躺在醫療用病床上的人,宛如沉睡著一般緊閉著雙眼。
「妳真的要去嗎?蕾格烈芙大人」
隨侍在身旁的是一位身著白衣的男子。躺在床上的女性,對這問題沒有回答。她那均稱的整體美,絲毫看不出來已經上了年紀。
「我還是不能接受,要用這種方式告別」
白衣男子像哀求般地向著病床上的人說道。
「別陷入感傷之中。這是為了拯救未來。一定要有人去才行」
「……我知道了,請務必小心」
在將執行手術的醫師團進來後,白衣男子才不情願地離開了病床。
躺在病床上的人物是蕾格烈芙。是世界的統治者,被稱為『監視者』的女人。在統治人類世界70年後,步上了最後的旅程。
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薄暮時代,隨著自動機械的發達,人類從勞動跟饑荒中被解放,充分享受著繁榮。但隨著人類智慧的持續發展,伴隨而來的卻是人心荒廢的結果。
統治世界的工程師們,並沒有因為自己所創造的繁榮而感到滿足。以持續改善世界為己任的『技術者』們,進行了一項實驗。以數百人的遺傳基因創造出了人類,並從其中選出最特別的三個人,將革新的希望寄託在他們身上。
誕生的三人,分別被取名為,格雷巴赫、梅爾基奧、蕾格烈芙,他們隨後活躍於各個領域之中。
格雷巴專注於開發更精巧且更有價值的自動人偶,梅爾基奧則研究備受矚目的新能源混沌元素,而最後的一個人,蕾格烈芙的則是負責改良社會機構。
格雷巴赫,不但擁有卓越的知識,對自動人偶更有著深深的感情。他理想中的世界,並不僅僅只是人類單方面享受著自動人偶好處的世界,而是一個人類跟自動人偶可以共存的世界。這樣一來,這個已經停滯的世界一定能夠有新的進化。這就是格雷巴赫的想法。
梅爾基奧,簡直就是為了研究而誕生的,甚至可以說是為了混沌元素。他不斷為了要讓支撐著社會主體的能源混沌元素,變得更加安全,更加有效率地持續供應而不斷研究。混沌元素對梅爾基奧來說,不只是比人類更值得敬的存在,更是梅爾基奧的一切。
蕾格烈芙,在有別於其他兩人的觀點發揮了自己的能力。蕾格烈芙時常俯瞰著所有事物。一但發現問題馬上修正,並且加以處理讓它不會再次發生。那就像是醫師,也可以說像是修理機械的技師一樣。人類就好比是構成世界的細胞,如果發現癌細胞就要將它除去。在那之中不需任何憐憫。這就是蕾格烈芙的思維。
三人出社會後,格雷巴赫跟梅爾基奧立即有了醒目的研究成果。尤其是格雷巴赫所創造出來的『擁有智慧的自動人偶』,真的可以說是讓自動人偶與人類的關係有了極大的變化。梅爾基奧也在混沌元素的再利用上有著劃時代的突破。二人因此一舉成名。
另一方面,蕾格烈芙的政策並未達到成效,很長一段時間都未曾受到評價。社會統治與發明及研究相比,要達到清晰的成果是需要花更多時間的。
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三人偶爾會聚在一起,相交流研究工作的意見。這是被選上之者間的連帶感,以及他們能以僅僅三人之力就開創了新的世界,這種情感將他們連結在一起。
「梅爾基奧,那個研究進行得如何了?你之前曾經提到的那個,使用混沌元素觀測多重世界的事」
格雷巴赫邊將紅茶送入囗中邊說著。三人在格雷巴赫的庭園裡聊著。
庭園裡經由精巧的自動人偶完美的管理著。格雷巴赫的審美眼光遠比另外兩人來得更好。他是一種創造主,所以也有著追求完美極致的藝術家一面在。
「到了一個新階段了。觀測的概念早就已經捨棄掉了。現在有了更新的見解」
視線不跟他人交會,像是自言自語般地梅爾基奧回答道。看起來比起其他兩人還年輕的梅爾基奧,不習慣與他人往來。就連跟像兄妹一樣從小一起長大的這兩個人,也是這樣的感覺。雖然三人的年齡都已經接近三十,不過肉體上卻完全沒有衰老,看起來仍然像是十多歲的少年少女。
「新的見解?」
蕾格烈芙像是窺探究竟般地問了問題。蕾格烈芙豐富的表情中帶著笑容。她的外表美麗出眾,表情也極具風範。為了站在人民中心統治民衆而生的蕾格烈芙,有著掌握人心的天賦之才。
