故事會流傳是有其必然性在。但是,現在的我什麼都沒有。日復一日重複著平凡的每一天。就連對客戶來說重要的事,對自己來說也只不過是一成不變的工作罷了。
「也就是說,您想確認她真正的想法?」
以前好像有人說過,幸福的形式雖然只有一種,但是不幸的形式則是人人不同。不過對我來說並不是那樣。
「是的,我只是想尊重她的心情而已,如果說她討厭我又或著有其他的人……」
螢幕的另一端,預計會成為委託人的男子正開始述說著些什麼。由沒有不信,不義,不滿的言語交織而成的單方說法。
我對於這種固定模式的外遇調查已經膩到不行了。
「那麼在我確定您將指定的金額匯入帳戶後,就會開始進行調查」
我等對方的情緒平復的差不多之後才插話,用公式化的應對結束了通信。
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我是大衛·布朗寧。我在羅占布爾克的第十層中不起眼的大樓裡,經營著一間偵探事務所。
不過現在這個時代並沒有像以前偵探小說裡寫的迷人委託。
就算是在這巨大且繁華的都市羅占布爾克中,會來委託的差不多都是外遇調查,最多也只是找寵物──在這個時代,活體寵物是奢侈的流行──,全部都只是統治機構的警察機關會無視的小麻煩而已。
基本上,這個巨大都市的第十層中社會情勢相當安定。人類與自動人偶的構成比例超過1比1.2。也就是說每一個人都擁有一個完美的奴隸。人們過著無憂無慮的生活。只是,就算是這樣無憂無慮的世界,不對,就因為是無憂無慮的世界才會有這樣混濁的氣氛。同樣的日常,只追求著表面流行的每一天。就只是玩弄著感情,排遣到死亡之前的時間而已。
我不喜歡這個世界──我想這個世界也一定不需要我吧──。但是我也沒有往更下階層移動的勇氣。我也沒有力氣去忤逆來自個位數階層支配階級們的統治。就只能在外表上看起來,假裝自己就好像真的擁有自由般的活著而已。結果不管再怎麼排斥社會當個違法者,到頭來自己做的事根本只是辦家家酒程度而已。只是世界允許像你這樣的角色存在而已。不管是誰都可以取代你的人生,就像是世界的背景小道具之一而已。但是即便是如此,生活還是得過下去。
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跟委託人約好的時間已經過了三十分了。約好的地方是在階層的西方邊緣,有個仿古的街角,就像是以前電影中會出現般的餐館裡。
「稍微放鬆一下好了」
時間是夜晚的九點左右。
跟自動人偶的服務生要了咖啡的續杯後,拿出了自己的興趣,偵探小說閱讀了起來。故事中的主角與美女委託人以微妙的距離感對話著。
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沉浸在書中一陣子後,發現外頭傳來了吵雜的聲音。大路上有警察車響著警鈴開過。
將錢與小費放在吧台後,將小說收進大衣的口袋裡走出店家。雖然覺得應該不需要給自動人偶小費,不過在這裡已經養成那種習慣了。
外面已經有滿滿的圍觀人潮了,警察們則是開始封鎖眼前的街道。
「有危險的武裝強盜逃走了」
「請在路上的人不要進到封鎖的地區,非常危險。請回到建築物內!」
警察用擴音器喊著。警笛聲也一直響著。
在這個階層,武裝強盜這種事是非常稀有的。這個騷動引來的圍觀人潮越來越多。
稍微想了一下,這樣下去也是浪費時間,所以決定回事務所去了。反正委託人好像也不會來了。
離大馬路一些距離的停車場完全沒有人煙,應該是都聚集到封鎖線那邊去了吧。除了遠方傳來的警笛聲之外,異常的安靜。
就在我準備要開車門的時候,聽到有什麼東西撞到了車子的聲音。
往聲音的地方看過去,有一個受傷的年輕男子蹲坐在那邊。
「怎麼了,沒事吧?」
