周圍閃爍著微弱的光線,看起來就好像是在形成一個小小的渦。移動視線,看到有一具四肢散亂,且頭部與身體被分離的少女自動人偶。
「什麼也沒有改變。你所做的一切都是沒有意義的」
自動人偶開口。與外表不相襯的那個聲音,即使都已經成了廢鐵都還有保有威嚴。
娜汀瞥了一眼看著自己說話的那硬質玻璃眼睛。
「一切都是……為了……世界……」
自動人偶的話說到一半就中斷了。機能似乎完全停止了。
沒有什麼感概,一切都太遲了。娜汀心中充滿了虛無感。
「辛苦了,妳很拼嘛」
一位看起來很想睡的工程師杵著拐杖走了過來。究竟是從哪裡冒出來的,娜汀也不曉得。
「……你」
在那瞬間,娜汀的視線被黑色的蝴蝶給佔領。
「但是呢,妳錯了。我也錯了」
只感受到足以晃動身體的衝擊以及聽到『他』一如往常慵懶的聲音。
|
「娜汀技官,請醒醒」
一位工程師搖晃著娜汀的身體。
娜汀醒來後看了周圍一圈。大型機械的運轉聲不絕於耳,在那機械的前方有著大型的飛行艇。
「換班的時間到了,娜汀技官」
「已經這個時間了啊……。謝謝」
起身將帽子的位置調正,披上掛在椅子上的工作服後,與剛才的那位叫自己醒來的工程師交班之後走到了外頭。
在外頭身穿工作服的工程師們,不間斷地搬運著集裝箱。
娜汀站在飛行艇搬入口緊盯著,監視是否有協定審問官或所屬中央統治中心的工程師們來探查飛行艇。
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差不多一年前,由一位圖書管理員讓薄暮時代的最高指導者蕾格烈芙甦醒了過來。
獨特的指導者蕾格烈芙再次統治起,由於懶散而墮落的導都潘德莫尼。並且,開始進行了要將《渦》從這個世界消滅的行動。
蕾格烈芙首先要求放棄一切與《渦》的災難源頭混沌元素有關的研究,制定了金斯頓協定。
因此混沌元素的研究被嚴格控管。與混沌元素相關的所有研究所幾乎都被拆除,混沌元素的研究人員們在嚴密的監視下,只允許在調查《渦》時才能行動。
進行著混沌元素最高階研究的帕司多拉斯研究所,雖然也有過強烈的反抗,但是所長霍華德向中央統治中心提出的抗議,不被蕾格烈芙接受。
就在帕司多拉斯研究所的抗議毫無效果,而金斯頓協定持續進展中,霍華德等混沌元素研究者們開始計畫逃亡至地上。
娜汀眼前的飛行艇,就是為了移動所準備的。對中央是以去地上調查的名義申請的。
所謂的逃亡計劃,並不是像霍華德這樣具有頭銜的高階工程師,而是以基層的工程師為中心在進行。原本是想多多少少可以躲避蕾格烈芙的注意,不知是不是策略意外奏效,完全沒有受到協定監視局的干預。
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看著搬入口的工程師們出出入入,從行動裝置傳來了信息。
「娜汀技官,集合地上調查計畫的參與者到飛行艇來。只有現在在飛行場的人員也沒關係」
「發生什麼事了嗎?」
「我再10分鐘就會到達,到時候再說明」
結束了與工程師的聯絡。娜汀直接操作行動裝置,向在飛行場內的計劃參與者發送緊急暗號。
搬入口及飛行場的出入口頓時慌忙了起來。
「發生了什麼對吧?」
正當搬入口的門關閉的時候,飛行場的管理局員前來詢問娜汀。
「調查用的機器發生問題。因為是進行渦調查時的重要機器,將在飛行艇裡進行緊急會議」
「失禮了」
用事先想好的理由說服了管理局員後,娜汀進入了飛行艇。
飛行艇裡有做了精細施工,裝設了對偷拍、偷聽、隔音等都特別小心地的設備。
過沒多久,剛才向娜汀傳送信息的工程師到達了。
「緊急報告。帕司多拉斯研究所遭受到審問官的襲擊」
飛行艇內的工程師們開始騷動起來。
帕司多拉斯研究秘密集結了霍華德與前研究員們,所以才會被攻擊。
「研究所內的所有人都入獄了。但是,我們必須為了我們所追求的研究繼續前進才行」
工程師們陷入沉重的氣氛之中。要是被協定監視局抓入獄的話,與死無異。但是不能讓這件事影響這個逃亡計劃。
