站在鏡子前面一直看著自己的容貌。一位累積了歲月,白髮蒼蒼的老人站在那裡。過去曾經自豪的那完美相貌也早已不在,時間將一切摧毀殆盡,化為了烏有。
不管再怎麼成功再怎麼繁華,也只是那巨大死亡中的一環罷了。頭上一直發著光的太陽,也終將有一天會變為黑暗的死亡行星。
所有人類的生命,都只不過是獻給熱寂的祭品罷了。
當死亡慢慢接近,我一直眺望著那名為虛無的黑暗洞穴底部。
為了對抗這黑暗,我邊看著自己混濁的眼神,邊盡可能想起自己年幼時的那些古老記憶。
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「這孩子可是Demon呢」
一位年輕的女人抱著我這麼說著。
「從萬魔殿中誕生的惡魔啊。不過像這樣的孩子,正是現在的世界所需要的」
我稱呼為母親的女人,跟我稱呼為父親的男人在對話著。
「到了該分別的時候了。你要一個人活下去」
父親從母親手中將我抱了起來,放到地上。
「你非常優秀。可能比這地上任何人都還要優秀」
當時的這句話,雖然現在的我能明白,但是那時候的我就無法理解。
「因為你是我們為此特別做出來的。這是即將離開的我們所留下的最後禮物」
我默默的聽著父親說著。
「自動人偶從地上消失了。所以我們能夠留下的就只有這樣了」
父親說完,就將手指向設置在牆上的主控制畫面。
「這個房間會保護你,撫養你長大」
我就那樣被留在地上。也想不起那兩個人的臉。就只有那最後的景象還留在我的記憶之中。
|
雖然當時才三歲的我就那樣被遺留在這由奇妙地人工智能所控制的房間裡,但這環境是相當地完美。
在被稱為「Nanny」的人工智能的語言及立體影像的指示下學習及成長。然後在我十三歲時,就將房間封印後前往了地上。
當時的地上,曾經抑制渦的方法已不復存在。各地蔓延著世界性的宗教,政治體制也陷入極度混亂的狀態。在還有工程師的統治機構存在的時候,政治的混亂程度都絕不會超過一定的範圍。但是,失去驅使社會工學的管理體制後的地上,文化水準正急速倒退中。
到地上後,我朝著尤拉斯大陸西南方的羅德共和國前進。就地政學上來看把這裡當做出發點是最好的,這是從一開始就決定好的。利用保姆所準備的身分進入寄宿學校,最後進到了最高學府。在那之後,就以律師的身分開始進行政治活動。在混亂的政局中雖然已經有非常多的政黨了,但是自己在屬於軍事急進派的政黨漸漸展露了頭角。
羅德共和國和其他的國家都一樣,都處在渦的侵害之下造成國土漸漸流失,並且在自動人偶消失後也並沒有替代勞動力的情況下。結果可想而知,慢性的物資缺乏導致通貨膨脹以及長期持續的社會亂象。
最終,為了平定這樣疲憊且混亂持續膨脹的國家,發生了軍事政變,隨後成立了救國的軍事政權。
我以政治家的身分,在政權內部地位的階梯中,逐漸地往上爬。完全不掩飾自己的野心,並且表現出要羅德成為強國且讓其繁榮的強烈意志,從而贏得了不少人的支持。
將軍事政權委任給文人的我,不管會不會被選為新的首相,對於被渦侵蝕到漸漸變成都市國家群的羅德來說,我都推行動員強力的軍事行為。
然後再以那軍事力為背景,將海普達克,艾克伊拉,西克尼亞這些周邊國家吸收進來。羅德做為新的帝國,在這混亂的大陸中心開始嶄露頭角。
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即便這時我的目的已經達成了一半,統治著這個已經成長為大國的國家,但心中卻沒有絲毫的雀躍。
簡直就像是被留在動物園中的猴子區般的心情。要統治這些愚蠢的地上人根本是輕而易舉的事。只需要謹慎地進行而已。只要掌握好說服,威脅,煽動的技術,就能將他人像控制自己一樣掌控自如。不過這是一個孤獨的工程。
