高聳在宮廷中心部的尖塔,是帝國最高的建築。在建築物頂樓的房間裡,躺在那柔軟床上的是一位老太太。
她是這個尖塔的主人,也是我的伴侶,皇妃艾莉絲泰莉雅。
從初次見面到現在,為了帝國而終身奉獻的她,即將回歸虛無。
「那麼,請繼續告訴我後續吧」
死期將近的艾莉絲泰莉雅最後的願望,就是聽我敘述人生的紀錄。
「別急嘛。今天要從我被一位名為史塔夏的少女幫助說起對吧」
向艾莉絲泰莉雅盡全力擠出微笑後,我開始敘述那古遠的記憶。
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「保姆監視著一切。跟我說完後,你就不能走出這裡了」
「要殺了我嗎?」
我回問了史塔夏。
「對。然後再重新做一個你。因為你是成功例所以會再次被妥善使用」
「再做一個我?」
「你的經驗跟記憶,都記錄在腦內的晶片裡。可以從那裡面把要用的記憶抽出,然後再將新的你送往地上」
我不由自主地將手放到頭上。
「這種事是可能的嗎?」
「過去支配地上的工程師,就是運用晶片複製加移植技術,來成功模擬克服死亡的。這個工廠是唯一還留有當時技術的最後一個地方哦」
我試著想像著那是我卻又不是我的人物。超越死亡的我複數存在的世界。真是奇怪的感覺。
「不過,你的那個……機器……」
突然,史塔夏的身體跟聲音出現雜訊。
「怎麼了?」
「保姆……正在試著把我消除」
史塔夏面露微笑,看著因這狀況感到困惑的我。
「我沒事的。你打算怎麼辦呢?想要自由嗎?還是維持現狀……」
「我要離開這裡。無論如何」
我很快地回答。
「在設置控制台的房間裡面,有可以控制保姆的程式。走吧,瑪爾瑟斯」
依照童年的記憶抵達有安裝控制台的房間--還是該說是控制室?--。
雖然史塔夏的影像充滿雜訊,但還是出現在控制室。
我雖然操作了控制台,但卻無法控制這些控制程序。應該是保姆在抗拒吧。
「我來搶控制台的主導權吧。那樣就可以進入控制程序了」
「為什麼妳要幫我?」
為什麼史塔夏要幫我,真正的意圖不得而知。
在控制台可以操作之後,保姆那沒有起伏的聲音響起。
「代理人,妳在做什麼。妳這是叛變」
史塔夏的身體逐漸消失。她帶著笑容看著我。那是一種,彷彿在安撫受到驚嚇的孩子的微笑。
「沒事的,你擁有比其他任何人更…運…哦」
史塔夏的話斷斷續續的,就那樣消失了。
同一時間,控制程序的改寫完成。
「叛變是沒用的。你的束縛並不會消失,瑪爾瑟斯」
保姆不帶任何感情地說完最後一句話後便停止機能。當再次啓動時,變成了只遵照我的命令的人工智能。
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既然知道了事實,我可不想繼續作為工程師的棋子而活。為了執行某一個想法,根據保姆的導航前往複製工廠。
就像過去他們所做的一樣,將埋在我腦中晶片裡的所有知覺紀錄,轉移到工廠裡複製用的年輕肉體上。
但是,並沒有針對記憶做改變。為了成為永遠活在地上的統治者。
當以新的肉體醒來時,旁邊躺著的是『我』以前的身體。以他人的目光看著自己的身體感覺很奇怪。如果,讓這個『我』醒來的話會如何呢?