「混沌元素是可能性的集合體。是將可能性當做能源封存著的粒子。現在運用方式就像是方便的電池吧。無害,並且有著極致的效率」
「這些大家都知道。像這裡的自動人偶,也都是靠著混沌元素在運作」
格雷巴赫有點像是在教誨梅爾基奧般地說道。
「那些在可能性集合體一旁沒被選上的狀態,也就是說要是讓它帶有收集徘徊於無有之間的事物,這樣的特性的話,將會發生在這世界絕對不可能有的事情」
梅爾基奧似乎沒發現格雷巴赫話中帶諷刺,繼續自言自語般地說著。
「我不懂你的意思。可以說得具體一點嗎?」
蕾格烈芙率直的將問題提出。
「妳知道這個世界中充滿著非常多的可能性嗎?」
「當然」
對於這個突然而來的問題蕾格烈芙笑著回答,梅爾基奧臉紅的低下頭繼續開始說道。
「用這個茶來打個比方。如果放著不管它的話自然會涼掉。詳細來說的話,就是熵的數值一定會變大。但是,我們所看到的熵會增加的現象,也不過就只是在天文學可能性累積起來後才看起來像是那樣罷了。就算是看起來再理所當然的事,在無限的可能性中還是有例外的。也就是說,在我們的世界理所當然這杯80度的紅茶會在10分後降到70度,而要是有無限的多重世界存在的話,在其中就一定存在著紅茶會升到100度而沸騰的世界」
蕾格烈芙聽著他流暢的解釋,露出茫然的表倩。
「簡軍來說,擲一萭次骰子,一定會有某個全部都骰出6的世界,是這個意思吧?」
格雷巴赫簡單地說明。
「沒錯。那樣的世界。一定存在於某處。而且,我們可以使用混沌元素的力量選擇那個世界」
「的確是很美好,也就是說會是一個沒有不可能的世界是吧?」
格雷巴赫一邊大笑著一邊誇張地表示驚訝。
「藉由將沒有價值的可能性強壓給其他世界,然後就能選擇自己所期待的世界了」
「不過,要從無限選項之中挑選一項出來,光這個行為本身就需要能量了不是嗎?」
蕾格烈芙提出了疑問。
「嗯,情報本身就是能源。無論觀測什麼,要將它選出也是需要能源。這部分我還有其他的想法。不過,目前還很難說」
梅爾基奧突然消沉地閉口不再說下去。
「原來如此,很像是梅爾基奧才有的極佳觀點。真是有趣的事。或許有我能協助你的地方也說不定。有需要隨時跟我說」
格雷巴赫以極為大方的態度,抓著突然消沉的梅爾基奧肩膀說道。
「嗯」
梅爾基奧說完後,
「該回去了」
說完,就慌張地站了起來。
「再見啦,梅爾基奧」
「啊,嗯」
梅爾基奧並沒有與向他道別的蕾格烈芙眼神交會,就離開了。
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在只剩下兩人的桌邊,格雷巴赫握著蕾格烈芙的手說道。
「最近,妳看起來沒什麼精神」
「是嗎?跟平常一樣啊。你才是,最近的新作發表怎麼都不太精采呢?」
「真是嚴格呀。現在的確是停頓著。每年每年都被要求成果,也無法一直保持完美啊」
「梅爾基奧看起來也是相當煩惱,你們的才能該不會就到此為止吧?」
像是惡作劇般地,蕾格烈芙笑著說。
「什麼,還沒呢。雖然梅爾基奧接下來的研究規模很大,但我接下來的目標可也不會輸給他啊」
「是什麼?可以讓我聽聽嗎?」
「是具有創造性的自動人偶。不是單純只有智慧。是具有創造出新東西能力的自動人偶」
「真是躍進的一步。不過,像這樣的自動人偶會有人想要嗎?」
「這也是為了妳。就算是那些卑微的人民,只要讓目標是十足判斷力跟新知識的自動人偶來領導的話,一眨眼就是安定的世界了。妳也就不需要再做那保母的工作了」
「你是想讓我失業對吧?你那張嘴總是盡說些不喜歡人類的話。再怎麼說我們也是人類哦」
雖然蕾格烈芙想將這話題當成玩笑帶過,但格雷巴赫的眼神中卻是滿滿的認真。
「妳就是這樣被創造出來的。為了愛護人民」
「你不是嗎?」
「畢竟,我們也只是被創造出來的『物品』罷了。我就像是妳愛著人民一樣,愛著自動人偶而已」
「你覺得機械也需要感情嗎?」
「以啟發式的系統來說,是相當有用處的一面」
「那就好」
蕾格烈芙吻了格雷巴赫。