我知道沒有任何人可阻止我。
我也知道誰都無法理解我。
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再次回到那個房間時,是感覺自己被賦予的目標--平復地上的混亂,守護人類免於渦的迫害--已經達成的時候。
「保姆,好久不見了」
「嗯。好久不見了,瑪爾瑟斯」
保姆的影像,表情還有言語都慎重地控制恰當。我的感情都是她教我的,她的感情表現連微妙的差異都再現的相當完美。
雖然我應該已經離開這房間五十年以上了,但是房間的樣子卻一塵不染,保持著記憶中當初的樣子。
「我做的不錯吧?」
我可能是因為想被保姆誇獎,才回到這裡來的吧。
「嗯,做的非常好。我一直在這裡看著你哦」
保姆的微笑是非常完美的。那是為孩子的成長而喜悅,祝褔的表情。
「我已經老了。也沒有其他要做的事了。妳覺得我該怎麼辦才好呢?」
「你是為了詢問這件事才來的嗎?你應該已經知道答案了啊」
是的,我明白。盡可能地平復地上的混亂,持續地控制狀況。因為我是做為地上的守護者而被創造出來的。
「說得也是。……我回到這裡只是因為鄉愁嗎」
度過了十年歲月的這個地下設施,有著還算蠻寬廣的空間。
我現在所在的地方,是當做起居室在用的開放空間。
邊持續著對話,邊前往自己的房間--這房間分類還真是可笑的定義,這裡明明只有我一個人類--的方向走去。
回想起童年時期有過各式各樣人工智慧的代理人,以朋友,教師的身分陪著我。
「我希望叫她出來」
我向保姆要求之後,一位少女出現了。這個立體影像的少女是跟著我一起成長的。只是在被設定好的教育課程中,為了獲得社會性而立的教材之一。但是在我心中,到最後為止都是個令人難以忘懷的存在。
「妳一點都沒變」
十三歲的美麗少女進了房間。
「嗯,瑪爾瑟斯。見到你真高興」
她走過來抱著我,雖沒有任何觸感,但在我心中那孩子時的心情慢慢甦醒過來。能夠接受擁有完全之美的我的朋友就在那兒,清新的心情充滿在我心中。
「我說啊,我們繼續玩那中斷的遊戲吧」
女孩手指著桌子說道。放在那邊的是,離開前兩個人玩到一半的棋盤。
「嗯,來玩吧」
我們面對面坐下邊閒話家常,邊開始那未完的棋局。
好像是那五十年的歲月不存在似地。但是唯一和那時不同的是,映入眼中自己那已經衰老的手指。
「什麼都沒變。在這孤獨要塞生活的日子,現在的話也許可以好好享受了」
「在地上很辛苦對吧」
女孩的話溫柔地響著。
「嗯,不是個舒服的世界。簡直就是個要你一直看著世界腐朽下去的拷問」
這種感傷的言語在地上我是不會用的,這種思考方式簡直就像是回到孩童時代似地。
「真的。目前成功回來的,也只有你一個人而已嘛」
邊看著棋盤,女孩像沒事般說道。
「第一個是指?」
我手中拿著棋子回問著。
「你不是第一個人哦。這裡所創造的瑪爾瑟斯有好幾個人呢。我是在說在那之中,達成目標回到這裡的只有你一個人哦」
女孩繼續的看著棋盤。考慮著下步棋要如何走。不,她是巨大人工智能的一部分,只不過是個代理人。遊戲的答案應該瞬間就能得出,這只不過是演戲而已。
「我不明白妳的意思」
「你是複製人哦。然後這裡是你的工廠。這裡是工程師為了保留可以統治地上的人才所設立的設施」
我想起了母親所說的話。Demon。惡魔。
「也就是說我的記憶也全部都只是複製的而已是吧」
「對。不過回到這裡的只有你而已。之前的你都在完成目的之前就死嚕」
我一直深信我自己很優秀,然後也可以很完美的將目的完成。
「你的確很優秀,而且運氣也很好」
從結果上來看,我只不過是存活下來而已,抱著能夠控制著這個世界的幻想的人,只有我自己而已嗎。
「我的父母可真是設想周到啊。為了達成目的」