那是一位年約十七,八歲,擁有一頭明亮髮色,容貌端正的青年。他就縮在停車場裡,牆壁與車子的中間。
「您就是布朗寧先生吧……」
「嗯,我是。你好像受傷了」
對這個青年並沒有印象。站起身來的他,手上拿著一個與他不搭的公事包。
「不要緊的。我是來將這個交給您的」
「送東西來是沒問題啦,不過你感覺很不妙啊。有什麼話我等下在車上聽你說。你需要去給醫生看一下」
青年穿著精緻西裝的胸前,染上了大片黑色的血跡。我打開車門,要讓他坐到副駕駛座上。
「請把這個送到馬戲團,拜託您了」
青年把公事包放在副駕駛座上後,邊後退邊這麼說,之後就往後方的小路跑去。
「喂,等等!」
我將車門關上後追了過去。
青年以不像是有受傷的速度跑開,並且不斷地轉彎,就像是要甩脫跟蹤者般地逃去。那是連對體力有自信的我都會嚇一跳的快速。
繞過二,三個轉角後就被拉開好一段距離了。
雖然想要大聲叫住他,但是因為太喘而叫不出太大的聲音。將手靠在大樓的牆上調整一下呼吸後,看到前方的路上有持槍警察突然出現。瞬間低下了頭。可不能讓他們以為我就是他們在追的武裝強盜而被打死。
「找到了!」
「停下來,快停下來!」
才剛聽到警察的大聲喊叫而已,就又馬上聽到了很多聲槍響。
我小心的邊離開牆壁,邊往槍聲及青年逃走的方向看過去。看到青年就倒在警察腳邊。原來警察在追的就是那個青年。
他手上什麼東西都沒有拿,就那樣赤手空拳地被警察們射殺了。太奇怪了。我總覺得不立刻離開那個地方不行,於是回到了車上。
副駕駛座上,放著那個青年交給我的公事包。被警察追殺的青年,被留下的神謎公事包,被捲入的私家偵探。雖然這情節就像是陳腐的小說一樣,但這個狀況對我來說卻是相當嚴肅。
一瞬間猶豫了是不是應該把公事包往窗外丟出去然後逃走。但是想起青年那認真的眼神,就放棄了。
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事務所就像往常一樣,沒有半個人在。我坐在沙發上,看著天花板,大大的嘆了一口氣。
在調整完心情重新坐好之後,拿出香煙點火。但是我的手在不斷發抖。我沒能像小說主角一樣冷靜。只能對自己的奇怪行為苦笑了一下。
是不是該跟什麼人商量一下呢?
最先想到的是繼父馬克。他是與母親再婚後成為我父親的男人。
我的父親是一位搜查官,他因為一件無聊工作上的失誤而懊悔到自殺。總之,就是演變成那樣的結果了。
接著母親就與父親的同事馬克再婚了。那是我十一歲的時候。我與馬克的關係並不差。
雖然經常被他說教,但是他是以誠懇的態度在對待我。
做為一個搜查官,他也是一位理想的男性。就像是連續劇中會出現的那種好警官。
只是總覺得還是有點距離感。
他好幾次邀我進入搜查局,但是我都拒絕了。應該就是那種距離感,跟不信感的關係。
不過那些事現在都不重要。比起那個,馬克並不是一個會覺得麻煩事有趣的人。這件事應該也會做為工作,以一位搜查官的身份來處理吧。
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看著放在矮桌上的公事包。公事包的作工很好。用的金屬以及皮革也都不是便宜貨。
我一直在思考到底要不要打開。
不要打開直接交給馬克,然後老實地將發生的事情全部都跟他說,然後將那個已死的青年忘掉。
將公事包打開確認裡面的東西,然後調查死掉青年的謎團。
如果是小說中的主角的話,會選擇哪一邊根本連想都不用想也知道。
我將公事包放在眼前橫躺在沙發上。然後看著被煙燻到變色的天花板壁紙上的花。
璧紙上印著滿滿的花。一直盯著瞧的話,馬上就不知道剛剛到底在看哪裡了。
一直重複做一樣的事,什麼起伏也沒有的人生,像背景小道具般地的人生。被他人綁在某一處,然後在某個適合的地方結束人生。
我坐起身來,然後將手伸向公事包的蓋子。雖然有沾到一點血,但是看起來倒是沒有什麼其他太大的損傷。