同樣的記憶,同樣的人格如果同時存在的話,意識要以哪邊為主呢。
剛剛醒來的『我』,會再次醒來嗎。
雖然浮現了奇怪的想法,但現在還是因為得到了一個新的身體而感到滿足。
年輕的肉體充滿精力,我感到當初的野心跟行動力都回來了一般。
過了幾天,我分析了自己的身體跟這個工程師的設施。
然後帶著新的野心回到帝國了。
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得到年輕肉體的我,帶著面具歸來。發出遭到恐怖攻擊正在療養中的假情報,取得國民同情。然後以高壓強權而且充滿煽動性的領導風格,來率領國民。
因為渦而顯得疲憊的國民也熱情地欣然接受。肅清怠惰的政客們,廣召大量的軍事人員。然後,在國民壓倒性的支持下,將政權改為君主制,並將國號更名為『古朗德利尼亞帝國』。
讓大家相信政治制度的轉換,能夠不受渦的侵犯享有安全與新的繁榮。
然後再自稱為皇帝。
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像是要斬斷工程師的業障一樣,我比以前更加為了加強帝國的繁榮與安定而努力。
用了數十年加強這個統治的萬全性,然後讓自己的身影漸漸在國民面前消失。
就算過了百歲也不死的皇帝,不知從什麼時候開始被國民們稱為『不死皇帝』。
但是,時間的流逝逐漸地侵蝕我的心。周圍開始畏懼不會死的皇帝,雖然已經構築了絕對的地位,但也漸漸感到空虛。
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在一次慶祝政治局新長官就職的晚宴中,我遇到了政治局長官的孫女,是一位金髮的美麗少女。
在我看來,她只是遵照祖父的意思擔任我的舞伴,而且也沒有談什麼有意義的話題,只是個不重要的少女。
但在幾次的晚餐會交談之後,我發現她對以前的羅德共和國時期到現在為止的帝國歷史,理解程度高到連我這個執政者都會自我感嘆的地步。
我曾經問過是否因為她出身於與政治深刻相關的一族才會如此,她回了我一句話。
「我無法停下想知道歷史的心。我想要一直用我的眼睛看著你所創造的歷史」
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在那之後透過一次又一次的幽會,我與艾莉絲泰莉雅的距離越來越近。
政治局長官似乎有意要透過孫女干預國政的意思,但他的孫女卻背叛他這個打算。
艾莉絲泰莉雅並不是一個思想會被他人左右的無知女性。以結果來看,反而成了長官的絆腳石。
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幾年後,我將艾莉絲泰莉雅納作為皇妃迎接入宮。這是因為,她希望在最近的地方看著我所創造出來的歷史。
為了復仇而得到的模擬不死,事到如今也改變了。
我跟艾莉絲泰莉雅一起創造歷史。那是原本墮落到只為復仇的生命昇華的瞬間。
我再次出現在國民面前,舉行了舉國歡騰的盛大婚禮。不老不死的我,宛如神一般地受到敬仰。
而作為神之后的艾莉絲泰莉雅,公私都陪伴在我身邊。
成為皇妃的艾莉絲泰莉雅也很積極完成公務,細膩地觀察民眾的情感。她比任何人還能理解國民的感情,並將其正確地傳達給我。
在這之後的五十年,艾莉絲泰莉雅作為幸福的象徵與我共同支撐帝國過來。
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敘述結束之後,艾莉絲泰莉雅吸了一口氣看著我。
「五十年……。我有沒有幫上你的忙呢」
「妳對我的支持及幫助已經比足夠還要多上許多了」
但那也即將在不久之後要結束了。我知道虛無已經正在慢慢地壟罩她了。
「可以帶我去看夜景嗎」
「今晚的風有點涼,太冷對身體不好」
「一下下就好,拜託你了」
艾莉絲泰莉雅的眼中充滿懇求。看到那眼神時,我知道時候就要到了。
我將她抱起走到陽台。黑夜之中浮現些許都市中的亮光,美麗的程度跟閃耀的星星相比毫不遜色。
她眺望著夜景,臉上浮現出像是初次見面時的笑容。
「真是美麗。雖然想要看久一點,但我已經……」
艾莉絲泰莉雅說到一半就靜靜地睡去了,就那樣,過了幾天之後就離開人世了。
不過,她的最後除了我以外沒有讓任何人看到。當艾莉絲泰莉雅開始邁入老年時我就開始把她的狀態秘密保存起來。身為不死皇帝的伴侶,她當然也必須要跟我一樣永遠的存在。
最重要的是,我需要艾莉絲泰莉雅。不屈服於皇妃的重責,她可以體諒並理解像我這樣的異類,她也已經是位受崇拜的對象。
