對這個季節來說稍嫌寒冷的風,吹動了深藍色的清澈湖面。森林裡充滿的樹木氣味飄散到湖邊,少女停下採集蚌殼的手抬起頭。
「真是稀奇呢,在這種時期。難道夜裡會有暴風雨要來嗎,希爾夫」
一邊甩著沾濕的手,一邊向佇立在身邊巨大的神獸說著。看起來像是狼的野獸盯著帕茉的臉看了一會兒後,眨了好幾次眼睛。
「說的也是。那麼我們早點回去吧。再一下子就可以採收完今天的分量了」
少女微笑後,再度彎下腰開始撿拾蚌殼。
少女的名字叫帕茉。是住在哥爾嘉王國邊境村莊部族的一員。
哥爾嘉擁有豐富的自然資源以及天然的險要地形,以採集和狩獵為主過著自己自足的生活。除此之外,大部分的國民都是以部族為單位生活著,對國家的歸屬意識薄弱是他們的特徵。帕茉的部族也不例外,被樹木和水源環繞,過著雖然簡樸但是卻很幸福的生活。
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「我回來了」
帕茉抱著竹簍回到家,家裡卻沒有人。普通這個時候是母親準備晚餐的時間。雖然這種時間父母會出門並不是罕見的事情,但是帕茉的胸口卻不知道為什麼糾結著討厭的預感。
「……應該很快就會回來了吧」
在門外,風像是要引起帕茉的不安似地變得更強了。烏雲在天空中擴散,氣溫也開始降低。
「……咕嚕嚕」
不知道是不是感受到了帕茉的不安,在身旁的神獸用頭摩擦著帕茉的腳邊。
「嗯,沒關係。謝謝你,希爾夫」
帕茉一邊撫摸著希爾夫的鼻子,用開朗的聲音說著。
「那麼,我就先來煮湯好了。我採收到很多蚌殼呢。當然,也有希爾夫的份喔」
帕茉一邊笑著一邊甩動著懷裡的竹簍。裡面的蚌殼發出喀啦喀啦的聲音。希爾夫像是安心般點點頭,在家門口蜷成一團。
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帕茉煮好了湯,太陽完全下山之後,父母仍然沒有回來。帕茉開始擔心起來,正在猶豫要不要去找人的時候,入口的門總算打開了。原本灰暗的帕茉臉上立刻變成明朗的表情。
「歡迎回家,爸爸!媽媽。你們聽我說……」
但是,話在中途停了下來。父母的身後站著一個沒有見過的男人。
「我們回來了,帕茉」
「歡迎回來」
對著小聲回答的帕茉,男子緊緊的盯著她。男人身材瘦長,穿著黑色的裝束,有著一雙冰冷的眼睛。那種不祥的感覺讓帕茉全身發抖。
「爸爸,晚飯……」
「抱歉,接下來我們跟這個人有些話要說。村長馬上也會過來。所以帕茉妳到樓上去吧」
父親像是十分疲憊似的向帕茉說著。母親則是一臉快哭出來的樣子。
「拿著麵包上去吧。結束之後,我們再好好的吃晚餐」
「……嗯,我知道了」
現在不管我說什麼,都只會讓父親跟母親難過而已。聰明的帕茉,知道會這樣。
「來吧,希爾夫。我們上樓」
帕茉叫喚著希爾夫,一起上了二樓。
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坐在床上的帕茉一邊咬著麵包,一邊專心聽著樓下的一舉一動。雖然不能夠完全聽清楚,但是父親的怒吼聲和母親的啜泣聲,以及村長對著父母親強迫似的低聲吼叫都聽的到。不管怎麼想都不像是愉快的話題。此外,帕茉也注意到在談話中出現了自己的名字。
「……在說我的事啊」
我做了什麼錯事嗎?還是爸爸媽媽打算把我丟到什麼地方去嗎?這種想法一浮現在腦中,帕茉的眼眶就紅了。帕茉慌慌張張的將頭埋進枕頭裡擦乾眼淚。
「……因為,她還只是個孩子啊……」
「…………不管村子變成怎麼樣……」
「……就算是這樣,要讓帕茉一個人……」
在什麼都看不見的狀態之下,樓下的聲音聽得更加清楚。聽起來似乎是那個黑男子要我做些什麼,但是父親跟母親正在反對著。
「如果我不去的話,他會對村子做什麼壞事」
如果是這樣的話,我就非去不可了。理解了他們的話題之後,帕茉立刻做了決斷。像是要攔住站起身的帕茉似的,希爾夫發出低吼聲。
「對不起,可能也要害你一起去危險的地方也不一定。但是我不想讓爸爸媽媽困擾」
希爾夫盯著帕茉的眼睛看了一陣子,像是拿她沒有辦法那般嘆了一口氣。
「謝謝你,希爾夫」
帕茉摸摸希爾夫的頭,帶著決意的表情走出房間。