|
娜汀被帶領至協定監視局地下的特別房。在那裡見到了虛弱憔悴的霍華德。
霍華德指定娜汀為處刑前最後的會面人。
「霍華德所長」
聽到娜汀聲音的霍華德抬起頭。
「我很對不起妳。妳的知識讓我們受益良多。但卻……」
霍華德再次低下了頭。他的膝蓋小小地抖動著。
「為什麼要向我道歉?我能在這裡都是托您的福」
「幫我傳達給其他的所員吧,都是我的不中用才會導致這次的事件」
娜汀一邊小心地不引起審問官們注意,一邊移動視線看向霍華德的膝蓋。
看起來像是處刑前因為害怕而在發科,實際上是一種暗號。是娜汀與霍華德才知道的秘密暗號。在金斯頓協定制定之後,這是為了不曉得在什麼時候會發生什麼事而事先想好的對策。
|
會面結束後,娜汀回到了飛行艇。
在沒有人的飛行艇其中一室裡,脫下平常總是戴著的帽子後露出了像狐狸一般的耳朵。耳朵暴露在外,感受到寒冷而打了個冷顫。
娜汀並不是潘德莫尼的住民。是數年前霍華德前往地上調查時發現並保護起來的異界住民。
娜汀將霍華德傳達的暗號反覆在腦中思考。霍華德所傳達的暗號雖然很直接,但告知了決定性的事。
「雷納德……」
娜汀唸著暗號裡的名字。感覺對那個名字有印象。
|
娜汀與霍華德會面的隔天,在帕司多拉斯研究所被抓的工程師們全都被處刑的消息大大地被報導出來。
這是殺雞儆猴。參與逃亡計劃的工程師們,只能面無表情的聽著那個報導。
|
在那之後,前往地上的出發日終於來臨。工程師們面露緊張地接受飛行艇的最後檢閱。
所有的貨物都偽裝成地上調查用的機器的關係,因此計劃敗露的危險不大。但是就怕萬一。這是緊張的一刻。
全部的檢閱都結束,飛行艇的艙門關起。再來就只等待啟航而已。
就在這時,大批的審問官們將飛行艇給包圍住。向飛行艇發出緊急聯絡。
「我們收到了這裡有在做違反協定之事的情報,請讓我們檢查裝載的貨物」
「我不懂您在說什麼,這飛行艇裝的貨物,剛才管理局才做完了最後檢閱」
飛行艇的引擎已經開始啟動了。透過通訊機器,代表的工程師繼續說著。
「我們的計劃是取得中央所認可的,這當中是不是有什麼誤會?」
「我們確實收到了情報,違抗的話對你們沒好處的喔」
「我知道了。但是飛行艇已經進入啟航準備,請稍等片刻」
切斷通訊。大家的視線向代表集中。代表深呼吸後說。
「馬上讓飛行艇啟航出發」
「是!」
飛行艇開始動了。娜汀走向能觀望飛行場的窗邊。
「娜汀技官,審問官的反應呢?」
「他們不知道跑去哪裡了。有可能會出動武裝快船過來」
「了解,請繼續監視」
早就做好了審問官可能會來妨礙的準備。計劃的參與者被處刑、審問官前來檢閱等事,都事先做了設想過了。
|
「……真快!」
離開飛行場數分鐘之後,看見武裝快船從背後逼近。那個速度超過預測。
「6點鐘方向武裝船逼近。數量頗多。機影10!」
「那些傢伙是認真的!要想辦法甩開,提升速度吧」
聽到代表的指示後,娜汀感覺到被什麼東西給拉扯。同時看見與武裝快船的距離漸漸拉開。但是娜汀沒有漏看那有如豆子大小的武裝快船已將砲匣門給打開。
「武裝快船要射擊過來了」
「降低高度,離開射擊線」
武裝快船發射出的彈藥擦掠過娜汀看向外面用的超硬質玻璃。
武裝快船的動作很快。飛行艇的後方受到衝擊。明顯是被擊中了。
「引擎中彈,動力下降!這樣下去將會墜落!」
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飛行艇努力維持了平衡。工程師們迅速進入裝載好的調查用快船後,連同貨物像一群小蜘蛛四散似的從飛行艇中飛散出去。娜汀也同樣乘坐上決定好的快船,從飛行艇中逃出。
但是武裝快船的追擊並沒有停下來的意思。追上來後二話不說的攻擊。
「可惡的審問官……」
不曉得其他同伴的情況。除了等風頭過去後到預計的地點會合之外別無他法。但是,這也是要躲上好幾年之後的事情了。
如果加上不曉得渦什麼時候會發生,一度各自分開之後將很難再度會合,這事雖然大家嘴上沒說,但心裡也都明白。
