被稱作米亞的自動人偶,在勒住格雷巴赫──現在是重播記錄檔所以也可以說是蕾格烈芙──的頸部時,持續不斷地笑著。
痛苦跟死亡的恐懼從蕾格烈芙腦海裡湧了上來。但是,即使在這樣的情況之下,蕾格烈芙的內心深處還保有冷靜的判斷力,想找出事情發生的原因及可能犯罪的人物。
「我知道妳的事情」
邊勒住蕾格烈芙的脖子米亞邊說著。已經失去了視覺,只能聽見聲音。
「我一定會破壞妳的」
蕾格烈芙的意識中斷了。
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再次恢復意識時,身旁的瑪麗妮菈正在呼叫醫生。
「太好了,您的意識回來了」
平常無感情的瑪麗妮菈的聲音,似乎有點顫抖。
蕾格烈芙向醫生們問了關於自己的症狀。
「發生了什麼事?」
「差一點就精神汙染了。異常的數據造成過載,幸好安全裝置在千鈞一髮時啟動」
醫生一邊檢視著螢幕一邊說著。
「知覺紀錄被篡改過了嗎?」
「那方面應該會有搜查局的報告」
瑪麗妮菈從旁搶著回答。
「如果明天的檢查沒有發現問題,您就能夠重回職場了」
醫生在行動裝置上邊用筆邊寫著東西邊說道。
「不過,說不定會在精神上留下後遺症,所以暫時還是請定期接受檢查」
「知道了。沒問題」
醫生們離開後,病房裡只留下瑪麗妮菈。
「現在馬上可以聽調查官的報告嗎?」
「好的,我想應該可以馬上叫他們來」
瑪麗妮菈恢復平常工作時的語調回答道。
操作行動裝置幾分鐘後,搜查局的人顯示在病房的主螢幕上。
畫面上出現的是高階工程師及兩位搜查官。兩位搜查官是格雷巴赫官邸再次搜查的擔任官,名字分別是雷頓跟布朗寧。
「是我們搜查的失誤,才會導致這樣的事情發生……」
年長的搜查官雷頓正要道歉時,蕾格烈芙打斷了他的話。
「我只想問搜查的進展」
格雷巴赫的死是被偽裝成自殺的。
「是的。記錄檔不知道被什麼人修改過了,很有可能是為了要掩蓋事情的真相。但是,以目前電子搜查部的調查來看,現階段尚未發現什麼有利的證據」
「是誰殺了格雷巴赫,還有沒有其他線索?」
被殺害的人,對自己而言是兄妹,同時也是情人的男人。這個事實大大地影響了情緒。但是,蕾格烈芙將感傷與職責分開來。她的洞察力已經發現,這件殺人事件有很大的不協調感。
「根據再調查後發現,官邸的破壞是來自內部的自動人偶所造成的」
「你是說格雷巴赫是被自動人偶所殺害的嗎」
「有這個可能性。不過,就搜查局而言並沒有放棄自殺的可能性。再怎麼說格雷巴赫也算是自動人偶的權威……」
老去的天才精心策劃了一場自殺。搜查局似乎假設了這樣的劇本。
「不對。自動人偶的背後應該還有別的意志」
那個名叫米亞的自動人偶並不是格雷巴赫所製作的。蕾格烈芙的第六感這麼告訴她自己。
「是,是的。只是,搜查不能憑空假設,所以……」
雷頓的汗珠從額頭浮出。
「我知道。但是我的第六感是經過訓練跟技術鍛鍊出來的」
「是的。這一點我們當然相當清楚」
這些現場的搜查官員,以從統治局最高階的技官來看,是可以輕易解雇他們的存在。雷頓搜查官似乎在努力想著如何修繕這個場面。
蕾格烈芙對下層職員不時露出想保全自身的樣子感到厭惡。
「將搜查的過程逐一報告給我」
「遵命。我們會繼續調查」
雷頓與一句話都沒說的布朗寧搜查官敬禮後,就從螢幕上消失了。
|
隔天,檢查結束後在回到職務時的車中,蕾格烈芙邊看著窗外的風景邊回想著格雷巴赫的記憶。
──那一天,到底發生了什麼事。
──格雷巴赫完成了一個擁有完全創造性的自動人偶,『創造』了殺人嗎。
──然後,被自己的作品給殺害的話,可以認定為自殺嗎。
自動人偶到處都有,作為安定的勞動者,持續維持著這個世界的繁榮。
想要改善這些的正是格雷巴赫。他美麗的作品能夠像擁有知性般地行動,夢想般的奴隸很快地顛覆了世界。不過格雷巴赫卻沒有因此而滿足。
