在羅占布爾克的第七區外,夜晚人煙稀少的街道上,車子緩慢的行駛著。在這個時代,有車子在行走的市區,大概就只有在帝國中也算特異的這個城市才看的到了。
這個地方在早期混亂時就建造了隔離區,所以廣大的領土與渦被分隔開來。因此留下許多黃金時代的遺產,不但跨越了持續衰退的薄暮時代,就連現在這個都市都還例外地保留住文明世界。這也就是為什麼這個城市會被稱為魔都的原因了。
只不過,向來與文明相依共生的惡勢力,也存活下來了。
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車子停了下來,兩個身穿西裝的年輕男子下車。靠近那正走在大街上體型壯碩的男人。
「艾利森,這是說好的東西。不用謝了」
其中一個年輕男子將信封拿給艾利森。艾利森那整齊的短髮還有微突的肚子,給人一種獨特的威嚴感。
艾利森確認過信封厚度後,就將信封收到了西裝內側的口袋。
「喂,新來的。你幾歲啊」
「跟你有關係嗎」
「柯布,別這樣」
在一旁的另一個年輕男子出面制止。被稱為柯布的男子目不轉睛的瞪著對方。
「叫你們這種搞不清楚狀況的小伙子來,看來你們的組織也墮落了」
「你說什麼?」
「算我拜託你,今天就算了。我們的事情已經辦完了」
柯布不掩飾自己不爽的態度,就那樣嘖了一聲,朝地上吐了口水。
兩個年輕男子,柯布跟李回到車上。兩個人上個月才剛加入名叫PrimeOne的組織,成為組織裡的『士兵』。兩人受了幹部的命令,來賄絡艾利森警官。
「不要做多餘的事。我們好不容易才成為組織的一員」
副駕駛座的李勸戒般地說道。
「囉嗦。我不是為了要讓警察看扁才來當士兵的」
柯布怒氣未消。長期在一起的李很清楚,這樣下去不會發生什麼好事。
「做好該做的事,好好賺錢就好了。我們好不容易才成為組織的一份子啊」
柯布跟李是從同一個教養院出來的好哥們,兩人好不容易才可以脫離街頭小混混的生活。
柯布發動老舊的車子。那是只有在羅占布爾克的高階層才能看到的東西,也可以說是組織的象徵。
加快了車子的速度,並180度迴轉。
「你想做什麼!?」
「看了就知道」
艾利森警官被車頭燈照到。伴隨著沉悶的撞擊聲被彈飛了。
柯布下了車,站在倒在道路邊的艾利森警官身旁。艾利森的頭上血流如注,不過看來還有意識。
「喂,說話小心一點」
「……臭小鬼,不要以為我會放過你」
「你試試看啊,死胖子!我也可以在這裡把你殺了」
柯布用皮鞋堅硬的鞋頭,用力的踹了倒在地上的艾利森的肚子。然後在李制止前充份地給了對方好看。
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卡邁因在組織管理下的酒吧辦公室中等著。他是身穿著皺塌西裝,頭上白髮交織的中年人。雖然外表看起來是隨處可見的平凡男人,不過他的眼神中,可以看出只有組織成員才有的獨特冷傲。
「聽說你對艾利森出手了」
「是因為他輕蔑組織的關係」
柯布努力冷靜地說道。
「你聽好,柯布。你很容易就動怒。你覺得為什麼會這樣?」
「我沒有想過」
「那是因為,你對他人有所期待的關係」
卡邁因重新坐好,慢慢地說道。
「你希望警察對你畢恭畢敬對吧。好不容易才成為組織的一員」
卡邁因伸手取了桌上的香煙,點了火。柯布一句話也沒說的站著。
「因為那份期待被背叛,所以就氣昏頭開車撞了那傢伙對吧」
「我沒那個打算。卡邁因」
「我沒有要聽你的藉口,柯布。聽好,對我們來說力量就是一切。正因為如此,要讓別人見識時都要好好考慮」
「是的……」
「或許會有人說因為你還年輕所以沒辦法。但是,就是要趁現在年輕好好給我記住。想要在這個世界變強存活下來,就要用大腦。那會比該死的膽量還要有用」
柯布默默的聽著。
「也有需要翻臉的時候。當然,不得不出手的時候,下不了手的傢伙是派不上用場的。因為我們是用暴力跟恐怖在換取金錢的。只不過出手之前,要先想一下道理跟得失」
「我知道了」
「那傢伙的醫藥費由你來出。那傢伙還能用」
「還有,不要再做這種無聊的舉動了。你已經是組織的人了」
柯布點了點頭,朝著出口走去。卡邁因站了起來,目送柯布離開。
「可別再讓我生氣」
卡邁因將手舉起到胸口用食指比著說道。接著,說完後露出微笑。
「我明白的」
柯布那麼回答完後就走出了辦公室。
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李在酒吧裡等著。
「怎麼樣了?」
「沒。叫我出醫藥費」
「就這樣?」
「嗯」
「真是的,嚇死我了。如果卡邁因發火的話,連我也會有危險」
李的話語讓柯布想起剛剛的怒氣,但是一想起卡邁因所說的一番話,又沈默了下來。
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艾利森警官並沒有供出柯布的所作所為。只說這是單純的肇事逃逸,主張自己不記得關於那台車的事。因為擔心會被懷疑與組織之間有掛勾。
在這件事之後,就算在街上遇到柯布,艾利森警官連眼神也不再有任何交會。
