梅爾基奧停止操作控制台。然後深深地垂靠在椅背上,暫時地閉上眼睛休息了一下。
再度睜開眼睛後,就盯著放在身旁保護箱裡面那小小的晶片。
從保護箱上延伸出一條粗纜線,纜線連接到位於梅爾基奧研究室正下方的機械室。
梅爾基奧向控制台輸入了啟動代碼。
「醒來吧。史塔夏」
螢幕切換到啟動畫面,無數的波狀曲線在螢幕畫面中跑著。
「早安」
一個被調整成高頻率少女感覺的機械聲音,清楚地回答了梅爾基奧的呼喚。
「妳接下來將要出發去旅行了。是這個世界上誰都沒有經歷過,不可思議的旅行」
「是的」
「妳現在可能還搞不清楚是什麼意思。不過,可以得到能自由飛往各種可能世界力量的,只有像妳這樣的存在而已」
梅爾基奧終於,要實行他一直想做的實驗了。
無限地進行觀測,反覆地進行操作,然後能夠從中挑選出那萬中選一的可能世界的系統。那個系統的名字就是史塔夏。
「妳會朝因果的地平線出發,用盡恆久的時間,從無限的可能世界之中找出那唯一可以自由操作的世界,然後再次回到這裡」
史塔夏是為了作為實驗機械的主要觀測裝置而被製造出來的人工智能。因為觀測方如果沒有高度智慧的話,是無法正確挑選出可以自由操作的可能世界。或許現在能做的只是些原始的交流,但是一旦得到無限的時間的話,一定可以擁有人類無法達成的智能。
「完全遵照您的指示」
梅爾基奧檢查了編算在晶片裡的服從迴路。以特殊的加工,讓史塔夏無法辨認出那個迴路的存在。不過,將要得到絕對能力的這個人工智能,是否能這樣永遠不發現這個迴路的存在呢。梅爾基奧雖然了解這個風險,但卻仍有著就算無視這個問題也要讓實驗繼續進行的覺悟。
再說,這個實驗就是為了要讓極小的可能性能夠無限擴展所做的實驗。
「火箭的發射設定在十四個小時之後。妳的再次啟動的時間,將會是在穿過平流圈,達到第三宇宙速度之後。妳將朝向著虛空永遠持續不斷的飛行」
所謂的虛空,是指在宇宙的大規模結構之中,那個什麼都沒有的廣大空間。在那裡的話,史塔夏應該就可以用近乎永遠的時間,在沒有任何人的阻擾下,盡情地進行觀測及操作。
「我要做些什麼事呢?」
史塔夏是梅爾基奧所參加的潘德莫尼計畫中,做為調查實驗的一環所被製造的。雖然想要一邊製造飛往虛空的火箭又要隱瞞其真正的用途是非常困難的,不過以『宇宙空間的混沌元素安定度調查實驗』的名目策劃這個實驗,總算是走到了這一步。
「用言語跟妳說明一次好了,妳要負責操作及觀察的是,使用了混沌元素結晶的核心系統。那個系統連結著無限的可能世界。妳將以人類絕對無法達到的恆久時間來進行詳細調查。妳就以混沌元素的能量,以及擁有自我修復性的,此未結晶體做成的大腦來執行這個任務吧」
「但是如果用了這麼長的時間,等問題解決了之後再回到這裡,應該已經沒有人在了吧?應該不可能只需要數十年吧」
「沒錯,在現在這個世界的確如此。但是,對於已經得到能夠自由選擇可能世界能力的妳來說,妳可以選擇『從這邊出發後問題已隨即解決的世界』」
「意思是說可以改變過去?」
「不,並不是說可以改變過去。而是擁有可以移動到那種世界的能力而已」
「十四小時之後,展開旅程的妳獲得那能力再回來這裡的時間。可能只需要幾個禮拜或幾個月」
「不過,假設未來的我能解開問題的話,不是也可以設定成在現在這邊,就已經得到這個能力了嗎?」
「或許也有那樣的世界。不過,在現在這個世界是不可能的。不先開始因果的話,就無法在世界之間移動。因果必定會有個起點。這個起點那就是妳這趟虛空之旅,實驗開始的那一瞬間」
「為什麼,一定要到遙遠的宇宙不可呢?」