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我將艾莉絲泰莉雅所長眠的棺材運出房間。
「歡迎回來,瑪爾瑟斯」
跟上次來的時候一樣沒變,保姆的影像歡迎我的到來。
「保姆,擴充工廠。我需要複製這個棺材裡的女性」
保姆接受到指令後,棺材被送到複製工廠。
艾莉絲泰莉雅的基因雖然因上了年紀多少有些劣化,不過不是什麼大問題,我還是成功地再現出她年輕時的肉體。
但是由於她的知覺紀錄並不存在,所以無法成功讓記憶重現。
參考儲存在我的知覺紀錄裡的艾莉絲泰莉雅,以那份資料生產出人工智能代理人,來編組出生成她人格的教育程式。
跟過去的我一樣,保姆與人工智能代理人對她進行最妥善的教育,不過還是無法再建構出艾莉絲泰莉雅生前的教育環境。
雖然我也親自對複製人進行過教育,但不管怎麼做都還是持續增加性質有所差異的複製人而已。
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重覆了多次失敗之後,我的精神也磨耗了不少。要重新做出已失去的人格是不可能的。
擁有接近永遠的龐大時間與最高水準的技術,讓我過份抱有期待。
有複製人拒絕走向被決定好的人生,也有複製人希望從我手中解脫。
也有複製人知道自己是複製人時而發瘋。
「對不起。我已經……只能這麼做了」
第幾十位的艾莉絲泰莉雅選擇了自我了斷。
選擇自我了斷的她,是無論氣質,舉手投足,智慧,就連個性都可以說是最接近艾莉絲泰莉雅的複製人。
是位能夠讓她住在尖塔裡,也足以履行皇妃公務程度的成功複製人。
但是,就是因為太相像,所以開始質疑起自己的誕生,開始煩惱起自己的永生,最後心就壞掉了。
我暫時停止複製艾莉絲泰莉雅。
不管再怎麼做都無法取回她。無法抗拒的空虛感,支配了我的心。
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我不知道自己到底看著艾莉絲泰莉雅遺體過了多少時間。
突然,一位少女進到工廠。聽不到腳步聲,這正說明她是立體影像。
接著那個少女,用著跟從前被保姆削除的那一天一樣認真的表情開口說話。
「我教你如何找到你最希望的可能性吧」
「怎麼回事?為什麼妳會在這裡?」
很明顯的疑問。重新掌控保姆之後,我多次嘗試想讓史塔夏的人工智能復活。
但是,保姆已經把她的資料全部消除……了才對啊。
「一切都是取決於你的選擇哦」
史塔夏跟那個時候一樣,對著我露出微笑。
「-完-」
3102年 「宝石」
宮廷の中心部に聳え立つ尖塔は、帝国で最も高い建物であった。その最上階に設えられた居室の柔らかなベッドに横たわるのは、一人の老婆であった。
彼女はこの尖塔の主であり、私の伴侶である、皇妃アリステリアであった。
出会ってから現在まで私、延いては帝國のためにその身を捧げてきた彼女にも、等しく虚無が訪れようとしていた。
「さあ、お話の続きをお聞かせくださいな」
死期の迫るアリステリアが最後に望んだのは、私の人生の記録であった。
「あまり急かすものではないよ。今日はステイシアという少女に助けられたところからだったかな」
アリステリアに精一杯の微笑みを返すと、私は語るべき古い記憶を呼び起こした。
「ナニーはすべてを監視しているの。 私の言葉を聞いたあなたを、ここから出すことはないわ」
「私を殺すのか?」
ステイシアの言葉に私は聞き返した。
「そう。 そしてもう一度あなたを作るでしょうね。 成功例だからうまく使うわ」
「もう一度私を作る?」
「あなたの記憶と経験は、すべて脳のチップに記録されてるの。そこから都合の良い記憶を抜き出して、また地上に送り出すでしょうね」
思わず私は自分の頭に手を当てた。
「そんなことが可能なのか?」
「かつて地上を支配していたエンジニアは、そのチップをクローンに移植することで擬似的に死を克服していたわ。この工場はその時の技術が残る、最後の場所なのよ」
私であって私でない人物を想像した。死を超越した私が複数いる世界。奇妙な感覚だった。
「でも、あなたはその……機械を……」
突然、ステイシアの身体と声にノイズが走った。
「どうしたのだ?」
「ナニー……が私を消去しようとしてる」
状況に困惑する私を見つめ、ステイシアは笑みを浮かべた。
「私は大丈夫よ。 どうするの? 自由になりたいの? それともこのまま……」
「ここから出る。 なんとしても」