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柯布所屬的PrimeOne雖然是個已經存在很久的組織,但是最近在與其他組織的鬥爭中,勢力逐漸被削弱。
包含卡邁因的幹部們──被稱之為Capo──,已經在鬥爭的過程中逐漸疲憊。
「艾拉被告密的事是誰幹的?」
狹小的辦公室裡聚集著幹部,Boss問到。
「我知道他跟Five的Pantoliano其中一人有過糾紛,但是他們就算要去告密,這時間點也──」
艾拉在情婦家被捕。私藏的槍械跟現金當場被扣押。但這種事情也只有內部的人才會知道。
「看來有內鬼。先不管是誰在幕後指使的」
「卡邁因,有沒有辦法從你賄絡的警官那邊問出些什麼?」
Boss對著卡邁因問道。
「我試試看」
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卡邁因把柯布叫到身邊。柯布加入組織已經過了兩年,也算是被交付了些重任。卡邁因對於柯布總是忠實完成被交代的任務,有著極高的評價。
「去艾利森那邊問出內鬼的情報」
「我知道了」
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柯布開車到艾利森的家門口,把他叫了出來。
「你跑到這裡來,會給我找麻煩的」
穿著睡衣直接被叫了出來的艾利森,坐進車裡發著牢騷。
「我才不管你麻不麻煩。找你辦事。艾拉被捕的事情你知道吧」
「嗯」
「是誰去告密的。是誰幹的你知道嗎?」
「我哪會知道。這種事大多是匿名的」
「管你是不是匿名,是誰告密的。我要知道到底是哪個傢伙」
「不可能的。這是轄區外的情報──」
「喂!」
柯布抓扯著艾利森的上衣。
「你給我搞清楚。組織是為了要得到你的情報才付錢給你的。需要的時候幫不上忙的話,我可是有別的想法」
「等,等一下」
第一次見面時的事件,讓艾利森有點害怕柯布。
「這次不會只讓你入院就了事。你還有家人對吧?」
玄關旁的車庫前面,放著兩台小孩子的腳踏車。
「饒了我吧……我做就是了。我會幫你查的」
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艾利森是真的嚇到了。三天後,消息來了。
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「所以,知道是誰了嗎」
「嗯嗯,塞了一點錢給特別搜查官的朋友。已經查到打告密電話的地點。上個月1號的16點30分,從列克星頓汽車旅館前面的公用電話打的」
「該不會只有這樣而已吧,你這傢伙!」
「等一下,還有其他的情報。這是當時的錄音紀錄」
艾利森將小型的播放器交給柯布。
柯布戴上耳機聽著告密者與警察間的對話。柯布聽完告密者的聲音之後。用力拉扯的將耳機取下。
「該死!」
雙手用力且持續的拍打著方向盤。
「該死、該死、該死啊!!」
對於突然變激動的柯布艾利森舉起手保護自己。然後手放在車門準備要逃出車外。
「有什麼問題嗎?」
「囉嗦,快給我滾!可以了」
柯布看著擋風玻璃頭也不回地說道。艾利森小心翼翼地不要刺激到柯布,安靜地下車離開。
柯布以飛快速度駕著車。在一間公寓前面停了下來,然後進到裡面。
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柯布敲了門。出來開門的是李。穿著骯髒的睡袍睡眼惺忪,可以看出李的日常生活。
「怎麼了,這麼晚」
「跟我來。有事跟你說」
「明天不行嗎?今天很累了」
「不行,現在馬上」
柯布用嚴肅的神情對李說道。李也了解事情的重要性了。
「我知道了,讓我換一下衣服」
加入組織之後李跟柯布間的差距越來越大。就算跟柯布做一樣的事情,李也是完事就好。也因為這樣,幾乎每天負責的,就是要錢跟管理私娼婦之類的事情。就連之後進來的新人也看不起他,發現自己被看不起後,就變成過著以麻藥為伍及借錢的生活。
「上個月的一號,你人在哪裡?」
兩個人坐在車子裡,最先說話的人是柯布。
「不記得了」
「別給我裝蒜。我手上握有證據」
「什麼事?不要拐彎抹角的」
「你向警察告密了對吧」
李沉默了。
「給我老實說。現在只有我知道而已,我不會做對你不利的事」
柯布像是在勸戒般地說道。
「……嗯,沒錯。只是,我也沒有想到事情會變成這樣。說是只打個電話的話所有債務就一筆勾銷」
李雙手捂著臉。
「債務?誰的債務」
「我的啊。我不是爬不太上去嗎。所以就跟在酒吧認識還不錯的人那裡借了點錢。哪知道那些傢伙是Pantoliano的人」
「缺錢的話,為什麼不來跟我說?」
「哪說的出口。我哪有臉跟你見面。我實在太丟臉了」
大約一年前開始,柯布與李見面的次數逐漸變少。就算想見李卻都會被推拖些理由避不見面。柯布都默默接受。
「我真的沒想到事情會變成這樣。真的……」
柯布發現李變得軟弱。不過就算是這樣,作為一個男人,又因為是朋友,所以對於李的行為並沒有說出任何意見或是批評。反倒是像以往一樣對待他。