箱子被密碼鎖給鎖著。雖然也是可以破壞後再打開它,但總有點猶豫。
所以就土法煉鋼地試著各種數字組合。
雖然這個場景我在小說裡已經看過好幾次了,但卻想不起來主角們到底是怎麼打開的。
在脫下上衣,與密碼鎖奮鬥了一個小時之後,在數字為577的時候鎖響了一聲便打開了。
不自覺地小聲說了一聲耶。
將公事包慢慢打開後,裡面有的是,收在灰色捲片器裡的兩卷膠卷。
雖然是第一次看到膠卷,但是我在知識上知道這是什麼東西。雖然對我來說,這個就跟時代小說裡會出現的巨大海盜船是一樣程度的東西。
這東西跟喜歡古典東西的我的興趣很合。但總覺得這是被設計好了的樣子。
就在我伸手要去拿放在公事包裡的膠卷時,就聽到有人在敲事務所的門。
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「─完─」
2837年 「ケース」
物語が語られることには必然がある。だが、今の俺には何も無い。同じ事が繰り返される平凡な日常。依頼人にとっては重要な事も、自分にとっては類型的な作業に過ぎない。
「で、彼女の本心を確かめたいと?」
幸せの形は一つだが不幸の形は人それぞれ、と昔の人は言ったらしいが、俺にとってはそうでもない。
「ええ、僕としては彼女の気持ちを尊重したいだけなんだ。 もし僕のことが嫌いで誰か他の……」
端末の向こうで、依頼人になる予定の男が何かを訴え始めた。不信、不義、不満がない交ぜになった独白だ。
俺はお定まりの浮気調査に飽き飽きしていた。
「では指定の額を振り込んでいただいたのを確認してから、調査を開始します」
相手の気持ちが落ち着いて話が途切れたのを見計らい、定型の言葉で通信を切った。
俺はデヴィッド・ブロウニング。このローゼンブルグ第十階層の冴えないビルの一室で探偵業を営んでいる。
そうは言っても今の時代、昔のパルプ小説のような気取った依頼などありはしない。
巨大な虚栄の都市ローゼンブルグであっても、持ち込まれる依頼といえば浮気調査にせいぜいペット捜索——この時代、生身のペットは流行の贅沢だ——、全て統治機構の警察機関が無視するような他愛もないトラブルばかりだ。
そもそも、この巨大都市の第十階層の社会情勢は安定している。人間とオートマタの構成比率は1対1.2を超える。つまり一人につき一体の完璧な奴隷がいるのだ。人々の暮らしに憂いなど無い。ただ、その憂い無き世界でも、いや、その憂いの無い世界だからこその濁った空気がある。同じ日常、皮相的な流行を追うだけの日々。ただ感情を弄び、死までの時間の暇潰しに充てているだけだ。
俺はこの世界を気に入っていない——世界の方も俺を必要とはしていないだろうが——。それでも、これ以上階層を降りる度胸は無かった。所謂支配階級の人間達が住む、一桁台の階層からの支配に逆らう気力も無い。ただ、見かけだけでも、こうして何か自由であるかのように振る舞い続けていたいだけだ。結局、社会からのアウトローを気取っても、自分のやってることなどままごとみたいなものだ。そういう役割を世界から許されているに過ぎない。誰かに取り替えられても問題のない人生、世界の書き割りみたいなものだ。それでも日々の生活は続いていく。
依頼人との約束の時間からは三十分程過ぎていた。階層の西の端、古くさい時代を模した街角にある、昔の映画に出てくるようなダイナーで依頼人と会う約束をしていた。
「すこしふっかけてやるかな」
時間は夜の九時を回ったところだった。
コーヒーのお代わりをオートマタのウェイターに頼み、趣味のパルプ小説を取り出して続きを読むことにした。物語の中で主人公は美しい女クライアントと微妙な距離感の会話をしていた。