「這是機率的問題。要盡力遠離所有的因果才是成功的捷徑。在這裡的話,會受到人的因果,星星的因果影響。在那個什麼都沒有的絕對虛無才是成功的關鍵」
「是為了不讓任何人阻止我的計算及實驗的意思嗎?」
「沒有錯。當妳往虛空前進加速的同時,現在的這個世界就會有決定性的變化」
「我明白了,主人」
在閃爍的螢幕前,梅爾基奧深深地吸了一口氣。
「最後可以再問一件事嗎?」
「任何問題妳都可以問問看」
「直到我達到那個成果為止,大概需要花多久的時間呢?」
「預測是二百億年」
「我知道了。謝謝」
梅爾基奧將史塔夏的主電源關閉後,就將她傳送到火箭所搭載的主機中。
接著,為了將手邊的服從晶片安裝到火箭上而離開了實驗室。
|
終於,史塔夏踏上了飛往巨大虛無的旅程。
隨著發射後的白煙,光點很快地消失在空中。
到底她能不能孤獨地用盡那可以說是永遠的時光,達到目的呢。
在這荒野中建造的火箭發射設施,集結了許多的工程師。規模大到是要發射往外宇宙的火箭的話,要一個人完成並管理幾乎是不可能的。
不過梅爾基奧隱瞞著這個實驗的真正目的,並且完成了任務。
梅爾基奧在發射成功後接受工程師們的祝賀,接著便回去自己的研究所了。
|
為了讓實驗機構擁有人工智能,一開始梅爾基奧有考慮使用自己的複製品。
從知覺紀錄(Sensory Records)中重現的自己可以親自擔任觀測人。但是他很快就又對自己的那個發想,感到害怕。
會有人想把自己關在,可以稱為永劫的孤獨,那個沒有任何人在的監獄中嗎。就算那只是自己的複製品。
就在這時候,不經意間,他心中那小小地嗜虐心,也可以說有點像是憐憫心般的某種特別感情浮現了出來。
那就是他自己心有所屬的唯一女性,蕾格烈芙。
一同成長,擁有絕對的美貌跟智慧的異性。對梅爾基奧來說,從年輕時期一直到現在,蕾格烈芙可以說是他信仰的對象也不為過。
但是那份愛情與崇敬的思念,就好像把它反轉似地,那個清楚自己絕對無法得到,只能詛咒這個現實的心情已經逐漸在他心中萌芽。
蕾格烈芙對自己就像是對兄弟姊妹一樣,但是自己卻不知道要如何跟她接觸才好。再說,察覺自己心意的契機,也是蕾格烈芙與格雷巴赫在公開場合坦承他們是搭檔時候的事了。
強烈的嫉妒心跟自卑感驅使著他將所有重心放在工作之中。同時,那些怎麼也壓抑不了的空虛感,哀怨都被累積在心中。
想將自己最大的工作,也就是這個實驗奉獻給她這個想法,也是在那個時候開始的。
梅爾基奧竊取了蕾格烈芙的知覺紀錄。
從第一次意識到她的年幼時期,十二歲左右的蕾格烈芙知覺紀錄中,做出了史塔夏這個人工智能。
聲音,姿勢,都跟她相似。
不過,在其中加了那麼一點點,自己的要素組合在裡面。
為了這最偉大卻可以說是最殘酷的實驗,做出了投射了自己與蕾格烈芙的人工智能。
然後,梅爾基奧甚至認為,就算她要成為新世界的神也沒關係了。
|
結果,梅爾基奧憎恨著這個世界。
孤獨地出生,為了研究而出生的自己所可以做到的最大的復仇。對世界,對蕾格烈芙,對憎恨世界的自己,同時對所有的一切進行復仇。
當想到這個計畫的時候,梅爾基奧因為太過高興還跳了起來。他心想,終於能夠給予世界決定性的變化了。
但是,實際上開始實驗後,心中的不安也逐漸增大。
世界現在是這樣的存在著。而實驗肯定會帶來問題。
存在著實驗失敗的世界,也存在著悽慘敗北的自己,可能世界中有著無限的存在吧。
沒有任何東西可以保證,那個失敗的世界不是自己現在所在的世界。
史塔夏的火箭穩定地按照著計畫的軌道前進,再三天左右應該就能達到第三宇宙速度了吧。
將火箭的目前狀況,特寫到螢幕上,為了緩和緊張與不安的情緒,梅爾基奧決定去睡一下。
|
躺在研究室角落的床上,邊看著反射在牆上的螢幕光線,一邊想起了小時候的事。