但是,就算這樣也非逃不可。不能讓這個研究被銷毀。是作為導都潘德莫尼研究者的決心與自尊激起了工程師們這次的行動。
「什麼!混沌元素汙染濃度在上升中!?這表示……渦要形成了!」
「在這種時候……。地點呢?」
「不妙!就在後方!」
一同乘坐的工程師發出尖銳的叫聲。明明是在空中,卻感受到如同在地面上搖動的衝擊襲擊著機體。
「不行了,會被渦吸進去!」
「無法控制!機體──!!」
交雜著工程師們混亂的聲音。快船像被一隻看不見的手撕裂得零落四散。
娜汀與工程師們掉入渦裡。在後方緊追不放的審問官武裝快船也一樣。
在墜落的途中,娜汀看到了那個撕裂快船的異形的外貌。
搖晃著無數的觸手,逼近眼前的黑暗,然後足以撼動空間的咆哮。每一個部分娜汀都記得。
絕不可能會忘記的。那是──
「妖蛆……」
|
「─完─」
3372年 「咆哮」
周囲には淡い光が明滅しており、小さな渦を形成しているかのように見えた。視線を動かすと、四肢をもがれ、さらに胴体と頭部が切り離された少女の自動人形があった。
「何も変わらぬ。貴様の行動は全て無意味だ」
自動人形が口を開く。姿形に見合わぬその声色には、スクラップと化してなお威厳があった。
ナディーンは物言いたげに見つめてくる硬質ガラスの瞳を一瞥した。
「全ては世界の……ため……に……」
自動人形の言葉が途中で途切れる。完全に機能が停止したようだ。
何の感慨もなかった。全ては遅すぎたのだ。虚無感がナディーンを支配していた。
「お疲れ様、がんばったねぇ」
眠たそうな目をしたエンジニアが杖を突きながら歩いてきた。どこから現れたのか、ナディーンにもわからなかった。
「……貴方は」
その刹那、ナディーンの視界を黒い蝶が覆い隠していく。
「だけどねぇ、間違っていたんだよぉ。君も、私も」
身体を揺さぶられる衝撃と、いつもと変わらないのんびりとした調子の『彼』の声だけが響いていた。
「ナディーン技官、起きてください」
エンジニアの一人がナディーンの身体を揺すっていた。
目を覚ましたナディーンは周囲をぐるりと見回した。大型の機械が絶え間なく動く音が聞こえ、その機械の先には大きな飛行艇があった。
「交代の時間です、ナディーン技官」
「もうそんな時間か……。ありがとう」
起き上がって帽子の位置を正し、椅子に掛けてあった作業着を羽織ると、起こしに来たエンジニアと交代で外へ出た。
外では作業服姿のエンジニア達が、間を置かずに大小のコンテナを運んでいる。
ナディーンは飛行艇の搬入口に立ち、協定審問官や中央統括センターに所属するエンジニアが飛行艇のことを探りにこないか、じっと監視していた。
一年程前、とあるライブラリアンの手によって、薄暮の時代の最高指導者レッドグレイヴが目覚めた。
類稀な指導者であるレッドグレイヴは、怠慢により堕落した導都パンデモニウムの体制を再統治した。そして、《渦》を世界から消滅させるべく行動を開始した。
レッドグレイヴはまず、《渦》の災厄の元凶であるケイオシウムに関して、その研究の一切合財を放棄するよう求め、キングストン協定を制定した。
これによってケイオシウムの研究は厳重に管理されることとなった。ケイオシウムに関連するほぼ全ての研究所は解体が決定され、ケイオシウム研究者達は厳しい監視の下、《渦》の調査に限り特例で行動を許されるのみとなった。
これに猛反発したのが、ケイオシウム研究の最先端を行っていたパストラス研究所であった。だが、所長のハワードが中央統括センターへ抗議に出向いたものの、レッドグレイヴはその抗議に耳を貸すことはなかった。
パストラス研究所の抗議も虚しくキングストン協定の施行が進んでいく中、ハワード達ケイオシウム研究者は地上への逃亡を計画するに至った。
その移動手段として用意されたのが、ナディーンの眼前にある飛行艇だ。中央には地上調査のためと申し出てあった。