私はすぐにそう言った。
「コンソールが設置されている部屋、あそこにナニーの制御プログラムがあるわ。行きましょう、マルセウス」
幼少の頃の記憶を頼りにコンソールの置いてある部屋——制御室とでも言うべきか——に辿り着いた。
ステイシアもノイズに塗れた映像のままであったが、制御室に現れた。
コンソールを操作したが、制御プログラムに繋げようとすると操作不能に陥った。ナニーが拒否しているのだろう。
「私がコンソールの主導権を握るわ。 これで制御プログラムにアクセスできるようになる」
「なぜ、君は私を助ける?」
ステイシアがなぜ私のために働くのか、その真意は謎だった。
パネルの操作が可能になると、ナニーの抑揚のない声が響いた。
「エージェント、何をしているのです。これは反逆行為です」
ステイシアの身体が消えてゆく。彼女は私を見て笑いかける。それは、怯える子供を安心させるかのような笑みだった。
「大丈夫よ、あなたは誰よりも優れ……運…よ」
言葉半ばにして、ステイシアは掻き消えてしまった。
時を同じくして、制御プログラムの書き換えが完了した。
「反逆は無駄です。 あなたを縛る枷は消えることはありません、マルセウス」
ナニーは無機質に言い残すと機能を停止した。次に起動した時は、私の命令に従うだけの人工知能となった。
真実を知った以上、エンジニアの駒として生きるつもりは毛頭なかった。ある考えを実行するために、ナニーのナビに従ってクローン工場に赴いた。
かつて彼らが行っていたように、私の頭脳に埋め込まれたチップにある智覚記録の全てを、工場内にある若い肉体のクローンに移し変えた。
だが、記憶の操作は行わなかった。永遠に地上の統治者として生き続けるために。
新しい肉体で目を覚ました時、すぐ横にかつて『私』だった肉体があった。他人として眺める自分の身体は奇妙だった。もし、この『私』を目覚めさせたらどうなるのだろう?
同じ記憶、同じ人格をもった人間が同時に存在するのなら、意識はどちらのものなのだろうか。
さっき目覚めた『私』は、もう一度目覚めるのだろうか。
奇妙な想像が浮かんだが、今は新しい肉体を得たことに満足していた。
若々しい肉体は気力を充実させ、野心や行動力まで戻ってきたよう感じた。
数日を掛けて、自身の身体のモニターと、このエンジニアの施設を分析した。
そして新しい野心と共に帝國へ帰還した。
若い肉体を得た私は、顔をマスクで覆って帰還した。テロによる怪我の療養だと嘘の情報を流して国民の同情を買った。そして、強権的で扇動的な指導者として苛烈に国民を率いた。
渦によって疲弊した国民はそれを熱狂的に受け入れた。惰弱な政治家達は粛正し、拡大を望む軍人達を抱え込んだ。そして、国民の圧倒的支持の下、政体を君主制に移行させ、国号を『グランデレニア帝國』と改めた。
政治体制の変更は、渦からの安全と新しい繁栄をもたらすためのものと信じ込ませた。
その上で、自ら皇帝を名乗った。
エンジニアによって敷かれた因業を断ち切るように、私は以前にも増して帝國の繁栄と安定に力を注いだ。
数十年を掛けてその統治を万全にし、徐々に国民の前から姿を消していった。
百歳を越えても死なぬ皇帝を、いつからか国民は『不死皇帝』と呼ぶようになった。
しかし、その時間は徐々に私の心を蝕んでいった。死なずの皇帝として周囲からは畏怖され、絶対的な地位を築いていたが、その内面は少しずつ空虚に苛まれていった。
ある時、政治局の新長官の就任を祝う晩餐会の席に、政治局長官の孫娘という金髪の美しい少女と出会った。
私から見れば、祖父に言われるがままに私のダンスの相手を務め、さほど有益でもない会話を交わすだけの、取るに足らない少女であった。
幾度かの晩餐会で会話を交わすうちに、彼女にはローデ共和国の時代から現在に至るまで、執政者である私が感嘆する程に帝國の歴史を理解していることがわかった。
政治に係わりの深い一族を出自に持つからではと問い質したこともあったが、彼女は一言こう告げた。
「私は歴史を知りたいと思う心を止めることができません。私は、あなたの作る歴史をこの目でずっと見ていたいのです」
それから幾度となく逢瀬を重ねるうちに、私とアリステリアの心の距離は縮まっていった。
政治局長官は私を篭絡した孫娘を介して国政を思うように動かす腹積もりだったようだが、その孫娘に裏切られる形となった。