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進入客廳後,正好聽見父親的怒吼聲。
「所以我已經說了很多次了!讓帕茉出戰這種事情……」
「爸爸!我……我去」
「帕茉……上樓去。這是大人的問題」
父親用凶狠的表情盯著帕茉。這樣恐怖的表情,除了帕茉打破重要的水瓶那時候之外從來沒有見過。但是聽見帕茉的話後黑男子,撇起嘴角笑了。
「真不愧是操縱哥爾嘉聖獸的小姐。不只是勇敢,還很識時務」
「帕茉!?」
母親慘叫了一聲。父親瞪著那個男人。在他們對面,村長的臉上浮起了像是鬆了一口氣的表情。
「我只要去什麼地方就可以了對吧?」
「正是如此,帕茉。跟那邊那隻大狼一起」
「這個孩子不是狼,他是希爾夫」
「是嗎。那麼,希爾夫也一起去」
「………………」
聽到這句話,母親痛哭出聲。父親輕輕撫摸著她顫抖的背。接著正準備說些什麼的時候,就被男子給打斷了。
「我的名字叫阿修羅。明天,妳就要踏上前往魯比歐那王都的旅程。請妳做好準備」
只告知了這些事後,阿修羅就站起來不出一點聲音的離開了。剩下的四個人,只能靜靜的目送他。
|
第二天,帕茉告別了哭著求她留下來的母親,以及彷彿要滲出血似的緊咬著下唇的父親背影離開了森林。天空晴朗的好像昨天的暴風雨是騙人似的。
「那個,阿修羅先生。我要去哪裡呢?」
帕茉一邊離開著森林一邊問著。阿修羅面向前方,冷冷的回答。
「戰場」
「但是我什麼也不會」
「我沒要妳本身做些什麼,是要由妳讓這隻神獸來做」
「讓希爾夫?」
「沒錯,要讓傳說的力量為國家效命」
那句話讓希爾夫發出低吼聲。但是阿修羅卻裝出一副沒聽見的樣子。
「絕不會老去,絕不會死亡的哥爾嘉聖獸。儘管那力量可以匹敵萬軍,卻不被任何人束縛」
阿修羅像是在詠讚般說道。
「但是,我聽說總算有能夠操縱那個力量的人物出現了。那就是妳」
「怎麼會……。希爾夫只不過是在保護我而已……」
「考慮清楚。國家滅亡的話你們也完蛋了。帝國軍來到這裡的話,你們的族人一定瞬間就會被消滅掉的」
「……戰鬥這種事,我從來就沒有做過啊」
「妳非做不可。為了妳的家人,為了國家」
帕茉垂下了頭。從側面偷偷看著阿修羅的表情,但是卻無法從他那冷淡的表情中找出任何情感。
帕茉嘆著氣,為了不被阿修羅丟下而加快了腳步。
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出了森林,總算來到了這個擁有從哥爾嘉開往聯合王國首都列車的城鎮。
「從這裡開始要坐車了。還有,要讓神獸到籠子裡」
在城鎮外,準備好的大推車上放著籠子。
「不能讓神獸進到城鎮裡。而且,被別人看見牠也會出問題」
阿修羅冷淡的說著。
「我不能讓希爾夫被關到這種地方。我們要用走的過去」
「不可能那麼悠哉。閉上嘴讓牠進去」
希爾夫發出像是要撼動大地的怒吼聲。但是,阿修羅的表情卻一點也沒有改變。
「不要這樣,希爾夫。我知道了,我也一起到籠子裡去」
「隨便妳」
阿修羅說完後讓人打開了籠子。帕茉就帶著希爾夫進入籠子裡。這個籠子似乎有裝過其他的野獸,裡面非常骯髒,充滿了刺鼻的臭味。
「希爾夫,忍耐一下。這都是為了村子」
搖晃著的籠子裡幾乎沒有光線,帕茉盡量緊靠著希爾夫小聲的說著。
過了一陣子籠子被放入了列車,她知道他們開始移動了。被放在貨物室中的籠子裡一片黑暗。
黑暗中,帕茉拼命的壓抑著自己快被不安給擊潰的情緒。然後回想著美麗的村子跟故鄉的景色慢慢睡去。
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「─完─」
3397年 「檻」
この季節にしては冷たい風が、深い青を湛えた湖の表面を揺らす。森に籠もった木々の匂いが湖岸に届き、少女は貝を採る手を休めて顔を上げた。
「珍しいね、こんな時期に。もしかしたら夜は嵐になるのかな、シルフ」
濡れた手を振りながら、傍らに佇む大きな獣に話し掛ける。狼によく似たその獣はじっとパルモの顔を見つめると、何度か瞬いた。
「そうだね。それじゃ早めに帰ろうか。もう少しで今日の分が採り終わるから」
少女はにっこりと微笑むと、再び腰を屈めて貝を採り始めた。