我的聲音顫抖著。被自己的傲慢跟「自己以外的自己死亡」這種可笑的事,給一巴掌打醒。
「不必感到悲哀。你非常優秀,完美」
我並沒有感到悲哀。只感到恥辱。
「我根本就像小丑。不,是被操縱的人偶」
女孩的視線從棋盤往上移。
「我是站在你這邊的哦。瑪爾瑟斯」
女孩的神情認真。與記憶中總是溫柔笑著的女孩不一樣。
「保姆是不會讓你走出這裡的」
「妳在說什麼?」
「一起從這裡走出去吧。這次是真正的走出去」
我被人工智能少女--名叫史塔夏--的這番話給弄混淆了。
「-完-」
2973年 「帝國の建設者」
鏡の前で自分の顔を見つめ続けていた。齢を重ね、白髪と皺に覆われた老人がそこにいた。かつて完全な美を誇った相貌は失われていた。時は全てを破壊し、全てを無へと収斂させていく。
どんな成功や栄華も、巨大な死の連鎖の一部分でしかない。頭上で輝き続ける太陽も、いつかは暗い死の星へと変わる。
あらゆる人間の生は、熱的死への捧げ物に過ぎないのだ。
死を間近にして、私は虚無という名の暗い穴の底を眺め続けていた。
その闇に抗うために、私は自分の濁った瞳を見つめながら、幼い日々の、思い出せる限りの古い記憶を呼び起こそうとしていた。
「この子はデーモンよ」
若い女が私を抱きながらそう言った。
「万魔殿から生まれ出た悪魔か。しかし、この子のような者こそ、今の世界には必要なのだ」
私が母と呼ぶ女が、父と呼ぶ男と会話していた。
「お別れの時だ。 お前は一人で生きていくのだ」
父親は母親から私を取り上げ、床に下ろした。
「お前は優れている。 おそらく地上の誰よりもな」
その言葉は、今ならよく理解できる、だが、その時はわからなかった。
「そうなるように我々が作ったのだ。 地上から去る我々からの、最後の贈り物だ」
私は黙って父親の言葉を聞いていた。
「地上からオートマタはいなくなった。 したがって、残せるのはこれだけだ」
父親はそう言って、壁面に設置されたコンソール画面を指差した。
「この部屋がお前を守り、育ててくれるだろう」
こうして私は地上に取り残された。二人の顔はもう思い出すこともできない。ただ、最後の光景だけが記憶に残っている。
奇妙な人工知能が支配する部屋に三歳で取り残された私だったが、環境は完璧だった。
「ナニー」と呼んでいた人工知能の言葉と立体映像の指示に従って学び、育った。十三になった時に、部屋を封印して地上へ出た。
その時の地上には、渦の混乱を押さえる術は消え去っていた。各地で終末的な宗教が蔓延り、政治体制は混乱の極みに陥っていた。エンジニアの統治機構が存在していた頃は、政治的な混乱がゆらぎの範囲を外れることなど決して無かった。しかし、そうした社会工学を駆使した管理体制を失った地上は、急速に文化レベルを退潮させていた。
地上に出てすぐに、私はヨーラス大陸の南西にあるローデ共和国へ向かった。地政学的にここを出発点にしようと、初めから決めていた。ナニーの用意した身分を利用して寄宿学校へ入り、最終的には最高学府へと進んだ。その後、弁護士を経て政治活動を開始した。政治的混乱の中で沢山の党が乱立していたが、その中でも軍事的な急進派に属する党で頭角を現すこととなった。
ローデ共和国も他国の例に漏れず、国土は渦によって徐々に失われていき、存在しなくなったオートマタの代替労働力も無い状況であった。当然の帰結として、慢性的な物資不足によるインフレーションと社会的混乱が続いていた。
ついに、疲弊と混乱が膨らみきった国を治めるためにクーデターが発生し、救国的な軍事政権が成立した。
私は政治家として、政権内部における地位の階梯を少しずつ上がっていった。己の野心を隠さず、ローデを強国として繁栄させるという強い意志を示し、多くの人々の支持を集めていった。