就算做出好似有智慧的舉動,但也只像是以立體動畫表現出好像有什麼東西在那邊而已,他的自動人偶的知性也是人工做出來的。
無法像人類一樣做出新的價值,或是擁有自己的意識去創造什麼東西。
「我做出來的知性不過就是個劣質的複製品罷了。而且是只擷取一部分,就像是快照一般的東西而已」
他曾經對自己所做的自動人偶精緻度,像是夾雜著自嘲般地這麼說過。
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「蕾格烈芙大人,搜查局有關於格雷巴赫的自動人偶調查報告」
蕾格烈芙的沉思被瑪麗妮菈的報告打斷了。
「知道了,幫我接過來」
螢幕上映出了高階工程師跟一位搜查官的影像。另外除了他們的影像外,還列出了自動人偶的識別號碼表。
「格雷巴赫先生所製造,並留在宅邸裡的自動人偶有20架。其中16架以完全損毀的狀態被發現,有2架在事件發生前作為展示物借給了D-2區的美術館,所以平安無事」
「剩下的兩架呢?」
「事件發生前一日,由梅爾基奧先生辦了手續成為擁有者了」
「梅爾基奧?被拿走的那兩架的詳細資料弄清楚了嗎」
蕾格烈芙沒有想到會從搜查官那裡聽到梅爾基奧的名字。
「是的。加上我們已經先拘留了梅爾基奧先生。現在正在偵訊中,但是梅爾基奧先生似乎有點錯亂,可能還需要花些時間」
「由我過去吧。我想跟他談談」
突然變更預定,在旁的瑪麗妮菈臉色暗沉了下來。
「但是梅爾基奧先生的健康狀態好像不是很好,那個,不好意思麻煩您親自過來。搞不好,梅爾基奧先生需要治療也不一定」
「那個由我來判斷。現在就過去」
瑪麗妮菈默默地操作行動裝置,開始調整接下來的預定行程。
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數十年不見的梅爾基奧,以身為有受過遺傳基因操作的高級工程師來說,肉體上的年齡似乎增加了不少。看來應該是因為集中於研究,而沒有定期去接受醫療上的保養。
「好久不見了」
「可以放我出去嗎。我的研究正進入佳境。我無法忍受在這邊浪費時間」
梅爾基奧看了蕾格烈芙一眼之後馬上又移開了視線,小聲地說道。
在白色的偵訊室中雖然明亮又乾淨,但是會令人感受到一種壓迫感。
梅爾基奧雖然沒有被拘束著,但是他的兩旁站著之前見過的布朗寧搜查官與另一位搜查官。
「你們先出去吧」
蕾格烈芙命令兩位搜查官出去。搜查官們默默地遵照命令出去了。
在白色的房間內只剩下兩個人。
「你看起來不是很健康。不好好接受定期的抗老化程序是不行的」
蕾格烈芙用像對親密朋友的語調說道。
「那種東西,我現在不需要。只差一點點而已了」
「你想要繼續研究的話,就更需要注意身體的健康啊」
蕾格烈芙將手放在梅爾基奧的手上握住。又白又美的手蓋在血管突起的醜陋手上。但是梅爾基奧立刻將自己的手收了回去。
「未來的事不重要。跟現在我快要達成的成果比起來根本只是雞毛蒜皮的小事」
梅爾基奧很頑固地不與蕾格烈芙的眼神對上。
「你知道格雷巴赫死了吧」
梅爾基奧看著房間的角落。
「當然知道」
「你知道他為什麼死的嗎?」
「關於這一點我已經跟搜查官說過好幾次了。我完全不知道。我跟他也很久沒有聯絡了」
「那麼,為什麼他的自動人偶會移動登錄紀錄到你的名下呢?而且是在他死後」
「我不知道。我也沒興趣。我必須早點回去研究。我現在進行的實驗順利的話,就可以改變人類了」
蕾格烈芙冷靜地觀察著梅爾基奧的語調以及態度。蕾格烈芙熟知他的個性。是極度內向,將人生奉獻給研究的男人。與人之間的交流技能從孩童時期就沒有進步過。只說自己想說的話,只要求自己想做的事。
「那麼也就是說,有人想要陷害你嚕?」
蕾格烈芙無視他的請求繼續問著。