「抱歉了,柯布。真的很抱歉。但是,因為我沒用,所以一直都只能做接送幹部的工作,一直都沒錢……。啊啊,怎麼會變成這樣」
李像是快哭了般說道。
柯布沈默著。
「那個,你會殺了我嗎?」
李低著頭像自言自語般說道。
「我說過我不會做對你不利的事」
「嗯,謝謝你,柯布。你是個好傢伙。真的」
李的表情變得開朗望著柯布的方向。
「我送你到外緣。我知道有個地方可以偷渡到下層」
羅占布爾克是在大陸裡殘存很少的階層都市。就跟它薔薇都市之名一樣,地區的分隔就像花瓣般從中心部展開。因為各個階層都被隔離開來,所以離開階層就不會有人追來。再加上越是往下,文化的水準就越是低落。通常不會有人專程到下面去。
「嗯,說得也是。真的很抱歉。雖然聽說是個爛地方,不過也比死了好」
柯布發動車子出發。不知道李是不是放心了,開始多話起來。
「你記得第一次坐的車嗎?就是去偷邁爾的那次」
說起十幾歲時,兩個人一起從一個不討喜的有錢朋友家中把車偷出來的事情。
「嗯,我記得」
「很好笑對吧。超讚的。記得那隻狗跟那老頭,還追著我們。因為雨剛停所以在很滑的石頭地面摔倒──」
柯布默默地聽著。
「以前真好。要做什麼都很自由。真想回到以前」
邀李一起擺脫街頭小混混加入組織的是柯布。柯布不願意以小混混的身份一直生活在底層。相信李一定也跟他一樣這麼想。
「下面的階層會是什麼樣的地方呢。聽說連車子都沒有。要怎麼生存下去呢」
「休息一下吧」
「嗯,說的也是……」
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柯布的車子抵達外緣。接近天亮的外緣──Outer Rim──沒有半個人影。像是堆滿塵埃的房間裡的角落一樣,隔牆前面堆滿了垃圾。
「已經到了」
柯布把睡著的李叫醒。
李從車上下來。隔牆的邊緣像斜坡一樣的坡道向上延伸。隆起的隔牆的另一端是斷崖,一般來說是誰也沒有辦法通過的。深谷的底部一片漆黑深不見底。
「從這邊什麼都看不到啊。要從哪邊下去啊?」
李抓著隔牆的扶手往下看。雖然空中帶有些微的光線,但是斷崖的深處仍然是一片漆黑。
「那邊有梯子藏著」
李看著柯布手指的方向,上半身像是在搖晃般地尋找著。
「哪邊啊?」
柯布從懷中掏出槍,直接往李的後腦杓開槍。頭蓋裡的東西噴出,李當場斃命。
李的屍體就倒在滿是廢棄物的垃圾堆裡。就好像是被丟棄了的玩偶一樣。
「不會做對你不利的事,嗎」
柯布自言自語地說完後回到車上。隨後拿出香煙抽了一下,就慢慢地開車離開了。
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「─完─」
3365年 「組織」
ローゼンブルグ第七管区の外れにある人気の少なくなった夜の街角を、ゆっくりと車が走っていた。この時代、自動車が市井を走っているのは、帝國の中でも特異なこの都市ぐらいだった。
この街には混乱の早い時期にウォードが建設され、広大な領地が渦から隔離されていた。多くの黄金時代の遺産が残され、退潮し続ける薄暮の時代を乗り越えてなお、この街は例外的に文明世界が保たれていた。この街が魔都と呼ばれる所以である。
ただ、それは常に文明と共にある悪徳をも、生き存えさせていた。
車が駐まり、二人のスーツ姿の若い男が降りた。通りを歩く恰幅のいい男に近付いていく。
「エリスン、約束のものだ。 礼はいらねえぜ」
若い男の一人がエリスンに封筒を渡した。エリスンの短く刈り揃えられた髪と前に突き出た腹には、独特の威圧感があった。
エリスンは受け取った封筒の厚さを確かめると、背広の内ポケットにそれを仕舞った。
「おい、新入り。 お前いくつだ」
「関係あんのかよ」
「やめとけ、コッブ」
隣のもう一人の若い男が制止した。コッブと呼ばれた男は相手を睨み付ける。
「分別をわきまえねぇガキを寄越すようじゃ、お前らの組織も落ち目だな」
「何だと?」
「頼むよ、今日はやめとこうぜ。 用事は済んだんだ」
苛立ちを隠さない態度のままチッと舌打ちして、コッブは地面に唾を吐いた。
二人の若い男、コッブとリーは車に戻った。二人は先月、プライムワンと呼ばれる組織の『ソルジャー』になったばかりだった。幹部に命令され、賄賂をエリスン警部に渡しに来たのだった。
「余計な真似はすんなよ。 やっと組織の一員になれたんだ」
車の助手席からリーは諭すように言った。
「うるせえ。 俺は警官に舐められるためにソルジャーになった訳じゃねえ」
コッブは逆上していた。こうなるとやばい事になるのは、付き合いの長いリーにはよくわかっていた。
「やることだけやってよ、金を稼ごうぜ。 俺達はやっと組織の一員になれたんだ」
リーとは同じ養護院を出た幼馴染みだった。共にやっと街のチンピラから卒業できた、コッブはそう感じていた。
コッブは年代物の車を発進させた。ローゼンブルグの高階層でしか見られないもので、組織のステータスでもある。
車はスピードを上げ、Uターンした。
「何するつもりだ!?」
「見てりゃわかるぜ」
エリスン警部がヘッドライトに照らされる。鈍い音と共に弾け飛んだ。