少女の名はパルモ。コルガー王国辺境の村に住む部族の一員だ。
コルガーは豊かな自然と天然の要害を持ち、採取と狩猟を中心とした自給自足の生活を送っている。また、殆どの国民が部族単位で暮らしており、国家に対する帰属意識が薄いのが特徴だ。パルモの部族も例に漏れず、木と水に囲まれた、質素だが幸せな生活を送っていた。
「ただいまー」
パルモが笊を抱えて家に戻ると、家には誰もいなかった。普段ならば母親が夕食の準備をしている時間だ。この時間に両親とも出掛けることは少なくなかったが、パルモの胸には何故かチクリと嫌な予感が走った。
「……すぐに帰ってくるよね」
外では、パルモの不安を掻き立てるように風が強くなっている。空には真っ黒な雲が広がり、気温も下がり始めた。
「……グルル」
パルモの不安を感じたのか、傍らの獣がパルモの脚に頭を擦りつける。
「うん、大丈夫。ありがとうね、シルフ」
パルモはシルフの鼻面を撫でながら、明るい声を出した。
「それじゃ、先にスープでも作っちゃおうかな。貝もたくさん採れたしね。もちろん、シルフの分もあるよー」
パルモは笑いながら抱えている笊を振った。中で貝がジャラジャラと音を立てる。シルフは安心したように頷いて、家の入り口のところで丸くなった。
パルモがスープを作り終わり、太陽が全て隠れても、まだ両親は戻らなかった。さすがに心配になり、探しに行こうか迷っていたところで、ようやく入り口の扉が開いた。暗かったパルモの顔がぱっと明るい表情に変わる。
「お帰り、お父さん! お母さん。 あのね……」
だが、その言葉は途中で止まってしまった。両親の後ろに見知らぬ男が立っていたからだ。
「ただいま、パルモ」
「おかえりなさい」
小さく呟くパルモを、男はじっと見つめる。男は細身の体に黒い装束を着け、冷たい目をしていた。その禍々しさにパルモは身震いした。
「お父さん、ご飯は……」
「すまん、これからちょっとこの人と話があるんだ。村長さんもすぐに来る。だからパルモは上に行ってなさい」
父親が疲れたような調子でパルモに語り掛ける。母親は今にも泣き出しそうだ。
「パンを持ってお行き。終わったら、ちゃんとご飯にするからね」
「……うん。わかった」
今わたしが何か言っても、お父さんとお母さんを苦しめるだけだ。聡明なパルモには、それがわかってしまった。
「おいで、シルフ。上に行こう」
パルモはシルフを呼ぶと、一緒に二階に上がっていった。
ベッドの上でパンを囓りながら、パルモはじっと下の様子に耳を傾けていた。全部が聞こえるわけではないが、父の怒鳴り声や母のすすり泣く声、それに村長さんの押し殺した唸りなどが聞こえてくる。どう考えても楽しい話題には思えない。そして、その中に自分の名前が出てきたことに、パルモは気付いてしまった。
「……わたしのことを話しているんだ」
何か失敗しちゃったのかな。それとも、お父さんとお母さんはわたしをどこかへやっちゃうつもりなのかな。そんな考えが頭に浮かび、パルモの目は潤んでしまう。パルモは慌てて枕に顔を埋めて涙を拭った。
「……だって、まだ子どもなのに……」
「…………村がどうなっても……」
「……だからといって、パルモひとりに……」
何も見えない状態だと、下の声が良く聞こえる。どうやら、あの黒い男がわたしに何かをさせようとしていて、お父さんとお母さんが反対しているようだ。
「わたしが行かなかったら、村に何かする気なんだ」
だったら、わたしが行くしかない。話を理解すると、パルモはすぐに決断した。立ち上がったパルモを引き留めるように、シルフが唸り声を上げる。
「ごめんね、お前も危ないところに行くかもしれないのに。でも、お父さんとお母さんを困らせたくない」
シルフはじっとパルモの目を見つめると、仕方がないといった風情で溜息をついた。
「ありがとう、シルフ」
パルモはシルフの頭を撫でると、決意の表情で部屋を出た。
居間に入ると、ちょうど父親の怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから何度も言っているでしょう! パルモを戦に出すなんて……」