「那應該是搜查官該調查的事吧。我沒興趣。我的研究正進入佳境。我已經跟搜查官那些木頭人說明同一件事好幾次了。那些傢伙根本搞不清楚事情的輕重!」
「對搜查官來說,解決這次事件就跟研究對你來說一樣重要啊」
「重要性完全不一樣!不過就是一個人死掉而已──」
梅爾基奧接著不停地像是自言自語般說著,自己現在的研究與搜查事件的價值差。從旁人看來,就像是一個老人精神錯亂吧。但是蕾格烈芙對他的研究內容感到有興趣。
「我知道了。我會命令他們放你出去的」
「聰明的判斷」
「但是有條件。我想找出殺害格雷巴赫的犯人,而那個線索我認為就是你」
「嗯」
「犯人將格雷巴赫殺害,並說要破壞我。而且動了手腳讓搜查方向指向了你」
「所以呢?」
「我很擔心你。作為一同成長的朋友。讓我派護衛保護你吧。這就是條件」
「他們不會妨礙我研究吧」
「嗯」
「我知道了。那就隨便妳吧」
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「放梅爾基奧回去。但是不要疏忽對他的監視。一一向我報告」
蕾格烈芙離開偵訊室後,就向搜查局的主任下了命令後快速離開了。
「─完─」
2814年 「捜査」
ミアと呼ばれていたオートマタは、グライバッハ——今はセンソレコードを再生しているレッドグレイヴでもある——の首を絞めている間、笑い続けていた。
苦しみと死の恐怖がレッドグレイヴの脳を襲った。ただ、そんな状態でも、レッドグレイヴの心の奥にある冷徹な判断力は、事の原因と犯行可能な人物を探し出そうとしていた。
「お前のことは知っているよ」
レッドグレイヴの首を絞めながらミアは言った。視界が無くなり、声だけが聞こえてくる。
「必ず壊してやる」
レッドグレイヴの意識はブラックアウトした。
再び意識が戻ったとき、傍にいたマリネラがドクターを呼び出していた。
「よかった、意識が戻られたのですね」
いつもは無感情なマリネラの声が、少し弾んでいるようだった。
レッドグレイヴは入ってきた医師達から自分の病状を聞き出した。
「何があった?」
「精神汚染寸前でした。 異常なデータがオーバーロードされたのですが、辛うじて安全装置が働きました」
医者はモニターをチェックしながら言った。
「センソレコードが改竄されていたのか?」
「それは捜査局から報告があると思います」
マリネラが横から答えた。
「明日の検査で問題が見つからなければ、職務に復帰できるでしょう」
加えるように、医師が端末にペンを走らせながら言った。
「ただ、メンタルヘルスに後遺症が残っているかもしれませんので、暫くは定期的な検査をお願いします」
「わかった。問題無い」
医師達がレッドグレイヴの元を去ると、病室はマリネラだけになった。
「捜査官の話をいますぐに聞きたいのだが?」
「はい、呼び出せると思います」
マリネラはいつもの職務的な口調に戻ってそう言った。
端末を操作した数分後、捜査局の人間が病室のメインモニターに映し出された。
映像には責任者であるテクノクラートと二人の捜査官が映っていた。二人の捜査官はグライバッハ邸の再捜査を行っている担当官で、それぞれレントン、ブロウニングと名乗った。
「捜査の不手際で、このようなことになってしまい……」
年嵩のレントン捜査官がお定まりの謝罪をしようとするのを、レッドグレイヴはすぐにやめさせた。
「私が聞きたいのは捜査の進捗だけだ」
グライバッハは自死を装って殺されたのだ。
「はい。 記録されたデータに何者かが手を加え、事件を隠蔽しようとしていたことが判明しました。ただ、電子捜査部の調査では、現段階で有力な証拠はまだ見つかっていません」
「誰がグライバッハを殺したのか、他の手掛かりはないのか?」