コッブは車を降り、道路脇に蹲ったエリスン警部の横に立った。エリスンは頭から血を流しているが、意識はあるようだ。
「おい、言葉には気をつけろよ」
「……クソ餓鬼が、タダじゃおかねえぞ」
「やってみろよ、デブ! ここで殺したっていいんだ」
コッブは硬い革靴の爪先を、倒れているエリスンの腹に蹴り入れた。そして、リーが止めるまで存分に痛め付けた。
組織が管理する酒場の事務室にカーマインが待っていた。着崩した背広を着た白髪交じりの壮年だ。どこにでもいる男のように見えるが、その見据えるような眼光には、組織の者独特の冷たさがあった。
「エリスンに手を出したそうだな」
「なめた口を利くからです」
コッブは努めて冷静に言った。
「いいか、コッブ。 お前はすぐに切れる。 それは何でだと思う?」
「考えたこともありませんね」
「それはな、他人に期待してるからだ」
深く椅子に座り直して、ゆっくりとカーマインは言った。
「お前は警部にへこへこしてもらいたかったんだろ。 やっと組織の一員になれてよ」
カーマインはデスクの上のタバコを手に取り、火を点けた。コッブは無言のまま立っていた
「その期待を裏切られたから、頭にきてヤツを轢いた」
「そんなつもりはありませんよ。 カーマイン」
「口答えなんか聞いちゃいねえぞ、コッブ。 いいか、俺達は力が全てだ。 だからこそ、力を見せる時はよく考えろ」
「はい……」
「若いから仕方ねえって言う奴もいる。 だが、若い内に覚えておけ。 この世界で生き残って強くなるには頭が必要だ。 クソ度胸よりもな」
コッブは黙って聞いていた。
「切れるのも必要だ。もちろん、やらなきゃいけない時にやらない奴は役立たずだ。俺達は暴力と恐怖を金に変えてるんだからな。 だが、やる時は道理と損得の両方を考えろ」
「わかりました」
「ヤツの治療費はお前が出せ。 あれはまだ使える」
「それと、二度とつまらねえ真似はするな。 お前は組織の人間なんだ」
コッブは頷き、出口へ向かった。カーマインも立ち、コッブを見送った。
「俺を怒らせるな」
カーマインは胸に人差し指を突き立ててそう言った。そして、言い終わった後にニヤッと笑った。
「わかってます」
コッブはそう答えて事務所を出た。
酒場の裏ではリーが待っていた。
「どうだった?」
「別に。 治療費は出せってよ」
「それだけか?」
「ああ」
「ったく、びびったぜ。カーマインが怒ってたら、俺もアブねえ」
リーの言葉尻にコッブは苛立ちを覚えたが、カーマインの言葉を思い出し、黙っていた。
エリスン警部はコッブのことを喋らなかった。ただの轢き逃げで、自分を轢いた車については記憶が無いと言い張った。組織との関係が少しでも疑われるのを恐れたのだ。
それから街でコッブと会っても、エリスン警部は目を合わすことすらしなくなった。
コッブが所属するプライムワンは長く続く組織だが、最近は他の組織との抗争の中で力を落としつつあった。
カーマインら幹部——カポと呼ばれる——は、闘争の過程で疲弊していた。
「アイラーをタレ込んだのは誰だ?」
狭い事務所に集まった幹部を前に、ボスの質問が飛んだ。
「ファイヴの一人、パントリアーノと揉めたのは知ってますが、奴らがタレ込んだにしてはタイミングが——」
アイラーは愛人宅で捕まった。隠してあった銃と現金も即座に押収された。そんな情報を知っているのは内部の人間だけだった。
「鼠がいるってことだ。 誰の差し金かは別にしてな」
「カーマイン、お前が抱えてる警官から情報が聞けるか?」
ボスはカーマインにそう言った。
「やってみます」
カーマインはコッブを呼びつけた。コッブは組織に入って二年が経っており、それなりのシマを任せてもらっていた。与えられた仕事を忠実にこなしてきたコッブを、カーマインは高く買っていた。
「エリスンから鼠の情報を聞き出せ」
「わかりました」
コッブはエリスンの自宅前に車で乗り付け、呼び出した。
「困るぜ、こんなとこに来てもらっちゃよ」
部屋着のまま呼び出されたエリスンは、車に乗り込むなり愚痴った。
「お前が困ろうが困るまいが知ったことじゃねぇ。 仕事だ。 アイラーが捕まったのは知ってるな」
「ああ」
「誰かのタレ込みだ。 誰がやったか知ってるか?」
「知らねえな。 そういうのは大体匿名だ」
「匿名だろうが何だろうが、誰かがタレ込んだんだ。そいつが一体誰なのか知りてえんだ」
「無理だって。 管轄外の情報は——」
「おい!」
コッブはエリスンの襟元を掴んだ。
「わかってねえな。 組織はお前に情報を期待して金を渡してるんだ。 いざというとき役に立たねえんじゃ、こっちにも考えがあるぞ」
「ま、待ってくれ」
初対面のトラブルから、エリスンはコッブの狂気を恐れていた。
「今度は入院するぐらいじゃ済まねえからな。 家族がいるんだろ?」
玄関横のガレージ前には、子供用の自転車が二台置かれている。
「勘弁してくれ……必ずやる。 調べるから」
