蕾格烈芙來到了格雷巴赫邸。在有著摩登的家具與晴朗日照的房間中,就跟以前記憶中的一樣沒有太多改變。房間裡大大的牆面上,裝飾著他許多的『作品』。實際的動物,幻想中的怪物,或是妖精般的自動人偶,都被擺了姿勢裝飾在牆面上。就像是他個人的作品集一般。
蕾格烈芙仔細看著那一個一個的作品。在這些東西之中有著格雷巴赫的人生。蕾格烈芙原本不是個容易感傷的人,但是看著這些不會動的人偶們,她似乎也感到了些許的孤寂與落莫。自己看似完美的人生也有一天會結束,就像這些不會動的人偶般,漸漸地被遺忘而去。
走進房間深處後,發現裝飾的人偶群當中有個奇的空缺。一大塊被特地空出來的空間,就好像是為了要放哪個自動人偶一樣而準備好的。大概是為了他最後的作品吧,蕾格烈芙揣測著。
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蕾格烈芙朝著在最裡面格雷巴的研究室前進。排列著工作機械的那個房間,也可說是他的工坊。就算擺放著機械,他以個人美學佈置的房間還是讓人感到一種不同的寧靜。
房間的右邊深處,可以看到奇怪的黑色人影。從照明器具垂下來的繩子懸吊著男子的遺體。散亂的頭髮,臉上充滿皺紋。即使不用靠近也知道那就是格雷巴赫。
「把遺體清掉」
蕾格烈芙的話一出後,格雷巴赫的遺體便從那空間消失了。
蕾格烈芙連接到了治安管理局搜查課的資料庫。當事件,事故發生時,所有的證據都會由治安管理局以高精密的三次元資料保存於資料庫之中。一旦電子化後證據就會永久留下,要再檢閱也相當容易。蕾格烈芙是在公務中抽空,來調閱格雷巴赫被發現當時的現場資料。
將遺體的資料消去後,蕾格烈芙在研究室裡到處查看。無論是哪一個工作機械上面都被刻上著如工藝品般的雕刻,是優雅的完成品。
不過,優美的工作機械周圍連一個零件或作品也沒有,感覺像是一切都被整理好或是被丟棄了。那也是格雷巴赫特有的美學吧,蕾格烈芙這麼想著。
桌旁的書架上,發現了擺放著自己年輕時的舊照片。那是他們兩個人,出席由藝術協會所建的中央歌劇院開幕儀式時所拍的照片。雖然是面對採訪的笑容,不過年輕的兩個人看起來非常幸福。才伸手過去想取下的同時,卻突然想起這一切不過是資料庫的資料而已,就放棄了。
「蕾格烈芙大人。與新聞局預約的時間到了」
聲音在房間裡響著。正確來說是直接在蕾格烈芙的聽覺裡響起。
「我知道了。現在就回去」
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蕾格烈芙從治安管理局的資料庫離開後,在辦公室裡睜開眼醒來。
辦公室裡有陪同的秘書官瑪麗妮菈。她是最近才剛上任,負責政策的年輕工程師。跟蕾格烈芙一樣都是經過特別調整過後的高級工程師,有著極度的才華。穿起制服也不顯老氣。
「要歸還資料庫的讀取權限嗎?」
「嗯,就那麼做吧」
蕾格烈芙掩飾自己的感傷,回到了工作崗位上。
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所在的辦公室的另一邊變成了螢幕,新聞局的技官們接著到來。
他們簡單的打了招呼後,向蕾格烈芙開始說明議題。
「這是現在各統治部位的潛在欲求圖表」
擔任宣傳的技官在彩色的畫面上指示著。
「現在這樣的潛在要求組合在各地所造成的問題如以下所表示的。這是接下來五年的模擬演算」
隨著畫面的切換,各地區可能會發生的事態相繼出現。暴動,以及紛爭所引起的暴力騒亂,宗敎或是麻藥等文化上的紛亂,都用顏色所區分的色塊在各地區閃爍。
「如果持續現在這個政策發會發生的文化問題會是以這種型態……」
「可以把在S-1跟O-4區域的黨派相容數值,標示出來讓我看看嗎」
蕾格烈芙打斷了技官的說明,命令切換成其他的情報。各個不同的地區被以代號稱呼。說到底統治機構只以數字在看待市民。察覺他們的慾望,配合那數值來施政。如產生不安的話,就給予治安策略或是文化性的刺激,如果產生頹廢的話就給予威脅──像是犯組織或疾病,但也是控制好的事物──。
蕾格烈芙的工作是工程師政策的精髓。工程師們理想的人類繁榮跟進步,可以持續的生活。為了達成那目標,需要有大量的變數組合跟計算。那就是蕾格烈芙。她的頭腦就是那專用的活體計算機。
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跟新聞局的會議告一段落後,向瑪麗妮菈傳達變更明天的行程。