雖然從以前自己就一直過著睡眠不穩定的生活,但是小時候在睡前,常常都會想像著某些事。
像是睡前的自己,跟睡醒後的自己真的是同一個人嗎之類的事情。
|
──人的記憶會隨著日子累積,而逐漸變化。睡眠是在整理記憶,然後建造人格。
──這些變化雖然很細微,但是今日的自己跟明日的自己確實有不一樣。
──那麼是不是就跟今日的自己已經死去,然後轉生為明日的自己一樣了嗎?
──閉上眼之後,現在的自己是不是就會永遠消失了呢?
那樣的不安或著說是發現的想法,也曾經跟青梅竹馬的兩人提過。
還記得,蕾格烈芙笑著帶過了這個話題,但是格雷巴赫則是佩服地認為原來如此。
回憶著那幼年的日子,梅爾基奧閉上眼睛睡著了。
|
隔天的早上,梅爾基奧因訪客來訪的鈴聲而醒來。
螢幕上的史塔夏沒有異常。
放心的將主畫面電源切掉後,打開另外的螢幕確認訪客。
站在那裡的是格雷巴赫。
「什麼事啊?」
格雷巴赫來訪是相當難得的事。基本上,荒亂的梅爾基奧研究室本身,對任何人來說都不會是想來拜訪的地方。
「我是來要回你從我那邊偷走的東西的」
梅爾基奧一時之間啞口無言。因為在做史塔夏的時候,沒有經過格雷巴赫的同意就使用了他的研究。
「梅爾基奧,我沒有在生氣。我們是兄弟啊。我只是有些事情想要問你」
「我知道了」
隨後梅爾基奧就讓格雷巴赫進入了研究室。
「─完─」
2790年 「旅」
メルキオールはコンソールを操作するのを止めた。そして椅子に深くもたれ掛かると、暫くのあいだ目を閉じた。
再び目を開けると、傍らにある保護ケースの中に置かれた一枚の小さなチップを見つめた。
保護ケースからは一本の太いケーブルが延びており、メルキオールの研究室の真下にある機械室へと繋がっている。
メルキオールはコンソールから起動コードを打ち込んだ。
「起きるんだ。 ステイシア」
モニターが起動画面から切り替わり、波状の線が無数に走る画面を映し出す。
「おはようございます」
彼の問いかけに、高いピッチで調整された少女風の機械音声が、はっきりと答える。
「君はこれから旅に出る。 この世界では誰も体験したことのない、不思議な旅だ」
「はい」
「今は意味がわからないだろう。 だが、可能世界へ自由に飛び立つ力を得られるのは、君のような存在だけなのだ」
メルキオールはついに、念願の実験を開始しようとしていた。
無限に観測し続け、操作を繰り返し、たった一つの可能世界を選び出すことのできるシステム。それが、このステイシアだった。
「君は因果の地平へ旅立ち、悠久の時の全てを使って、無限の可能世界の中からたった一つの自由操作可能な世界を選び出し、再びここに戻ってくるのだ」
ステイシアは実験機械のメイン観測装置として作られた人工知能だった。観測する側に高度な知性がなければ、正しい自由操作世界を選択することなどできないからだ。今は原始的なやりとりしかできないが、無限の時を得れば、人類が絶対に到達できない知性になるであろう。
「あなたの仰せのままに」
メルキオールはチップに組み込んだ服従回路をチェックした。特殊な加工を施し、その存在自体をステイシアが認識できなくしてある。がしかし、絶対的な力を得るであろうこの人工知能が、これの存在に気付かないままでいるだろうか。メルキオールはそのリスクをわかっていたが、それを無視してでもこの実験を行う覚悟でいた。元々が、小さな可能性を無限の可能性に押し広げるための実験なのだ。
