マスター」
メルキオールの呼び掛けに、モニターは答えた。
「馬鹿な……」
グライバッハは短く呟いた。
「ステイシア、実験を次の段階へと進めるぞ!」
「はい、マスター。仰せの通りに」
ステイシアは従順な様子を見せた。服従回路は問題なく作動しているように見えた。
メルキオールは既にグライバッハを見ていなかった。慌ただしく研究室を出て行く。
グライバッハは一人、監視用のモニターを見つめていた。
「まさか、本当に実験に成功したのか? ……いや、これは茶番か?」
「いいえ、茶番などではありません」
「馬鹿げている。 大方、ここのメインフレームにいる人工知能だろう」
「信じられなければ、私の力を見せてあげましょう。グライバッハ」
部屋の中に、ステイシアの声が響き渡った。
「—了—」