「明天,我需要一點時間。是私事。不必陪同」
蕾格烈芙決定去一趟格雷巴赫宅邸。感傷似乎還留在心中。蕾格烈芙認為必須去做一個了斷。
「了解了」
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蕾格烈芙實際進入到格雷巴赫官邸中,很快便發現有跟搜查記錄不同的地方。
漆黑的房間,而且看起來有被弄亂。被裝飾著的自動人偶也散落在地板上,變得支離破碎。
在已經形同廢墟般的房子裡朝著研究室一步步地前進。這邊也可以淸楚的看到激烈的損傷痕跡。蕾格烈芙使用攜帶型連絡機跟瑪麗妮菈連絡。
「我現在在格雷巴赫的宅邸裡。幫我確認一下在治安管理局的紀錄中,事件後這房子是否有被侵入的記錄」
「了解」
一邊取得連絡,蕾格烈芙邊確認了在格雷巴赫的書架上的照片。就放在與記錄裡一樣的位置。蕾格烈芙拿走照片後,便轉身要離開了。
「格雷巴赫邸沒有被侵入的情報。現在,搜查員正在趕往現場中。」
瑪麗妮菈回覆道。
「我知道了」
蕾格烈芙離開宅邸,坐上返回統冶局的車。
「關於格雷巴赫的宅邸,沒有任何侵入者的紀錄。為了預防萬一將會進行搜查的樣子」
工作中的空閒收到了瑪麗妮菈的報告。
「這樣啊……」
蕾格烈芙還有留有疑問。她將帶回來的照片收進自己的抽屜裡。
格雷巴赫為什麼會死,最想弄清楚的是這個原因。只要有那麼一點能夠讓她妥協的理由,她都想知道。
蕾格烈芙所知道的格雷巴赫,並不是個會選擇自殺的人。蕾格烈芙對自己的直覺非常有自信。為了確實的掌握人心,天天都對日常的疑問或是不協調的事仔細觀察的蕾格烈芙,是個有著敏銳感覺的觀察者。
「請妳幫我聯絡捜查局的人。有問題想請他們說明」
「是的。了解」
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蕾格烈芙打算存取格雷巴赫的知覺紀錄(Sensory Records)備份資料。
因為就算聽了搜查局的報告也無法從他們那裡得到有用的情報。
高階工程師『Technocrat』,從出生時就會開始將所有知覺情報──觸覺·聽覺·視覺·嗅覺·味覺,從外部傳達到腦裡的所有訊號──都記錄在植於腦內的晶片中。
害怕死亡的人之中,也有每天將情報更新給複製人的人在。
蕾格烈芙也曾有備份用的複製人,但是並沒有嚴密愼重的管理。因為她要因事故死,或是病死等等,意外身亡本身就是不太可能的事。
而且也有相當多人無法接受擁有同樣記憶同樣遺傳因子的肉體同時存在。說穿了,事實上就是將一個與自己非常像的外人拿來頂替你而已。現在的自己死了,很難找出讓那些跟自己『相似』的人活下去到底有什麼意義。
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按照格雷巴赫的遺囑,這份感官紀錄是應該要被銷毀的。
要取得那可以說是最高機密的個人資料,是需要有相當的理由的。最主要還是因為是自殺死的。
以工程師的社會來說,自殺死的人完全不稀奇。醫療跟基因複製技術都很先進的上級社會,死因最多的就是自殺。
只是,為何選擇這樣的方式結束生命,沒能找到一個可以接受的理由。
「您真的要嘗試嗎?這不是完全沒有風險的,我不太建議您嘗試。這種事情交給搜察局的人去做不就好了」
瑪麗妮菈再三地請蕾格烈芙重新考慮,但對蕾格烈芙來說這些風險什麼的,不過是些小事罷了。
「我知道有風險。但是我的疑問,光靠搜查局的回答是無法解決的」
「我知道了。請讓我盡力輔助您」
「嗯。拜託妳了」
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資料的播放裝置與蕾格烈芙連接完成後,她的神經感官就從現實世界被切斷了。
藉由播放他人的知覺後再接收成自己知覺那種奇妙感,是種獨特的感覺。信號的強度若有閃失的話,便會引起喪失現實感的症狀。
現實感的測定會定期執行,發生問題的話,秘書官的瑪麗妮菈就會將程序中斷。
若不幸發生無法分辨現實與假想的『感染』的話,將會變得神智不清。
「檢驗程序(Calibration sequence)開始」
噪音周波在腦中響起。不同的顏色跟圖樣開始出現在眼前。指尖開始感覺到收縮般的刺痛跟癢。在感覺快要暈過去的時候,就逐漸地穩定了。
吸收五感資訊,適應內分泌器官的不同,為了『同步』知覺的連鎖反應到此結束。
「那麽就開始,播放伊利雅思·格雷巴赫,編號28140903的資料」