逃亡計画は、ハワードを筆頭とするケイオシウム研究の権威とされてきたテクノクラートではなく、末端のエンジニアが中心となって進行されていた。レッドグレイヴの目から少しでも逃れるための策であったが、これが功を奏したのか、計画に協定監視局の手が伸びることはなかった。
搬入口でエンジニア達の出入りを見ていると、汎用ポータブルデバイスに通信が入る。
「ナディーン技官、地上調査計画の参画者を飛行艇に集めてください。飛行場にいる者だけで構いません」
「何があったんだい?」
「あと10分ほどでそちらに到着します。説明はその時に」
エンジニアからの通信が切れる。ナディーンはそのままポータブルデバイスを操作すると、飛行場内にいる計画参加者に向けて、緊急の暗号通信を送った。
搬入口や飛行場の出入り口が俄に慌ただしくなる。
「何があったのだね?」
搬入口の扉が閉まったところで、飛行場の管理局員がナディーンに尋ねてきた。
「調査に使う機器に不具合が見つかった。渦の調査に必要な重要機器のため、飛行艇の中で緊急ミーティングを行う」
「それは失礼した」
予め取り決められていた言葉で管理局員を納得させると、ナディーンは飛行艇に乗り込んだ。
飛行艇の中は細工が施されており、盗撮、盗聴、防音に細心の注意を払った設備が備え付けられていた。
程なくして、ナディーンに通信を入れたエンジニアが到着した。
「緊急報告だ。 パストラス研究所が審問官の襲撃を受けた」
飛行艇内のエンジニア達にどよめきが起きる。
パストラス研究所にはハワードや元研究員が密かに詰めていた。そこを狙われた形になる。
「研究所にいた者は全員が投獄された。だが、我々は我々が求める研究のためにも進まねばならない」
沈痛な空気がエンジニア達を包んだ。協定監視局に投獄される、それは死と同義だった。だが、この逃亡計画を頓挫させる訳にはいかなかった。
ナディーンは協定監視局の地下に作られた特別房へと案内された。そこにはやつれ果てたハワードの姿があった。
ハワードは、処刑前の最後の面会人にナディーンを指定していた。
「ハワード所長」
ナディーンの呼び掛けにハワードは顔を上げた。
「君には申し訳ないことをした。君の知識は我々に恩恵をもたらしてくれた。なのに……」
ハワードは再び頭を垂れた。彼の膝は小刻みに揺れていた。
「何を謝る必要があるのですか? 私がここにいるのは貴方のおかげです」
「他の所員達にも伝えておいてくれ。私の不甲斐なさが今回の件を招いてしまったと」
ナディーンは審問官達に気付かれぬように注意しつつ、ハワードの膝に視線を移した。
それは一見、処刑への恐怖で震えているように見えるが、これは一種の暗号であった。ナディーンとハワードの間でしか通じない秘密の暗号。キングストン協定が定められた後、どちらかに何かがあった時のためにと決めていたものであった。
面会が終わり、ナディーンは飛行艇へと戻った。
誰もいない飛行艇の一室で、普段は被ったままの帽子を脱ぐと、狐のような耳が現れた。耳が外気に曝され、寒さに身震いする。
ナディーンはパンデモニウムの住民ではない。数年前に地上調査に赴いたハワードによって発見、保護された、異界の住民だった。
ナディーンはハワードから伝えられた暗号を思い返していた。ハワードが送った暗号は、端的ではあったが、決定的なことを告げていた。
「レナート……」
ハワードの暗号にあった名前を呟く。その名前には覚えがあった。
ナディーンがハワードと面会をした翌日、パストラス研究所で捕らえられたエンジニア達の処刑が執行されたと、大々的に報道された。
それは見せしめであった。逃亡計画に参加するエンジニア達は、その報道を無表情に聞くことしかできなかった。