「ロケットの発射は十四時間後に設定した。 君が次に再起動するのは、成層圏を抜け、第三宇宙速度に達した後だ。 ヴォイドに向かって君は永遠に飛び続ける」
ヴォイドとは、宇宙の大規模構造の中に於いて全く何も無い広大な空間のことだ。そこでならば、彼女は永遠に等しい時間を、誰にも邪魔されずに、操作と観測に費やせる筈だ。
「私は何をするのですか?」
ステイシアはメルキオールが参加しているパンデモニウム計画の調査実験の一環として作られた。ヴォイドへ向かって飛び続けるロケットの真意を隠しながらに作り上げるのは困難を極めたが、『宇宙空間におけるケイオシウム安定度の調査実験』という名目で計画し、何とかここまで辿り着いたのだ。
「言葉でも説明しておこう、君が操作し、観測するのは、ケイオシウムの結晶を使ったコアシステムと呼ばれるものだ。それは無限に広がる可能世界に繋がっている。それを君は、人間では絶対到達できない悠久の時間を掛けて調べ尽くすのだ。ケイオシウムのエネルギーと自己修復性を持ったアモルファスの脳を使ってね」
「でも、とても長い時間を使ったとして、問題を解いた後にここに戻ってきても、誰も存在しないのでは? 数十年では無理でしょう」
「そう、その世界ではな。だが、自由に可能世界を選べる能力を得た君は、『ここを出発してすぐに問題を解いたであろう世界』を選択することができるのだ」
「過去を変えることができると?」
「いや、過去を変える訳ではない。そういう世界に移動できる能力を得るだけだ」
「十四時間後、旅立った君はその能力を得て再びここに戻ってくる。おそらく数週間か数ヶ月のうちにな」
「でも、もし未来の私がその問題を解くのだとしたら、ここで今すぐ、その能力を得たことにしてもいいのでは?」
「そういう世界もあるかもしれん。 だが、今ここの世界では無理だろう。因果を開始しなければ、世界を移動することは叶わない。因果には必ず始点がある。 それが、君がヴォイドに旅立ち、実験を始める瞬間なのだ」
「なぜ、遠い宇宙に行かなければならないのですか?」
「確率の問題だ。 あらゆる因果から全力で離れることが成功への近道なのだ。 この場所では、人の因果、星の因果に捕らえられてしまう。何も無い絶対的な空虚こそが、成功の鍵なのだ」
「誰にも私の計算、実験を止めることができないようにするため、ということですか?」
「その通りだ。君がヴォイドへ向かって加速し始めた瞬間、今いるこの世界は決定的に変化する」
「わかりました、マスター」
明滅するモニターの前で、メルキオールは深く息をついた。
「最後に一つ聞いてもいいですか?」
「何でも言ってみたまえ」
「私がその結果を得るまで、どれくらいの時間が掛かるのですか?」
「予想では二百億年だ」
「わかりました。ありがとう」
メルキオールはステイシアのメインスイッチをオフにすると、ロケットに搭載されたメインフレームにステイシアを転送した。
そして、手元にある服従回路のチップをロケットに取り付けるために、研究所を後にした。
ついに、ステイシアは巨大な空虚へと旅立った。
巻き上がる白煙を伴って、光点は空へと消えていった。
彼女は永遠とも言える時を孤独に使い切り、目的を果たしてくれるだろう。
荒野に建てられた発射施設には、たくさんのエンジニアが集まっていた。外宇宙へ飛び立つロケットともなれば、独力で作り上げ、管理することなど不可能だ。しかしメルキオールはこの実験の真意を隠し続けたまま、ミッションを完遂したのだった。
メルキオールは打ち上げの成功を祝うエンジニア達と挨拶を交わした後、自分の研究所へと戻った。