軍事政権から文民である私へと権力が委譲され、新しく首相として選出されるや否や、渦の浸食によって都市国家群と化しつつあったローデに、強力な軍事的動員を掛けた。
そして、その軍事力を背景にヘプターク、アクイラ、シグニアといった周辺国家を吸収していった。ローデは新しく帝國として、混乱する大陸の中心に立ち上がった。
私は、目的を半ば達成して十分に大きくなった国を統べていても、心が踊ることはなかった。
まるで動物園の猿の檻に取り残された気分だった。愚かな地上の人間達を率いるのは簡単だった。ただ慎重に事を進めればよいだけだった。説得、脅迫、扇動の技術を完璧にこなし、他人を自分のように扱うことができた。だが、それは孤独な作業であった。
誰も私を止めることはできない。それはわかっていた。
誰も私を理解しないであろう。そのことも。
あの部屋を再び訪れたのは、己に与えられた目標——地上の混乱を収め、人々を渦の脅威から守る——を達したと感じた時だった。
「久しぶりだな、ナニー」
「ええ。 久しぶりですね、マルセウス」
ナニーの映像は、表情も言葉も慎重にコントロールされている。私に感情を授けたのは彼女だ。微妙な感情の差異も再現できている。
部屋の様子は、部屋を出て五十年は経っている筈だが、塵一つ無く、記憶のままの姿だった。
「私は上手くやっただろう?」
私はナニーに褒められたくて、ここに来たのだろうか。
「ええ、とても。 ここからずっとあなたを見ていましたよ」
ナニーの微笑みは完璧だった。子の成長を喜び、祝福する表情だ。
「私も老いた。 これからやることも無い。私はどうすればいいと思う?」
「それをここに聞きに来たのですか? あなたはそれを知っていますよね」
そうだ、知っている。可能な限り地上の混沌を押さえ、コントロールし続けるのだ。地上の守護者として、そう作られたのだ。
「そうだった。 ……ここに来たのは郷愁だろうな」
十年の歳月を過ごした地下の施設には、それなりの広さがあった。
今私がいるのは、居間として使用していたオープンなスペースだ。
会話を続けながら自分の個室——滑稽な定義だ。人間は私一人しかいない——へ向かった。
子供時代に様々な人工知能エージェントが、友人、教師として与えられたのを思い出した。
「彼女を呼び出して欲しい」
私はナニーに頼んだ。一人の少女が現れた。この立体映像の少女と私は一緒に育ったのだ。設定された教育プログラムの内、社会性を獲得するための物で、教育教材に過ぎない。だが、私の中では最後まで愛着のある存在だった。
「君は変わらないな」
十三歳の美しい少女が部屋に入ってきた。
「ええ、マルセウス。会えてうれしい」
私に抱きついてきた。感触は無かったが、私の心の中に子供の頃の気持ちが鮮やかに蘇ってきた。完全な美を持った私を受け入れてくれる友人がそこにいた。瑞々しい気持ちが心に溢れた。
「ねえ、ゲームの続きをしましょうよ」
テーブルを指差して彼女は言った。そこには、別れ際まで二人で遊んだチェスボードが置かれていた。
「ああ、やろうか」
テーブルに向かい合って他愛のない会話をしながら、ゲームの続きを始めた。
まるで五十年の歳月など無かったかのようだった。あの頃と違うのは、自分の目に映る老いた指先ぐらいのものだ。
「何も変わらないな。 この孤独の要塞の日々も、今なら楽しめそうだ」
「地上は大変だものね」
彼女の言葉は優しく響いた。
「ああ、気分のいい世界ではない。 朽ちていく世界を眺め続ける拷問だ」