エリスンの怯えは本物だった。三日後、連絡があった。
「で、誰なのかわかったか」
「ああ、特別捜査官のダチに金を握らせた。電話を掛けてきた場所がわかった。 先月一日の十六時三十分、レキシントン・モーテル前の公衆電話からだ」
「それだけじゃねえだろうな、てめえ!」
「待ってくれ、まだ情報がある。 こいつはその時の録音記録だ」
エリスンはコッブに小さな再生機を渡した。
警察との遣り取りをコッブはイヤホンで確認した。タレ込んだ男の声を聞き終わったコッブは、引き千切るような勢いでイヤホンを外した。
「くそっ!」
ばんばんと両手でハンドルを何度も叩いた。
「クソッ、クソッ、クソッ!!」
突然激高したコッブにエリスンは身を庇うように手を上げた。ドアに手を掛けて飛び出す準備までしている。
「な、何かまずかったか?」
「うるせえ、失せろ! もういい」
コッブはフロントガラスを見つめたまま目も合わさずに言った。エリスンはこそこそとコッブを刺激しないよう、静かに車から降りた。
コッブは車を飛ばした。あるアパートの前に駐まり、中に入っていった。
コッブはドンドンと扉を叩く。出てきたのはリーだった。窪んだ眼窩に汚れたガウンが、リーの日々の生活を表している。
「どうした、こんな遅く」
「付き合え。 話がある」
「明日じゃだめか? 今日は疲れてるんだ」
「だめだ、すぐに来い」
コッブは真剣な眼差しでリーに言い切った。リーも事の次第を飲み込んだ。
「わかった、着替えさせてくれ」
組織に入ってから、リーとコッブの差は広がる一方だった。コッブと同じ事をするにも、どこかリーは事勿れ主義なところがあった。そのため、金の取り立てや売春婦の管理といった日々の仕事にしくじることが多かった。後から入った連中にも馬鹿にされ、それに本人が気付くようになってからは、麻薬と借金に塗れた生活を送る羽目になっていた。
「先月の一日、お前はどこにいた?」
二人は車の中にいた。最初に言葉を発したのはコッブだった。
「覚えてねえなあ」
「ごまかすなよ。 俺は証拠を掴んでる」
「何の話だ? 回りくどい真似はやめろよ」
「警察にタレ込んだな」
リーは黙った
「正直に言え。 まだ俺しか知らない話だ、悪いようにはしない」
コッブは諭すように言った。
「……ああ、そうだよ。 ただ、こんな事になるとは思わなかったんだ。 電話すれば借金をチャラにしてくれるって」
リーは顔を両手で覆った。
「借金? 誰の借金だ」
「俺のさ。 俺は上がりがイマイチだろ。だからバーで会った気の良い奴から金を借りてたんだ。 あいつらがパントリアーノの連中だなんて知らなかったんだ」
「金に困ったんなら、何で俺のところに言いに来なかった?」
「言えるかよ。 恥ずかしかったんだ、お前と会うのが。 俺は情けねえからさ」
一年くらい前から、コッブはリーと会う回数が減っていた。自分が会おうとしてもリーが何かと理由をつけて避けていた。コッブは黙ってそれを受け入れていた。
「こんなことになるなんて思ってなかったんだ。本当に……」
コッブはリーの弱さに気付いていた。それでも、男として、友人であったからこそ、リーの行動に意見も文句も言わなかった。前と変わらず接していた。
「すまねえ、コッブ。 本当にすまねえ。でもよう、俺は役立たずだから幹部の送り迎えくらいしかできねえし、いつも金はねえしよ……。 ああ、こんなことになるなんて」
リーは泣いているようだった。
コッブは黙っていた。
「なあ、俺を殺すのか?」
リーが下を向いたまま呟くように言った。
「悪いようにはしない、って言ったぜ」
「ああ、ありがとう、コッブ。 お前はいい奴だ。 本当に」
リーはパッと顔を明るくしてコッブの方を向いた。
「外縁まで送ろう。 下の階層へ抜ける場所を知ってる」
ローゼンブルグは大陸に残った数少ない階層都市だ。薔薇の都市の名の通り、中心から花弁のように地区が重なり合っている。それぞれの階層は隔離されているため、階層を出てしまえば誰も追っては来ない。加えて、階層は下れば下るほど文化レベルが退潮する。わざわざ降りる者など、通常はいない。
「ああ、そうだな。 すまねえ。本当に。 クソみたいな場所らしいが、死ぬよりはましだもんな」
コッブは車を出した。リーはほっとしたのか、饒舌になった。
「なあ、最初に乗った車、覚えてるか? マイヤーのを盗んだ時さ」
十代の前半、二人で知り合いのいけ好かない金持ちの家から車を盗み出した思い出を語り出した。
「ああ、覚えてるさ」
「笑ったよな。 最高だった。 犬と一緒にあのおっさん、俺達を追い掛けてよ。 雨上がりだったから石畳ですっ転んでさ——」
コッブは黙って聞いていた。
「昔はよかったよ。 何しても自由だった。 昔に戻りてえなあ」
街のチンピラから抜け出して組織に入ろうと誘ったのはコッブだった。コッブはただのチンピラとして底辺で生きていくのは御免だった。リーもそう思っているものだと信じていた。