過了約了二十年後,蕾格烈芙的治世也得到了應有的正面評價。美貌的領導人為這世界帶來了活力。蕾格烈芙所帶來的和平日子,曾幾何時也被認為會永遠的持續下去。但讓在這那和平的日子裡最先出現的裂痕是,一封傳達給蕾格烈芙的通知。文件內容是這樣寫的。
「天才機械技師格雷巴赫,自殺」
他們雖然不再像年輕時頻繁見面,但跟自己有不可思議關係而且像是兄妹般的男人死了,蕾格烈芙深受打擊。
「梅爾基奧那邊,也收到了這通知了嗎?」
蕾格烈芙突然在意地問了秘書。
「我查看看。應該是窩在研究室裡。我想這新聞遲早會大篇幅的報導,梅爾基奧大人應該也很快就會知道才是」
梅爾基奧的活動已經不像以前那麼地活躍。除了發表最低程度的論文之外,幾乎都閉關在自己的研究室裡。
「是嗎,我知道了」
與他們兩人之間漸漸疏遠的最大理由,是因為他們所期望的研究跟發明都陷入窘境。而自己的的工作順著期望逐漸前進,也因此感到相當滿足這一點也是原因之一。
不過,蕾格烈芙對於自己跟他們倆的精神跟健康狀況,從來沒有感到不安過。那位自己所熟悉的格雷巴赫會自己選擇自殺嗎?
這個疑問一直徘徊在蕾格烈芙的腦海之中。
「我有話想要馬上跟治安管理局的負責人談。幫我連絡一下」
蕾格烈芙對秘書說完後,便站了起來。
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「─完─」
2814年 「自死」
医療用ベッドに寝かされた人物は、眠るように目を閉じている。
「本当に行かれるのですか? レッドグレイヴ様」
傍らに控えるのは白衣を纏った男だ。横たわった女性は、その言葉に黙ったままだ。
彼女の均整の取れた美しさは、とても老齢に差し掛かろうという年齢には見えなかった。
「こんな形でお別れすることになろうとは。私はまだ納得できません」
白衣の男は、ベッドの人物に懇願するように言った。
「感傷に囚われるな。 未来を救うためだ。 誰かが行かねばならぬ」
「……わかりました。 どうかご無事で」
手術を行う医師団が入ってくると、白衣の男は名残惜しそうにベッドから離れた。
ベッドに横たわる人物はレッドグレイヴ。世界の統治者であり、『監視者』と呼ばれた女。彼女は約七十年に渡って人間世界を統治し続けた後、最後の旅路に出発した。
薄暮の時代、自動機械の発達により、人類は飢えと労働から解放され、繁栄を享受していた。しかしそれは人智の発展を淀ませ、人心を荒廃へと進ませる結果を伴ってしまった。
世界を統治するエンジニア達は、自らが作り出したこの繁栄に満足しなかった。世界を改善し続けることを使命とする『技術者』らは、一つの実験を行った。数百人の遺伝子操作を加えた人間を作り出し、その中でも特別な三人を選び出して革新を託した。
誕生した三人は、グライバッハ、メルキオール、レッドグレイヴ、と名付けられ、それぞれの分野で活躍を始めた。
グライバッハはより精巧で価値を生み出すオートマタの開発に、メルキオールは新しいエネルギー源として注目されていたケイオシウムの研究に、最後の一人、レッドグレイヴは社会機構の改良という事業を担当した。
グライバッハは、優れた知性に加え、オートマタに対する深い愛情を持っていた。彼の理想とする世界は、オートマタの生み出した果実を人間がただ摘み取るだけではなく、人間とオートマタが共存する世界だ。そうすることで、この停滞した世界は新たな進化を見せるだろう。それがグライバッハの考えだった。
メルキオールは、正に研究をするために生み出された、ケイオシウムの申し子とも言うべき存在だった。社会の根幹を支えるエネルギーとしてのケイオシウムを、より安全に、且つ効率よく供給し続けることだけを目指して研究し続けた。メルキオールにとってケイオシウムとは、人間よりも尊重すべき存在であり、彼の全てであった。