「お父さん! わたし……行くよ」
「パルモ……上に行ってなさい。これは大人の問題だ」
険しい顔でパルモを睨む父親。こんなに怖い顔は、パルモが大事な水瓶を割ってしまった時にだって見たことがない。だがパルモのその言葉を聞いた黒い男は、ニヤリと唇を歪めた。
「さすがはコルガーの聖獣を操るお嬢さんだ。勇敢な上に、物わかりが良いと来ている」
「パルモ!?」
母親が悲鳴をあげた。父親はじっと男を睨んでいる。その向こうで、村長はどこかホッとしたような表情を浮かべていた。
「わたしがどこかに行けば良いんでしょう?」
「その通りだよ、パルモ。そこの大きな狼も一緒にね」
「この子は狼じゃありません。シルフです」
「そうか。それじゃ、シルフも一緒に」
「………………」
それを聞いて、母親は泣き崩れてしまった。震える背中を父親がゆっくりと撫でる。そして何か言おうとしたが、男に遮られた。
「わたしの名はアスラだ。 明日、君はルビオナ王都へ旅立つことになる。 準備をしておくように」
それだけを告げると、アスラは立ち上がって音もなく出て行った。残された四人は、ただ黙ってそれを見送った。
次の日。泣いて引き留める母親と、血が出るほど唇を噛み締めた父親を背に、パルモは森を出た。空は昨日の嵐が嘘のように晴れ渡っている。
「ねえ、アスラさん。 わたしはどこへ行くの?」
森を抜けながらパルモは尋ねた。アスラは顔を前に向けたまま、ぶっきらぼうに答える。
「戦場だ」
「でもわたし、なにもできないよ」
「お前自身に何かしろとは言っていない。その獣にさせるのだ。お前が」
「シルフに?」
「そう、伝説の力を国のために役立ててもらう」
その言葉にシルフが唸り声を上げる。だがアスラは素知らぬ顔だ。
「決して老いず、決して死なぬコルガーの聖獣。その力は万軍に値するが、誰にも傅かぬ」
アスラは詞を詠むかのように言った。
「だが、ついにその力を使役できる人物が現れたと聞いた。 それがお前だ」
「そんな……。 シルフはただわたしを守ってくれているだけ……」
「よく考えろ。 国が滅びればお前らも滅びるのだ。 帝國がここまでくれば、お前の一族など間を置かずに踏み潰される」
「……戦いなんて、したことないのに」
「やらねばならぬ。 家族のため、国のためにな」
パルモはうな垂れる。アスラの表情を横から眺めるが、冷たいその相貌に何かの感情を読み取ることはできなかった。
パルモは溜息をついて、アスラに置いて行かれないように足を速めた。
森を抜け、此処コルガーから連合王国の首都へ続く列車が通る街に辿り着いた。
「ここからは列車だ。それと、獣は檻に入ってもらう」
街の外に、大きな台車に載った檻が用意されていた。
「獣を街に入れるわけにはいかん。 それに、姿を見られるのも問題がある」
アスラは冷淡に言った。
「こんなところにシルフを入れられない。 歩いて行くわ」
「そんな悠長な真似はできん。 黙って乗せろ」
シルフが地響きのような唸り声を上げた。だが、アスラは表情一つ変えない。
「やめて、シルフ。 わかったわ。わたしも檻に入る」
「好きにしろ」
アスラはそう言って檻を開けさせた。パルモはシルフを連れて檻の中に入る。何か他の獣を入れていた物らしく、そこは汚れがひどく、きつい臭いが充満していた。
「シルフ、我慢しよう。 村のためだもの」
殆ど光の入らない揺れる檻の中で、パルモはシルフに寄り掛かるようにしてそう呟いた。
しばらくすると檻が列車に乗せられ、移動を始めたのがわかった。貨物室に入れられた檻の中は暗闇となった。
真っ暗な中、パルモは不安に押し潰されそうになるのを必死で堪えていた。そしてあの美しい村を、故郷の景色を思い出しながら眠りについた。
「—了—」
この季節にしては冷たい風が、深い青を湛えた湖の表面を揺らす。森に籠もった木々の匂いが湖岸に届き、少女は貝を採る手を休めて顔を上げた。
「珍しいね、こんな時期に。もしかしたら夜は嵐になるのかな、シルフ」