それから少しして、地上へと出発する日がやって来た。エンジニア達は緊張した面持ちで飛行艇の最終検閲を受けていた。
貨物の全てが地上調査用機器として偽装を施してあるため、計画が露見する危険は小さかった。しかし万が一のこともある。緊張の一瞬であった。
全ての検閲が終了し、飛行艇のハッチが閉じられた。あとは離陸するのを待つばかりだ。
その時、大勢の審問官達が飛行艇を取り囲んだ。飛行艇に緊急通信が入る。
「ここで協定違反をしているとの情報が入った。積荷を検めさせてもらう」
「仰る意味がわかりかねます。この飛行艇に積まれている荷物は、つい先程、管理局の最終検閲を終えております」
飛行艇のエンジンは既に始動していた。通信機越しに、代表のエンジニアが会話を続ける。
「我々の計画は中央の認可を得ています。何かの間違いではないでしょうか?」
「聴取による情報は確かだ。逆らうとお前達のためにならんぞ」
「わかりました。しかし、既にこの飛行艇は発進準備に入っています。しばし時間を頂きたい」
通信を切る。代表に皆の視線が集まった。代表は一呼吸してから告げる。
「すぐに飛行艇を発進させろ」
「はい!」
飛行艇が動き出した。ナディーンは飛行場の様子が見渡せる窓に走る。
「ナディーン技官、審問官の動きは?」
「どこかへ向かいました。武装クリッパーが出撃してくる可能性があります」
「わかった、引き続き監視を頼む」
審問官がやって来る可能性は想定していた。計画に関与する者が処刑されることも、審問官が検閲に来ることも、ありとあらゆる事態が想定されていた。
「……早い!」
飛行場から飛び立って数分後、背後から武装クリッパーが迫るのが見えた。そのスピードは想定していた以上だった。
「6時の方向から武装クリッパーが迫っています。数が多い。機影10!」
「奴等は本気だ! 何とか引き離すぞ、速度を上げろ」
代表の指示が聞こえて間を置かず、ナディーンはどこかに引っ張られるような感覚に襲われる。同時に武装クリッパーとの距離が開いていくのが見えた。だが、豆粒ほどの小ささの武装クリッパーが砲門を開いたのを、ナディーンの目は見逃さなかった。
「武装クリッパー、撃ってきます」
「高度を下げろ、射線から外れるんだ」
武装クリッパーから放たれた弾丸が、ナディーンが覗いている超硬質ガラス窓ぎりぎりのところを掠めていく。
武装クリッパーの動きは早かった。飛行艇の背後で衝撃が起きる。撃たれたことは明白であった。
「エンジンに被弾、出力低下! このままでは墜落します!」
飛行艇はどうにかして姿勢を維持した。エンジニア達は積んでいた調査用クリッパーに手早く乗り込むと、荷物と共に飛行艇から蜘蛛の子を散らすように飛び立っていく。ナディーンも同様に決められていたクリッパーに乗り、飛行艇から脱出した。
しかし武装クリッパーの追撃は収まらない。追いついてくると有無を言わさずに撃ってきた。
「審問官め……」
他の仲間の様子はわからない。ほとぼりが冷めた頃に定められた地点で合流する手筈にはなっていた。だが、それも年単位での潜伏を考えてのことである。
渦がどこで発生するかわからないことも合わせれば、一度離れ離れになれば再合流は難しいことは、口に出さずとも皆わかっていた。
だがしかし、それでも逃げなければならない。この研究を絶やしてはならない。導都パンデモニウムの研究者であるという意地とプライドが、エンジニア達を突き動かしていた。
「何だと! ケイオシウム汚染濃度が上昇している!? これは……渦が発生します!」
「こんな時に……。場所は?」
「まずい! 背後です!」
同乗していたエンジニアの鋭い声がクリッパーに響き渡る。空中にいる筈なのに、地面が揺れたような衝撃が機体を襲った。
「駄目です、渦に飲み込まれます!」
「操縦不能! 機体が――!!」
エンジニア達の混乱する声が錯綜する。クリッパーは見えない手で引き裂かれるようにバラバラになった。