レッドグレイヴは、他の二人とは別の視点で能力を発揮した。レッドグレイヴは物事を常に俯瞰で見る。そして問題点を見つけては修正し、再発しないための処置を行った。それはさながら医師の様であり、機械を直す技師の様でもあった。人間は世界を構成する細胞であり、癌細胞があればそれを除去する。そこに情などという不要なものが入る余地は無い。それがレッドグレイヴの考え方だ。
三人が世に出てからすぐに、グライバッハとメルキオールは目覚ましい成果をもたらしていた。特に、グライバッハの作り出した『知性を持つオートマタ』は、オートマタと人類の関係を一新させたと言ってよい程だった。メルキオールもケイオシウムの再利用法について画期的な研究を納めており、二人の名は高まっていった。
一方レッドグレイヴは、政策が効果を上げることができず、長い間評価されることがなかった。社会統治は、発明や研究などに比べて、目に見える形を得るのに時間が掛かった。
三人はしばしば集まり、互いの研究や仕事に関して意見を交わし合った。選ばれし者としての連帯感、また、三人だけが世界を切り開くことができる、という感情で結び付いていた。
「あの研究はどうなった、メルキオール。 前に話していた、多重世界の観測をケイオシウムによって行うとかいう」
グライバッハが紅茶を口に運びながら言う。三人はグライバッハの庭園で話し合っていた。庭園は彼の精巧なオートマタによって完璧に管理されていた。グライバッハの審美眼は他の二人よりずっと優れている。彼は一種の創造主であり、完全な美に尽くす芸術家の側面も持っていた。
「新しい段階に入った。 もう、観測という概念は捨てた。 もっと新しい知見がある」
視線を合わさず、独り言のようにメルキオールが答える。二人よりずっと幼く見えるメルキオールは、他人とコミュニケーションを取ることに慣れていなかった。子供の頃から共に育った兄妹のような二人にさえ、この調子だった。三人とも三十に近付いた年齢だったが、肉体的な陰りは微塵もなく、十代の少年少女のように見えた。
「新しい知見?」
レッドグレイヴが覗き込む様に質問する。レッドグレイヴは表情豊かに微笑んでいる。彼女の容姿は飛び抜けて美しく、表情も完成されていた。人民の中心にあってその統治のために生まれてきた彼女は、人心の掌握を才能として持ち合わせていた。
「ケイオシウムは可能性の固まりなんだ。 可能性をエネルギーとして閉じ込めた状態の粒子だ。 いまの使い道は便利な蓄電池といったところだ。 害もなく、究極の効率をもつ」
「誰でもそこまでは知ってる。ここにいるオートマタだって、全てケイオシウムで動いている」
少し諭すような感じでグライバッハが言う。
「その可能性の固まりという側面における選択されてない状態、つまり無と有の狭間にある状態のものを集めてある傾向を持たせると、この世界では絶対にあり得ないことが起きる」
グライバッハの皮肉な調子には気付かない様子で、独り言のようにメルキオールが続ける。
「意味がわからないわね。具体的には?」
レッドグレイヴは素直に気持ちを言葉に出した。
「君は、世界はたくさんの可能性に満ちている、ということはわかるかい?」
「もちろん」
突拍子もない質問に笑いながら答えたレッドグレイヴに、メルキオールは赤面して下を向きながら続きを喋り始めた。
「たとえばここにあるお茶。 放っておけば自然に冷めていく。 詳細を端折れば、エントロピーは必ず増大すると言える。 だけど、そのエントロピーが増大するように見える現象は、天文学的な可能性が積み上がった後にそう見える、というだけのことに過ぎない。 当たり前に見える不可逆な出来事だとしても、無限の可能性の中には例外があるんだ。つまり、この80度の紅茶が10分後に70度になっている世界が当たり前だとして、無限に多重世界があれば、どこかに100度に沸騰している世界があるんだ」
レッドグレイヴは早口に捲し立てられて、きょとんとした表情を見せる。
「わかりやすく言えば、骰子を一万回振ったとして、どこかには全て6が出る世界がある、ということか」