アリステリアは誰かの意志をそのままに代弁するような愚鈍な女性ではなかった。それは結果として、長官の出鼻を挫くこととなった。
数年後、私はアリステリアを皇妃として迎え入れた。私が紡ぐ歴史を、彼女に最も傍で見ていて欲しいと願ったからであった。
復讐のために手に入れた擬似的な不死は、ここに来て意味を変えていた。
アリステリアと共に歴史を紡いでいく。復讐に堕ちた生が昇華された瞬間だった。
私は再び国民の前に姿を現し、国を挙げて盛大な挙式を執り行った。不老不死の私は、神の如く崇められた。
そしてその神の后であるアリステリアは、公的にも私の隣に立つ存在となった。
皇妃となってからのアリステリアは精力的に公務をこなし、民衆の感情を細やかに観察していった。彼女は国民感情を誰よりも理解し、私に正確に伝える術を持っていた。
それから五十年あまりの間、アリステリアは幸福のシンボルとして私と共に帝國を支え続けた。
思い出として語り終えると、アリステリアは一呼吸して私を見つめた。
「五十年……。私はあなたのお役に立てたのでしょうか」
「君は十分すぎるほど私を支えてくれているよ」
それも遠くないうちに終わりを告げる。虚無が彼女を覆いつくしているのはわかっていた。
「夜景を見せてくださるかしら」
「今宵の風は冷たい。冷えると身体に障る」
「少しだけでいいのです、お願いします」
アリステリアの目に懇願の色が浮かんでいた。その目に映る決意に、私はいよいよその時が来たのかと理解した。
私は彼女を抱き上げてバルコニーへと運んだ。闇夜に浮かぶ街の明かりは、星の輝きに勝るとも劣らない美しさがあった。
夜景を眺める彼女は、出会った時に戻ったかのような笑顔を浮かべていた。
「ああ、とても綺麗。もっと眺めていたいけれど、それももう……」
アリステリアはそれだけ言い残すと静かに眠りに落ち、そのまま、数日の後に息を引き取った。
しかし、彼女の最期は私以外の誰にも看取られることはなかった。私はアリステリアが老境に入った頃から彼女の状態を秘匿し続けていた。不死皇帝の伴侶として、彼女も私と同様に永遠の存在でなければならなかった。
何より、私にはアリステリアが必要だった。皇妃という重責に屈服しない意思と、私という異質な存在を理解してくれた彼女は、すでに崇拝の対象でさえあった。
私はアリステリアが納められた棺をあの部屋へと運び出した。
「お帰りなさい、マルセウス」
最後に訪れた時と変わることなく、ナニーの映像は私を迎え入れた。
「ナニー、工場の拡張をしろ。この棺に納められた女性のクローンが必要だ」
命令を受けたナニーにより、棺がクローン工場へと運ばれていった。
アリステリアの遺伝子情報は年齢による劣化が見られたが、それでも支障なく、若い頃の彼女の肉体を再現することに成功した。
しかし智覚記録が存在しないため、記憶まで再現することは適わなかった。
私の智覚記録に保存されたアリステリアの情報から人工知能エージェントを作り上げ、人格生成に必要な教育プログラムを組んだ。
かつての私と同じように、ナニーが人工知能エージェントと共に最適な教育を行ったが、生前のアリステリアが育った環境を再構築することはできなかった。
自らの手でクローンの教育を行ったこともあったが、どうやっても性質に差異のあるクローンが量産されていくだけの結果となった。
幾度となく続く試行錯誤は、私の精神を磨耗させていった。失われた人格を再び作り上げることなど不可能だった。
永遠に近い膨大な時間と最高水準の技術があることが、過剰な期待を私に抱かせていた。
決められた人生を歩むことを拒絶し、私からの解放を望んだクローンがいた。
クローンであることを知り、発狂してしまった者もいた。
「ごめんなさい。私はもう……こうするしかないのです」
何十人目かのアリステリアは自決した。
自ら死を選んだ彼女は、気品、振る舞い、知性、そして性格さえも、本来のアリステリアに最も近付いたクローンであった。
尖塔に住まわせ、皇妃としての公務も勤めさせた程だった。
しかし、近すぎたが為に自身の出生に疑問を持ち、永遠に続くであろう生に悩み、心を壊して死んでいった。
私はアリステリアのクローン製造を一時的に凍結することにした。
どうやっても彼女を取り戻すことができない。抗いようのない空虚が、私の胸の内を支配した。
どれほどの時間、アリステリアの亡骸を見つめ続けていたのだろう。