兄妹であり、恋人でもあった男が殺された。この事実に感情を大きく動かされていた。しかし、レッドグレイヴは感傷と職務を分離している。彼女の深い洞察力は、この殺人に大きな違和を感じ取っていたのだった。
「再調査により、邸内の破壊は内部のオートマタによるものだとわかりました」
「グライバッハはオートマタによって殺されたのか」
「おそらく。しかし、捜査局では自殺の可能性を捨てていません。 なんといってもグライバッハ氏はオートマタの権威ですので……」
老いた天才が自らの創造物で手の込んだ自死をした。そんなシナリオを捜査局は想定しているようだった。
「違うな。 オートマタの背後には別の意志があった筈だ」
あの記憶の中で出会ったミアという女は、グライバッハが作ったものではない。そうレッドグレイヴは直感していた。
「は、はい。 ただ捜査は予断を持って臨むわけにはいきませんので、その……」
レントンは額に玉のような汗を浮かべている。
「そんなことはわかっている。 だが、私の直感は訓練と技術によって鍛えられたものだ」
「はい。 もちろんそれは十分に理解しております」
現場の捜査局員など、統治局の最高レベルの技官から見れば、吹けば飛ぶような地位だ。この場をどう繕うかだけをレントン捜査官は考えているようだった。
レッドグレイヴは下層の職員がしばしば見せる、このような矮小な自己保身を嫌悪していた。
「捜査の過程は逐一こちらに報告してもらおう」
「わかりました。 引き続き調査を行います」
レントンと一言も喋らなかったブロウニングの両捜査官は、敬礼するとともに画面から消えた。
翌日、検査を終えて職務に戻る車中で、レッドグレイヴは通り過ぎる窓の景色を眺めながらグライバッハの記憶を反芻していた。
——あの日、何があったのか。
——グライバッハは完全な創造性を持ったオートマタを完成させ、殺人を『創造』したのだろうか。
——そして、自分の作品によって殺されたとしたら、それは自死になるのか。
オートマタは地上に溢れている、安定した労働者として、この世界の繁栄と継続を担っている。
その働きの改善にあたったのがグライバッハだった。知性あるように振る舞うことのできる美しい彼の作品は、夢の奴隷として瞬く間に世界を覆った。ただ、グライバッハはそれに満足していなかった。
知性あるように振る舞うといっても、ホログラフの動画がそこに何かが存在しているかのように表現するのと同じで、彼のオートマタの知性も作られたように動くだけだった。
人間のように新たな価値を作り出したり、意志を持って目的を創造したりすることはついにできなかった。
「私の知性の劣化コピーに過ぎない。それも一部だけを切り取った、スナップショットみたいなものだ」
と、彼は自分の作ったオートマタの精緻さを、自嘲を交えてそう表現することがあった。
「レッドグレイヴ様、捜査局からグライバッハ氏のオートマタに関する調査報告があるそうです」
レッドグレイヴの黙考はマリネラの呼びかけで中断した。
「わかった、繋いでくれ」
スクリーンにテクノクラートと捜査官の一人が映った。彼らの映像とは別に、オートマタの識別番号と所在のリストが映し出される。
「グライバッハ氏が製造し、邸宅で保有していた人型オートマタは20体。うち16体が全損した状態で発見、2体は事件前にD−2区画にある美術館に展示物として貸し出されており、無事でした」
「残りの2体はどうなった?」
「事件があった翌日に、メルキオール氏が所有者となる手続きを取っています」
「メルキオールが? 引き取られた2体の詳細は判明しているのか」
捜査官の口からメルキオールの名が出てくるとは予想していなかった。