しばらく本に夢中になっていると、外が騒がしいことに気が付いた。表通りを警察車両がサイレンと共に走り抜けていった。
チップと料金をカウンターに置いて、パルプ小説をコートのポケットに仕舞い外に出た。オートマタにチップが必要とは思えないが、ここではそういう習慣になっていた。
すでに野次馬達が通りに溢れている。目の前の通りを警察官達が封鎖し始めていた。
「武装した危険な強盗犯が逃げています」
「路上に出ている人は封鎖した地区に入らないように。危険です。 建物の中に戻ってください!」
拡声器で警察官ががなり立てている。サイレンの音は鳴り響いたままだ。
武装強盗とは、この階層では珍しい出来事だ。騒ぎに引き付けられた人々がどんどん増えている。
少し思案し、このままだと時間を取られそうだったので事務所に戻ることにした。どうせ依頼人も来そうにない。
大通りから少し離れたパーキングに人気は無かった。非常線が張られた騒ぎに人が集められたせいか、遠くに響くサイレンの音以外は、やけに静かだった。
俺がドアを開けようとすると、何かが車に当たる音がした。
音がした方を見やると、怪我をした若い男がしゃがみ込んでいた。
「どうした、大丈夫か?」
十七、八の明るい髪色の、整った顔立ちの青年だ。駐車場の壁と車の間で、身を潜めるように座っていた。
「ブロウニングさんですよね……」
「ああ、そうだが。 怪我してるよな」
その青年に見覚えは無かった。立ち上がった彼の手には、不釣り合いなトランクケースがあった。
「平気です。 これをあなたに預けに来ました」
「届け物はいいが、物騒だな。 話は車で聞こう。 医者が必要なようだ」
青年の着ている小綺麗なスーツの前面には、黒い血がべっとりと付いていた。俺はドアを開けて、彼を助手席に乗せようとした。
「これを届けてください。サーカスに。頼みます」
青年はトランクを助手席に置くと、後退りしながらそう言って、裏通りを走り出した。
「おい、ちょっと待て!」
車のドアを閉めて彼を追いかけた。
青年は怪我をしているとは思えない程の速度で走っている。角を次々と回りながら、まるで追跡者を撒くように逃げていく。体力に自信がある自分でも驚くような早さだった。
二つ三つ角を曲がると、結構な距離を離されてしまった。
声を上げて彼を止めようとするが、息が上がって大声が出せない。ビルの壁に手をあてて息を整えていると、手前の路地から銃を構えた警官隊が飛び出してきた。咄嗟に頭を屈めた。あいつらの追っている武装強盗とやらに間違われて撃たれる訳にはいかない。
「いたぞ!」
「止まれ。止まるんだ!」
警官隊の叫び声が聞こえると、すぐにおびただしい銃声が聞こえた。
そっと壁から離れながら、銃声と青年が逃げていった方向を見た。警官の足の間から倒れた青年が見える。警官達が追っていたのはあの青年だった。
彼の手には何も無い。丸腰の青年を警官達は撃ち殺したのだ。何かおかしい。この場から離れなければと判断して、俺はまた車に戻った。
助手席には、あの青年が俺に渡したトランクがあった。警官に追われた青年、残された謎のトランク、巻き込まれた私立探偵。プロットは陳腐なフィクションだが、この状況は俺にとってシリアスだ。
一瞬、トランクを窓から放り出してそのまま走り出そうかと迷ったが、真剣な青年の眼差しを思い出し、やめた。
事務所はいつも通り誰もいない。俺はソファーに腰掛け、天井を仰ぎ、大きく息をついた。
気持ちを落ち着けたつもりで座り直し、煙草を出して火をつける。だが、その手は小刻みに震えていた。小説の主人公の様にはいかない。ただ、そんな自分におかしみを感じて苦笑した。
誰かに相談すべきだろうか?