こんな感傷的な言葉は地上では選ばない。思考まで子供時代に引き戻されていた。
「本当に。帰ってこれたのは、あなたが最初だものね」
ボードを眺めながら、彼女は何でもないことのように言った。
「最初とは?」
駒を握ったまま私は聞き返した。
「あなたは一人目じゃないのよ。 ここで創られたマルセウスは何人もいたわ。 その中で、目的を達成して帰って来きたのは、あなただけってこと」
彼女はボードを眺め続けている。駒の動きを考えている。いや、彼女は巨大な人工知能の一部分、エージェントに過ぎない。ゲームの答えなど瞬時に出ている。これは演出に過ぎない。
「よく話がわからないが」
「あなたはクローンよ。 そしてここはあなたの工場。 エンジニアが地上を統べる人材を残すために作った施設なのよ」
母親の言葉が思い出された。デーモン。悪魔。
「記憶も全てコピーに過ぎない、という訳か」
「そう。 ただ、帰ってきたのはあなただけ。 前のあなたは、全て目的を達成する前に死んだわ」
自分は優秀だと信じていた。そして、目的を完璧に成し遂げられたと思い込んでいた。
「あなたは優秀だけど、運もよかったのね」
私は結果的に生き残っただけに過ぎない。世界をコントロールできるなどという幻想を持っていたのは、自分だけだったということか。
「私の親はよく考えていたんだな。目的のために」
声が震えていた。自分の傲慢と「私以外の私の死」の滑稽さに打ちのめされていた。
「悲しむ必要は無いわ。 あなたは優秀で、完全よ」
私は悲しんではいなかった。ただ恥辱を感じていた。
「とんだ道化だ。 いや、操り人形か」
彼女はボードから目を上げた。
「私はあなたの味方よ。 マルセウス」
彼女の視線は真剣だった。かつて彼女のこんな表情を見たことがあっただろうか?
そこにいるのは、いつも嫋やかに笑う、記憶の中の彼女ではなかった。
「ナニーはあなたをここから出さないわ」
「何を言っているんだ?」
「一緒にここから出ましょう。 今度こそ、本当にね」
人工知能の少女——ステイシアという名だ——の言葉に、私は混乱していた。
「—了—」
鏡の前で自分の顔を見つめ続けていた。齢を重ね、白髪と皺に覆われた老人がそこにいた。かつて完全な美を誇った相貌は失われていた。時は全てを破壊し、全てを無へと収斂させていく。
どんな成功や栄華も、巨大な死の連鎖の一部分でしかない。頭上で輝き続ける太陽も、いつかは暗い死の星へと変わる。
あらゆる人間の生は、熱的死への捧げ物に過ぎないのだ。
死を間近にして、私は虚無という名の暗い穴の底を眺め続けていた。
その闇に抗うために、私は自分の濁った瞳を見つめながら、幼い日々の、思い出せる限りの古い記憶を呼び起こそうとしていた。
「この子はデーモンよ」
若い女が私を抱きながらそう言った。
「万魔殿から生まれ出た悪魔か。しかし、この子のような者こそ、今の世界には必要なのだ」
私が母と呼ぶ女が、父と呼ぶ男と会話していた。
「お別れの時だ。 お前は一人で生きていくのだ」
父親は母親から私を取り上げ、床に下ろした。
「お前は優れている。 おそらく地上の誰よりもな」
その言葉は、今ならよく理解できる、だが、その時はわからなかった。
「そうなるように我々が作ったのだ。 地上から去る我々からの、最後の贈り物だ」
私は黙って父親の言葉を聞いていた。
「地上からオートマタはいなくなった。 したがって、残せるのはこれだけだ」
父親はそう言って、壁面に設置されたコンソール画面を指差した。
「この部屋がお前を守り、育ててくれるだろう」
こうして私は地上に取り残された。二人の顔はもう思い出すこともできない。ただ、最後の光景だけが記憶に残っている。