グライバッハがフォローする。
「そう。必ずどこかにあるんだ。その世界が。そして、その世界をケイオシウムの力で選択できるんだ」
「たしかにすばらしい。 不可能のない世界というわけだ」
笑いながらグライバッハが大袈裟に驚く。
「他の世界に無価値な可能性を押しつけることによって、望むままの世界を選択できる」
「でも、無限からなにか一つを選び出すなんて、それ自体にエネルギーがいるでしょう?」
レッドグレイヴが疑問を口にする。
「うん、情報はそれ自体がエネルギーだ。 何かを観測して、それを選び出すことにもエネルギーが必要だ。 そこで別のアイディアがある。 ……でも、これ以上はまだ話せない」
突然、メルキオールは落ち込んだように口をつぐんだ。
「なるほど、メルキオールらしい素晴らしい視点だな。 おもしろい話だ。 私も協力できることがあるかもしれない。 いつでも頼んでくれ」
グライバッハが鷹揚な態度で、急に落ち込んだメルキオールの肩を掴んで言った。
「うん」
メルキオールはそう言うと、
「もう戻るよ」
そう言って、そそくさと席を立つ。
「またね、メルキオール」
「あ、うん」
メルキオールは、レッドグレイヴの別れの挨拶に目を合わせないまま去っていった。
二人きりになったテーブルで、グライバッハはレッドグレイヴの手を握って言った。
「最近、元気がないように見えるぞ」
「そう? いつも通りよ。 あなたこそ、ここのところ新作発表に精彩がないんじゃない?」
「手厳しいな。 たしかに今は停滞している。 毎年毎年成果を求められるが、いつも完璧、というわけにはいかないさ」
「メルキオールも悩んでるみたいだし、あなたたちの才能もここで終わりなのかしら?」
いたずらっぽく、レッドグレイヴは笑う。
「なに、まだまださ。 メルキオールの次の研究はとんでもないものだが、私の次の目標だって負けてはいない」
「それはなに? 聞かせてくれる?」
「創造性をもったオートマタさ。 ただの知性じゃない。 新しい何かを作り出す力をもったオートマタだ」
「ずいぶんと飛躍するのね。 でも、そんなオートマタを欲しがる人がいるのかしら?」
「君のためにもなる。 卑しい人民であっても、十全な判断力と新しい知見を目指すオートマタが指導すれば、瞬く間に安定した世界に変わる。 君の子守の仕事も必要なくなる」
「私を失業させたいのね。 あなたはいつも人間を嫌っているみたいな口ぶりだわ。 私たちだって人間よ」
レッドグレイヴは冗談として受け流そうとするが、グライバッハの目は真剣なままだった。
「君はそういう風に作られているんだ。 人民を愛するように」
「あなたはそうでないと?」
「所詮、私たちは作られた『もの』に過ぎない。 私は、君が人民に愛着を感じているように、オートマタに愛情をもっているのさ」
「機械にもそういった感情は必要だと思う?」
「ヒューリスティックなシステムは、十分有用な側面がある」
「ならよかった」
レッドグレイヴはグライバッハにキスをした。
それから二十年ほど進むと、レッドグレイヴの治世は評価を得るようになっていった。美貌の指導者は世界に活気をもたらしていた。レッドグレイヴがもたらす平和な日々は、永久に続くかと思われた。その平和に最初のヒビが入ったのは、レッドグレイヴの元に届けられたひとつの報せだった。その文書にはこう書かれていた。
「天才機械技師グライバッハ、自殺す」
もう若い時のように頻繁に会うことはなくなっていたが、不思議な紐帯で繋がれていた兄妹ともいえる男の死に、レッドグレイヴは衝撃を受けた。
「メルキオールにも、この報せは行っているのか?」
レッドグレイヴは、ふと気になって秘書に尋ねた。
「調べます。研究所にいらっしゃる筈ですので。 いずれ新聞が大々的に報じますので、メルキオール様もお気づきになるとは思いますが」