実験機構に人工知能を持たせるにあたって、初めはメルキオール自身のコピーを作って対応しようと考えていた。
センソレコードから再現した自分自身が実験の観測者となる。しかし、その発想には、すぐに恐怖した。
永劫と言える孤独、誰もいない監獄に自分自身を閉じ込める者がいるだろうか。例えそれが自分の複製であったとしてもだ。
そんな時、ふと、彼の心に小さな嗜虐心、または哀れみにも似た特別な感情が浮かび上がった。
それは自分がただ一人思いを寄せた女性、レッドグレイヴのことだった。
共に育った、完全な美と知性を持った異性。それはメルキオールにとって、若い頃から今に至るまで、信仰の対象と言ってもいいものであった。
しかし、その愛情や崇敬の念といったものは、それと反転するかのように、決して自分はそれを得ることができないという、現実への呪詛の気持ちを植え付けることにもなっていた。
彼女は自分に対して兄妹のように接するが、自分からは彼女にどう接すればいいのかわからなかった。そもそも、自分のこの気持ちの意味を自覚したのは、レッドグレイヴとグライバッハが、パートナーとして公の場で認められて以降のことだった。
凄まじい嫉妬と劣等感は彼を仕事に熱中させたが、同時に、どうしようもない虚しさ、怨嗟が、心に降り積もっていった。
自分の最大の仕事であるこの実験を彼女に捧げてみようと考えたのは、そんな時だ。
メルキオールはレッドグレイヴのセンソレコードを盗み出した。
初めて相手を意識した幼い頃、十二歳頃のレッドグレイヴのセンソレコードから、ステイシアの人工知能を作り出した。
声も、姿も、彼女に似せた。
ただ、そこにほんの少しだけ、自分自身の要素を組み合わせた。
最も偉大だが最も残酷な実験のために、自分とレッドグレイヴを投影した人工知能を作り出した。
そして、彼女が新しい世界の神となるならばそれでもいいと、メルキオールは考えるまでに至っていた。
結局、メルキオールは世界を憎んでいた。
孤独に生まれ、研究のためだけに生まれてきた自分ができる最大の復讐。世界にも、レッドグレイヴにも、世を恨む自分にも、全てに対して同時に行える復讐。この計画を思い付いた時、メルキオールは喜びのあまり躍り上がった。世界をついに決定的に変化させることができるのだと。
しかし、実際にこうして実験が始まると、不安が心に広がっているのも感じていた。
世界は今ここにこうして在る。実験にトラブルはつきものだ。
実験が失敗した世界、惨めに敗北した自分が存在する世界も、可能世界には無限に存在するだろう。
その世界が、今ここにいる世界ではないと保証するものは何も無い。
ステイシアのロケットは堅調に軌道に向かって進んでいる、あと三日程で第三宇宙速度に達するだろう。
ロケットの現状をモニターに大写しにしたまま、不安と緊張を和らげるために、メルキオールは眠りにつくことにした。
研究室の片隅に置いたベッドに横たわり、壁に反射するモニターの光を眺めながら、子供の頃の出来事を思い出していた。
もとより睡眠自体に頓着のない生活を送ってきたが、それでも子供の頃、眠る前によく想像していたことがあった。
眠る前の自分は、起きた後の自分と本当に同じ人物なのだろうか、と。
——人は日々記憶を溜め込み、変化していく。眠りは記憶の整理を行い、人を作り替える。
——その変化は僅かだが、今日の自分と明日の自分は確実に異なっている。
——ならば、今日の自分は死んで、明日の自分として生まれ変わるのと一緒ではないか?