不意に、一人の少女が工場に入ってきた。靴音が聞こえないことが、彼女が立体映像であることを物語っていた。
そしてその少女は、かつてナニーに消去されたあの日と変わらぬ真剣な表情で口を開いた。
「あなたの最も望む可能性を見つける方法を教えてあげる」
「どういうことだ? なぜ君がここにいる?」
明確な疑問だった。ナニーを掌握した後、私はステイシアの人工知能を復活させようと試みたことがあった。
しかし、ナニーは彼女に関する全てのデータを消去していた、その筈だった。
「全てはあなたの選択次第よ」
ステイシアはあの時と同じように、私に笑いかけるのだった。
「—了—」
宮廷の中心部に聳え立つ尖塔は、帝国で最も高い建物であった。その最上階に設えられた居室の柔らかなベッドに横たわるのは、一人の老婆であった。
彼女はこの尖塔の主であり、私の伴侶である、皇妃アリステリアであった。
出会ってから現在まで私、延いては帝國のためにその身を捧げてきた彼女にも、等しく虚無が訪れようとしていた。
「さあ、お話の続きをお聞かせくださいな」
死期の迫るアリステリアが最後に望んだのは、私の人生の記録であった。
「あまり急かすものではないよ。今日はステイシアという少女に助けられたところからだったかな」
アリステリアに精一杯の微笑みを返すと、私は語るべき古い記憶を呼び起こした。
「ナニーはすべてを監視しているの。 私の言葉を聞いたあなたを、ここから出すことはないわ」
「私を殺すのか?」
ステイシアの言葉に私は聞き返した。
「そう。 そしてもう一度あなたを作るでしょうね。 成功例だからうまく使うわ」
「もう一度私を作る?」
「あなたの記憶と経験は、すべて脳のチップに記録されてるの。そこから都合の良い記憶を抜き出して、また地上に送り出すでしょうね」
思わず私は自分の頭に手を当てた。
「そんなことが可能なのか?」
「かつて地上を支配していたエンジニアは、そのチップをクローンに移植することで擬似的に死を克服していたわ。この工場はその時の技術が残る、最後の場所なのよ」
私であって私でない人物を想像した。死を超越した私が複数いる世界。奇妙な感覚だった。
「でも、あなたはその……機械を……」
突然、ステイシアの身体と声にノイズが走った。
「どうしたのだ?」
「ナニー……が私を消去しようとしてる」
状況に困惑する私を見つめ、ステイシアは笑みを浮かべた。
「私は大丈夫よ。 どうするの? 自由になりたいの? それともこのまま……」
「ここから出る。 なんとしても」
私はすぐにそう言った。
「コンソールが設置されている部屋、あそこにナニーの制御プログラムがあるわ。行きましょう、マルセウス」
幼少の頃の記憶を頼りにコンソールの置いてある部屋——制御室とでも言うべきか——に辿り着いた。
ステイシアもノイズに塗れた映像のままであったが、制御室に現れた。
コンソールを操作したが、制御プログラムに繋げようとすると操作不能に陥った。ナニーが拒否しているのだろう。
「私がコンソールの主導権を握るわ。 これで制御プログラムにアクセスできるようになる」
「なぜ、君は私を助ける?」
ステイシアがなぜ私のために働くのか、その真意は謎だった。
パネルの操作が可能になると、ナニーの抑揚のない声が響いた。
「エージェント、何をしているのです。これは反逆行為です」
ステイシアの身体が消えてゆく。彼女は私を見て笑いかける。それは、怯える子供を安心させるかのような笑みだった。
「大丈夫よ、あなたは誰よりも優れ……運…よ」
言葉半ばにして、ステイシアは掻き消えてしまった。
時を同じくして、制御プログラムの書き換えが完了した。
「反逆は無駄です。 あなたを縛る枷は消えることはありません、マルセウス」
ナニーは無機質に言い残すと機能を停止した。次に起動した時は、私の命令に従うだけの人工知能となった。
真実を知った以上、エンジニアの駒として生きるつもりは毛頭なかった。ある考えを実行するために、ナニーのナビに従ってクローン工場に赴いた。
かつて彼らが行っていたように、私の頭脳に埋め込まれたチップにある智覚記録の全てを、工場内にある若い肉体のクローンに移し変えた。
だが、記憶の操作は行わなかった。永遠に地上の統治者として生き続けるために。
新しい肉体で目を覚ました時、すぐ横にかつて『私』だった肉体があった。他人として眺める自分の身体は奇妙だった。もし、この『私』を目覚めさせたらどうなるのだろう?