「はい。 加えて、メルキオール氏の身柄はすでに確保しております。 現在尋問中ですが、氏はどうやら錯乱しているようでして、まだ時間が掛かりそうです」
「私が行こう。 話をしてみたい」
突然の予定変更に、隣で聞いていたマリネラの顔が曇った。
「ですが、あまり氏の健康状態はよろしくないようですので、その、お手を煩わすだけになるかと。 ひょっとしたら、氏には治療が必要かもしれません」
「判断は私が行う。今から向かう」
マリネラは黙って端末を操作し、これからの予定を再調整しはじめた。
数十年ぶりに会うメルキオールは、遺伝子操作がされている筈の高級エンジニアにしては、随分と肉体的な年齢を重ねているように見えた。大方、研究に没頭して医療的な定期トリートメントを受けずにいたのだろう。
「久しぶりね」
「ここから出してくれないか。 研究が佳境なんだ。 こんな時間の無駄には耐えられない」
一瞬だけ顔をこちらに向けるとすぐに目を逸らして、小さな声でそう言った。
白い尋問室は明るく清潔だが、どこか圧迫感があった。メルキオールは拘束されていないが、前に見たブロウニング捜査官ともう一人の別の捜査官が、彼の両脇に立っていた。
「席を外しなさい」
二人の捜査官にレッドグレイヴは命令した。捜査官達は黙ってその指示に従った。
白い部屋には二人だけが残った。
「あまりいい健康状態ではなさそうね。 ちゃんと定期的な抗老化プログラムを受けないと」
親しい友達の口調でレッドグレイヴは言った。
「そんなもの、今は必要ない。 あと少しなんだ」
「研究を続けたいのなら、身体にも気を遣わないと」
レッドグレイヴは力付けるかのようにメルキオールの手を上から握った。白く美しい手が醜く血管の浮かんだ手を覆う。しかし、すぐにメルキオールはその手を引っ込めてしまった。
「未来のことはどうでもいい。 今、辿り着こうとしている成果に比べたら些末なことだ」
メルキオールは頑なに目を合わさない。
「グライバッハが死んだのは知ってるわね」
メルキオールは部屋の隅に視線を向けている
「もちろん」
「なぜ亡くなったかを知ってる?」
「それはさんざん捜査官と話したよ。 全く知らない。 大体、彼とはもう暫く連絡も取っていなかった」
「じゃあ、なぜ彼のオートマタの登録記録があなたに移動しているの? それも彼の死後に」
「知らないね。 興味も無い。 すぐに研究に戻らなきゃいけない。 今、行おうとしてる実験さえ上手くいけば、人類は変われるんだ」
レッドグレイヴはメルキオールの口調や態度を冷静に観察していた。彼の生来の性格は熟知していた。極めて内向的で、人生の殆どを研究への情熱に捧げている男。対人コミュニケーションのスキルは子供の頃から全く進歩が無い。語りたいことだけを語り、やりたいことだけを要求する。
「じゃあ、あなたを陥れようとする人物がいるってこと?」
レッドグレイヴは彼の懇願を無視して聞いた。
「それは捜査官が調べるべきだ。 興味も無い。今は研究の佳境なんだ。 捜査官の木偶の坊共にいくら説明しても同じ事の繰り返し。物事の軽重がわからんらしい!」
「捜査官にとっては事件の解決が、あなたにとっての研究のようなものなのよ」
「重みが違う! たかが人一人が死んだくらいで——」
メルキオールは続けて現在の自分の研究と今行われている捜査との価値の差を、延々と独り言のように喋り続けた。傍目には老人が錯乱しているようにしか見えないだろう。しかし、その内容にレッドグレイヴは興味を持った。
「わかったわ。 あなたを出すよう命令するわ」
「賢明な判断だ」
「ただし条件があるの。 私はグライバッハを殺した犯人を知りたいと思っていて、その手がかりはあなただと思っている」