格雷巴赫的最後一天開始播放。
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早晨的陽光。可以清楚地感覺到輕柔的陽光正照在臉上。
聽到了大概是格雷巴赫的助手,一位年輕女孩子的聲音。
雖然感覺就像在夢裡,但知覺完全是自己的。
完全是自己在經歷的事,但是卻無法以自己的意思來行動的那種感覺,就像是被關在完全無法動彈的牢房一樣。
「早安,主人」
像是歌聲般美妙的聲音,年輕女孩向著自己打招呼。這女子應該不是人類吧。那完美的容貌,就是格雷巴赫的自動人偶最好的證明。
「早餐已經準備好了」
「謝謝妳,米亞。對了,跟沃肯說一下要他向我報告昨晚的實驗結果」
腦中響起的聲音,比自己所熟悉的格雷巴赫的聲音要低了許多。
「好的」
從床上起身,往洗手間去,洗臉。就連沖洗在臉上的水溫也完整的再現。
披著睡袍就直接開始用早餐。在牆上的終端訊息顯示的時間日期,確實就是格雷巴赫身亡的那一天。
但是,怪就怪在這裡。這樣平淡無奇的一天,怎麼可能突然會自殺?
「主人,您怎麼了嗎?」
「不,沒事」
被稱為米亞的自動人偶,突然問了個奇怪的問題。似乎是格雷巴赫一邊吃早餐的同時邊在思考著什麼一樣。
「主人,沃肯說他大概需要一個小時左右的時間來製作報告」
「那沒關係。告訴他等一下請他直接來研究室」
「好的」
說完米亞就收拾好格雷巴赫用餐完畢的餐盤,離開餐桌。一瞬間,米亞手中的白色瓷器餐盤掉落到地板上破裂。米亞對於摔破的餐具置之不理,只是原地發呆地站著。
「怎麼了?」
格雷巴赫問道。
「主人,您真的是主人嗎?」
朝著對面的米亞說道。
「嗯,當然啊」
奇怪的對話。
「不,你不是主人」
轉過身來的米亞,飛撲過來向格雷巴赫攻擊。雖然拚了命地試圖掙脫,但是強大的力量勒緊了格雷巴赫的脖子。
同步的蕾格烈芙的意識也跟著逐漸地消失。
在逐漸失去意識的同時,似乎聽到了那個叫米亞的自動人偶在笑的聲音。
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「─完─」
2814年 「記録」
レッドグレイヴはグライバッハ邸にいた。瀟洒な家具と麗らかな日差しが当たるその部屋は、昔日の思い出と変わりが無いように思えた。大きな部屋の壁龕には、彼のたくさんの『作品』が飾られている。現実的な動物や想像上の怪物、妖精といったものを模したオートマタが、ポーズをつけられ飾られていた。それは一種、彼の作品カタログのようになっていた。
その作品群を一つずつゆっくりとレッドグレイヴは眺めた。彼の人生がそこにあった。レッドグレイヴは元来感傷的な人間ではないが、動かない人形達を見ていると、その彼女も眇々たる寂しさを感じていた。完璧に見えた自分達の人生もいつかは終わり、動かない飾られた人形達のように、そっと忘れ去れていくのだと。
部屋を進んでいくと、飾られている人形の中に奇妙な空白があることに気が付いた。大きく作られたスペースには、何かここに飾る予定のオートマタがあったようだ。おそらく彼が最後に向かい合っていた作品なのだろうと、レッドグレイヴは思った。
奥にある彼の研究室にレッドグレイヴは向かった。工作機械が並べられたその部屋は、彼の工房ともいえる場所だ。機械類が置いてあっても、彼の美意識で整えられた部屋には一種の静謐さが感じられた。
部屋に入ってすぐの右奥に、奇妙な黒い人影が見えた。照明器具から垂らされた紐にぶら下がった男の死体だった。髪は乱れ、その顔には皺が刻まれていた。近くに寄らずとも、それがグライバッハであることは理解できた。
「遺体は消してくれ」
レッドグレイヴが声を出すと、グライバッハの遺体はその空間から掻き消えた。
レッドグレイヴは治安管理局捜査課のデータにアクセスしていた。事件、事故が起こった時には、全ての証拠が治安管理局のデータベースに高精細の三次元データとして保存される。一度電子になった証拠は永遠に残り、再検証も容易だ。レッドグレイヴは、公務の合間にグライバッハが発見された時のデータを眺めていたのだった。
死体のデータを消した後、レッドグレイヴは研究室を歩き回った。どの工作機械にも工芸品のような彫刻が施されており、優美に仕上げられている。