——眼を瞑った後、今の自分は永遠にいなくなるのではないか?
そんな不安とも発見ともつかない知見を、幼馴染みの二人に話したこともあった。
レッドグレイヴは笑って聞き流したが、グライバッハは成る程尤もだと感心してくれたのを覚えている。
そんな幼い日々の記憶を手繰りながら、メルキオールは目を閉じて眠りについた。
次の日の朝、来客を告げるベルの音で目を覚ました。
ステイシアのモニターに異常は無い。
ほっとしてメインモニターのスイッチを切ると、来客を確認するために別のモニターに戸口の映像を出した。
そこに立っていたのはグライバッハだった。
「何の用だい?」
グライバッハが訪ねてくるのは珍しかった。そもそも、荒れ果てたメルキオールの研究所自体、誰にとっても訪れたくなるような場所ではなかった。
「君が盗んだものを返してもらいに来た」
メルキオールは一瞬押し黙った。ステイシアを作るときに、グライバッハの研究を彼に無断で利用していたのだ。
「怒ってはいないんだ、メルキオール。 僕らは兄弟だ。 ただ、話を聞きたい」
「わかった」
メルキオールはグライバッハを研究所の中に招き入れた。
「—了—」
メルキオールはコンソールを操作するのを止めた。そして椅子に深くもたれ掛かると、暫くのあいだ目を閉じた。
再び目を開けると、傍らにある保護ケースの中に置かれた一枚の小さなチップを見つめた。
保護ケースからは一本の太いケーブルが延びており、メルキオールの研究室の真下にある機械室へと繋がっている。
メルキオールはコンソールから起動コードを打ち込んだ。
「起きるんだ。 ステイシア」
モニターが起動画面から切り替わり、波状の線が無数に走る画面を映し出す。
「おはようございます」
彼の問いかけに、高いピッチで調整された少女風の機械音声が、はっきりと答える。
「君はこれから旅に出る。 この世界では誰も体験したことのない、不思議な旅だ」
「はい」
「今は意味がわからないだろう。 だが、可能世界へ自由に飛び立つ力を得られるのは、君のような存在だけなのだ」
メルキオールはついに、念願の実験を開始しようとしていた。
無限に観測し続け、操作を繰り返し、たった一つの可能世界を選び出すことのできるシステム。それが、このステイシアだった。
「君は因果の地平へ旅立ち、悠久の時の全てを使って、無限の可能世界の中からたった一つの自由操作可能な世界を選び出し、再びここに戻ってくるのだ」
ステイシアは実験機械のメイン観測装置として作られた人工知能だった。観測する側に高度な知性がなければ、正しい自由操作世界を選択することなどできないからだ。今は原始的なやりとりしかできないが、無限の時を得れば、人類が絶対に到達できない知性になるであろう。
「あなたの仰せのままに」
メルキオールはチップに組み込んだ服従回路をチェックした。特殊な加工を施し、その存在自体をステイシアが認識できなくしてある。がしかし、絶対的な力を得るであろうこの人工知能が、これの存在に気付かないままでいるだろうか。メルキオールはそのリスクをわかっていたが、それを無視してでもこの実験を行う覚悟でいた。元々が、小さな可能性を無限の可能性に押し広げるための実験なのだ。
「ロケットの発射は十四時間後に設定した。 君が次に再起動するのは、成層圏を抜け、第三宇宙速度に達した後だ。 ヴォイドに向かって君は永遠に飛び続ける」
ヴォイドとは、宇宙の大規模構造の中に於いて全く何も無い広大な空間のことだ。そこでならば、彼女は永遠に等しい時間を、誰にも邪魔されずに、操作と観測に費やせる筈だ。
「私は何をするのですか?」
ステイシアはメルキオールが参加しているパンデモニウム計画の調査実験の一環として作られた。ヴォイドへ向かって飛び続けるロケットの真意を隠しながらに作り上げるのは困難を極めたが、『宇宙空間におけるケイオシウム安定度の調査実験』という名目で計画し、何とかここまで辿り着いたのだ。