同じ記憶、同じ人格をもった人間が同時に存在するのなら、意識はどちらのものなのだろうか。
さっき目覚めた『私』は、もう一度目覚めるのだろうか。
奇妙な想像が浮かんだが、今は新しい肉体を得たことに満足していた。
若々しい肉体は気力を充実させ、野心や行動力まで戻ってきたよう感じた。
数日を掛けて、自身の身体のモニターと、このエンジニアの施設を分析した。
そして新しい野心と共に帝國へ帰還した。
若い肉体を得た私は、顔をマスクで覆って帰還した。テロによる怪我の療養だと嘘の情報を流して国民の同情を買った。そして、強権的で扇動的な指導者として苛烈に国民を率いた。
渦によって疲弊した国民はそれを熱狂的に受け入れた。惰弱な政治家達は粛正し、拡大を望む軍人達を抱え込んだ。そして、国民の圧倒的支持の下、政体を君主制に移行させ、国号を『グランデレニア帝國』と改めた。
政治体制の変更は、渦からの安全と新しい繁栄をもたらすためのものと信じ込ませた。
その上で、自ら皇帝を名乗った。
エンジニアによって敷かれた因業を断ち切るように、私は以前にも増して帝國の繁栄と安定に力を注いだ。
数十年を掛けてその統治を万全にし、徐々に国民の前から姿を消していった。
百歳を越えても死なぬ皇帝を、いつからか国民は『不死皇帝』と呼ぶようになった。
しかし、その時間は徐々に私の心を蝕んでいった。死なずの皇帝として周囲からは畏怖され、絶対的な地位を築いていたが、その内面は少しずつ空虚に苛まれていった。
ある時、政治局の新長官の就任を祝う晩餐会の席に、政治局長官の孫娘という金髪の美しい少女と出会った。
私から見れば、祖父に言われるがままに私のダンスの相手を務め、さほど有益でもない会話を交わすだけの、取るに足らない少女であった。
幾度かの晩餐会で会話を交わすうちに、彼女にはローデ共和国の時代から現在に至るまで、執政者である私が感嘆する程に帝國の歴史を理解していることがわかった。
政治に係わりの深い一族を出自に持つからではと問い質したこともあったが、彼女は一言こう告げた。
「私は歴史を知りたいと思う心を止めることができません。私は、あなたの作る歴史をこの目でずっと見ていたいのです」
それから幾度となく逢瀬を重ねるうちに、私とアリステリアの心の距離は縮まっていった。
政治局長官は私を篭絡した孫娘を介して国政を思うように動かす腹積もりだったようだが、その孫娘に裏切られる形となった。
アリステリアは誰かの意志をそのままに代弁するような愚鈍な女性ではなかった。それは結果として、長官の出鼻を挫くこととなった。
数年後、私はアリステリアを皇妃として迎え入れた。私が紡ぐ歴史を、彼女に最も傍で見ていて欲しいと願ったからであった。
復讐のために手に入れた擬似的な不死は、ここに来て意味を変えていた。
アリステリアと共に歴史を紡いでいく。復讐に堕ちた生が昇華された瞬間だった。
私は再び国民の前に姿を現し、国を挙げて盛大な挙式を執り行った。不老不死の私は、神の如く崇められた。
そしてその神の后であるアリステリアは、公的にも私の隣に立つ存在となった。
皇妃となってからのアリステリアは精力的に公務をこなし、民衆の感情を細やかに観察していった。彼女は国民感情を誰よりも理解し、私に正確に伝える術を持っていた。
それから五十年あまりの間、アリステリアは幸福のシンボルとして私と共に帝國を支え続けた。
思い出として語り終えると、アリステリアは一呼吸して私を見つめた。
「五十年……。私はあなたのお役に立てたのでしょうか」
「君は十分すぎるほど私を支えてくれているよ」
それも遠くないうちに終わりを告げる。虚無が彼女を覆いつくしているのはわかっていた。
「夜景を見せてくださるかしら」