「ふむ」
「犯人はグライバッハを殺し、私を壊すと言ったわ。 そしてあなたに捜査が及ぶように仕向けた」
「だから?」
「私はあなたが心配なの。 共に育った友人としてね。だから護衛を付けさせて。 それが条件」
「研究の邪魔はさせないだろうな」
「ええ」
「わかった。 勝手にすればいい」
「メルキオールを帰してやれ。 ただし監視を怠るな。 逐次報告をしろ」
レッドグレイヴは取調室を出ると、捜査局の主任にそう命令して足早に去って行った。
「—了—」
ミアと呼ばれていたオートマタは、グライバッハ——今はセンソレコードを再生しているレッドグレイヴでもある——の首を絞めている間、笑い続けていた。
苦しみと死の恐怖がレッドグレイヴの脳を襲った。ただ、そんな状態でも、レッドグレイヴの心の奥にある冷徹な判断力は、事の原因と犯行可能な人物を探し出そうとしていた。
「お前のことは知っているよ」
レッドグレイヴの首を絞めながらミアは言った。視界が無くなり、声だけが聞こえてくる。
「必ず壊してやる」
レッドグレイヴの意識はブラックアウトした。
再び意識が戻ったとき、傍にいたマリネラがドクターを呼び出していた。
「よかった、意識が戻られたのですね」
いつもは無感情なマリネラの声が、少し弾んでいるようだった。
レッドグレイヴは入ってきた医師達から自分の病状を聞き出した。
「何があった?」
「精神汚染寸前でした。 異常なデータがオーバーロードされたのですが、辛うじて安全装置が働きました」
医者はモニターをチェックしながら言った。
「センソレコードが改竄されていたのか?」
「それは捜査局から報告があると思います」
マリネラが横から答えた。
「明日の検査で問題が見つからなければ、職務に復帰できるでしょう」
加えるように、医師が端末にペンを走らせながら言った。
「ただ、メンタルヘルスに後遺症が残っているかもしれませんので、暫くは定期的な検査をお願いします」
「わかった。問題無い」
医師達がレッドグレイヴの元を去ると、病室はマリネラだけになった。
「捜査官の話をいますぐに聞きたいのだが?」
「はい、呼び出せると思います」
マリネラはいつもの職務的な口調に戻ってそう言った。
端末を操作した数分後、捜査局の人間が病室のメインモニターに映し出された。
映像には責任者であるテクノクラートと二人の捜査官が映っていた。二人の捜査官はグライバッハ邸の再捜査を行っている担当官で、それぞれレントン、ブロウニングと名乗った。
「捜査の不手際で、このようなことになってしまい……」
年嵩のレントン捜査官がお定まりの謝罪をしようとするのを、レッドグレイヴはすぐにやめさせた。
「私が聞きたいのは捜査の進捗だけだ」
グライバッハは自死を装って殺されたのだ。
「はい。 記録されたデータに何者かが手を加え、事件を隠蔽しようとしていたことが判明しました。ただ、電子捜査部の調査では、現段階で有力な証拠はまだ見つかっていません」
「誰がグライバッハを殺したのか、他の手掛かりはないのか?」
兄妹であり、恋人でもあった男が殺された。この事実に感情を大きく動かされていた。しかし、レッドグレイヴは感傷と職務を分離している。彼女の深い洞察力は、この殺人に大きな違和を感じ取っていたのだった。
「再調査により、邸内の破壊は内部のオートマタによるものだとわかりました」
「グライバッハはオートマタによって殺されたのか」
「おそらく。しかし、捜査局では自殺の可能性を捨てていません。 なんといってもグライバッハ氏はオートマタの権威ですので……」