「ああ、下の階層ってどんなとこなんだろうな。 車もねえって話だ。 どうやって生きてるんだ」
「少し休め」
「ああ、そうだな……」
コッブの車は外縁に着いた。夜明け間近の外縁——アウターリム——には人影など無かった。埃が部屋の隅に溜まるように、隔壁の前はゴミで溢れていた。
「着いたぜ」
コッブは眠っていたリーを起こした。
リーは車から降りた。隔壁の縁にはスロープで上がれるようになっている。せり上がった隔壁の向こうは断崖となっていて、普通は誰も通ることなどできない。深い谷の奥には暗闇しか広がっていない。
「ここからじゃ何も見えねえな。 どこから降りれるんだ?」
リーは隔壁の手摺りに手を掛けて下を眺めた。空はほんのりと明かりを帯びていたが、断崖の奥底は真っ暗闇のままだった。
「向こうに梯子が隠してある」
リーは指された方向を、上半身を揺らすように探した。
「どこだ?」
コッブは懐から銃を出して、リーの頭を後ろから撃った。頭蓋の中身をぶち撒けて、リーは絶命した。
リーの死体はガラクタだらけの場所に横たわった。まるで見捨てられた人形のように。
「悪いようにはしない、か」
コッブはそう呟くと車に戻った。そして、タバコを出して一服してから、ゆっくりと車を発進させた。
「—了—」
ローゼンブルグ第七管区の外れにある人気の少なくなった夜の街角を、ゆっくりと車が走っていた。この時代、自動車が市井を走っているのは、帝國の中でも特異なこの都市ぐらいだった。
この街には混乱の早い時期にウォードが建設され、広大な領地が渦から隔離されていた。多くの黄金時代の遺産が残され、退潮し続ける薄暮の時代を乗り越えてなお、この街は例外的に文明世界が保たれていた。この街が魔都と呼ばれる所以である。
ただ、それは常に文明と共にある悪徳をも、生き存えさせていた。
車が駐まり、二人のスーツ姿の若い男が降りた。通りを歩く恰幅のいい男に近付いていく。
「エリスン、約束のものだ。 礼はいらねえぜ」
若い男の一人がエリスンに封筒を渡した。エリスンの短く刈り揃えられた髪と前に突き出た腹には、独特の威圧感があった。
エリスンは受け取った封筒の厚さを確かめると、背広の内ポケットにそれを仕舞った。
「おい、新入り。 お前いくつだ」
「関係あんのかよ」
「やめとけ、コッブ」
隣のもう一人の若い男が制止した。コッブと呼ばれた男は相手を睨み付ける。
「分別をわきまえねぇガキを寄越すようじゃ、お前らの組織も落ち目だな」
「何だと?」
「頼むよ、今日はやめとこうぜ。 用事は済んだんだ」
苛立ちを隠さない態度のままチッと舌打ちして、コッブは地面に唾を吐いた。
二人の若い男、コッブとリーは車に戻った。二人は先月、プライムワンと呼ばれる組織の『ソルジャー』になったばかりだった。幹部に命令され、賄賂をエリスン警部に渡しに来たのだった。
「余計な真似はすんなよ。 やっと組織の一員になれたんだ」
車の助手席からリーは諭すように言った。
「うるせえ。 俺は警官に舐められるためにソルジャーになった訳じゃねえ」
コッブは逆上していた。こうなるとやばい事になるのは、付き合いの長いリーにはよくわかっていた。
「やることだけやってよ、金を稼ごうぜ。 俺達はやっと組織の一員になれたんだ」
リーとは同じ養護院を出た幼馴染みだった。共にやっと街のチンピラから卒業できた、コッブはそう感じていた。
コッブは年代物の車を発進させた。ローゼンブルグの高階層でしか見られないもので、組織のステータスでもある。
車はスピードを上げ、Uターンした。
「何するつもりだ!?」
「見てりゃわかるぜ」
エリスン警部がヘッドライトに照らされる。鈍い音と共に弾け飛んだ。
コッブは車を降り、道路脇に蹲ったエリスン警部の横に立った。エリスンは頭から血を流しているが、意識はあるようだ。
「おい、言葉には気をつけろよ」
「……クソ餓鬼が、タダじゃおかねえぞ」
「やってみろよ、デブ! ここで殺したっていいんだ」
コッブは硬い革靴の爪先を、倒れているエリスンの腹に蹴り入れた。そして、リーが止めるまで存分に痛め付けた。
組織が管理する酒場の事務室にカーマインが待っていた。着崩した背広を着た白髪交じりの壮年だ。どこにでもいる男のように見えるが、その見据えるような眼光には、組織の者独特の冷たさがあった。
「エリスンに手を出したそうだな」
「なめた口を利くからです」
コッブは努めて冷静に言った。
「いいか、コッブ。 お前はすぐに切れる。 それは何でだと思う?」
「考えたこともありませんね」
「それはな、他人に期待してるからだ」
深く椅子に座り直して、ゆっくりとカーマインは言った。
「お前は警部にへこへこしてもらいたかったんだろ。 やっと組織の一員になれてよ」
カーマインはデスクの上のタバコを手に取り、火を点けた。コッブは無言のまま立っていた
「その期待を裏切られたから、頭にきてヤツを轢いた」
「そんなつもりはありませんよ。 カーマイン」