「言葉でも説明しておこう、君が操作し、観測するのは、ケイオシウムの結晶を使ったコアシステムと呼ばれるものだ。それは無限に広がる可能世界に繋がっている。それを君は、人間では絶対到達できない悠久の時間を掛けて調べ尽くすのだ。ケイオシウムのエネルギーと自己修復性を持ったアモルファスの脳を使ってね」
「でも、とても長い時間を使ったとして、問題を解いた後にここに戻ってきても、誰も存在しないのでは? 数十年では無理でしょう」
「そう、その世界ではな。だが、自由に可能世界を選べる能力を得た君は、『ここを出発してすぐに問題を解いたであろう世界』を選択することができるのだ」
「過去を変えることができると?」
「いや、過去を変える訳ではない。そういう世界に移動できる能力を得るだけだ」
「十四時間後、旅立った君はその能力を得て再びここに戻ってくる。おそらく数週間か数ヶ月のうちにな」
「でも、もし未来の私がその問題を解くのだとしたら、ここで今すぐ、その能力を得たことにしてもいいのでは?」
「そういう世界もあるかもしれん。 だが、今ここの世界では無理だろう。因果を開始しなければ、世界を移動することは叶わない。因果には必ず始点がある。 それが、君がヴォイドに旅立ち、実験を始める瞬間なのだ」
「なぜ、遠い宇宙に行かなければならないのですか?」
「確率の問題だ。 あらゆる因果から全力で離れることが成功への近道なのだ。 この場所では、人の因果、星の因果に捕らえられてしまう。何も無い絶対的な空虚こそが、成功の鍵なのだ」
「誰にも私の計算、実験を止めることができないようにするため、ということですか?」
「その通りだ。君がヴォイドへ向かって加速し始めた瞬間、今いるこの世界は決定的に変化する」
「わかりました、マスター」
明滅するモニターの前で、メルキオールは深く息をついた。
「最後に一つ聞いてもいいですか?」
「何でも言ってみたまえ」
「私がその結果を得るまで、どれくらいの時間が掛かるのですか?」
「予想では二百億年だ」
「わかりました。ありがとう」
メルキオールはステイシアのメインスイッチをオフにすると、ロケットに搭載されたメインフレームにステイシアを転送した。
そして、手元にある服従回路のチップをロケットに取り付けるために、研究所を後にした。
ついに、ステイシアは巨大な空虚へと旅立った。
巻き上がる白煙を伴って、光点は空へと消えていった。
彼女は永遠とも言える時を孤独に使い切り、目的を果たしてくれるだろう。
荒野に建てられた発射施設には、たくさんのエンジニアが集まっていた。外宇宙へ飛び立つロケットともなれば、独力で作り上げ、管理することなど不可能だ。しかしメルキオールはこの実験の真意を隠し続けたまま、ミッションを完遂したのだった。
メルキオールは打ち上げの成功を祝うエンジニア達と挨拶を交わした後、自分の研究所へと戻った。
実験機構に人工知能を持たせるにあたって、初めはメルキオール自身のコピーを作って対応しようと考えていた。
センソレコードから再現した自分自身が実験の観測者となる。しかし、その発想には、すぐに恐怖した。
永劫と言える孤独、誰もいない監獄に自分自身を閉じ込める者がいるだろうか。例えそれが自分の複製であったとしてもだ。
そんな時、ふと、彼の心に小さな嗜虐心、または哀れみにも似た特別な感情が浮かび上がった。
それは自分がただ一人思いを寄せた女性、レッドグレイヴのことだった。
共に育った、完全な美と知性を持った異性。それはメルキオールにとって、若い頃から今に至るまで、信仰の対象と言ってもいいものであった。
しかし、その愛情や崇敬の念といったものは、それと反転するかのように、決して自分はそれを得ることができないという、現実への呪詛の気持ちを植え付けることにもなっていた。