メルキオールの活動も昔ほど活発ではなくなっていた。申し訳程度の論文を発表しては、自身の研究所に閉じ籠もっている。
「そうか、わかった」
二人と疎遠になったのも、彼らの目指す発明なり研究なりの行き詰まりが原因だった。また、自分の仕事が順調に進んでいくことに十分満足していたことも、理由の一つにあった。
しかし、自分達の精神を含めた健康について、不安に思ったことなど一度も無かった。本当に、自分の知っているグライバッハが自死などを選択するのだろうか。
この疑問がレッドグレイヴの頭を離れなかった。
「治安管理局の責任者と今すぐに話したいことがある。 連絡をつけてくれ」
レッドグレイヴは秘書にそう言って、席を立った。
「—了—」
医療用ベッドに寝かされた人物は、眠るように目を閉じている。
「本当に行かれるのですか? レッドグレイヴ様」
傍らに控えるのは白衣を纏った男だ。横たわった女性は、その言葉に黙ったままだ。
彼女の均整の取れた美しさは、とても老齢に差し掛かろうという年齢には見えなかった。
「こんな形でお別れすることになろうとは。私はまだ納得できません」
白衣の男は、ベッドの人物に懇願するように言った。
「感傷に囚われるな。 未来を救うためだ。 誰かが行かねばならぬ」
「……わかりました。 どうかご無事で」
手術を行う医師団が入ってくると、白衣の男は名残惜しそうにベッドから離れた。
ベッドに横たわる人物はレッドグレイヴ。世界の統治者であり、『監視者』と呼ばれた女。彼女は約七十年に渡って人間世界を統治し続けた後、最後の旅路に出発した。
薄暮の時代、自動機械の発達により、人類は飢えと労働から解放され、繁栄を享受していた。しかしそれは人智の発展を淀ませ、人心を荒廃へと進ませる結果を伴ってしまった。
世界を統治するエンジニア達は、自らが作り出したこの繁栄に満足しなかった。世界を改善し続けることを使命とする『技術者』らは、一つの実験を行った。数百人の遺伝子操作を加えた人間を作り出し、その中でも特別な三人を選び出して革新を託した。
誕生した三人は、グライバッハ、メルキオール、レッドグレイヴ、と名付けられ、それぞれの分野で活躍を始めた。
グライバッハはより精巧で価値を生み出すオートマタの開発に、メルキオールは新しいエネルギー源として注目されていたケイオシウムの研究に、最後の一人、レッドグレイヴは社会機構の改良という事業を担当した。
グライバッハは、優れた知性に加え、オートマタに対する深い愛情を持っていた。彼の理想とする世界は、オートマタの生み出した果実を人間がただ摘み取るだけではなく、人間とオートマタが共存する世界だ。そうすることで、この停滞した世界は新たな進化を見せるだろう。それがグライバッハの考えだった。
メルキオールは、正に研究をするために生み出された、ケイオシウムの申し子とも言うべき存在だった。社会の根幹を支えるエネルギーとしてのケイオシウムを、より安全に、且つ効率よく供給し続けることだけを目指して研究し続けた。メルキオールにとってケイオシウムとは、人間よりも尊重すべき存在であり、彼の全てであった。
レッドグレイヴは、他の二人とは別の視点で能力を発揮した。レッドグレイヴは物事を常に俯瞰で見る。そして問題点を見つけては修正し、再発しないための処置を行った。それはさながら医師の様であり、機械を直す技師の様でもあった。人間は世界を構成する細胞であり、癌細胞があればそれを除去する。そこに情などという不要なものが入る余地は無い。それがレッドグレイヴの考え方だ。
三人が世に出てからすぐに、グライバッハとメルキオールは目覚ましい成果をもたらしていた。特に、グライバッハの作り出した『知性を持つオートマタ』は、オートマタと人類の関係を一新させたと言ってよい程だった。メルキオールもケイオシウムの再利用法について画期的な研究を納めており、二人の名は高まっていった。