「今宵の風は冷たい。冷えると身体に障る」
「少しだけでいいのです、お願いします」
アリステリアの目に懇願の色が浮かんでいた。その目に映る決意に、私はいよいよその時が来たのかと理解した。
私は彼女を抱き上げてバルコニーへと運んだ。闇夜に浮かぶ街の明かりは、星の輝きに勝るとも劣らない美しさがあった。
夜景を眺める彼女は、出会った時に戻ったかのような笑顔を浮かべていた。
「ああ、とても綺麗。もっと眺めていたいけれど、それももう……」
アリステリアはそれだけ言い残すと静かに眠りに落ち、そのまま、数日の後に息を引き取った。
しかし、彼女の最期は私以外の誰にも看取られることはなかった。私はアリステリアが老境に入った頃から彼女の状態を秘匿し続けていた。不死皇帝の伴侶として、彼女も私と同様に永遠の存在でなければならなかった。
何より、私にはアリステリアが必要だった。皇妃という重責に屈服しない意思と、私という異質な存在を理解してくれた彼女は、すでに崇拝の対象でさえあった。
私はアリステリアが納められた棺をあの部屋へと運び出した。
「お帰りなさい、マルセウス」
最後に訪れた時と変わることなく、ナニーの映像は私を迎え入れた。
「ナニー、工場の拡張をしろ。この棺に納められた女性のクローンが必要だ」
命令を受けたナニーにより、棺がクローン工場へと運ばれていった。
アリステリアの遺伝子情報は年齢による劣化が見られたが、それでも支障なく、若い頃の彼女の肉体を再現することに成功した。
しかし智覚記録が存在しないため、記憶まで再現することは適わなかった。
私の智覚記録に保存されたアリステリアの情報から人工知能エージェントを作り上げ、人格生成に必要な教育プログラムを組んだ。
かつての私と同じように、ナニーが人工知能エージェントと共に最適な教育を行ったが、生前のアリステリアが育った環境を再構築することはできなかった。
自らの手でクローンの教育を行ったこともあったが、どうやっても性質に差異のあるクローンが量産されていくだけの結果となった。
幾度となく続く試行錯誤は、私の精神を磨耗させていった。失われた人格を再び作り上げることなど不可能だった。
永遠に近い膨大な時間と最高水準の技術があることが、過剰な期待を私に抱かせていた。
決められた人生を歩むことを拒絶し、私からの解放を望んだクローンがいた。
クローンであることを知り、発狂してしまった者もいた。
「ごめんなさい。私はもう……こうするしかないのです」
何十人目かのアリステリアは自決した。
自ら死を選んだ彼女は、気品、振る舞い、知性、そして性格さえも、本来のアリステリアに最も近付いたクローンであった。
尖塔に住まわせ、皇妃としての公務も勤めさせた程だった。
しかし、近すぎたが為に自身の出生に疑問を持ち、永遠に続くであろう生に悩み、心を壊して死んでいった。
私はアリステリアのクローン製造を一時的に凍結することにした。
どうやっても彼女を取り戻すことができない。抗いようのない空虚が、私の胸の内を支配した。
どれほどの時間、アリステリアの亡骸を見つめ続けていたのだろう。
不意に、一人の少女が工場に入ってきた。靴音が聞こえないことが、彼女が立体映像であることを物語っていた。
そしてその少女は、かつてナニーに消去されたあの日と変わらぬ真剣な表情で口を開いた。
「あなたの最も望む可能性を見つける方法を教えてあげる」
「どういうことだ? なぜ君がここにいる?」
明確な疑問だった。ナニーを掌握した後、私はステイシアの人工知能を復活させようと試みたことがあった。
しかし、ナニーは彼女に関する全てのデータを消去していた、その筈だった。
「全てはあなたの選択次第よ」
ステイシアはあの時と同じように、私に笑いかけるのだった。
「—了—」