彼女は自分に対して兄妹のように接するが、自分からは彼女にどう接すればいいのかわからなかった。そもそも、自分のこの気持ちの意味を自覚したのは、レッドグレイヴとグライバッハが、パートナーとして公の場で認められて以降のことだった。
凄まじい嫉妬と劣等感は彼を仕事に熱中させたが、同時に、どうしようもない虚しさ、怨嗟が、心に降り積もっていった。
自分の最大の仕事であるこの実験を彼女に捧げてみようと考えたのは、そんな時だ。
メルキオールはレッドグレイヴのセンソレコードを盗み出した。
初めて相手を意識した幼い頃、十二歳頃のレッドグレイヴのセンソレコードから、ステイシアの人工知能を作り出した。
声も、姿も、彼女に似せた。
ただ、そこにほんの少しだけ、自分自身の要素を組み合わせた。
最も偉大だが最も残酷な実験のために、自分とレッドグレイヴを投影した人工知能を作り出した。
そして、彼女が新しい世界の神となるならばそれでもいいと、メルキオールは考えるまでに至っていた。
結局、メルキオールは世界を憎んでいた。
孤独に生まれ、研究のためだけに生まれてきた自分ができる最大の復讐。世界にも、レッドグレイヴにも、世を恨む自分にも、全てに対して同時に行える復讐。この計画を思い付いた時、メルキオールは喜びのあまり躍り上がった。世界をついに決定的に変化させることができるのだと。
しかし、実際にこうして実験が始まると、不安が心に広がっているのも感じていた。
世界は今ここにこうして在る。実験にトラブルはつきものだ。
実験が失敗した世界、惨めに敗北した自分が存在する世界も、可能世界には無限に存在するだろう。
その世界が、今ここにいる世界ではないと保証するものは何も無い。
ステイシアのロケットは堅調に軌道に向かって進んでいる、あと三日程で第三宇宙速度に達するだろう。
ロケットの現状をモニターに大写しにしたまま、不安と緊張を和らげるために、メルキオールは眠りにつくことにした。
研究室の片隅に置いたベッドに横たわり、壁に反射するモニターの光を眺めながら、子供の頃の出来事を思い出していた。
もとより睡眠自体に頓着のない生活を送ってきたが、それでも子供の頃、眠る前によく想像していたことがあった。
眠る前の自分は、起きた後の自分と本当に同じ人物なのだろうか、と。
——人は日々記憶を溜め込み、変化していく。眠りは記憶の整理を行い、人を作り替える。
——その変化は僅かだが、今日の自分と明日の自分は確実に異なっている。
——ならば、今日の自分は死んで、明日の自分として生まれ変わるのと一緒ではないか?
——眼を瞑った後、今の自分は永遠にいなくなるのではないか?
そんな不安とも発見ともつかない知見を、幼馴染みの二人に話したこともあった。
レッドグレイヴは笑って聞き流したが、グライバッハは成る程尤もだと感心してくれたのを覚えている。
そんな幼い日々の記憶を手繰りながら、メルキオールは目を閉じて眠りについた。
次の日の朝、来客を告げるベルの音で目を覚ました。
ステイシアのモニターに異常は無い。
ほっとしてメインモニターのスイッチを切ると、来客を確認するために別のモニターに戸口の映像を出した。
そこに立っていたのはグライバッハだった。
「何の用だい?」
グライバッハが訪ねてくるのは珍しかった。そもそも、荒れ果てたメルキオールの研究所自体、誰にとっても訪れたくなるような場所ではなかった。
「君が盗んだものを返してもらいに来た」
メルキオールは一瞬押し黙った。ステイシアを作るときに、グライバッハの研究を彼に無断で利用していたのだ。
「怒ってはいないんだ、メルキオール。 僕らは兄弟だ。 ただ、話を聞きたい」
「わかった」
メルキオールはグライバッハを研究所の中に招き入れた。
「—了—」