真っ先に浮かんだのは義父のマークだ。死んだ父親の代わりに母親と結婚した男だ。
俺の父親は捜査官だった。つまらない仕事上のミスを悔やんで自殺した。とりあえず、そういうことになってる。
そして父親の同僚だったマークが母親と再婚した。俺が十一歳の時の話だ。マークとは特に悪い関係じゃない。
説教がましいところはあったが、誠実な態度で接してくれた。
捜査官としても理想的な男だ。ドラマに出てくるグッドコップそのままの男。
ただ、どこかで距離があった。
俺は何度も捜査局に誘われたが、その都度断った。どこかにあったその距離、わだかまりのせいだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。それより、マークは面倒ごとを楽しむタイプじゃない。この事も仕事として、捜査官として処理してくれるだろう。
ローテーブルの上に置いたトランクをしげしげと眺める。トランクの作りはいい。金具も、張られた革も安物ではない。
開けるべきか開けないべきか、俺は思案していた。
トランクを開けずにマークに渡し、起きたことも全部正直に話して、あの死んだ青年のことを忘れる。
トランクを開けて中身を確認し、死んだ青年の謎を調査する。
パルプ小説の主人公だったらどちらにするかは、考えるまでもない。
トランクを前にしたまま俺はソファーに横になった。そして煙草の脂で茶色に変色した壁紙の花を眺めた。
印刷された壁紙の花は繰り返されている。ずっと見詰めていると、すぐにどこを見ているかわからなくなる。
同じことの繰り返し、変哲のない人生、書き割りの人生。繋ぎ合わせられ、適当な場所で断ち切られる人生。
俺は起き上がり、トランクの蓋に手を掛けた。少し血が付いているが、それ以外は大きな傷もへこみも見当たらない。
手前にはダイアル式の鍵が付いている。壊して開けてもいいが、なんとなく躊躇した。
ちまちまと数字を合わせていく。
こんなシーンはパルプ小説で何度も見た筈だが、主人公達がどうやって開けたかは思い出せなかった。
上着を脱ぎ、一時間程鍵と格闘すると、鍵が577でカチリという音と共に外れた。
思わず、小さくよしっと呟いてしまう。
トランクの扉をゆっくりと開けていった。そこにあったのは、灰色のリールに収まった二本のフィルムだった。
フィルムを目にするのは初めてだったが、どんなものかは知識としては知っていた。時代小説に出てくる巨大な海賊船と同じ程度だが。
アナクロ趣味の自分にぴったりのアイテムといえた。まるで仕組まれているかのように。
トランクに収まったフィルムを手に取ろうとした時、事務所の扉を誰かがノックした。
「—了—」
物語が語られることには必然がある。だが、今の俺には何も無い。同じ事が繰り返される平凡な日常。依頼人にとっては重要な事も、自分にとっては類型的な作業に過ぎない。
「で、彼女の本心を確かめたいと?」
幸せの形は一つだが不幸の形は人それぞれ、と昔の人は言ったらしいが、俺にとってはそうでもない。
「ええ、僕としては彼女の気持ちを尊重したいだけなんだ。 もし僕のことが嫌いで誰か他の……」
端末の向こうで、依頼人になる予定の男が何かを訴え始めた。不信、不義、不満がない交ぜになった独白だ。
俺はお定まりの浮気調査に飽き飽きしていた。
「では指定の額を振り込んでいただいたのを確認してから、調査を開始します」
相手の気持ちが落ち着いて話が途切れたのを見計らい、定型の言葉で通信を切った。
俺はデヴィッド・ブロウニング。このローゼンブルグ第十階層の冴えないビルの一室で探偵業を営んでいる。
そうは言っても今の時代、昔のパルプ小説のような気取った依頼などありはしない。
巨大な虚栄の都市ローゼンブルグであっても、持ち込まれる依頼といえば浮気調査にせいぜいペット捜索——この時代、生身のペットは流行の贅沢だ——、全て統治機構の警察機関が無視するような他愛もないトラブルばかりだ。