渦の中に落ちていくナディーンとエンジニア達。背後に迫っていた審問官の武装クリッパーも同様だった。
落下していく最中、ナディーンはクリッパーを引き裂いた異形の姿をその目で見た。
揺らめく無数の触手、眼前に迫る暗闇、そして空間を揺るがすほどの咆哮。そのどれもにナディーンは覚えがあった。
忘れられる筈もない。それは――
「妖蛆……」
周囲には淡い光が明滅しており、小さな渦を形成しているかのように見えた。視線を動かすと、四肢をもがれ、さらに胴体と頭部が切り離された少女の自動人形があった。
「何も変わらぬ。貴様の行動は全て無意味だ」
自動人形が口を開く。姿形に見合わぬその声色には、スクラップと化してなお威厳があった。
ナディーンは物言いたげに見つめてくる硬質ガラスの瞳を一瞥した。
「全ては世界の……ため……に……」
自動人形の言葉が途中で途切れる。完全に機能が停止したようだ。
何の感慨もなかった。全ては遅すぎたのだ。虚無感がナディーンを支配していた。
「お疲れ様、がんばったねぇ」
眠たそうな目をしたエンジニアが杖を突きながら歩いてきた。どこから現れたのか、ナディーンにもわからなかった。
「……貴方は」
その刹那、ナディーンの視界を黒い蝶が覆い隠していく。
「だけどねぇ、間違っていたんだよぉ。君も、私も」
身体を揺さぶられる衝撃と、いつもと変わらないのんびりとした調子の『彼』の声だけが響いていた。
「ナディーン技官、起きてください」
エンジニアの一人がナディーンの身体を揺すっていた。
目を覚ましたナディーンは周囲をぐるりと見回した。大型の機械が絶え間なく動く音が聞こえ、その機械の先には大きな飛行艇があった。
「交代の時間です、ナディーン技官」
「もうそんな時間か……。ありがとう」
起き上がって帽子の位置を正し、椅子に掛けてあった作業着を羽織ると、起こしに来たエンジニアと交代で外へ出た。
外では作業服姿のエンジニア達が、間を置かずに大小のコンテナを運んでいる。
ナディーンは飛行艇の搬入口に立ち、協定審問官や中央統括センターに所属するエンジニアが飛行艇のことを探りにこないか、じっと監視していた。
一年程前、とあるライブラリアンの手によって、薄暮の時代の最高指導者レッドグレイヴが目覚めた。
類稀な指導者であるレッドグレイヴは、怠慢により堕落した導都パンデモニウムの体制を再統治した。そして、《渦》を世界から消滅させるべく行動を開始した。
レッドグレイヴはまず、《渦》の災厄の元凶であるケイオシウムに関して、その研究の一切合財を放棄するよう求め、キングストン協定を制定した。
これによってケイオシウムの研究は厳重に管理されることとなった。ケイオシウムに関連するほぼ全ての研究所は解体が決定され、ケイオシウム研究者達は厳しい監視の下、《渦》の調査に限り特例で行動を許されるのみとなった。
これに猛反発したのが、ケイオシウム研究の最先端を行っていたパストラス研究所であった。だが、所長のハワードが中央統括センターへ抗議に出向いたものの、レッドグレイヴはその抗議に耳を貸すことはなかった。
パストラス研究所の抗議も虚しくキングストン協定の施行が進んでいく中、ハワード達ケイオシウム研究者は地上への逃亡を計画するに至った。
その移動手段として用意されたのが、ナディーンの眼前にある飛行艇だ。中央には地上調査のためと申し出てあった。
逃亡計画は、ハワードを筆頭とするケイオシウム研究の権威とされてきたテクノクラートではなく、末端のエンジニアが中心となって進行されていた。レッドグレイヴの目から少しでも逃れるための策であったが、これが功を奏したのか、計画に協定監視局の手が伸びることはなかった。
搬入口でエンジニア達の出入りを見ていると、汎用ポータブルデバイスに通信が入る。