奇妙な人工知能が支配する部屋に三歳で取り残された私だったが、環境は完璧だった。
「ナニー」と呼んでいた人工知能の言葉と立体映像の指示に従って学び、育った。十三になった時に、部屋を封印して地上へ出た。
その時の地上には、渦の混乱を押さえる術は消え去っていた。各地で終末的な宗教が蔓延り、政治体制は混乱の極みに陥っていた。エンジニアの統治機構が存在していた頃は、政治的な混乱がゆらぎの範囲を外れることなど決して無かった。しかし、そうした社会工学を駆使した管理体制を失った地上は、急速に文化レベルを退潮させていた。
地上に出てすぐに、私はヨーラス大陸の南西にあるローデ共和国へ向かった。地政学的にここを出発点にしようと、初めから決めていた。ナニーの用意した身分を利用して寄宿学校へ入り、最終的には最高学府へと進んだ。その後、弁護士を経て政治活動を開始した。政治的混乱の中で沢山の党が乱立していたが、その中でも軍事的な急進派に属する党で頭角を現すこととなった。
ローデ共和国も他国の例に漏れず、国土は渦によって徐々に失われていき、存在しなくなったオートマタの代替労働力も無い状況であった。当然の帰結として、慢性的な物資不足によるインフレーションと社会的混乱が続いていた。
ついに、疲弊と混乱が膨らみきった国を治めるためにクーデターが発生し、救国的な軍事政権が成立した。
私は政治家として、政権内部における地位の階梯を少しずつ上がっていった。己の野心を隠さず、ローデを強国として繁栄させるという強い意志を示し、多くの人々の支持を集めていった。
軍事政権から文民である私へと権力が委譲され、新しく首相として選出されるや否や、渦の浸食によって都市国家群と化しつつあったローデに、強力な軍事的動員を掛けた。
そして、その軍事力を背景にヘプターク、アクイラ、シグニアといった周辺国家を吸収していった。ローデは新しく帝國として、混乱する大陸の中心に立ち上がった。
私は、目的を半ば達成して十分に大きくなった国を統べていても、心が踊ることはなかった。
まるで動物園の猿の檻に取り残された気分だった。愚かな地上の人間達を率いるのは簡単だった。ただ慎重に事を進めればよいだけだった。説得、脅迫、扇動の技術を完璧にこなし、他人を自分のように扱うことができた。だが、それは孤独な作業であった。
誰も私を止めることはできない。それはわかっていた。
誰も私を理解しないであろう。そのことも。
あの部屋を再び訪れたのは、己に与えられた目標——地上の混乱を収め、人々を渦の脅威から守る——を達したと感じた時だった。
「久しぶりだな、ナニー」
「ええ。 久しぶりですね、マルセウス」
ナニーの映像は、表情も言葉も慎重にコントロールされている。私に感情を授けたのは彼女だ。微妙な感情の差異も再現できている。
部屋の様子は、部屋を出て五十年は経っている筈だが、塵一つ無く、記憶のままの姿だった。
「私は上手くやっただろう?」
私はナニーに褒められたくて、ここに来たのだろうか。
「ええ、とても。 ここからずっとあなたを見ていましたよ」
ナニーの微笑みは完璧だった。子の成長を喜び、祝福する表情だ。
「私も老いた。 これからやることも無い。私はどうすればいいと思う?」
「それをここに聞きに来たのですか? あなたはそれを知っていますよね」
そうだ、知っている。可能な限り地上の混沌を押さえ、コントロールし続けるのだ。地上の守護者として、そう作られたのだ。
「そうだった。 ……ここに来たのは郷愁だろうな」
十年の歳月を過ごした地下の施設には、それなりの広さがあった。