しかし、優美な工作機械の周りに部品や作品は一つも置かれておらず、一切が整理、処分されているようだった。それはグライバッハなりの美学なのだろうと、レッドグレイヴは解釈した。
机の横にある書架に、若い頃の自分と映った古い写真プリントが飾ってあったのを見つけた。二人で芸術アカデミーが作った中央歌劇場の初日セレモニーに出席した時のものだ。プレス向けの笑顔だったが、若々しい二人はとても幸せそうに見えた。手に取ろうと腕を伸ばしかけたが、所詮データに過ぎないことを思い出し、諦めた。
「レッドグレイヴ様。 広報局とのアポイントメントの時間です」
音声が部屋に響いた。正確には、レッドグレイヴの聴覚に直接響いたのだった。
「わかった。戻る」
レッドグレイヴは治安管理局のデータから離脱し、執務室で目を覚ました。
執務室には秘書官のマリネラがいた。彼女は最近赴任してきた、若い政策担当エンジニアだ。レッドグレイヴと同じような調整が施された特別なテクノクラートであり、極めて有能だった。制服姿もまだ若々しい。
「データのアクセス権は返還しますか?」
「ああ、そうしてくれ」
レッドグレイヴは感傷を遮断し、自分の仕事へ戻った。
居室の反対側がスクリーンとなって映像が映し出され、広報局の技官達が現れた。
彼らは簡単な挨拶の後、レッドグレイヴに議題を説明した。
「これが現在の各統治セクションの潜在欲求グラフです」
広報担当の技官が地図とカラフルなグラフを画面に表示する。
「現在の潜在要求の組み合わせから起こる各地域での問題が以下の通りです。五年のシミュレーションです」
画面が切り替わり、各地域で起こり得るであろう事象が次々と現れ、消えていく。暴動、紛争といった暴力による騒乱、宗教や麻薬といった文化上の紊乱など、色分けされたものが各地域で明滅する。
「現在の施策を続けたときに起こる文化的な問題はこのような形で……」
「S−1とO−4の地域での、党派性許容係数の値を出してくれないか」
レッドグレイヴは技官の説明を中断させ、情報の切り替えを命じた。各地域は符号で呼ばれている。統治機構はあくまで数字としてしか市民を見ていない。彼らの欲求を察知し、それに合った施策を施す。不安が生じていれば治安対策や文化的な刺激を、退廃が生じれば脅威——犯罪組織や疫病、ただしコントロールされたモノ——を彼らに与えた。
レッドグレイヴの仕事はエンジニアの考える政体の神髄だった。エンジニアの考える人間の繁栄と進歩、持続可能な生活。そういったものの達成のために、たくさんの変数の組み合わせと計算を行う。それがレッドグレイヴだった。その頭脳はそれ専用の生体計算機といえた。
広報局との会議を終えて一段落すると、明日の予定の変更をマリネラに伝えた。
「明日、少し時間をもらう。 私用だ。 同行の必要は無い」
グライバッハ邸に向かうことを決めていた。まだ感傷が痼りのように残っていた。区切りを付ける必要があると思ったのだ。
「承知いたしました」
レッドグレイヴが実際にグライバッハ邸に入ると、捜査記録との違いにすぐに気が付いた。
部屋は暗く、しかも荒らされた様子があった。飾られていたオートマタ達も床に散らばり、ばらばらになっている。
廃墟のようになった場所を縫うように歩き、研究室に向かった。こちらの方がより、激しい損傷の跡が見える。携帯端末を使ってレッドグレイヴはマリネラに繋いだ。
「いまグライバッハ邸にいる。治安管理局のデータで、事件後にこの家が荒らされたかどうか確認してくれ」
「わかりました」
連絡を取りながら、レッドグレイヴはグライバッハの書架に飾ってあった写真を確認した。それは記録と同じ場所に飾られていた。レッドグレイヴはその写真を手に取り、邸を後にした。
「グライバッハ邸が荒らされたとの情報はありません。いま、捜査員がそちらに向かうそうです」
マリネラからの通信が届く。
「わかった」
レッドグレイヴは邸を出て、統治局に戻るため車に乗った。
「グライバッハ邸の件ですが、侵入者の記録は残っていません。 念のため捜査を行うそうです」
執務の合間にマリネラからの報告を受ける。
「そうか……」
レッドグレイヴにはまだ蟠りが残っていた。持ち帰った写真は自分の机の抽斗に仕舞った。
グライバッハがなぜ死んだのか、その理由が一番知りたかった。少しでも納得できることがあれば、それで構わなかった。