そもそも、この巨大都市の第十階層の社会情勢は安定している。人間とオートマタの構成比率は1対1.2を超える。つまり一人につき一体の完璧な奴隷がいるのだ。人々の暮らしに憂いなど無い。ただ、その憂い無き世界でも、いや、その憂いの無い世界だからこその濁った空気がある。同じ日常、皮相的な流行を追うだけの日々。ただ感情を弄び、死までの時間の暇潰しに充てているだけだ。
俺はこの世界を気に入っていない——世界の方も俺を必要とはしていないだろうが——。それでも、これ以上階層を降りる度胸は無かった。所謂支配階級の人間達が住む、一桁台の階層からの支配に逆らう気力も無い。ただ、見かけだけでも、こうして何か自由であるかのように振る舞い続けていたいだけだ。結局、社会からのアウトローを気取っても、自分のやってることなどままごとみたいなものだ。そういう役割を世界から許されているに過ぎない。誰かに取り替えられても問題のない人生、世界の書き割りみたいなものだ。それでも日々の生活は続いていく。
依頼人との約束の時間からは三十分程過ぎていた。階層の西の端、古くさい時代を模した街角にある、昔の映画に出てくるようなダイナーで依頼人と会う約束をしていた。
「すこしふっかけてやるかな」
時間は夜の九時を回ったところだった。
コーヒーのお代わりをオートマタのウェイターに頼み、趣味のパルプ小説を取り出して続きを読むことにした。物語の中で主人公は美しい女クライアントと微妙な距離感の会話をしていた。
しばらく本に夢中になっていると、外が騒がしいことに気が付いた。表通りを警察車両がサイレンと共に走り抜けていった。
チップと料金をカウンターに置いて、パルプ小説をコートのポケットに仕舞い外に出た。オートマタにチップが必要とは思えないが、ここではそういう習慣になっていた。
すでに野次馬達が通りに溢れている。目の前の通りを警察官達が封鎖し始めていた。
「武装した危険な強盗犯が逃げています」
「路上に出ている人は封鎖した地区に入らないように。危険です。 建物の中に戻ってください!」
拡声器で警察官ががなり立てている。サイレンの音は鳴り響いたままだ。
武装強盗とは、この階層では珍しい出来事だ。騒ぎに引き付けられた人々がどんどん増えている。
少し思案し、このままだと時間を取られそうだったので事務所に戻ることにした。どうせ依頼人も来そうにない。
大通りから少し離れたパーキングに人気は無かった。非常線が張られた騒ぎに人が集められたせいか、遠くに響くサイレンの音以外は、やけに静かだった。
俺がドアを開けようとすると、何かが車に当たる音がした。
音がした方を見やると、怪我をした若い男がしゃがみ込んでいた。
「どうした、大丈夫か?」
十七、八の明るい髪色の、整った顔立ちの青年だ。駐車場の壁と車の間で、身を潜めるように座っていた。
「ブロウニングさんですよね……」
「ああ、そうだが。 怪我してるよな」
その青年に見覚えは無かった。立ち上がった彼の手には、不釣り合いなトランクケースがあった。
「平気です。 これをあなたに預けに来ました」
「届け物はいいが、物騒だな。 話は車で聞こう。 医者が必要なようだ」
青年の着ている小綺麗なスーツの前面には、黒い血がべっとりと付いていた。俺はドアを開けて、彼を助手席に乗せようとした。
「これを届けてください。サーカスに。頼みます」
青年はトランクを助手席に置くと、後退りしながらそう言って、裏通りを走り出した。
「おい、ちょっと待て!」
車のドアを閉めて彼を追いかけた。
青年は怪我をしているとは思えない程の速度で走っている。角を次々と回りながら、まるで追跡者を撒くように逃げていく。体力に自信がある自分でも驚くような早さだった。
二つ三つ角を曲がると、結構な距離を離されてしまった。