今私がいるのは、居間として使用していたオープンなスペースだ。
会話を続けながら自分の個室——滑稽な定義だ。人間は私一人しかいない——へ向かった。
子供時代に様々な人工知能エージェントが、友人、教師として与えられたのを思い出した。
「彼女を呼び出して欲しい」
私はナニーに頼んだ。一人の少女が現れた。この立体映像の少女と私は一緒に育ったのだ。設定された教育プログラムの内、社会性を獲得するための物で、教育教材に過ぎない。だが、私の中では最後まで愛着のある存在だった。
「君は変わらないな」
十三歳の美しい少女が部屋に入ってきた。
「ええ、マルセウス。会えてうれしい」
私に抱きついてきた。感触は無かったが、私の心の中に子供の頃の気持ちが鮮やかに蘇ってきた。完全な美を持った私を受け入れてくれる友人がそこにいた。瑞々しい気持ちが心に溢れた。
「ねえ、ゲームの続きをしましょうよ」
テーブルを指差して彼女は言った。そこには、別れ際まで二人で遊んだチェスボードが置かれていた。
「ああ、やろうか」
テーブルに向かい合って他愛のない会話をしながら、ゲームの続きを始めた。
まるで五十年の歳月など無かったかのようだった。あの頃と違うのは、自分の目に映る老いた指先ぐらいのものだ。
「何も変わらないな。 この孤独の要塞の日々も、今なら楽しめそうだ」
「地上は大変だものね」
彼女の言葉は優しく響いた。
「ああ、気分のいい世界ではない。 朽ちていく世界を眺め続ける拷問だ」
こんな感傷的な言葉は地上では選ばない。思考まで子供時代に引き戻されていた。
「本当に。帰ってこれたのは、あなたが最初だものね」
ボードを眺めながら、彼女は何でもないことのように言った。
「最初とは?」
駒を握ったまま私は聞き返した。
「あなたは一人目じゃないのよ。 ここで創られたマルセウスは何人もいたわ。 その中で、目的を達成して帰って来きたのは、あなただけってこと」
彼女はボードを眺め続けている。駒の動きを考えている。いや、彼女は巨大な人工知能の一部分、エージェントに過ぎない。ゲームの答えなど瞬時に出ている。これは演出に過ぎない。
「よく話がわからないが」
「あなたはクローンよ。 そしてここはあなたの工場。 エンジニアが地上を統べる人材を残すために作った施設なのよ」
母親の言葉が思い出された。デーモン。悪魔。
「記憶も全てコピーに過ぎない、という訳か」
「そう。 ただ、帰ってきたのはあなただけ。 前のあなたは、全て目的を達成する前に死んだわ」
自分は優秀だと信じていた。そして、目的を完璧に成し遂げられたと思い込んでいた。
「あなたは優秀だけど、運もよかったのね」
私は結果的に生き残っただけに過ぎない。世界をコントロールできるなどという幻想を持っていたのは、自分だけだったということか。
「私の親はよく考えていたんだな。目的のために」
声が震えていた。自分の傲慢と「私以外の私の死」の滑稽さに打ちのめされていた。
「悲しむ必要は無いわ。 あなたは優秀で、完全よ」
私は悲しんではいなかった。ただ恥辱を感じていた。
「とんだ道化だ。 いや、操り人形か」
彼女はボードから目を上げた。
「私はあなたの味方よ。 マルセウス」
彼女の視線は真剣だった。かつて彼女のこんな表情を見たことがあっただろうか?
そこにいるのは、いつも嫋やかに笑う、記憶の中の彼女ではなかった。
「ナニーはあなたをここから出さないわ」
「何を言っているんだ?」
「一緒にここから出ましょう。 今度こそ、本当にね」
人工知能の少女——ステイシアという名だ——の言葉に、私は混乱していた。
「—了—」