レッドグレイヴが知っているグライバッハは、自死を選ぶような性質は持っていない。レッドグレイヴは己の直感に対して非常に信頼を置いていた。人心を統べるために日々心に湧く疑問や違和感を子細に観察し続けていた彼女は、鋭敏な感覚を持った観察者だった。
「捜査局の者に連絡をつけて欲しい。 説明を受けたいことがある」
「はい。わかりました」
レッドグレイヴはグライバッハのセンソレコード(智覚記録)のバックアップにアクセスしようとしていた。
捜査局の話を聞いても、彼らからは有用な情報が得られなかったためだ。
高位のエンジニアであるテクノクラートは、生まれた時から全ての智覚情報——触覚・聴覚・視覚・臭覚・味覚、脳に伝わる外部信号全て——を脳に埋め込まれたチップに記録されている。
死を恐れる者の中には、クローンに毎日バックアップした情報をロードしている者もいる。
レッドグレイヴにもバックアップのクローンはいたが、それほど厳密な管理はしていない。事故死や病死など、不慮の死自体が極めて稀だからだ。
そもそも、同じ記憶と同じ遺伝的素質を持った肉体が同時に存在するのを嫌う者も多い。有り体に言えば、極めて似た他人と入れ替わるに過ぎないという事実だ。今の自分が死んで、それ以外の『似た』自分が生きることに意味を見出すことは難しい。
このセンソレコードも、グライバッハの遺言では破棄される筈のものだった。
究極のプライバシーとも言えるセンソレコードを取り出すには、それなりの理由が必要だ。そもそも自死なのだ。
エンジニア社会において自死など全く珍しくないと言えた。医療とクローニングの進んだ上級社会では、死亡原因のトップは自死だ。
ただ、何故それを選択したのか、納得できる理由を一つでも掴めればよかった。
「本当におやりになりますか? リスクは皆無ではありませんし、あまりお勧めできません。こんなことは捜査局の連中にやらせればいいことです」
マリネラはレッドグレイヴに考え直して欲しい様子だったが、レッドグレイヴにとって説明されたリスクなど、些事に過ぎなかった。
「リスクなど理解している。 自分の疑問は、捜査局の答えなどでは解決しない」
「わかりました。私にできる限りフォローさせてください」
「わかった。 頼んだぞ」
データ再生装置とレッドグレイヴが接続され、彼女の神経は現実世界から遮断された。
他人の智覚を再生して自分のものとして受け取る奇妙さは、独特のモノだ。信号の強度を間違えれば、現実感の喪失を引き起こしてしまう。
現実感のチェックを定期的に行い、テストに問題があれば、秘書官のマリネラが作業を中断させる。
現実と仮想の境目がわからなくなる『汚染』を起こせば、正気ではいられなくなる。
「キャリブレーション・シークエンス、スタートします」
ホワイトノイズが頭に響く。たくさんの色と模様が目の前に現れた。指先にちりちりとくすぐられたような感覚が走る。何か酔うような感覚が現れたが、次第に収まっていった。
五感情報、内分泌器官の違いを吸収して、智覚の『同期』を行うためのシークエンスが終了した。
「ではセイリアス・グライバッハ氏、28140903のデータを再生します」
グライバッハ最後の一日の再生が始まった。
朝の光だ。柔らかな陽光が顔に当たっているのがわかる。
グライバッハのアシスタントらしき若い女の声がする。
まるで夢の中にいるような感覚だが、智覚は完全に自分のものだ。
完全に自分自身が経験しているのだが、自分が発する意思や思いが自分の体に適応されない。まるで動く牢屋に閉じ込められたような感覚だった。
「おはようございます、マスター」
歌うような響きで、若い女が声を掛けてくる。この女は人間ではないのだろう。完璧すぎる容姿は、グライバッハのオートマタであることを証明している。
「朝食の用意ができています」
「ありがとう、ミア。 そうだ、ウォーケンに昨晩の実験結果を報告するよう言ってくれないか」
頭蓋を通したグライバッハの声は、知っている声より随分と低く響いた。
「わかりました」
ベッドから起き上がり、洗面所に向かい、顔を洗う。顔に当たる冷たい水の温度さえ完璧に再現されている。
ガウンを羽織ったまま朝食を採る。壁に映る情報端末の日付と時刻は、確かにグライバッハの死んだ日だ。
しかし、これはおかしい。こんな安定した日々の途中で、突然自死を選択するだろうか?