「口答えなんか聞いちゃいねえぞ、コッブ。 いいか、俺達は力が全てだ。 だからこそ、力を見せる時はよく考えろ」
「はい……」
「若いから仕方ねえって言う奴もいる。 だが、若い内に覚えておけ。 この世界で生き残って強くなるには頭が必要だ。 クソ度胸よりもな」
コッブは黙って聞いていた。
「切れるのも必要だ。もちろん、やらなきゃいけない時にやらない奴は役立たずだ。俺達は暴力と恐怖を金に変えてるんだからな。 だが、やる時は道理と損得の両方を考えろ」
「わかりました」
「ヤツの治療費はお前が出せ。 あれはまだ使える」
「それと、二度とつまらねえ真似はするな。 お前は組織の人間なんだ」
コッブは頷き、出口へ向かった。カーマインも立ち、コッブを見送った。
「俺を怒らせるな」
カーマインは胸に人差し指を突き立ててそう言った。そして、言い終わった後にニヤッと笑った。
「わかってます」
コッブはそう答えて事務所を出た。
酒場の裏ではリーが待っていた。
「どうだった?」
「別に。 治療費は出せってよ」
「それだけか?」
「ああ」
「ったく、びびったぜ。カーマインが怒ってたら、俺もアブねえ」
リーの言葉尻にコッブは苛立ちを覚えたが、カーマインの言葉を思い出し、黙っていた。
エリスン警部はコッブのことを喋らなかった。ただの轢き逃げで、自分を轢いた車については記憶が無いと言い張った。組織との関係が少しでも疑われるのを恐れたのだ。
それから街でコッブと会っても、エリスン警部は目を合わすことすらしなくなった。
コッブが所属するプライムワンは長く続く組織だが、最近は他の組織との抗争の中で力を落としつつあった。
カーマインら幹部——カポと呼ばれる——は、闘争の過程で疲弊していた。
「アイラーをタレ込んだのは誰だ?」
狭い事務所に集まった幹部を前に、ボスの質問が飛んだ。
「ファイヴの一人、パントリアーノと揉めたのは知ってますが、奴らがタレ込んだにしてはタイミングが——」
アイラーは愛人宅で捕まった。隠してあった銃と現金も即座に押収された。そんな情報を知っているのは内部の人間だけだった。
「鼠がいるってことだ。 誰の差し金かは別にしてな」
「カーマイン、お前が抱えてる警官から情報が聞けるか?」
ボスはカーマインにそう言った。
「やってみます」
カーマインはコッブを呼びつけた。コッブは組織に入って二年が経っており、それなりのシマを任せてもらっていた。与えられた仕事を忠実にこなしてきたコッブを、カーマインは高く買っていた。
「エリスンから鼠の情報を聞き出せ」
「わかりました」
コッブはエリスンの自宅前に車で乗り付け、呼び出した。
「困るぜ、こんなとこに来てもらっちゃよ」
部屋着のまま呼び出されたエリスンは、車に乗り込むなり愚痴った。
「お前が困ろうが困るまいが知ったことじゃねぇ。 仕事だ。 アイラーが捕まったのは知ってるな」
「ああ」
「誰かのタレ込みだ。 誰がやったか知ってるか?」
「知らねえな。 そういうのは大体匿名だ」
「匿名だろうが何だろうが、誰かがタレ込んだんだ。そいつが一体誰なのか知りてえんだ」
「無理だって。 管轄外の情報は——」
「おい!」
コッブはエリスンの襟元を掴んだ。
「わかってねえな。 組織はお前に情報を期待して金を渡してるんだ。 いざというとき役に立たねえんじゃ、こっちにも考えがあるぞ」
「ま、待ってくれ」
初対面のトラブルから、エリスンはコッブの狂気を恐れていた。
「今度は入院するぐらいじゃ済まねえからな。 家族がいるんだろ?」
玄関横のガレージ前には、子供用の自転車が二台置かれている。
「勘弁してくれ……必ずやる。 調べるから」
エリスンの怯えは本物だった。三日後、連絡があった。
「で、誰なのかわかったか」
「ああ、特別捜査官のダチに金を握らせた。電話を掛けてきた場所がわかった。 先月一日の十六時三十分、レキシントン・モーテル前の公衆電話からだ」
「それだけじゃねえだろうな、てめえ!」
「待ってくれ、まだ情報がある。 こいつはその時の録音記録だ」
エリスンはコッブに小さな再生機を渡した。
警察との遣り取りをコッブはイヤホンで確認した。タレ込んだ男の声を聞き終わったコッブは、引き千切るような勢いでイヤホンを外した。
「くそっ!」
ばんばんと両手でハンドルを何度も叩いた。
「クソッ、クソッ、クソッ!!」
突然激高したコッブにエリスンは身を庇うように手を上げた。ドアに手を掛けて飛び出す準備までしている。
「な、何かまずかったか?」
「うるせえ、失せろ! もういい」
コッブはフロントガラスを見つめたまま目も合わさずに言った。エリスンはこそこそとコッブを刺激しないよう、静かに車から降りた。
コッブは車を飛ばした。あるアパートの前に駐まり、中に入っていった。
コッブはドンドンと扉を叩く。出てきたのはリーだった。窪んだ眼窩に汚れたガウンが、リーの日々の生活を表している。
「どうした、こんな遅く」