「ナディーン技官、地上調査計画の参画者を飛行艇に集めてください。飛行場にいる者だけで構いません」
「何があったんだい?」
「あと10分ほどでそちらに到着します。説明はその時に」
エンジニアからの通信が切れる。ナディーンはそのままポータブルデバイスを操作すると、飛行場内にいる計画参加者に向けて、緊急の暗号通信を送った。
搬入口や飛行場の出入り口が俄に慌ただしくなる。
「何があったのだね?」
搬入口の扉が閉まったところで、飛行場の管理局員がナディーンに尋ねてきた。
「調査に使う機器に不具合が見つかった。渦の調査に必要な重要機器のため、飛行艇の中で緊急ミーティングを行う」
「それは失礼した」
予め取り決められていた言葉で管理局員を納得させると、ナディーンは飛行艇に乗り込んだ。
飛行艇の中は細工が施されており、盗撮、盗聴、防音に細心の注意を払った設備が備え付けられていた。
程なくして、ナディーンに通信を入れたエンジニアが到着した。
「緊急報告だ。 パストラス研究所が審問官の襲撃を受けた」
飛行艇内のエンジニア達にどよめきが起きる。
パストラス研究所にはハワードや元研究員が密かに詰めていた。そこを狙われた形になる。
「研究所にいた者は全員が投獄された。だが、我々は我々が求める研究のためにも進まねばならない」
沈痛な空気がエンジニア達を包んだ。協定監視局に投獄される、それは死と同義だった。だが、この逃亡計画を頓挫させる訳にはいかなかった。
ナディーンは協定監視局の地下に作られた特別房へと案内された。そこにはやつれ果てたハワードの姿があった。
ハワードは、処刑前の最後の面会人にナディーンを指定していた。
「ハワード所長」
ナディーンの呼び掛けにハワードは顔を上げた。
「君には申し訳ないことをした。君の知識は我々に恩恵をもたらしてくれた。なのに……」
ハワードは再び頭を垂れた。彼の膝は小刻みに揺れていた。
「何を謝る必要があるのですか? 私がここにいるのは貴方のおかげです」
「他の所員達にも伝えておいてくれ。私の不甲斐なさが今回の件を招いてしまったと」
ナディーンは審問官達に気付かれぬように注意しつつ、ハワードの膝に視線を移した。
それは一見、処刑への恐怖で震えているように見えるが、これは一種の暗号であった。ナディーンとハワードの間でしか通じない秘密の暗号。キングストン協定が定められた後、どちらかに何かがあった時のためにと決めていたものであった。
面会が終わり、ナディーンは飛行艇へと戻った。
誰もいない飛行艇の一室で、普段は被ったままの帽子を脱ぐと、狐のような耳が現れた。耳が外気に曝され、寒さに身震いする。
ナディーンはパンデモニウムの住民ではない。数年前に地上調査に赴いたハワードによって発見、保護された、異界の住民だった。
ナディーンはハワードから伝えられた暗号を思い返していた。ハワードが送った暗号は、端的ではあったが、決定的なことを告げていた。
「レナート……」
ハワードの暗号にあった名前を呟く。その名前には覚えがあった。
ナディーンがハワードと面会をした翌日、パストラス研究所で捕らえられたエンジニア達の処刑が執行されたと、大々的に報道された。
それは見せしめであった。逃亡計画に参加するエンジニア達は、その報道を無表情に聞くことしかできなかった。
それから少しして、地上へと出発する日がやって来た。エンジニア達は緊張した面持ちで飛行艇の最終検閲を受けていた。
貨物の全てが地上調査用機器として偽装を施してあるため、計画が露見する危険は小さかった。しかし万が一のこともある。緊張の一瞬であった。
全ての検閲が終了し、飛行艇のハッチが閉じられた。あとは離陸するのを待つばかりだ。
その時、大勢の審問官達が飛行艇を取り囲んだ。飛行艇に緊急通信が入る。