「マスター、どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
ミアと呼ばれているオートマタは、奇妙な問いを発した。グライバッハは食事を進めながら何か考え事をしていたようだ。
「マスター、ウォーケンはレポート作成に一時間ぐらい欲しいと言っています」
「なら構わん。 あとで研究室に来るように言ってくれ」
「わかりました」
そう言ってミアはグライバッハの食べ終わった食器を片付け、席を離れた。間を置かず、ミアが持っていた白磁の食器が床に落ちて割れた。ミアは落とした食器の破片を拾おうともせず、ただ立ち尽くしていた。
「どうした?」
グライバッハが声を掛ける。
「マスター、本当にあなたはマスターですか?」
向こうを向いたままミアはそう言った。
「ああ、もちろん」
奇妙な会話だ。
「いいえ。あなたはマスターではない」
振り向いたミアは、飛び掛かるようにグライバッハへ襲い掛かる。藻掻いて取り払おうとするが、凄まじい力でグライバッハの首が締め上げられていく。
同調しているレッドグレイヴの意識も遠くなっていく。
薄れ行く意識の中で、ミアと呼ばれているオートマタの笑い声が聞こえたような気がした。
「—了—」
レッドグレイヴはグライバッハ邸にいた。瀟洒な家具と麗らかな日差しが当たるその部屋は、昔日の思い出と変わりが無いように思えた。大きな部屋の壁龕には、彼のたくさんの『作品』が飾られている。現実的な動物や想像上の怪物、妖精といったものを模したオートマタが、ポーズをつけられ飾られていた。それは一種、彼の作品カタログのようになっていた。
その作品群を一つずつゆっくりとレッドグレイヴは眺めた。彼の人生がそこにあった。レッドグレイヴは元来感傷的な人間ではないが、動かない人形達を見ていると、その彼女も眇々たる寂しさを感じていた。完璧に見えた自分達の人生もいつかは終わり、動かない飾られた人形達のように、そっと忘れ去れていくのだと。
部屋を進んでいくと、飾られている人形の中に奇妙な空白があることに気が付いた。大きく作られたスペースには、何かここに飾る予定のオートマタがあったようだ。おそらく彼が最後に向かい合っていた作品なのだろうと、レッドグレイヴは思った。
奥にある彼の研究室にレッドグレイヴは向かった。工作機械が並べられたその部屋は、彼の工房ともいえる場所だ。機械類が置いてあっても、彼の美意識で整えられた部屋には一種の静謐さが感じられた。
部屋に入ってすぐの右奥に、奇妙な黒い人影が見えた。照明器具から垂らされた紐にぶら下がった男の死体だった。髪は乱れ、その顔には皺が刻まれていた。近くに寄らずとも、それがグライバッハであることは理解できた。
「遺体は消してくれ」
レッドグレイヴが声を出すと、グライバッハの遺体はその空間から掻き消えた。
レッドグレイヴは治安管理局捜査課のデータにアクセスしていた。事件、事故が起こった時には、全ての証拠が治安管理局のデータベースに高精細の三次元データとして保存される。一度電子になった証拠は永遠に残り、再検証も容易だ。レッドグレイヴは、公務の合間にグライバッハが発見された時のデータを眺めていたのだった。
死体のデータを消した後、レッドグレイヴは研究室を歩き回った。どの工作機械にも工芸品のような彫刻が施されており、優美に仕上げられている。
しかし、優美な工作機械の周りに部品や作品は一つも置かれておらず、一切が整理、処分されているようだった。それはグライバッハなりの美学なのだろうと、レッドグレイヴは解釈した。
机の横にある書架に、若い頃の自分と映った古い写真プリントが飾ってあったのを見つけた。二人で芸術アカデミーが作った中央歌劇場の初日セレモニーに出席した時のものだ。プレス向けの笑顔だったが、若々しい二人はとても幸せそうに見えた。手に取ろうと腕を伸ばしかけたが、所詮データに過ぎないことを思い出し、諦めた。
「レッドグレイヴ様。 広報局とのアポイントメントの時間です」
音声が部屋に響いた。正確には、レッドグレイヴの聴覚に直接響いたのだった。
「わかった。戻る」
レッドグレイヴは治安管理局のデータから離脱し、執務室で目を覚ました。
執務室には秘書官のマリネラがいた。彼女は最近赴任してきた、若い政策担当エンジニアだ。レッドグレイヴと同じような調整が施された特別なテクノクラートであり、極めて有能だった。制服姿もまだ若々しい。