声を上げて彼を止めようとするが、息が上がって大声が出せない。ビルの壁に手をあてて息を整えていると、手前の路地から銃を構えた警官隊が飛び出してきた。咄嗟に頭を屈めた。あいつらの追っている武装強盗とやらに間違われて撃たれる訳にはいかない。
「いたぞ!」
「止まれ。止まるんだ!」
警官隊の叫び声が聞こえると、すぐにおびただしい銃声が聞こえた。
そっと壁から離れながら、銃声と青年が逃げていった方向を見た。警官の足の間から倒れた青年が見える。警官達が追っていたのはあの青年だった。
彼の手には何も無い。丸腰の青年を警官達は撃ち殺したのだ。何かおかしい。この場から離れなければと判断して、俺はまた車に戻った。
助手席には、あの青年が俺に渡したトランクがあった。警官に追われた青年、残された謎のトランク、巻き込まれた私立探偵。プロットは陳腐なフィクションだが、この状況は俺にとってシリアスだ。
一瞬、トランクを窓から放り出してそのまま走り出そうかと迷ったが、真剣な青年の眼差しを思い出し、やめた。
事務所はいつも通り誰もいない。俺はソファーに腰掛け、天井を仰ぎ、大きく息をついた。
気持ちを落ち着けたつもりで座り直し、煙草を出して火をつける。だが、その手は小刻みに震えていた。小説の主人公の様にはいかない。ただ、そんな自分におかしみを感じて苦笑した。
誰かに相談すべきだろうか?
真っ先に浮かんだのは義父のマークだ。死んだ父親の代わりに母親と結婚した男だ。
俺の父親は捜査官だった。つまらない仕事上のミスを悔やんで自殺した。とりあえず、そういうことになってる。
そして父親の同僚だったマークが母親と再婚した。俺が十一歳の時の話だ。マークとは特に悪い関係じゃない。
説教がましいところはあったが、誠実な態度で接してくれた。
捜査官としても理想的な男だ。ドラマに出てくるグッドコップそのままの男。
ただ、どこかで距離があった。
俺は何度も捜査局に誘われたが、その都度断った。どこかにあったその距離、わだかまりのせいだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。それより、マークは面倒ごとを楽しむタイプじゃない。この事も仕事として、捜査官として処理してくれるだろう。
ローテーブルの上に置いたトランクをしげしげと眺める。トランクの作りはいい。金具も、張られた革も安物ではない。
開けるべきか開けないべきか、俺は思案していた。
トランクを開けずにマークに渡し、起きたことも全部正直に話して、あの死んだ青年のことを忘れる。
トランクを開けて中身を確認し、死んだ青年の謎を調査する。
パルプ小説の主人公だったらどちらにするかは、考えるまでもない。
トランクを前にしたまま俺はソファーに横になった。そして煙草の脂で茶色に変色した壁紙の花を眺めた。
印刷された壁紙の花は繰り返されている。ずっと見詰めていると、すぐにどこを見ているかわからなくなる。
同じことの繰り返し、変哲のない人生、書き割りの人生。繋ぎ合わせられ、適当な場所で断ち切られる人生。
俺は起き上がり、トランクの蓋に手を掛けた。少し血が付いているが、それ以外は大きな傷もへこみも見当たらない。
手前にはダイアル式の鍵が付いている。壊して開けてもいいが、なんとなく躊躇した。
ちまちまと数字を合わせていく。
こんなシーンはパルプ小説で何度も見た筈だが、主人公達がどうやって開けたかは思い出せなかった。
上着を脱ぎ、一時間程鍵と格闘すると、鍵が577でカチリという音と共に外れた。
思わず、小さくよしっと呟いてしまう。
トランクの扉をゆっくりと開けていった。そこにあったのは、灰色のリールに収まった二本のフィルムだった。
フィルムを目にするのは初めてだったが、どんなものかは知識としては知っていた。時代小説に出てくる巨大な海賊船と同じ程度だが。
アナクロ趣味の自分にぴったりのアイテムといえた。まるで仕組まれているかのように。
トランクに収まったフィルムを手に取ろうとした時、事務所の扉を誰かがノックした。
「—了—」