「ここで協定違反をしているとの情報が入った。積荷を検めさせてもらう」
「仰る意味がわかりかねます。この飛行艇に積まれている荷物は、つい先程、管理局の最終検閲を終えております」
飛行艇のエンジンは既に始動していた。通信機越しに、代表のエンジニアが会話を続ける。
「我々の計画は中央の認可を得ています。何かの間違いではないでしょうか?」
「聴取による情報は確かだ。逆らうとお前達のためにならんぞ」
「わかりました。しかし、既にこの飛行艇は発進準備に入っています。しばし時間を頂きたい」
通信を切る。代表に皆の視線が集まった。代表は一呼吸してから告げる。
「すぐに飛行艇を発進させろ」
「はい!」
飛行艇が動き出した。ナディーンは飛行場の様子が見渡せる窓に走る。
「ナディーン技官、審問官の動きは?」
「どこかへ向かいました。武装クリッパーが出撃してくる可能性があります」
「わかった、引き続き監視を頼む」
審問官がやって来る可能性は想定していた。計画に関与する者が処刑されることも、審問官が検閲に来ることも、ありとあらゆる事態が想定されていた。
「……早い!」
飛行場から飛び立って数分後、背後から武装クリッパーが迫るのが見えた。そのスピードは想定していた以上だった。
「6時の方向から武装クリッパーが迫っています。数が多い。機影10!」
「奴等は本気だ! 何とか引き離すぞ、速度を上げろ」
代表の指示が聞こえて間を置かず、ナディーンはどこかに引っ張られるような感覚に襲われる。同時に武装クリッパーとの距離が開いていくのが見えた。だが、豆粒ほどの小ささの武装クリッパーが砲門を開いたのを、ナディーンの目は見逃さなかった。
「武装クリッパー、撃ってきます」
「高度を下げろ、射線から外れるんだ」
武装クリッパーから放たれた弾丸が、ナディーンが覗いている超硬質ガラス窓ぎりぎりのところを掠めていく。
武装クリッパーの動きは早かった。飛行艇の背後で衝撃が起きる。撃たれたことは明白であった。
「エンジンに被弾、出力低下! このままでは墜落します!」
飛行艇はどうにかして姿勢を維持した。エンジニア達は積んでいた調査用クリッパーに手早く乗り込むと、荷物と共に飛行艇から蜘蛛の子を散らすように飛び立っていく。ナディーンも同様に決められていたクリッパーに乗り、飛行艇から脱出した。
しかし武装クリッパーの追撃は収まらない。追いついてくると有無を言わさずに撃ってきた。
「審問官め……」
他の仲間の様子はわからない。ほとぼりが冷めた頃に定められた地点で合流する手筈にはなっていた。だが、それも年単位での潜伏を考えてのことである。
渦がどこで発生するかわからないことも合わせれば、一度離れ離れになれば再合流は難しいことは、口に出さずとも皆わかっていた。
だがしかし、それでも逃げなければならない。この研究を絶やしてはならない。導都パンデモニウムの研究者であるという意地とプライドが、エンジニア達を突き動かしていた。
「何だと! ケイオシウム汚染濃度が上昇している!? これは……渦が発生します!」
「こんな時に……。場所は?」
「まずい! 背後です!」
同乗していたエンジニアの鋭い声がクリッパーに響き渡る。空中にいる筈なのに、地面が揺れたような衝撃が機体を襲った。
「駄目です、渦に飲み込まれます!」
「操縦不能! 機体が――!!」
エンジニア達の混乱する声が錯綜する。クリッパーは見えない手で引き裂かれるようにバラバラになった。
渦の中に落ちていくナディーンとエンジニア達。背後に迫っていた審問官の武装クリッパーも同様だった。
落下していく最中、ナディーンはクリッパーを引き裂いた異形の姿をその目で見た。
揺らめく無数の触手、眼前に迫る暗闇、そして空間を揺るがすほどの咆哮。そのどれもにナディーンは覚えがあった。
忘れられる筈もない。それは――
「妖蛆……」