濡れた手を振りながら、傍らに佇む大きな獣に話し掛ける。狼によく似たその獣はじっとパルモの顔を見つめると、何度か瞬いた。
「そうだね。それじゃ早めに帰ろうか。もう少しで今日の分が採り終わるから」
少女はにっこりと微笑むと、再び腰を屈めて貝を採り始めた。
少女の名はパルモ。コルガー王国辺境の村に住む部族の一員だ。
コルガーは豊かな自然と天然の要害を持ち、採取と狩猟を中心とした自給自足の生活を送っている。また、殆どの国民が部族単位で暮らしており、国家に対する帰属意識が薄いのが特徴だ。パルモの部族も例に漏れず、木と水に囲まれた、質素だが幸せな生活を送っていた。
「ただいまー」
パルモが笊を抱えて家に戻ると、家には誰もいなかった。普段ならば母親が夕食の準備をしている時間だ。この時間に両親とも出掛けることは少なくなかったが、パルモの胸には何故かチクリと嫌な予感が走った。
「……すぐに帰ってくるよね」
外では、パルモの不安を掻き立てるように風が強くなっている。空には真っ黒な雲が広がり、気温も下がり始めた。
「……グルル」
パルモの不安を感じたのか、傍らの獣がパルモの脚に頭を擦りつける。
「うん、大丈夫。ありがとうね、シルフ」
パルモはシルフの鼻面を撫でながら、明るい声を出した。
「それじゃ、先にスープでも作っちゃおうかな。貝もたくさん採れたしね。もちろん、シルフの分もあるよー」
パルモは笑いながら抱えている笊を振った。中で貝がジャラジャラと音を立てる。シルフは安心したように頷いて、家の入り口のところで丸くなった。
パルモがスープを作り終わり、太陽が全て隠れても、まだ両親は戻らなかった。さすがに心配になり、探しに行こうか迷っていたところで、ようやく入り口の扉が開いた。暗かったパルモの顔がぱっと明るい表情に変わる。
「お帰り、お父さん! お母さん。 あのね……」
だが、その言葉は途中で止まってしまった。両親の後ろに見知らぬ男が立っていたからだ。
「ただいま、パルモ」
「おかえりなさい」
小さく呟くパルモを、男はじっと見つめる。男は細身の体に黒い装束を着け、冷たい目をしていた。その禍々しさにパルモは身震いした。
「お父さん、ご飯は……」
「すまん、これからちょっとこの人と話があるんだ。村長さんもすぐに来る。だからパルモは上に行ってなさい」
父親が疲れたような調子でパルモに語り掛ける。母親は今にも泣き出しそうだ。
「パンを持ってお行き。終わったら、ちゃんとご飯にするからね」
「……うん。わかった」
今わたしが何か言っても、お父さんとお母さんを苦しめるだけだ。聡明なパルモには、それがわかってしまった。
「おいで、シルフ。上に行こう」
パルモはシルフを呼ぶと、一緒に二階に上がっていった。
ベッドの上でパンを囓りながら、パルモはじっと下の様子に耳を傾けていた。全部が聞こえるわけではないが、父の怒鳴り声や母のすすり泣く声、それに村長さんの押し殺した唸りなどが聞こえてくる。どう考えても楽しい話題には思えない。そして、その中に自分の名前が出てきたことに、パルモは気付いてしまった。
「……わたしのことを話しているんだ」
何か失敗しちゃったのかな。それとも、お父さんとお母さんはわたしをどこかへやっちゃうつもりなのかな。そんな考えが頭に浮かび、パルモの目は潤んでしまう。パルモは慌てて枕に顔を埋めて涙を拭った。
「……だって、まだ子どもなのに……」
「…………村がどうなっても……」
「……だからといって、パルモひとりに……」
何も見えない状態だと、下の声が良く聞こえる。どうやら、あの黒い男がわたしに何かをさせようとしていて、お父さんとお母さんが反対しているようだ。
「わたしが行かなかったら、村に何かする気なんだ」
だったら、わたしが行くしかない。話を理解すると、パルモはすぐに決断した。立ち上がったパルモを引き留めるように、シルフが唸り声を上げる。
「ごめんね、お前も危ないところに行くかもしれないのに。でも、お父さんとお母さんを困らせたくない」
シルフはじっとパルモの目を見つめると、仕方がないといった風情で溜息をついた。