老いた天才が自らの創造物で手の込んだ自死をした。そんなシナリオを捜査局は想定しているようだった。
「違うな。 オートマタの背後には別の意志があった筈だ」
あの記憶の中で出会ったミアという女は、グライバッハが作ったものではない。そうレッドグレイヴは直感していた。
「は、はい。 ただ捜査は予断を持って臨むわけにはいきませんので、その……」
レントンは額に玉のような汗を浮かべている。
「そんなことはわかっている。 だが、私の直感は訓練と技術によって鍛えられたものだ」
「はい。 もちろんそれは十分に理解しております」
現場の捜査局員など、統治局の最高レベルの技官から見れば、吹けば飛ぶような地位だ。この場をどう繕うかだけをレントン捜査官は考えているようだった。
レッドグレイヴは下層の職員がしばしば見せる、このような矮小な自己保身を嫌悪していた。
「捜査の過程は逐一こちらに報告してもらおう」
「わかりました。 引き続き調査を行います」
レントンと一言も喋らなかったブロウニングの両捜査官は、敬礼するとともに画面から消えた。
翌日、検査を終えて職務に戻る車中で、レッドグレイヴは通り過ぎる窓の景色を眺めながらグライバッハの記憶を反芻していた。
——あの日、何があったのか。
——グライバッハは完全な創造性を持ったオートマタを完成させ、殺人を『創造』したのだろうか。
——そして、自分の作品によって殺されたとしたら、それは自死になるのか。
オートマタは地上に溢れている、安定した労働者として、この世界の繁栄と継続を担っている。
その働きの改善にあたったのがグライバッハだった。知性あるように振る舞うことのできる美しい彼の作品は、夢の奴隷として瞬く間に世界を覆った。ただ、グライバッハはそれに満足していなかった。
知性あるように振る舞うといっても、ホログラフの動画がそこに何かが存在しているかのように表現するのと同じで、彼のオートマタの知性も作られたように動くだけだった。
人間のように新たな価値を作り出したり、意志を持って目的を創造したりすることはついにできなかった。
「私の知性の劣化コピーに過ぎない。それも一部だけを切り取った、スナップショットみたいなものだ」
と、彼は自分の作ったオートマタの精緻さを、自嘲を交えてそう表現することがあった。
「レッドグレイヴ様、捜査局からグライバッハ氏のオートマタに関する調査報告があるそうです」
レッドグレイヴの黙考はマリネラの呼びかけで中断した。
「わかった、繋いでくれ」
スクリーンにテクノクラートと捜査官の一人が映った。彼らの映像とは別に、オートマタの識別番号と所在のリストが映し出される。
「グライバッハ氏が製造し、邸宅で保有していた人型オートマタは20体。うち16体が全損した状態で発見、2体は事件前にD−2区画にある美術館に展示物として貸し出されており、無事でした」
「残りの2体はどうなった?」
「事件があった翌日に、メルキオール氏が所有者となる手続きを取っています」
「メルキオールが? 引き取られた2体の詳細は判明しているのか」
捜査官の口からメルキオールの名が出てくるとは予想していなかった。
「はい。 加えて、メルキオール氏の身柄はすでに確保しております。 現在尋問中ですが、氏はどうやら錯乱しているようでして、まだ時間が掛かりそうです」
「私が行こう。 話をしてみたい」
突然の予定変更に、隣で聞いていたマリネラの顔が曇った。
「ですが、あまり氏の健康状態はよろしくないようですので、その、お手を煩わすだけになるかと。 ひょっとしたら、氏には治療が必要かもしれません」
「判断は私が行う。今から向かう」
マリネラは黙って端末を操作し、これからの予定を再調整しはじめた。