一方レッドグレイヴは、政策が効果を上げることができず、長い間評価されることがなかった。社会統治は、発明や研究などに比べて、目に見える形を得るのに時間が掛かった。
三人はしばしば集まり、互いの研究や仕事に関して意見を交わし合った。選ばれし者としての連帯感、また、三人だけが世界を切り開くことができる、という感情で結び付いていた。
「あの研究はどうなった、メルキオール。 前に話していた、多重世界の観測をケイオシウムによって行うとかいう」
グライバッハが紅茶を口に運びながら言う。三人はグライバッハの庭園で話し合っていた。庭園は彼の精巧なオートマタによって完璧に管理されていた。グライバッハの審美眼は他の二人よりずっと優れている。彼は一種の創造主であり、完全な美に尽くす芸術家の側面も持っていた。
「新しい段階に入った。 もう、観測という概念は捨てた。 もっと新しい知見がある」
視線を合わさず、独り言のようにメルキオールが答える。二人よりずっと幼く見えるメルキオールは、他人とコミュニケーションを取ることに慣れていなかった。子供の頃から共に育った兄妹のような二人にさえ、この調子だった。三人とも三十に近付いた年齢だったが、肉体的な陰りは微塵もなく、十代の少年少女のように見えた。
「新しい知見?」
レッドグレイヴが覗き込む様に質問する。レッドグレイヴは表情豊かに微笑んでいる。彼女の容姿は飛び抜けて美しく、表情も完成されていた。人民の中心にあってその統治のために生まれてきた彼女は、人心の掌握を才能として持ち合わせていた。
「ケイオシウムは可能性の固まりなんだ。 可能性をエネルギーとして閉じ込めた状態の粒子だ。 いまの使い道は便利な蓄電池といったところだ。 害もなく、究極の効率をもつ」
「誰でもそこまでは知ってる。ここにいるオートマタだって、全てケイオシウムで動いている」
少し諭すような感じでグライバッハが言う。
「その可能性の固まりという側面における選択されてない状態、つまり無と有の狭間にある状態のものを集めてある傾向を持たせると、この世界では絶対にあり得ないことが起きる」
グライバッハの皮肉な調子には気付かない様子で、独り言のようにメルキオールが続ける。
「意味がわからないわね。具体的には?」
レッドグレイヴは素直に気持ちを言葉に出した。
「君は、世界はたくさんの可能性に満ちている、ということはわかるかい?」
「もちろん」
突拍子もない質問に笑いながら答えたレッドグレイヴに、メルキオールは赤面して下を向きながら続きを喋り始めた。
「たとえばここにあるお茶。 放っておけば自然に冷めていく。 詳細を端折れば、エントロピーは必ず増大すると言える。 だけど、そのエントロピーが増大するように見える現象は、天文学的な可能性が積み上がった後にそう見える、というだけのことに過ぎない。 当たり前に見える不可逆な出来事だとしても、無限の可能性の中には例外があるんだ。つまり、この80度の紅茶が10分後に70度になっている世界が当たり前だとして、無限に多重世界があれば、どこかに100度に沸騰している世界があるんだ」
レッドグレイヴは早口に捲し立てられて、きょとんとした表情を見せる。
「わかりやすく言えば、骰子を一万回振ったとして、どこかには全て6が出る世界がある、ということか」
グライバッハがフォローする。
「そう。必ずどこかにあるんだ。その世界が。そして、その世界をケイオシウムの力で選択できるんだ」
「たしかにすばらしい。 不可能のない世界というわけだ」
笑いながらグライバッハが大袈裟に驚く。
「他の世界に無価値な可能性を押しつけることによって、望むままの世界を選択できる」
「でも、無限からなにか一つを選び出すなんて、それ自体にエネルギーがいるでしょう?」
レッドグレイヴが疑問を口にする。
「うん、情報はそれ自体がエネルギーだ。 何かを観測して、それを選び出すことにもエネルギーが必要だ。 そこで別のアイディアがある。 ……でも、これ以上はまだ話せない」