「ありがとう、シルフ」
パルモはシルフの頭を撫でると、決意の表情で部屋を出た。
居間に入ると、ちょうど父親の怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから何度も言っているでしょう! パルモを戦に出すなんて……」
「お父さん! わたし……行くよ」
「パルモ……上に行ってなさい。これは大人の問題だ」
険しい顔でパルモを睨む父親。こんなに怖い顔は、パルモが大事な水瓶を割ってしまった時にだって見たことがない。だがパルモのその言葉を聞いた黒い男は、ニヤリと唇を歪めた。
「さすがはコルガーの聖獣を操るお嬢さんだ。勇敢な上に、物わかりが良いと来ている」
「パルモ!?」
母親が悲鳴をあげた。父親はじっと男を睨んでいる。その向こうで、村長はどこかホッとしたような表情を浮かべていた。
「わたしがどこかに行けば良いんでしょう?」
「その通りだよ、パルモ。そこの大きな狼も一緒にね」
「この子は狼じゃありません。シルフです」
「そうか。それじゃ、シルフも一緒に」
「………………」
それを聞いて、母親は泣き崩れてしまった。震える背中を父親がゆっくりと撫でる。そして何か言おうとしたが、男に遮られた。
「わたしの名はアスラだ。 明日、君はルビオナ王都へ旅立つことになる。 準備をしておくように」
それだけを告げると、アスラは立ち上がって音もなく出て行った。残された四人は、ただ黙ってそれを見送った。
次の日。泣いて引き留める母親と、血が出るほど唇を噛み締めた父親を背に、パルモは森を出た。空は昨日の嵐が嘘のように晴れ渡っている。
「ねえ、アスラさん。 わたしはどこへ行くの?」
森を抜けながらパルモは尋ねた。アスラは顔を前に向けたまま、ぶっきらぼうに答える。
「戦場だ」
「でもわたし、なにもできないよ」
「お前自身に何かしろとは言っていない。その獣にさせるのだ。お前が」
「シルフに?」
「そう、伝説の力を国のために役立ててもらう」
その言葉にシルフが唸り声を上げる。だがアスラは素知らぬ顔だ。
「決して老いず、決して死なぬコルガーの聖獣。その力は万軍に値するが、誰にも傅かぬ」
アスラは詞を詠むかのように言った。
「だが、ついにその力を使役できる人物が現れたと聞いた。 それがお前だ」
「そんな……。 シルフはただわたしを守ってくれているだけ……」
「よく考えろ。 国が滅びればお前らも滅びるのだ。 帝國がここまでくれば、お前の一族など間を置かずに踏み潰される」
「……戦いなんて、したことないのに」
「やらねばならぬ。 家族のため、国のためにな」
パルモはうな垂れる。アスラの表情を横から眺めるが、冷たいその相貌に何かの感情を読み取ることはできなかった。
パルモは溜息をついて、アスラに置いて行かれないように足を速めた。
森を抜け、此処コルガーから連合王国の首都へ続く列車が通る街に辿り着いた。
「ここからは列車だ。それと、獣は檻に入ってもらう」
街の外に、大きな台車に載った檻が用意されていた。
「獣を街に入れるわけにはいかん。 それに、姿を見られるのも問題がある」
アスラは冷淡に言った。
「こんなところにシルフを入れられない。 歩いて行くわ」
「そんな悠長な真似はできん。 黙って乗せろ」
シルフが地響きのような唸り声を上げた。だが、アスラは表情一つ変えない。
「やめて、シルフ。 わかったわ。わたしも檻に入る」
「好きにしろ」
アスラはそう言って檻を開けさせた。パルモはシルフを連れて檻の中に入る。何か他の獣を入れていた物らしく、そこは汚れがひどく、きつい臭いが充満していた。
「シルフ、我慢しよう。 村のためだもの」
殆ど光の入らない揺れる檻の中で、パルモはシルフに寄り掛かるようにしてそう呟いた。
しばらくすると檻が列車に乗せられ、移動を始めたのがわかった。貨物室に入れられた檻の中は暗闇となった。
真っ暗な中、パルモは不安に押し潰されそうになるのを必死で堪えていた。そしてあの美しい村を、故郷の景色を思い出しながら眠りについた。
「—了—」