数十年ぶりに会うメルキオールは、遺伝子操作がされている筈の高級エンジニアにしては、随分と肉体的な年齢を重ねているように見えた。大方、研究に没頭して医療的な定期トリートメントを受けずにいたのだろう。
「久しぶりね」
「ここから出してくれないか。 研究が佳境なんだ。 こんな時間の無駄には耐えられない」
一瞬だけ顔をこちらに向けるとすぐに目を逸らして、小さな声でそう言った。
白い尋問室は明るく清潔だが、どこか圧迫感があった。メルキオールは拘束されていないが、前に見たブロウニング捜査官ともう一人の別の捜査官が、彼の両脇に立っていた。
「席を外しなさい」
二人の捜査官にレッドグレイヴは命令した。捜査官達は黙ってその指示に従った。
白い部屋には二人だけが残った。
「あまりいい健康状態ではなさそうね。 ちゃんと定期的な抗老化プログラムを受けないと」
親しい友達の口調でレッドグレイヴは言った。
「そんなもの、今は必要ない。 あと少しなんだ」
「研究を続けたいのなら、身体にも気を遣わないと」
レッドグレイヴは力付けるかのようにメルキオールの手を上から握った。白く美しい手が醜く血管の浮かんだ手を覆う。しかし、すぐにメルキオールはその手を引っ込めてしまった。
「未来のことはどうでもいい。 今、辿り着こうとしている成果に比べたら些末なことだ」
メルキオールは頑なに目を合わさない。
「グライバッハが死んだのは知ってるわね」
メルキオールは部屋の隅に視線を向けている
「もちろん」
「なぜ亡くなったかを知ってる?」
「それはさんざん捜査官と話したよ。 全く知らない。 大体、彼とはもう暫く連絡も取っていなかった」
「じゃあ、なぜ彼のオートマタの登録記録があなたに移動しているの? それも彼の死後に」
「知らないね。 興味も無い。 すぐに研究に戻らなきゃいけない。 今、行おうとしてる実験さえ上手くいけば、人類は変われるんだ」
レッドグレイヴはメルキオールの口調や態度を冷静に観察していた。彼の生来の性格は熟知していた。極めて内向的で、人生の殆どを研究への情熱に捧げている男。対人コミュニケーションのスキルは子供の頃から全く進歩が無い。語りたいことだけを語り、やりたいことだけを要求する。
「じゃあ、あなたを陥れようとする人物がいるってこと?」
レッドグレイヴは彼の懇願を無視して聞いた。
「それは捜査官が調べるべきだ。 興味も無い。今は研究の佳境なんだ。 捜査官の木偶の坊共にいくら説明しても同じ事の繰り返し。物事の軽重がわからんらしい!」
「捜査官にとっては事件の解決が、あなたにとっての研究のようなものなのよ」
「重みが違う! たかが人一人が死んだくらいで——」
メルキオールは続けて現在の自分の研究と今行われている捜査との価値の差を、延々と独り言のように喋り続けた。傍目には老人が錯乱しているようにしか見えないだろう。しかし、その内容にレッドグレイヴは興味を持った。
「わかったわ。 あなたを出すよう命令するわ」
「賢明な判断だ」
「ただし条件があるの。 私はグライバッハを殺した犯人を知りたいと思っていて、その手がかりはあなただと思っている」
「ふむ」
「犯人はグライバッハを殺し、私を壊すと言ったわ。 そしてあなたに捜査が及ぶように仕向けた」
「だから?」
「私はあなたが心配なの。 共に育った友人としてね。だから護衛を付けさせて。 それが条件」
「研究の邪魔はさせないだろうな」
「ええ」
「わかった。 勝手にすればいい」
「メルキオールを帰してやれ。 ただし監視を怠るな。 逐次報告をしろ」
レッドグレイヴは取調室を出ると、捜査局の主任にそう命令して足早に去って行った。
「—了—」