突然、メルキオールは落ち込んだように口をつぐんだ。
「なるほど、メルキオールらしい素晴らしい視点だな。 おもしろい話だ。 私も協力できることがあるかもしれない。 いつでも頼んでくれ」
グライバッハが鷹揚な態度で、急に落ち込んだメルキオールの肩を掴んで言った。
「うん」
メルキオールはそう言うと、
「もう戻るよ」
そう言って、そそくさと席を立つ。
「またね、メルキオール」
「あ、うん」
メルキオールは、レッドグレイヴの別れの挨拶に目を合わせないまま去っていった。
二人きりになったテーブルで、グライバッハはレッドグレイヴの手を握って言った。
「最近、元気がないように見えるぞ」
「そう? いつも通りよ。 あなたこそ、ここのところ新作発表に精彩がないんじゃない?」
「手厳しいな。 たしかに今は停滞している。 毎年毎年成果を求められるが、いつも完璧、というわけにはいかないさ」
「メルキオールも悩んでるみたいだし、あなたたちの才能もここで終わりなのかしら?」
いたずらっぽく、レッドグレイヴは笑う。
「なに、まだまださ。 メルキオールの次の研究はとんでもないものだが、私の次の目標だって負けてはいない」
「それはなに? 聞かせてくれる?」
「創造性をもったオートマタさ。 ただの知性じゃない。 新しい何かを作り出す力をもったオートマタだ」
「ずいぶんと飛躍するのね。 でも、そんなオートマタを欲しがる人がいるのかしら?」
「君のためにもなる。 卑しい人民であっても、十全な判断力と新しい知見を目指すオートマタが指導すれば、瞬く間に安定した世界に変わる。 君の子守の仕事も必要なくなる」
「私を失業させたいのね。 あなたはいつも人間を嫌っているみたいな口ぶりだわ。 私たちだって人間よ」
レッドグレイヴは冗談として受け流そうとするが、グライバッハの目は真剣なままだった。
「君はそういう風に作られているんだ。 人民を愛するように」
「あなたはそうでないと?」
「所詮、私たちは作られた『もの』に過ぎない。 私は、君が人民に愛着を感じているように、オートマタに愛情をもっているのさ」
「機械にもそういった感情は必要だと思う?」
「ヒューリスティックなシステムは、十分有用な側面がある」
「ならよかった」
レッドグレイヴはグライバッハにキスをした。
それから二十年ほど進むと、レッドグレイヴの治世は評価を得るようになっていった。美貌の指導者は世界に活気をもたらしていた。レッドグレイヴがもたらす平和な日々は、永久に続くかと思われた。その平和に最初のヒビが入ったのは、レッドグレイヴの元に届けられたひとつの報せだった。その文書にはこう書かれていた。
「天才機械技師グライバッハ、自殺す」
もう若い時のように頻繁に会うことはなくなっていたが、不思議な紐帯で繋がれていた兄妹ともいえる男の死に、レッドグレイヴは衝撃を受けた。
「メルキオールにも、この報せは行っているのか?」
レッドグレイヴは、ふと気になって秘書に尋ねた。
「調べます。研究所にいらっしゃる筈ですので。 いずれ新聞が大々的に報じますので、メルキオール様もお気づきになるとは思いますが」
メルキオールの活動も昔ほど活発ではなくなっていた。申し訳程度の論文を発表しては、自身の研究所に閉じ籠もっている。
「そうか、わかった」
二人と疎遠になったのも、彼らの目指す発明なり研究なりの行き詰まりが原因だった。また、自分の仕事が順調に進んでいくことに十分満足していたことも、理由の一つにあった。
しかし、自分達の精神を含めた健康について、不安に思ったことなど一度も無かった。本当に、自分の知っているグライバッハが自死などを選択するのだろうか。
この疑問がレッドグレイヴの頭を離れなかった。
「治安管理局の責任者と今すぐに話したいことがある。 連絡をつけてくれ」
レッドグレイヴは秘書にそう言って、席を立った。
「—了—」