「付き合え。 話がある」
「明日じゃだめか? 今日は疲れてるんだ」
「だめだ、すぐに来い」
コッブは真剣な眼差しでリーに言い切った。リーも事の次第を飲み込んだ。
「わかった、着替えさせてくれ」
組織に入ってから、リーとコッブの差は広がる一方だった。コッブと同じ事をするにも、どこかリーは事勿れ主義なところがあった。そのため、金の取り立てや売春婦の管理といった日々の仕事にしくじることが多かった。後から入った連中にも馬鹿にされ、それに本人が気付くようになってからは、麻薬と借金に塗れた生活を送る羽目になっていた。
「先月の一日、お前はどこにいた?」
二人は車の中にいた。最初に言葉を発したのはコッブだった。
「覚えてねえなあ」
「ごまかすなよ。 俺は証拠を掴んでる」
「何の話だ? 回りくどい真似はやめろよ」
「警察にタレ込んだな」
リーは黙った
「正直に言え。 まだ俺しか知らない話だ、悪いようにはしない」
コッブは諭すように言った。
「……ああ、そうだよ。 ただ、こんな事になるとは思わなかったんだ。 電話すれば借金をチャラにしてくれるって」
リーは顔を両手で覆った。
「借金? 誰の借金だ」
「俺のさ。 俺は上がりがイマイチだろ。だからバーで会った気の良い奴から金を借りてたんだ。 あいつらがパントリアーノの連中だなんて知らなかったんだ」
「金に困ったんなら、何で俺のところに言いに来なかった?」
「言えるかよ。 恥ずかしかったんだ、お前と会うのが。 俺は情けねえからさ」
一年くらい前から、コッブはリーと会う回数が減っていた。自分が会おうとしてもリーが何かと理由をつけて避けていた。コッブは黙ってそれを受け入れていた。
「こんなことになるなんて思ってなかったんだ。本当に……」
コッブはリーの弱さに気付いていた。それでも、男として、友人であったからこそ、リーの行動に意見も文句も言わなかった。前と変わらず接していた。
「すまねえ、コッブ。 本当にすまねえ。でもよう、俺は役立たずだから幹部の送り迎えくらいしかできねえし、いつも金はねえしよ……。 ああ、こんなことになるなんて」
リーは泣いているようだった。
コッブは黙っていた。
「なあ、俺を殺すのか?」
リーが下を向いたまま呟くように言った。
「悪いようにはしない、って言ったぜ」
「ああ、ありがとう、コッブ。 お前はいい奴だ。 本当に」
リーはパッと顔を明るくしてコッブの方を向いた。
「外縁まで送ろう。 下の階層へ抜ける場所を知ってる」
ローゼンブルグは大陸に残った数少ない階層都市だ。薔薇の都市の名の通り、中心から花弁のように地区が重なり合っている。それぞれの階層は隔離されているため、階層を出てしまえば誰も追っては来ない。加えて、階層は下れば下るほど文化レベルが退潮する。わざわざ降りる者など、通常はいない。
「ああ、そうだな。 すまねえ。本当に。 クソみたいな場所らしいが、死ぬよりはましだもんな」
コッブは車を出した。リーはほっとしたのか、饒舌になった。
「なあ、最初に乗った車、覚えてるか? マイヤーのを盗んだ時さ」
十代の前半、二人で知り合いのいけ好かない金持ちの家から車を盗み出した思い出を語り出した。
「ああ、覚えてるさ」
「笑ったよな。 最高だった。 犬と一緒にあのおっさん、俺達を追い掛けてよ。 雨上がりだったから石畳ですっ転んでさ——」
コッブは黙って聞いていた。
「昔はよかったよ。 何しても自由だった。 昔に戻りてえなあ」
街のチンピラから抜け出して組織に入ろうと誘ったのはコッブだった。コッブはただのチンピラとして底辺で生きていくのは御免だった。リーもそう思っているものだと信じていた。
「ああ、下の階層ってどんなとこなんだろうな。 車もねえって話だ。 どうやって生きてるんだ」
「少し休め」
「ああ、そうだな……」
コッブの車は外縁に着いた。夜明け間近の外縁——アウターリム——には人影など無かった。埃が部屋の隅に溜まるように、隔壁の前はゴミで溢れていた。
「着いたぜ」
コッブは眠っていたリーを起こした。
リーは車から降りた。隔壁の縁にはスロープで上がれるようになっている。せり上がった隔壁の向こうは断崖となっていて、普通は誰も通ることなどできない。深い谷の奥には暗闇しか広がっていない。
「ここからじゃ何も見えねえな。 どこから降りれるんだ?」
リーは隔壁の手摺りに手を掛けて下を眺めた。空はほんのりと明かりを帯びていたが、断崖の奥底は真っ暗闇のままだった。
「向こうに梯子が隠してある」
リーは指された方向を、上半身を揺らすように探した。
「どこだ?」
コッブは懐から銃を出して、リーの頭を後ろから撃った。頭蓋の中身をぶち撒けて、リーは絶命した。
リーの死体はガラクタだらけの場所に横たわった。まるで見捨てられた人形のように。
「悪いようにはしない、か」
コッブはそう呟くと車に戻った。そして、タバコを出して一服してから、ゆっくりと車を発進させた。
「—了—」