「データのアクセス権は返還しますか?」
「ああ、そうしてくれ」
レッドグレイヴは感傷を遮断し、自分の仕事へ戻った。
居室の反対側がスクリーンとなって映像が映し出され、広報局の技官達が現れた。
彼らは簡単な挨拶の後、レッドグレイヴに議題を説明した。
「これが現在の各統治セクションの潜在欲求グラフです」
広報担当の技官が地図とカラフルなグラフを画面に表示する。
「現在の潜在要求の組み合わせから起こる各地域での問題が以下の通りです。五年のシミュレーションです」
画面が切り替わり、各地域で起こり得るであろう事象が次々と現れ、消えていく。暴動、紛争といった暴力による騒乱、宗教や麻薬といった文化上の紊乱など、色分けされたものが各地域で明滅する。
「現在の施策を続けたときに起こる文化的な問題はこのような形で……」
「S−1とO−4の地域での、党派性許容係数の値を出してくれないか」
レッドグレイヴは技官の説明を中断させ、情報の切り替えを命じた。各地域は符号で呼ばれている。統治機構はあくまで数字としてしか市民を見ていない。彼らの欲求を察知し、それに合った施策を施す。不安が生じていれば治安対策や文化的な刺激を、退廃が生じれば脅威——犯罪組織や疫病、ただしコントロールされたモノ——を彼らに与えた。
レッドグレイヴの仕事はエンジニアの考える政体の神髄だった。エンジニアの考える人間の繁栄と進歩、持続可能な生活。そういったものの達成のために、たくさんの変数の組み合わせと計算を行う。それがレッドグレイヴだった。その頭脳はそれ専用の生体計算機といえた。
広報局との会議を終えて一段落すると、明日の予定の変更をマリネラに伝えた。
「明日、少し時間をもらう。 私用だ。 同行の必要は無い」
グライバッハ邸に向かうことを決めていた。まだ感傷が痼りのように残っていた。区切りを付ける必要があると思ったのだ。
「承知いたしました」
レッドグレイヴが実際にグライバッハ邸に入ると、捜査記録との違いにすぐに気が付いた。
部屋は暗く、しかも荒らされた様子があった。飾られていたオートマタ達も床に散らばり、ばらばらになっている。
廃墟のようになった場所を縫うように歩き、研究室に向かった。こちらの方がより、激しい損傷の跡が見える。携帯端末を使ってレッドグレイヴはマリネラに繋いだ。
「いまグライバッハ邸にいる。治安管理局のデータで、事件後にこの家が荒らされたかどうか確認してくれ」
「わかりました」
連絡を取りながら、レッドグレイヴはグライバッハの書架に飾ってあった写真を確認した。それは記録と同じ場所に飾られていた。レッドグレイヴはその写真を手に取り、邸を後にした。
「グライバッハ邸が荒らされたとの情報はありません。いま、捜査員がそちらに向かうそうです」
マリネラからの通信が届く。
「わかった」
レッドグレイヴは邸を出て、統治局に戻るため車に乗った。
「グライバッハ邸の件ですが、侵入者の記録は残っていません。 念のため捜査を行うそうです」
執務の合間にマリネラからの報告を受ける。
「そうか……」
レッドグレイヴにはまだ蟠りが残っていた。持ち帰った写真は自分の机の抽斗に仕舞った。
グライバッハがなぜ死んだのか、その理由が一番知りたかった。少しでも納得できることがあれば、それで構わなかった。
レッドグレイヴが知っているグライバッハは、自死を選ぶような性質は持っていない。レッドグレイヴは己の直感に対して非常に信頼を置いていた。人心を統べるために日々心に湧く疑問や違和感を子細に観察し続けていた彼女は、鋭敏な感覚を持った観察者だった。
「捜査局の者に連絡をつけて欲しい。 説明を受けたいことがある」
「はい。わかりました」
レッドグレイヴはグライバッハのセンソレコード(智覚記録)のバックアップにアクセスしようとしていた。
捜査局の話を聞いても、彼らからは有用な情報が得られなかったためだ。
高位のエンジニアであるテクノクラートは、生まれた時から全ての智覚情報——触覚・聴覚・視覚・臭覚・味覚、脳に伝わる外部信号全て——を脳に埋め込まれたチップに記録されている。
死を恐れる者の中には、クローンに毎日バックアップした情報をロードしている者もいる。
レッドグレイヴにもバックアップのクローンはいたが、それほど厳密な管理はしていない。事故死や病死など、不慮の死自体が極めて稀だからだ。
そもそも、同じ記憶と同じ遺伝的素質を持った肉体が同時に存在するのを嫌う者も多い。有り体に言えば、極めて似た他人と入れ替わるに過ぎないという事実だ。今の自分が死んで、それ以外の『似た』自分が生きることに意味を見出すことは難しい。
このセンソレコードも、グライバッハの遺言では破棄される筈のものだった。
究極のプライバシーとも言えるセンソレコードを取り出すには、それなりの理由が必要だ。そもそも自死なのだ。
エンジニア社会において自死など全く珍しくないと言えた。医療とクローニングの進んだ上級社会では、死亡原因のトップは自死だ。
ただ、何故それを選択したのか、納得できる理由を一つでも掴めればよかった。
「本当におやりになりますか? リスクは皆無ではありませんし、あまりお勧めできません。こんなことは捜査局の連中にやらせればいいことです」
マリネラはレッドグレイヴに考え直して欲しい様子だったが、レッドグレイヴにとって説明されたリスクなど、些事に過ぎなかった。
「リスクなど理解している。 自分の疑問は、捜査局の答えなどでは解決しない」
「わかりました。私にできる限りフォローさせてください」
「わかった。 頼んだぞ」
データ再生装置とレッドグレイヴが接続され、彼女の神経は現実世界から遮断された。
他人の智覚を再生して自分のものとして受け取る奇妙さは、独特のモノだ。信号の強度を間違えれば、現実感の喪失を引き起こしてしまう。
現実感のチェックを定期的に行い、テストに問題があれば、秘書官のマリネラが作業を中断させる。
現実と仮想の境目がわからなくなる『汚染』を起こせば、正気ではいられなくなる。
「キャリブレーション・シークエンス、スタートします」
ホワイトノイズが頭に響く。たくさんの色と模様が目の前に現れた。指先にちりちりとくすぐられたような感覚が走る。何か酔うような感覚が現れたが、次第に収まっていった。
五感情報、内分泌器官の違いを吸収して、智覚の『同期』を行うためのシークエンスが終了した。
「ではセイリアス・グライバッハ氏、28140903のデータを再生します」
グライバッハ最後の一日の再生が始まった。
朝の光だ。柔らかな陽光が顔に当たっているのがわかる。
グライバッハのアシスタントらしき若い女の声がする。
まるで夢の中にいるような感覚だが、智覚は完全に自分のものだ。
完全に自分自身が経験しているのだが、自分が発する意思や思いが自分の体に適応されない。まるで動く牢屋に閉じ込められたような感覚だった。
「おはようございます、マスター」
歌うような響きで、若い女が声を掛けてくる。この女は人間ではないのだろう。完璧すぎる容姿は、グライバッハのオートマタであることを証明している。
「朝食の用意ができています」
「ありがとう、ミア。 そうだ、ウォーケンに昨晩の実験結果を報告するよう言ってくれないか」
頭蓋を通したグライバッハの声は、知っている声より随分と低く響いた。
「わかりました」
ベッドから起き上がり、洗面所に向かい、顔を洗う。顔に当たる冷たい水の温度さえ完璧に再現されている。
ガウンを羽織ったまま朝食を採る。壁に映る情報端末の日付と時刻は、確かにグライバッハの死んだ日だ。
しかし、これはおかしい。こんな安定した日々の途中で、突然自死を選択するだろうか?
「マスター、どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
ミアと呼ばれているオートマタは、奇妙な問いを発した。グライバッハは食事を進めながら何か考え事をしていたようだ。
「マスター、ウォーケンはレポート作成に一時間ぐらい欲しいと言っています」
「なら構わん。 あとで研究室に来るように言ってくれ」
「わかりました」
そう言ってミアはグライバッハの食べ終わった食器を片付け、席を離れた。間を置かず、ミアが持っていた白磁の食器が床に落ちて割れた。ミアは落とした食器の破片を拾おうともせず、ただ立ち尽くしていた。
「どうした?」
グライバッハが声を掛ける。
「マスター、本当にあなたはマスターですか?」
向こうを向いたままミアはそう言った。
「ああ、もちろん」
奇妙な会話だ。
「いいえ。あなたはマスターではない」
振り向いたミアは、飛び掛かるようにグライバッハへ襲い掛かる。藻掻いて取り払おうとするが、凄まじい力でグライバッハの首が締め上げられていく。
同調しているレッドグレイヴの意識も遠くなっていく。
薄れ行く意識の中で、ミアと呼ばれているオートマタの笑い声が聞こえたような気がした。
「—了—」